いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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三十三話

 

「提督、私もいいだろうか?」

「ふむう? ……ああ、そうだなあ。それがいいなあ。

 みんなもいいかなあ?」

 問いに、名取たちは頷く。皆で空いている席へ。

「さて、ここが名取君たちにとっては提督の上官の基地だよお。

 また来る機会もあるかもしれないから、まあ、その時はよろしくなあ」

「はいっ、こちらこそよろしくお願いしますっ、中将殿っ」

 名取たちは敬礼。提督は「ふむう」と頷いて、

「今は食事の時間、私的な時間だからあまり上官とか気にしなくていいよお。

 武藤少将。気を抜くときは抜くように、ちゃんと教えているかなあ?」

「それはもちろん」

「一応、中将は偉いのだから初対面で緊張するなっていうのが無理」

「そうだよなあ。……と言っても、私はそういう方針なんだよお。

 気を抜いていいところは気を抜いていいし、緊張感を持つときは緊張感を持つ、で、今は気を抜いていい時だから、五月雨君。そんなに硬くならなくていいよお。

 ドジしても、特に武藤少将とか責めようとは思ってないからねえ」

「へっ? え? あ、は、はいっ」

「うむむう? やっぱり食事時じゃない方がよかったかなあ。……うむう?」

「慣れておく必要もあるからいいのではないですか?」

 食事をとりながら武藤少将。……そうだな。

「みんな、大丈夫だ。

 提督は、…………」

 ふと、言葉に詰まる。蹴り倒しても怒らないから、と。続けようとしたが違和感。

 なぜ、だろうか? と。

 人だからとか艦娘だから、や、相手が少女だからとかそんな事は関係ない。誰だって怒ると思うのだが。

 なぜ? ……………………ぽん、と。

「こんにちわ、武藤少将。お久しぶりです」

「こんにちわ、古鷹さん」

 肩を叩かれる。振り返る、微笑む古鷹。

「それと、そちらの娘が武藤少将の新しい娘ですか。

 初めまして、私は古鷹、第一艦隊の旗艦です」

「あ、ここは秘書艦さんと第一艦隊の旗艦は別なんだ」

 意外そうに文月。「武藤少将の所は違うのか?」

「少し前までは鳥海ちゃんが秘書艦兼第一艦隊旗艦でした。

 ただ、摩耶ちゃんが十分強くなったから、摩耶ちゃんを第一艦隊旗艦に、雲龍ちゃんを第三艦隊の旗艦で後詰にしてもらって運用しています。

 摩耶ちゃん、ちょっと突撃系だから、雲龍ちゃんが後ろで見守っていてくれると安心できます」

 そして、ほう、と一息。

「資材補給をする第二艦隊が少し苦しいんです。

 名取ちゃんたちはそこをお願いしたいんです。中将殿、私からもお勉強を見ますが、期を見てこちらの第二艦隊の娘からも意見を聞く機会を作ってくれると嬉しいです」

「ふむう、そうだなあ。…………武藤少将。今月中に運用の概要と課題をあげておきなさい。

 来月の第二艦隊会合でそれについて話し合うようにしよう。名取君たちも参加をしなさい」

「「「はいっ」」」

 名取と文月、五月雨は頷く。古鷹はくすくすと笑って、

「事前に勉強はしておいてくださいね。

 ここの第二艦隊は厳しいですから」

「厳しいというか容赦がない。……とすると、先に私が見ておいた方がいいかもしれない。

 第二艦隊に面倒をかけるのも、新しい娘がいきなりトラウマを持つのもよくない」

「と、トラウマ、ですか」

 慄く五月雨。雲龍は淡々と頷く。

「大丈夫、中将に比べれば優しいから。……………………提督に、比べ、れ、ば、」

 何を思い出したのか呼び方が元に戻り、色白の肌がさらに白くなる。というか、青ざめる。かたかたと震え始めた。五月雨と文月が手に手を取り合って不安そうに雲龍を見ている。

「な、なあ、古鷹。……その、提督は厳しいのか?」

「長門さんはまだ訓練は数回ですからね。

 そろそろ資材の使用実績や癖もまとまってきているから、……確か、瑞鳳さんが訓練で使用される資材の詳細を並べて、その時の映像と突き合わせて艦載機の運用を絞られました。

 発艦、着艦のタイミングや飛行経路、爆撃のタイミングなどもかなり洗われたみたいですね。その理由まで質されて非合理的な運用は徹底的に追及されます。提督は女性の機微が判断できないのか無視しているのか、翌日が休みなら深夜だろうが入浴できなかろうが何だろうが続きますが。……………………大丈夫」

 そして、古鷹は私の肩を叩いた。力強く頷く。

「というわけで、名取さんたちも、大丈夫ですよ。

 相手をするのは提督ではありません。山風さんの方が提督より優しいですから、大丈夫ですよ。……あ、私はここで建造されたので他は知りません」

「おい、ちょっと待て古鷹。大丈夫な要素が何もないのだが?」

 不安にしかならない。古鷹は頷いて、

「提督、せめて入浴は許してあげてください。女性として」

「ふむう、……そうかあ。まあ、気分転換にはなるかあ。

 大丈夫だよお、長門君。ちゃんと飲み物も出すからなあ」

「飲み物? あの、カフェインによる眠気覚ましと味覚による刺激で脳を強制的に覚醒させる泥みたいな珈琲の事よね。

 長門さん。先に言っておくけど中将が珈琲を出したら一気に飲んではだめ。まずは、舌先をつけて味を確認して。でないと凄惨な事になるわ。砂糖とミルクで味を誤魔化すなんて生半可な事をしてはだめ、コップを代えて三倍くらい水で薄めれば、まあ、いけるわ」

「心しておこう」

「ふむう? 毎朝雷君が淹れてくれる私の愛飲料なのだがなあ」

「というわけで長門さん。中将の愛飲料だから大丈夫よ。ぐいっと行けるわ」

「嘘をつくなっ」

 淡々と手のひらを返した雲龍。

「長門さん、大変そうだね」

 文月が撫でてくれた。うむ。

「これも、民の平穏を護るためだ。そのために、私はどんな困難にも立ち向かおう」

「書類仕事ですね。わかります」

「決して逃げださないのね。強大な敵からも、書類の山からも」

 …………後者は逃げ出したい。

「というわけだからなあ。

 三人とも、時間が空いたら遊びに来なさい。自分の基地で友達を作るのも大切だけど、他の基地の娘のお話を聞くのも勉強になるからなあ」

「そうね。おやすみは決まってるから、その時は遊びに行くのもいいと思うわ。

 けど、……第二艦隊の会合に参加をした後でね。まずは、私たちの基地でちゃんとやっていけるようにね」

「はいっ」

「そうだ。そちらの基地はどうだ? こちらは、」なぜかぽかんとしている提督を見て「……まあ、賑やかだが」

「こっちも賑やかだよー、それに楽しいよ。ねー」

 文月の言葉に名取と五月雨も頷く。その笑みは自然で、よかった、と思う。

 いいところに引き取られたようだ。

 

「そういえば、長門さん。

 時津風は?」

 夕食も終わり片付けたとき、不意に古鷹に問いかけられた。

「陽炎と不知火に付き合って、風呂場にいるはずだ」

 正確には入渠場か、だが、場所は同じだから通じるだろう。

 私の言葉に古鷹は困ったような笑み。

「また喧嘩をしたのですか。……ん、時津風の前でですか?」

「ああ、それは少し話しておいた方がいいな。

 姉同士の仲が悪いというのは、不安になるだろう。……とはいえ、どうしたものか」

 不安を取り除くのに一番いい理由は喧嘩する理由を話して、納得してもらう事、だろう。最善は喧嘩を止めてもらう事だが、難しそうだし。

 とはいえ、意味もなく喧嘩をするとは思えない、何か複雑な事情があるのかもしれない。そこに、どう踏み込んだらいいものか。

「解りました。私も行きます。

 風呂場ですね」

「大丈夫か?」

 問いに、古鷹は苦笑。

「二人にしては大丈夫ではないでしょう。古傷に触れるわけですから。

 けど、艦娘が不安を抱えたまま、という事態は避けたいです。落ち度は事情をろくに知らない時津風の前で喧嘩をした二人にあります」

「そうか、解った。……では、私は、席を外そう」

 古傷に触れるのなら、せめて近くにいる娘は少ない方がいいだろう。故の言葉に古鷹は首を横に振る。

「どんな娘がいるか、知っておくのはいい事ですよ。長門さん」

「解った」

 

 浴場で、じと、と睨み合う不知火と陽炎。時津風たち新人は少し居心地悪そうに、他の娘は、またか、と。そんな感じで気にせず入浴している。そんなところで、

「陽炎、不知火」

「「はいっ」」

 静かな、……平坦な、まるで、機械のような、感情を全く感じさせない声。

 古鷹の声に陽炎と不知火は肩を震わせる。

「時津風や萩風に事情は話しましたか?」

 居心地悪そうにしている二人、萩風と時津風。古鷹の問いに陽炎と不知火は答えず、古鷹にはそれで十分らしい。

「ちゃんと話さないとだめですよ。

 二人が喧嘩をするのは勝手です。それも必要なのでしょう。……が、悪戯に所属する娘の不安を残すのは、この基地の旗艦として許容できません。

 それとも、二人にとって萩風や時津風は姉妹が険悪であっても、気にしないような娘ですか?」

 淡々と、口調も表情も一切変えず、声、というよりは音を出す古鷹。……そして、

「…………う、うう、……はい」

「……謝ります。時津風、萩風。

 確かに、二人にはいたずらに不安を抱えさせました」

 陽炎と不知火は肩を落して頷いた。

「あの、陽炎。不知火、……その「萩風」は、はいっ」

 気遣うように声をかける萩風は、古鷹の出す音に肩を跳ね上げ、肩を落とす。……微笑。ぽん、と萩風を撫でて、

「気になる事はすぐに解決をしないと、後に響きますよ。

 萩風はまだ実戦には出ていません。なので、今のうちにこの習慣を身につけましょう。解決策を考え、実行するのはとても大切な事です」

「はい」

 萩風は頷き、陽炎は観念したようにぽつぽつと話し始めた。

「…………えーと、私と不知火は、同じ泊地にいたのよ。

 で、私は前の司令に、……なんていうの、恋人扱い? みたいにされてたの」

「逆に不知火は建造後に挨拶をしただけで、出撃はおろか訓練さえなく、完全に放置されていました。……二年くらいでしょうか。

 どうも、不知火は好みではなかったようです。食事の時なども、見かけたことがあるというだけで、会話も全くなく、ちゃんと会ったことはありませんでした」

 不知火は溜息。胸に手を当てて、

「不知火の性能が極端に悪いのは、この長いブランクが原因では、と司令は判断されているようです。

 動かなければ体は鈍りますし、艦としても、放置されれば劣化していきます」

「そうなのか」

 姉妹でも、これほど扱いに差があるのか。……性能には大した差はないはずだが。

 好み、……か。

 ただ、陽炎は自嘲。

「ま、恋人扱いといってもそう思ってたのは私だけなのかもね。

 誰だったかな。……川内さん、だったかしら。川内さんが来てから、私ともほとんど話をしなくなったわ。急にね。最初はそれでほんとわけわからなくて、私はここにいるんだって、司令に話しかけたりして、……けど、だんだん鬱陶しがられてね。

 最後は扱いに困って放置されていた不知火と一緒に捨て艦、でここに拾われたの」

「捨てられた、か。…………ん?」

「あのさ、陽炎。

 それで、なんで不知火とそんなに仲悪いの?」

 確かに、二人の境遇は寂しいものだが、だからといってそれで喧嘩をする理由がわからない。

 対し、陽炎は気まずそうに視線を逸らし、

「捨てられたとき、今まで無視してごめんね、なんて謝るだめ姉なんて殴って当然でしょう」

「はあっ? 何がだめ姉よばか妹っ!

 なんで謝ったら殴られなくちゃならないのよっ!」

「今更何を言っているんですか。

 第一、何が寂しかったでしょうですかっ! 愛されたとか自慢ですか鬱陶しいっ!」

「鬱陶しいって何よっ! 不愛想っ! あーそーね、無表情で不愛想だもんねー、放置されて当然よねー」

「黙りなさいあほの娘。軍務を放棄した恥知らず」

「うるさいわねずっと倉庫の肥しだったくせにっ! あんたに持ち上げられて落される気持ちなんてわかるわけないでしょっ!」

「わかるわけありませんっ! 異類婚姻譚なんてロマンチストが語るただのフィクションですっ! その先のことも考えられない、頭の可哀そうなばかの気持ちなんてわかるわけないでしょうっ!」

「ばかっていうんじゃないわよっ! 低性能っ! 欠陥艦娘っ!」

「何が欠陥ですかっ! 提督に捨てられたからとか、その程度で自沈しようとした陽炎こそ、かつての英霊たちに申し訳ないと思わないのですかっ!」

「うるさいわよ役立たずっ!」「黙りなさい惰弱っ!」

 一瞬で喧嘩が始まった。古鷹は肩をすくめて、

「ま、というわけですよ」

「どーいうわけ?」

 半眼の時津風、対して古鷹はけらけらと笑う。

「要するに、お互いがお互い、構ってちゃんなんですよ。無視されるのは寂しいから構って欲しい。

 で、似た者同士の同族嫌悪、けど、無視されるくらいなら嫌って喧嘩して構い合っていた方がいい。そんな二人です。ある程度は落ち着いたのか、陽炎は自分を鍛えるために異動したのですけど、会うたびにこれでは相変わらず構ってちゃんなんですね」

「「へー」」

 萩風と時津風は口元に笑みを浮かべて半眼。他の、陽炎型の姉妹たちは、にやー、と笑っている。

「な、なによ?」「何ですか?」

 妹たちから向けられる、優しくも生暖かい笑み。陽炎と不知火は仲良く半眼で問う。対し、

「「別にー」」

 彼女たちは、笑って応じた。

 

 時津風とともに部屋に戻る。僚艦たちは皆集まっていた。

「時津風、陽炎たちは?」

「んー、また喧嘩してた」

「仲直りは出来ませんか?」

 困ったように問う春風に時津風はひらひらと手を振って、

「無理。っていうか、今のままがいーんだってさ、不知火にとっても、陽炎にとっても。

 ま、誰かが自分の事を気にしてくれるって、それならそれでいいんじゃない?」

「喧嘩するほど仲がいい?」

 初月の言葉に「かもね」と時津風。

「ま、それよりこじれてる感じするけどさ」

「なんというか、不思議な姉妹ですね」

「いーよ。嫌いじゃないし。それより明日はお勉強か。

 難しいのやだなー」

「艦隊指揮、とは違うようです」

 春風はおっとりと首を傾げて、

「阿武隈さんからお話を伺いました。

 明言はしていませんでしたが、わたくしたちにとってとても大切な事、と仰っていました。……艦隊行動よりも大切、と」

「艦隊行動よりか。どんな事だろうな」

 初月も首を傾げる。「わたくしも、想像できません」と、春風。…………うむ。

「書類作成の方法を教えてもらわないといけないな。なあ、みんな」

「「「「……………………」」」」

「……おい」

 僚艦はなぜか皆黙ってそっぽを向いた。どういう事だ?

「基地の運営とか? 私たちはまだ新人だけど、今から意識しておけ、みたいなこと言われたし」

「前島の方、とのお付き合いについてでしょうか?

 暮らしている場所は別でも、同じ基地の娘です。いずれお会いする機会もあるでしょうから、一度改めてお勉強があるのかもしれません」

「他の基地についてだろうか? 提督の部下である少将のプロフィールや、他の中将の紹介かもしれない。

 他の提督との連携もあるし、大本営の組織について改めて勉強するかもしれないな」

 瑞鳳と春風、初月は予想を話し、時津風は難しそうな表情。

「訓練とか、どういう風に考えていけばいいか、コツ聞いてみたいな。

 民のためにー、とか、基地のためにー、とか言うのはわかるけど、ほんと、そこから先考えるのが進まなくてさー」

 時津風はころん、と寝転がりながら、呟く。

「そうだな。大切な事、とはわかっているが。あまり考えていなかった。…………むむ」

「長門さん?」

 思わず、唸る。難しい表情をしていた私に春風は首を傾げて、

「いや、……皆のいう事はどれも大切だと思う。

 基地の運営や、同じ基地にいる艦娘が抱える問題に向き合う事も、他の基地にいる提督や艦娘との付き合いについてもだ。平穏を護るためにどのような訓練が必要かもな。

 大切、だとわかっているが、今まで考えた事なかった。今、改めて思うと、かなり問題ある事だな」

 私の言葉に、皆は沈黙。……おそらく、

「そうだね。全部、提督に任せ、…………ううん、提督が考える事だって決めつけて、考えようともしなかった。

 そんなんだから、捨てられちゃうんだよね。私」

 瑞鳳が、ぽつり、……寂しそうに呟いた。

 


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