いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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三十一話

 

「この娘、が、提督なのか?」

「あ、はい。ごめんなさい」

 武藤少将。武藤みこ、少将。彼女は、十代半ばの少女だった。

 

「久しぶりねっ、みこちゃんっ」

「お久しぶりです。中将代行殿」

 中将代行? ともかく、秘書艦殿の事らしい、顔を上げて、にこっ、と笑う。対して武藤少将はふんわりと笑みを返す。

 と、

「長門さんっ」

「ああ、文月、名取、五月雨も、元気そうだな」

 武藤少将に引き取られた以前の僚艦たち、表情も明るい、元気そうだ。

「はいっ」

「長門さんも、元気そうですねっ」

「ああ、問題はない」

 頷く、と。扉が開く。提督だ。

「ふむう、久しぶりだねえ。武藤少将」

「はい、ご無沙汰しております。中将殿」

 敬礼する武藤少将に頷く提督。

「さて、長門君、君と君の僚艦は、午後はお休みしなさい。彼女たちとお話をするのもいいと思うよお。

 彼女たちの事を気にしながら訓練をしてもあまりよくはないからなあ。明日は、……お勉強か、明後日から心置きなく訓練に励めるよう、今のうちに十分にお話しておきなさい」

「そうか、……了解した。気遣い感謝する。提督」

「名取君、文月君、五月雨君。

 今日は客室で休みなさい。長門君はお休みにしたから、お互いに近況を聞くのもいいと思うよお」

 提督に声をかけられる。不思議そうに提督を見ていた名取たちは、慌てて敬礼。

「はいっ、お気遣い感謝します。中将殿っ」

 名取が慌てたように声をあげる。提督は頷く。

「長門君、……は、客室の場所はまだ知らないかあ。…………いや、武藤少将は、……ふむう?」

 提督は一度首を傾げて、

「名取君たちは、長門君がいるこの基地の事、興味あるかなあ?」

 問いに、三人は顔を見合わせて、頷いた。

「そうかあ、……じゃあ、私が直接あんな、がっ?」

 頷いて、何か言いかけた提督の頭を打撃するファイル。ぎょっとする名取たち。

「しれーかんが寮に入っちゃだめでしょっ! あそこは女の子以外入っちゃだめなのっ! 女の子がおやすみするところに入ったら殺されても仕方ないんだからねっ!」

「そうかあ、私が寮に入ったら殺されるのかあ。じゃあ、案内は出来ないなあ。

 ふむう、じゃあ、仕方ないなあ。雷君。案内を頼むよお。そのまま今日はお休みでいいからね。代わりに、しっかり基地を見て回りなさい」

「はーい、解ったわっ!

 それじゃあ、皆っ、ついてきてっ」

「武藤少将、明日は武内少将も来るから、一緒に報告を聞くよお。今日中に内容はまとめておきなさい」

「はい、中将殿。では、失礼します」

 

 ぎちり、と。

 

「……………………ああ、そうだ。

 気が変わったよ。武藤少将、長門君、残りなさい。武藤少将、客室の場所は知っているね。あとで長門君と向かいなさい」

「あ、……ああ、わかった」

 不意に感じた寒気。それが何なのか。……ただ、提督の言葉に私は頷いた。

 

「さて、長門君。

 彼女が少将であること、驚いたみたいだね」

「ああ、……その、外見だけで判断するのは好ましくないとはわかっているのだが。

 気に障ったのなら謝る。だが、思っていた以上に幼くて、……その、驚いている」

「提督育成計画」

「うん?」

 ぽつり、告げられた言葉。武藤少将は俯く。

「伊予中将が実行している、ある計画だよ。

 捨てられた赤子を拾い、物心つく前から、一般常識、基本的な勉学もさせず、催眠で感情を封殺して、趣味嗜好を考える余裕も与えず、ただひたすら提督に必要な知識を植え付ける。

 そうやって、最適な、提督を育成する。それが伊予中将の実行する提督の育成計画。武藤少将は、そのNo.35。艦娘を轟沈させたというシュミレートの時、哀しんだことを理由に失敗作とされた娘だよ」

 武藤少将は、困ったように瞳を伏せる。……ただ、それは、

「そんな、非道が「許されるのが現実であり現状、そして、実行できる権限と意志を持つのが中将だよ」」

 苦笑。

「艦娘は、テンションで性能に影響が出る事は知っているね?

 戦意高揚状態、というのかな?」

「ああ、それは、知っている」

「これはね。逆もしかりなんだよ。ブラックな提督の艦娘が大した戦果を挙げられないのはこの影響なんだよ。

 艦娘の性能はその精神性に強く影響する。劣悪な環境では艦娘は性能、ひいては戦果を落としていく。……仮に、薬物で精神を崩壊させて人形のようにしてもね。

 艦娘は艦船の英霊であることが関わっているらしいけど、これ以上は不明。けど、それなら、」

 提督は武藤少将に視線を向け、

「提督を、徹底的に作り込む。

 趣味嗜好にかまける無駄な時間を排除し、悲しみや喜びといった感情で指揮を乱す事をなくし、不要な知識による艦隊指揮のぶれを排除する。要するに艦娘を壊すより、提督を作った方が効率的なんだよ。

 それを、伊予中将は実行して証明した。彼の配下少将、十人はそれでね。誰もが図抜けた戦果を叩きだしているよ。もっとも、会うとわかるけど、人というよりは提督という名称で人の形をしたコンピューターみたいだけどね。

 武藤少将は、当時面倒を見ていた艦娘が、轟沈した、という報告を聞いて哀しんだ。哀しみにより指揮を乱す可能性あり、そう判断されたんだよ。それで、失敗作。捨てられそうになっていたところで誠一君が引き取った。といっても、」

「私の境遇が、世間一般的にどう思われるか、それは、……まだ、よくわかりません。

 けど、平穏への祈りは尊いもの。それは、否定できないです。だから、元帥殿を通じて、安倍中将を紹介していただき、今は改めて少将を拝命し、提督の任についています」

「そう、……か」

 秘書艦殿や、提督が言っていた。

 中将は人でなしの集まりだと、……つまり、そういう事だろう。

 ただ、今、私の横には、

「……なんというか、…………その、」

「いいんですよ。それが平穏に近づくためですから。……と言ったら、元帥殿を困らせてしまいましたが。

 といっても、やはり平穏は尊いものだと思います。世間一般的に伊予中将のやっていることが、非道な事だとしても、私は、特に恨んではいません」

 武藤少将は胸に手を当てて、

「私の知識が平穏に貢献できるのなら、それはそれで誇らしい事、と思います。

 摩耶ちゃんは怒ってましたけど、雲龍ちゃんは、それでいいって言ってくれました」

「そうか、……ああ、私が口を挟むことでは、ない、のだろうな」

 ただ、覚えておかなければいけない。中将は、そういう存在なのだと。

「伊予中将の秘書艦は悪い娘の五月雨君。

 雷君みたいに基地の運営はあまりしていないけど、配下少将を連動させて数百規模の敵艦隊を度々壊滅させている腕利きだ。彼女は戦争が終わったら真っ先に提督を殺すって言ってる。

 提督にはそういう者もいるから、長門君。現状を幸運と思っているのなら、それが壊れたとき、自分達だけで生き延びる方法を幸運なうちに考えておきなさい。何もかも大本営に任せていたら、何もかも失い沈むことになる。武藤少将のこともあるから大袈裟な事を言っているわけではないと、わかってくれるかな?」

「…………肝に銘じておこう」

「そうかい。では、客室に向かいなさい」

「ああ、では、失礼する。提督」

「失礼します。中将殿」

 一礼して執務室を出る。……出ようと、したところで、

 どばんっ、と扉が開いた。

「提督~、帰りました~」

 なんか、情けない声が聞こえた。

「うむう? 秋雲君かあ。おかえりなさい」

「はいぃいい」

「あ、秋雲、どうした?」

 扉を見ると、何か、へたれて座り込んだ秋雲。彼女はのろのろと執務室へ。

「はれ? 長門さん」

「あ、ああ」

「秋雲君。武藤少将もいるのだから、しゃんとしなさい」

「はっ? あ、し、失礼しましたっ」

 苦笑気味の言葉に慌てて立ち上がり、敬礼。

「お久しぶりです。武藤少将」

「うん、久しぶり、秋雲さん」

 こちらも苦笑気味に敬礼を返す武藤少将。

「初めまして秋雲。

 数日前に着任した長門だ」

「あ、はい、初めまして、今は武内少将の所にいますけど、もともとはここの所属の秋雲です」

「それで、秋雲君。どうしたのかなあ?

 うむむ? 武内少将にせくはらされたのかなあ。…………きっと、殴られていないんだろうなああ」

 遠くを見る提督。よく殴られているからな。

「いやいや、セクハラなんてされてないですよ。提督じゃないんですから。

 そうじゃなくてええ、あっちの基地で陽炎と夕雲が喧嘩してええ、間に挟まれる秋雲さんの胃がマッハでやばい」

「…………ああ、そうかもな」

「秋雲さん、間に挟まれやすそうですからね」

「はうう、それに、陽炎は上官から派遣された腕利きの艦娘、夕雲は派遣先の古参で駆逐艦のまとめ役。

 …………はううう」

 提督、武藤少将と顔を見合わせて、とりあえず合掌した。確かにきつそうな職場だ。うむ。

「秋雲君は一人かい?」

「あ、ううん、陽炎も来てるよ。たぶん、すぐに「来たわよ司令っ!」」

 どばんっ、と扉が開いた。

「ちょっと秋雲っ、何一人でさっさと行っちゃうのよっ! って、あっ、武藤少将っ、久しぶりねっ! って、長門さんっ?」

「はい、お久しぶりです。陽炎さん」

「ああ、初めまして、数日前に着任したばかりだ。

 陽炎や秋雲とは入れ替わりになったな」

「そう、じゃあ改めて、武内少将所属艦娘、陽炎型一番艦、陽炎よ。

 元は第三の二艦隊ね」

「そうか、私も第三艦隊なんだ。いろいろと経験談を聞かせてくれると嬉しい」

「え? 長門さん第三艦隊なの? 秋雲さん第一かと思ってた」

「ああ、適正と訓練の評価だ。

 そうだな、戦艦としては第一艦隊がふさわしいのだろうが、訓練の結果そう判断されたんだ。不満はない」

「へー」

「そうそう、陽炎君、秋雲君。

 君たちが離れた後、萩風君と時津風君も着任してなあ。館内放送で連絡するよお」

 提督はそういって内線を手に取る。……ふと、陽炎が、笑った。

「へえ、……って事は、不知火も来るわよね」

 …………にたり、と、笑った。

 

 館内放送後、どばんっ、と扉が開いた。

「やっほーっ、陽炎っ! 秋雲っ!」

「あ、時津風っ」「やっほー」

 颯爽と入ってきた時津風。

「わーっ、ほんといたんだっ」

 陽炎、秋雲と握手をする時津風。と、

「陽炎っ!」「不知火っ!」

 珍しい、不知火が声を張り上げる。そして、二人は駆け寄る。駆け寄って、

「行くわよっ! 役立たずっ!」「沈めっ! 軟弱者っ!」

 駆け寄って、殴り合いを始めた。

「え、……えーと、不知火、陽炎」

 当然、きょとんとする時津風。秋雲は曖昧な表情で時津風の肩に手を置いて、

「いーんだよ。二人の日常だから、気にしなくていーんだよ」

 不自然に優しく応じる秋雲。

「ふふ、仲よさそうでいいですね。中将殿」

「そうだなあ」

 で、なぜか微笑ましそうにしている提督と武藤少将。

「陽炎っ、……って、また喧嘩してるっ」

 天津風が慌てた様子で飛び込んできて、溜息。そのまま「ちょっと天津風っ、なに回れ右してるのよっ?」

「するわよっ、放っておいてよっ、私まで巻き込まないでよっ!」

 部屋を出ていこうとする天津風を必死に押し留める秋雲。

「ふむう、長門君。

 一応、時津風君のそばにいてやって欲しいなあ。喧嘩を始めた二人は怪我をしても自業自得だけど、巻き込まれるのはよくないからなあ」

「ああ、了解した」

 こそこそと頷き、おろおろしている時津風の両肩に手を載せる。不安そうに見上げる彼女を撫でて、

「まあ、大丈夫だろう。たぶん」

 不知火の回し蹴りが決まる。崩れ落ちる陽炎を見下ろして、一声。「弱いのね」

「ふん、これくらいっ!」

 崩れ落ちて、見下ろす不知火を全身のばねを使った一撃。

「油断大敵、悪いわねっ」

「ふふ」

 不知火は笑い、殴り合い続行。止めるべきか、と思たっところで、じゃら、と小さな音が聞こえて、

「もーっ、しれーかんっ、陽炎たちも帰ってくるならちゃんと言わないと、だめ、いたっ」

 陽炎のストレートを不知火が弾き、勢いあまって執務室に入ってきた秘書艦殿にあたった。

 あ、……と、誰かの声。あれだけ激しい動きをしていた不知火と陽炎が一瞬で固まる。青ざめる。

「長門君っ、時津風君っ、ごめんなあ」

 ぐい、と肩を引っ張られて後ろに転がされる。武藤少将は大きな机を身軽に飛び越える。秋雲と天津風は仲良く執務室から逃げ出した。

 退避完了。……というわけにはいかない二人。

「あ、あの、ひ、……秘書艦、さん」「も、申し訳ございません。秘書艦さん」

 喧嘩していた時とは一転、軽く抱き合って涙目で震える陽炎と不知火。……そして、

 

 秘書艦殿は、錨を構えて、笑った。

「秘書艦業務は、やっぱ、…………制裁も必要よ、ね」

 


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