いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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三十二話

 

 大破した陽炎と不知火を入渠場に放り込む。

「…………いいよ。……ううん、よくない。

 よくない、けど、予想してたから」

 入渠場でぷかりと浮かぶ不知火と陽炎。青葉はさらさらとメモ帳に何か書き込みながら「この基地のあるあるですからね」

「陽炎と不知火って仲悪いの?」

 時津風は心配そうに問いかける。青葉は首を傾げるが、

「二人は、……もともと、同じ泊地から来たの。

 来た、っていうか、捨てられたの。荒潮が、拾ったみたい」

 山風は仕方なさそうに肩をすくめる。

「二人とも、お互いの事、嫌ってない、よ。

 お互いが、羨ましくて、ない物ねだりして、けど、それを認めるのが悔しいから。……それで、こじらせただけ。神風と同じ、困った娘」

 

 客室は、おおよそ私たちが使っている部屋と同じだが。

「さすがに大所帯だな」

 苦笑する。私の今の僚艦とかつての僚艦が揃っている。もっとも、時津風は秋雲や天津風と一緒に陽炎、不知火の回復を待っているが。

「なんか、不思議だね。

 長門さんが水雷戦隊の旗艦だって」

 文月の言葉に名取と五月雨も頷く。

「そうだな。正直言えば私も驚いた。

 いや、まだ艦隊指揮に不慣れはある。慣れていかないとな」

「僕たちは皆新人だし、みんなゼロからのスタートだ。

 あまり前例のない編成だし、阿武隈さんたちは一からの構築を目指しているらしい」

「たぶん、見方の違いもあると思います」

 興味深そうに私たちを見ていた武藤少将が声を上げる。

「長門さんは連合艦隊の旗艦。

 水雷戦隊の旗艦より見方が大局的、俯瞰的になっていると思います。視点のずれによる苦労はあるかもしれませんけど、どちらも慣れてくれば連合艦隊の動きで不安そうな場所を早期に見つけ、高速で支援に入れる、連合艦隊全体としての即応支援艦隊として動けるでしょうから。

 あるいは、その連合艦隊の旗艦に対して水雷戦隊の旗艦から見た戦局を助言する事も期待されていると思います」

「む、なるほど、そういう事もあるか」

「艦娘の目はかつての軍船としての役割に強く影響します。

 駆逐艦の娘なら眼前の敵に対して、水雷戦隊の旗艦なら局地戦闘、そして、連合艦隊旗艦なら複数の艦隊に対しての、戦場全体を視界に収めていきます。その影響で不慣れはあるでしょうが、逆に戦場全体を視界に収めながら、眼前の水雷戦隊を戦場における最適の位置に動かす。非常に即応性の高い艦隊になると思います」

 艦娘の視野、か。

「なるほど、そういう事もあるかもしれない。

 いや、私自身考えつかなかった。流石は少将だな」

「そうそうっ、文月たちの新しい司令官凄いんだよ、ね~」

 胸を張る文月に五月雨と名取もどこか誇らしそうに応じる。いい司令官に恵まれたようだ。よかった。

「ふふ、ありがと、文月ちゃん」

 武藤少将は文月を撫でる。……凄い、か。

 提督育成計画。幼いころから徹底的に、提督、となり得る人材を育成する計画。

 それが、ちりちりと頭に引っかかる。

「長門さんは、……ええと、安倍中将、でしたよね。

 どのような方ですか?」

 興味津々と名取。五月雨は何か、不思議な笑みを浮かべて、

「ええと、……た、体格の良いお方でしたね」

「おでぶさんです」

 言葉を選択した五月雨に、春風はおっとりと告げる。五月雨は半笑い。

「そ、そうですね」

「いや、待って欲しい。

 五月雨、誤解があるなら質しておく。確かに提督はおでぶさんなおっさんだが、…………ちょくちょくセクハラめいた発言をするのは、どういう事なのだろうか」

 途中から首を傾げ始めた初月。で、

「言うだけっ、言うだけだからっ」

 じりじりと後退する名取たち、瑞鳳は慌ててフォローする。

「ああ、そうだ。みんな、提督は、おでぶさんでおっさんでちょくちょくセクハラ発言をして、間延びした口調でまるで縁起物の達磨のような雰囲気を醸し出して女性の心の機微を的外れな方向で解釈するおでぶさんなおっさんだが、……………………なにか、あるのだろうか?」

「え、ええと、……き、気遣いは出来る方だと思いますっ!」

 思わず首を傾げる私たち、五月雨は慌ててフォローした。

「なんか変な提督だねー

 あ、けど、基地の雰囲気はいい感じだったし、ちゃんと提督はやってるみたいだよね~」

 文月の言葉には頷く。基地の雰囲気は好適だ。その印象は最初から変わっていない。

「ふふ、そうですね。

 雲龍ちゃんも言ってたけど、戦術、出撃とかは私の方が中将殿より上手みたい。

 けど、資材の管理とか、基地全体の運用は中将殿に比べると、全然まだまだみたいなの」

「そんな事ないですっ、提督っ、ちゃんと出来てますっ」

 五月雨は拳を握って応じる。けど、武藤少将は微笑み、

「ありがと、五月雨ちゃん。

 けどね、中将殿が管理しているこの基地は私たちの基地の倍以上の規模で、それに私を含めた少将十人にまで管理の目を飛ばしているの」

「……ええ?」

「それは、提督、比較する相手が悪いです」

 名取も曖昧に呟く。

「わたくしたちの司令官様は、凄いのですね」

「ああ、驚いた」

「なんで初月と春風まで驚くの?」

 文月は首を傾げ、瑞鳳は重々しく頷く。

「文月ちゃん、私たちの提督は、おでぶさんなおっさんなの」

「ああ、……うん、そんな感じだったね~

 あっ、見かけによらない、ってやつ?」

 うーむ、と首を捻る私たち。……ふと、

「三人は、もう実戦に出ているのか?」

「ううん、しばらくは訓練、です」

 そして、名取は肩を落として、

「以前の泊地に比べて、訓練はとても厳しいです。

 ちゃんとやっていけるか、ちょっと不安です」

 これには文月と五月雨も同感らしい、頷く。

「ごめんね。みんな。

 けど、私も少将としてちゃんとやらないといけないから、未熟な娘を実戦に出すわけにはいかないの。他の娘との連動もあるから」

「というか、私たちもまだ訓練ばっかりだもんね」

 瑞鳳の言葉に頷く。それに、

「そうだな。訓練が厳しくなるのは当然だ。

 ちなみに、この基地の訓練を受けた別の基地の艦娘は、地獄に堕ちたみたいだと言ったそうだ。……ここも、厳しい」

 俯く私たち。武藤少将は困ったように笑って、

「どうしても、民の平穏を護る、っていう責務があるから。

 こればかりは、仕方ないの。出来るだけ休憩とかも取るようにしているから、頑張ってね」

「い、いえ、全然大丈夫ですっ! お仕事の大切さはちゃんと教えていただいていますからっ!」

 慌てて名取は声を上げる。文月は胸を張って、

「しっかり訓練して、強くなったらどんどん活躍するからね~」

「ふふ、うん、楽しみにしているね。文月ちゃん」

「わ、私は、……うう、ドジなのを治さないとお」

 胸を張る文月の側、不安そうな五月雨。武藤少将は優しく五月雨を撫でて、

「大丈夫、訓練をすれば強くなれるよ」

「……はい、頑張ります」

 撫でられて心地よさそうにしながら、けど、少し不安そうな五月雨。……そうだな、以前からドジなの、気にしてたな。

 しっかりやっていてくれたが、その事を口に出そうとして、武藤少将が先に口を開く。

「それにね、五月雨ちゃん。

 五月雨ちゃんと同じ、白露型六番艦、五月雨の艦娘で物凄く優秀な娘がいるの。五月雨ちゃんだってしっかり訓練をすればどんどん優秀になれるよ」

「え? そうなのですか?」

 意外そうに五月雨、……物凄く優秀な娘、思い出すのは秘書艦殿だが。

「うん、伊予中将の秘書艦さん。

 十人の少将、合計四十の艦隊を管理、連動させて百近い深海棲艦の艦隊を一人も轟沈させないで殲滅させた実績を持つ娘なの。

 艦隊戦は、そんなに得意じゃないけど、五月雨ちゃんも、しっかり頑張ればそのくらい優秀になれるよ」

「ふぁああ、凄い。……そんな娘もいるんですかあ」

「もちろん、お勉強や訓練をたくさんしないとだけどね。

 けど、自分はだめだ、なんて思ってはだめよ。艦娘は、どの娘でも高みに至れるのだから、ね」

「は、はいっ、頑張りますっ」

 むんっ、と拳を握る五月雨。武藤少将は優しく微笑む。……お勉強。

「そうだ、武藤少将」

「なぁに? 長門さん」

「明日、名取たちと一緒に勉強と聞いているが、どのような事だろうか?」

「艦隊行動について、かなあ?」

「僕もそう思う。水雷戦隊の動き、改めて復習したいな」

 文月の言葉に初月も頷く。やはり勉強となるとそんな予想をするが。

 そんな予想に対し、武藤少将はくすくすと、

「もっと、もっと、ずっとずっと難しい事よ。

 みんな、みんな、……私の秘書艦の鳥海ちゃんも、もしかしたらここから来た雲龍ちゃんも、まだ、答えが出ていないくらい難しい事ね」

 楽しそうに、どこか、期待するように笑った。

 

 館内放送で武藤少将と名取たちは呼び出され、夕食時という事で私と瑞鳳は食堂に向かった。……そこで、ちょっとした騒ぎが起きていた。

「雲龍?」

 山風を膝に乗せ、後ろから抱きしめて、無表情ながら嬉しそうな雰囲気の雲龍と、諦めのような投げ遣りのような、ともかく雲龍に抱きしめられて動かない山風。

 そして、

「雲龍っ、そろそろ代わってっ、鈴谷も山風ぎゅってしたいしっ」

「鈴谷こそ後ですわっ、次はわたくしですわよっ」

 と、鈴谷と熊野が二人に詰め寄り、雲龍は徹底抗戦の構え。

「あれ、何をしているんだ?」

 おおよそ見ればわかるが。

「あらあら、やっほ、長門さん、瑞鳳さん。

 おゆはん?」

「ん、荒潮か」

 声をかけられたところ、ひらひらと手を振る荒潮。一緒にいるのは秘書艦殿と、榛名か。

「ああ、……それより、あれは?」

 山風を抱きしめる雲龍。荒潮はけらけらと笑って、

「おおよそ見ての通りよ。雲龍さん、山風ちゃんの事が大好きなのよねー」

「そうなの?」

 特に、接点はないと思うのだが。……いや、元第一の一艦隊所属艦娘と第二艦隊の旗艦ともなればこの基地にいて長いのだろう。それなりの交流があったのかもしれない。

「そ、雲龍さん。元帥さんからの紹介で来たんだけど。前の提督と性格の折り合いが悪くてね。何考えてるかわからない気味悪いやつ、って言われてたらしいのよ。

 それで、すっかり自己嫌悪に浸ってたんだけど、山風としばらくお話してて、立ち直ってくれたのよね。で、結果があんな感じ」

「素敵よねー、青春、って感じ」

 けらけらと笑う荒潮。榛名は頷いて、

「はいっ、榛名も素敵だと思いますっ」

「榛名さんは、……ちょっと」

「なんでですかっ?」

 曖昧な事を言う荒潮に怒鳴る榛名。

「山風ちゃんとお話してたの?」

「しれーかん、よく相談に乗ったりしてるんだけどね。

 ただ、山風は雲龍さんと同じで臆病な性格が原因で前の提督に捨てられたから、自己嫌悪が強い娘だったの。そこから立ち直った経験があるから、先輩としてまずはお話をしてあげて、って任せてたのよ。

 もっとも、山風もお話得意な方じゃないから、結構時間かかっちゃったんだけどね。その分長く一緒にお話しできて、それはそれでよかったのかもしれないわ。

 ただねー」

「そうねー」

 なぜか、秘書艦殿と荒潮は榛名に視線を向ける。

「榛名さん?」

「それだけだったら、まあ、雲龍さんも山風を慕って、ってだけだったんでしょうけど。

 榛名さんがねー」

「榛名インパクトねっ」

 なぜか、やたら楽しそうに荒潮。「なんだそれは?」

「うふふ、ええとね、この基地でやってる秋祭りでね。イベントの一つに艦娘の本音、っていう、まあ、言いたい事とかを思いっきり叫ぶ、なんてのやってたのよ。那珂ちゃんが企画してくれたのだけど、結構ばか騒ぎ楽しくてみんなで盛り上がってたの。

 そしたら、榛名さん、やっちゃったのよね」

 荒潮の言葉に、榛名は堂々とした表情で頷く。立ち上がる。

「はいっ! 榛名、思いを告白しましたっ!

 榛名はっ! 比叡お姉様をっ! 愛っ! してっ! まーすっ!」

 がんっ! と、盛大な音が聞こえた。そちらを見ると比叡がテーブルに頭突きしていた。……というか、ここでやるな。

 堂々とした告白に周囲の娘がぱちぱちと拍手。そして、「「「は、る、なっ! は、る、なっ!」」」と、一斉に響く榛名コール。渦中の榛名はなぜかどや顔。ちなみに、比叡の正面に座っていた金剛が爆笑している。

「そうそう、それをきっかけに吹っ切れた娘がいてね。

 しばらく大変だったわねー、ね、秘書艦さん?」

「荒潮だって悪ノリしてたじゃない」

「あらあ? だってえ、私、秘書艦さんの事好きなんだもーん。

 秘書艦Love勢といってもいいくらいよっ!」

「悪い娘なんてお断りよっ!」

「えー、悪い娘同士いちゃいちゃしましょうよー」

 ぐいぐい迫る荒潮の額を肘で打撃する秘書艦殿。

「え、うぇえ? え、お、女の子、同士?」

「はいっ、榛名は大丈夫ですっ!」

 力強く応じる榛名、瑞鳳は気圧されるように納得した。

「ああ、榛名は大丈夫だろうな」

 比叡がどうかは知らないが。

「とまあ、そんな事が、あった、から、ねっ。

 割と、くっつこうとする、娘、が、多いの、よっ」

 にじり寄る荒潮を押さえつける秘書艦殿。

「はいはーいっ、村雨も秘書艦さん大好きでーすっ!」

 そして、食堂内はそこそこ大騒ぎだ。

「ふむう、いつも通り賑やかだなあ」

「あっ、提督っ」「武藤少将も、ご無沙汰していますっ」「お疲れ様ですっ」

 食堂に来た提督と武藤少将、名取たちも珍しそうにきょろきょろと辺りを見ている。

「あ、あの、中将殿。

 結構賑やか、ですね。ええと、恋愛談義? で、しょうかあ?」

 名取はきょときょとと辺りを見て、自信なさそうに呟き、提督はのんびりと頷いた。

「艦娘といっても女の子だからなあ。恋愛には興味があるのかもしれないなあ。

 提督がいけめんなら提督に向ける感情だろうけどなあ。…………私が、おでぶさんなおっさんだからなあ。比叡君、榛名君が恋愛感情をこじらせたのは私がいけめんじゃないのも理由かもなあ。

 ごめんなあ」

「司令に謝られてもお、……いえ、今更司令の外見なんて気にしてないですよ」

 肩を落としながら応じる比叡。対して、提督は、ぺちんっ、と額を叩いて、

「そうかあ、気にしないかあ。

 じゃあ、もう生え際の後退と薄毛を気にして育毛剤を使わなくていいんだなあ」

「司令っ! 気合っ、入れてっ! 使ってくださいっ!」

「はげなテイトクとか存在するだけでやる気なくしマース」

「……外見は気にしないんじゃないだなあ。……うむう。女の子って、難しいなあ。

 と、そうそう、比叡君。雲龍君はいなかったかなあ? ちょっとお話があるんだよお」

「雲龍さんでしたら山風ちゃんを抱きしめてまったりしていましたよ。

 おゆはんの最中だと思います」

「そうかあ、……それじゃあ、私たちもおゆはんにしようかなあ。

 武藤少将は雲龍君と話があるから来なさい。名取君たちは、……ふむう、どうせだから雲龍君も交えてお話かなあ。上官が一緒だと食事も入りにくいと思うけど、付き合って欲しいなあ」

 と、手を引かれた。

「秘書艦殿?」

「長門さんも行ってあげて。

 名取さんたちにとってしれーかんは提督の上官だし、まだ緊張もあると思うわ」

「ん、解った。瑞鳳はどうする?」

「私は、……ええと、ちょっと荒潮ちゃんとお話したい」

「解った」

 それならそれでいい。まずは提督たちに声をかけに行こうかと歩き始めた。……ふと、声が聞こえた。

 

「あのさ、荒潮ちゃん。

 悪い娘、ってどういう意味?」

 


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