いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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三十話

 

 日曜日、今日は何をしようか、と。起床して思う。……特に思い浮かばず、なんとなく外に出てみた。

 少し、足を延ばして伊島の散策をしようか、基地から二時間以上離れる場合は事前に申請が必要だが、そこまで長時間散歩をするつもりもない。

 そうだな。それがいいな。

 早朝の涼しさ、心地よさに目を細め、伸びを一つ。基地まで足を延ばしてみると走っている娘が何人かいた。

 ちなみに、ランニングも訓練の一環としてしている。訓練時間ではない朝走っているのは、趣味らしい。…………ん?

「秘書艦殿」

 見れば秘書艦殿も一緒に走っていた。いつもは、……ああ、既に仕事をしている時間か。

 と、

「なーがーとーさーんっ」

「ん?」

 その秘書艦殿がランニングの列から外れてこっちに駆け寄ってきた。

「おはよう、秘書艦殿。ランニングか?」

「そうよ。雷は秘書艦だから体動かす事少ないのよね。だから、お休みの日は出来るだけ動くようにしてるのよっ」

「お疲れ様」

 聞いた話によると秘書艦殿と提督は0400には仕事を始めているらしい。どれほどの仕事なのか、想像も出来ない。

「みんながばっちりお仕事が出来るようにするのが秘書艦の役割だから、気にしなくていいわよっ!

 むしろどんどん頼っていいからねっ」

 にこっ、と笑顔の秘書艦殿。自然、笑みが浮かぶ。

「ああ、ありがとう」

「それで、長門さん。明日だけど、長門さんの元の僚艦のみんなが来るわよ」

「ほ、ほんとかっ?」

 いつか、会いたいと思っていた。……けど、まさかこんなに早く再会が叶うとは、嬉しいな。

「ええ、明後日、新人さんたちでお勉強するのよ。

 武藤少将の報告もあるから、一緒にお勉強っていう事になったわ。それで、先行して明日来れるらしいの。武藤少将も、引き取った娘たちが長門さんの事を気にしてたみたいだから、早めに会わせてあげたいって言ってたわ」

「そうか、……少将殿にも感謝をしなければな」

 よかった。かつての僚艦たちが引き取られた先、そこの提督はちゃんと艦娘の事を考えていてくれるようだ。安心した。

 私の言葉に秘書艦殿は、ぱしっ、と私を叩いた。

「そうよ。感謝は必要ね。

 けど、長門さんっ、これも提督のお仕事の一つなのっ、提督は民を護ることが出来ない、それが出来るのは艦娘なのっ! だから、提督は艦娘がばっちり民を護れるように、しっかり作戦を立てて、ちゃんと管理して、艦娘が最高の状態で出撃できるようにする、これが提督のお仕事なのっ!

 だから、感謝をするのはいい事だけど、遠慮したり迷惑をかけたー、とか思ったら絶対にだめよっ! そうやってちっちゃなストレスを少しずつためて性能を落とされたほうがずーっと困っちゃうことなんだからねっ! しれーかんに直接言い辛い事があったら、雷たちをたくさん頼っていいからねっ!」

「ああ、ありがとう」

 言い辛い事か、……まあ、雰囲気的にはあまりないが、そうだな、頼りにさせてもらおう。

 代わりに期待にはしっかり応えないといけないな、と。思ったところで、……ふと、秘書艦殿の言ったこと。

「お勉強か」

 どんな事だろうか。

「お勉強の内容については明後日お話するわね。

 それと、武内少将も一緒に報告に来て、この基地にいた陽炎も明日来るらしいの、時津風には言っておいて」

「む、了解した。……ん、秘書艦殿」

「なぁに?」

「艦娘の異動もあるのか?」

 出来れば、この基地で頑張っていきたいが。

「今のところ、希望を聞いてだけどね。けど、あるわ。

 しれーかん、……あ、じゃなくて中将ね、中将には艦娘の委託管理権移譲権限があるの」

「委託管理権移譲権限?」

「要するに所属する艦娘を配下の少将とか、あと、准将とかの所に派遣する権限ね。戦力の補強に必要なのよ。法律上、艦娘は兵器で、提督は兵器の管理者っていう事になってるから、管理権を移譲する、っていう事になるの。

 新人さんとか、艦娘が少ない泊地に大規模な侵攻があった場合とかね」

「ああ、そういう事もあるな」

 なるほど、戦力の補てんか。

 納得する、が。秘書艦殿は困ったような、どこか呆れたような苦笑。

「といってもね、結構代将とかは断る事があるのよね。

 戦果を上に取られたくないのか、実は監査を兼ねて粗探しをしに来たとか、そんな風に疑ってね。で、それを断った挙句大規模な襲撃を受けて艦隊全滅、なんてことが度々あったの。

 それで中将には派遣の権限、派遣された艦娘を受け入れなかったら処罰される、っていう強制力を持った権限が与えられてるのよ。提督の判断ミス、……というか、自業自得に巻き込まれて艦娘が轟沈しちゃうなんてよくないものね」

「……妥当だ」

 溜息。そういう提督がいるのは本当に困った事だ。というか、艦娘が報われない。

「今のところ、しれーかんが派遣するのは部下の少将だけ、少将は中将が直接厳選しているから信頼していいわ。

 危なさそうだな、と思ったところがあったらみんなに声をかけて、派遣希望を受け入れてくれる娘がいたら派遣、いなかったら他の少将とか、あと、この基地の艦隊と連合艦隊で相対するようにして対応できてるわ。

 ただ、異動の方が異動先の基地の底上げ出来るし、結果としてその基地が精強になればそれはそれで民の平穏につながるわ。あるいは、少将といってもしれーかんほどの能力はないから、逆に自分を鍛えるには都合がいい、って考える娘もいるわね。陽炎は後者の理由で異動を承認したのよ」

「そういう事か」

 そう言う考えもあるか。……まあ、艦娘に強制しているわけでもないし、それならそれでいいか。

「了解した。時津風には話しておこう。

 私も楽しみだ」

 

 朝食後。私は初月と隣の部屋、僚艦のみなと集まる。……と言っても瑞鳳はいない。龍鳳の所に行ったらしい。

「へー、陽炎が、楽しみーっ」

 時津風は笑って応じる。春風は楚々と微笑んで、

「それに、長門さんの元の僚艦の方ですか。

 ふふ、よいお話を聞きたいです」

「ああ、みんな、私の自慢の僚艦だ」

「……長門さんの僚艦は僕たちだ」

「…………す、すまない」

 初月に、じと、とした目で見られてしまった。申し訳ない。

「それにしても勉強か。どんな事だろうな」

「うぇー、あたし勉強とかやだー」

 ごろごろと駄々をこねる時津風。春風は苦笑して時津風を撫でて、

「この基地の皆さまとともに戦うため、必要な事だと思います」

「はーい。うう、難しいのはやだなあ」

「艦隊行動について? ……か?」

「そうかもしれないな。改めて基礎を学ぶのかもしれない」

 水雷戦隊の運用とか、学びたい事は多々ある。いい機会だ。しっかりと勉強に取り組もう。

 

 というわけで翌日、月曜日。

 初月と春風が朝食を作り、私と瑞鳳、時津風は外へ。

「天気か、……私もちゃんと判断できるようにしないと」

「ずいほーは空母だから特にだよね。

 あたしは波の方が気になるかな。魚雷の精度に影響するし。……風かあ」

 むむ、と難しい表情の時津風。

「日ごろから観察する事だな。…………ん?」

「雲龍?」

 いつも通り、芝生にぽかんと突っ立っている提督と、ぼんやりしている艦娘たち。その中、提督の隣にぼんやりとした表情で立っている雲龍。

 とりあえず三人で提督に手を合わせ、おはよう、とあいさつを交わす。

「雲龍もここに着任していたのか?」

「ん、……ああ、長門。

 名取たちから話は聞いてるわ。初めまして」

 え?

「ああ、長門さんは初めましてになりますね。

 元、第一の一艦隊、正規空母、雲龍です」

「元?」

「今はこの基地から異動して、武藤少将の所にいるから」

「そうなの? ここから離れたの?」

 不思議そうに問う瑞鳳。雲龍は頷いて、

「私の後進の、瑞鶴さんは十分強くなったから。

 それに、武藤少将の艦隊は、当時空母は二人しかいなかった。私がそちらに行けば空母戦力が補強できる。基地の実力が底上げ出来ればそれだけ深海棲艦の撃滅に近づき、ひいては平穏に近づく。

 なら、あとはやるだけ、提督には感謝してるから、自分に出来て、考えられる最善の方法で平穏に貢献する。そうやって恩を返していくわ。……ああ、そうそう、古鷹さん。あれから瑞鶴さんは?」

「十分に活躍していますよ。もう、雲龍さんにも負けないでしょうね」

 くすくすと笑って古鷹は応じる。

「そう、……それは楽しみ。

 なら、演習したいけど、……山風さんは許さないでしょうね」

「そちらで資材を融通してくれるのなら」

「それは、無理。

 前線も、遊びで使っていい資材はないわ。それに、秘書艦の鳥海が許さないわ」

 仕方なさそうに肩をすくめる雲龍と古鷹。

「ねえねえ、しれー

 第一の一艦隊って言ったら主力でしょ? それでも異動大丈夫なの?」

 時津風が首を傾げる。提督は頷いて、

「雲龍君はちゃんと後任の事を考えていてくれたからなあ。

 たとえ離れていても同じ目的で戦ってくれるなら、それで十分だよお」

「そんなもん?」

「そんなものよ」

「武藤君は少し慌てんぼさんだからなあ。

 雲龍君みたいな気質の娘とは相性がよかったんじゃないかなあ?」

「そうね。最初はよく慌ててたわ。

 けど、摩耶が鳥海の代わりに前線を支えられるようになったから、鳥海もそばにいる時間が増えて、だいぶ安定しているわね」

「そうかあ。それはよかったなあ。雲龍君の派遣を認めた甲斐があった。なあ」

 うむむ、と提督は難しい表情で唸る。

「何か不備でもあった?」

 雲龍が首を傾げ、提督は難しい表情のまま、

「雲龍君は胸に目が行きがちだけど、おへそのあたりもいいと「セクハラ許すまじ」」

 雲龍は手に持っている謎の杖で、淡々と提督を殴り倒す。

「お変わりなさそうで何よりよ。提督」

 倒れた提督を見下しながら杖の先端でつつく雲龍。

「う、雲龍さんも」

 慄く瑞鳳。雲龍は首を傾げて「どうしたの?」

「あ、いや、……雲龍さん、大人しそうだし、ちょっと驚いたっていうか」

「ああ、……………………すきんしっぷ? よ」

「い、痛そうだね」

「不愉快な事があったら殴る。……私は、それでいいと思うの。

 これはそのための棒なのよ。これは、提督を殴るための棒なのよ」

 倒れる提督をついている棒を見て雲龍。違うと思う。

「違うと思う、っていうかよくないでしょそれっ?」

 応じる瑞鳳に雲龍はぼんやりと頷き、

「それと、長門。

 貴女の元僚艦だけど、午後に提督と来るわ。その時には会ってあげてね」

「え? あ、あの、雲龍さん」

 おいていかれた瑞鳳はおずおずと手を伸ばす。……まあ、いいか。

「ああ、わかった。彼女たちはどうだ?」

「練度で言えば、まあ、それなりね。期待していないから問題ないわ。

 ただ、元ブラック泊地の艦娘らしいわね。素質はあるわ」

「元ブラック?」

「統計的に、元ブラックの艦娘は優秀な娘が多いのよ。苛烈な運用に耐えきれるだけの意思を持っているからね」

「……そうか、」

 それは、どう捉えたものか。ともかく、瑞鳳は気分を切り替えるように首を横に振って、

「あの、雲龍さん」

「ん、……瑞鳳さん。どうしたの?」

「えと、今日、時間ある?

 よければ、訓練を見てもらいたいのだけど」

「ああ、それはいいですね。

 瑞鳳、雲龍は瑞鶴の面倒も見ていましたし、教授は得意ですよ」

「それはいいな。瑞鳳は私の僚艦でもある。

 是非頼みたい」

「いいけど、」

 ふと、雲龍は瑞鳳の胸を見て、

「おっぱいは大きくならないから、聞かれても困るわ。

 艦娘のおっぱいは決して大きくならないもの」

「それはいいわよっ! っていうか、どこからそのネタが飛び出してきたのっ?」

 真面目に語る雲龍に思わず怒鳴る瑞鳳。雲龍は頷いて、

「瑞鶴さんに教えを請われたから」

「……あ、はい。そうでしたか」

 沈鬱な表情で俯く瑞鳳。雲龍は重々しく頷く。

「形になったその瞬間から貧乳で、轟沈するその瞬間まで貧乳なのよ。

 って、瑞鶴さんに話したら彼女は泣きだしたわ」

「そうかあ。一時的に瑞鶴君の目が死んでたのはそれが原因かなあ。

 運営の不備が原因かなと思って理由を聞いたんだけど、聞いた瞬間に泣きながら殴られて、そのあと瑞鶴君が泣きついた雷君にも殴られたんだよなあ。女の子の繊細な心を抉ったとか言われて」

「…………しれー、大変だね」

 気の毒そうに提督を見る時津風。同感だ。

「事前におっぱいのネタだって解かっていればそっとしておいたのだがなあ。

 瑞鶴君のトラウマを知らずに抉ってしまったなあ」

「そのあたりの女心をわかってくれれば、殴られることも減ると思います。

 ま、青葉は期待せず見てます」

 芝生でごろごろしていた青葉。「難しいなあ」と、眉根を寄せる提督。すまないがあまり力になれそうにない。

 青葉の言う通り、期待せず見てるしかないな。

「訓練場所は、練習用の近海ね。0800には向かうようにするわ」

 

 今日の訓練、瑞鳳が雲龍にしごかれて半泣きし、ついでに訓練に掴まった葛城がいろいろな意味で轟沈して倒れている。流石はこの基地の、元、第一の一艦隊所属艦娘。訓練が苛烈だ。

 で、私は駆逐艦の動きを見ておくように、と。いう事で駆逐艦同士の演習を観察していた。

 片方は、私の僚艦である時津風。そして、その相手、

「ふう、……訓練に付き合ってもらいありがとうございました。時津風」

「あ、うん」

 妹を相手にも丁寧に頭を下げる不知火に、時津風は戸惑ったように応じる。苦笑。

「失望しましたか? 偉そうに姉だといっていてもこの様で」

「あ、いや、そういうわけじゃない。けど、…………うん。……正直、ちょっと驚いた」

 時津風は小さく頷く。時津風はまだ新人だ。練度も、この基地では下から数えた方が早いくらいだろう。……けど、

 より早くこの基地に着任していた不知火は、その時津風より、弱かった。

 

 私と不知火、そして、時津風で鹿島に訓練の結果報告。まだ、新人である時津風相手に敗戦。不知火は、表向きは淡々とその結果を報告した。

「…………そう、お疲れ様」

「すいません。鹿島さん。なかなか成果をあげられないで」

 申し訳なさそうに肩を落とす不知火。鹿島は首を横に振る。

「いいのよ。不知火ちゃんは頑張ってるわ。

 私も、もう少し考え直した方がいいかしら?」

「…………いえ、鹿島さんに落ち度はありません。あるとすれば不知火にです。

 訓練そのものには充実を感じています。これで成果をあげられないのはひとえに不知火の落ち度です」

「ええ、ありがとう」

 と、戸が叩かれる音。

「鹿島、古鷹です。入ります」

「ええ、どうぞ」

 古鷹? と、「失礼します」と丁寧に一礼して古鷹。

「訓練の報告書です。……と、不知火、長門さんと時津風もいましたか」

「ええ、ありがとう。古鷹さん。これは確認しておくわ」

 さっ、と一瞥だけして頷く鹿島。古鷹ならそれで十分なのだろう。……信頼の差か。

「不知火は、今日は時津風と訓練ですか?」

「…………はい、成果は、芳しくありませんが」

「そうですか」ぽん、と古鷹は不知火を丁寧に撫でて「また、いつでも訓練には付き合います。山風と折り合いがついたら、声をかけてください」

「ありがとう、ございます。古鷹さん」

「不知火は古鷹とよく訓練してるの?」

 ひょい、と時津風が問いかける。不知火は頷いて、

「ええ、不知火のような「そうですよ。私は不知火の事が好きですから」へ?」

 珍しい、不知火のきょとんとした表情。古鷹はくすくすと笑って、

「欠陥品、そう自認し、死にたいというほどの失意を抱えて、それでも必死に足掻く不知火の事は好きですよ。

 正しく皆の規範になりますから」

「ふふ、そうね。ええ、私も好きよ。不知火ちゃん」

「か、……鹿島さん、まで、…………い、いえ、不知火は、……その、」

 顔を真っ赤にしてぽつぽつと呟く不知火。けど、

「死にたいって、……不知火」

 つん、と不知火の手に触れる時津風。……微笑。不知火は時津風を撫でて、

「死にたいです。

 生きるのは苦しいです。ここにいるのは、……辛い、です。あとからここに来た妹たちが、皆、姉である不知火よりもずっとずっと強くなっていく。一人、弱いまま取り残される。

 司令や秘書艦さん、睦月や古鷹さん、山風や鹿島さんにも、みんなに気をかけてもらって、世話をしてもらいながら、何一つ返せず弱いまま、無様な命にしがみついている。……なかなか、堪えます」

「不知火」

 不知火の手を握る力が強くなる。

 けど、

「それは出来ません。受けた恩を投げ捨てる事だけはしません。

 落ち度ばかりであっても、欠陥品であっても、……それでも、それだけは、出来ません」

 だから大丈夫です、と。不知火は微笑み不安そうに見上げる時津風を撫でる。

「死にたいです。けど、死にません。辛くて苦しいですが、投げません。

 不知火が、ここにいていいよと、言っていただける限りは」

「…………うん」

「強いのだな」

 ぽつり、そんな言葉が零れた。

 失意は、私にもある。たくさん世話になりながら任務に就くことが出来ないもどかしさ。この基地の重要性を考えれば仕方のない事、実力不足だとはわかっていても、苦しさは、ある。

 不知火は、それをずっと抱えていた。自分の妹が、後輩が、自分を追い抜いて進んでいくのを、無力感を抱えてみていた。

 それでもなお、ここにいるというのだから。

「ええ、そうですよ。

 そして、これから私たちが持っていかなければいけない強さです」

 時津風と不知火を鹿島がまとめて抱きしめるのを見ながら、不意に、古鷹が視線を向ける。

「不知火がここにいて訓練が許されている事も、提督の打算ですよ。だから、山風も不知火には資材の管理が甘くなります」

「打算?」

 不自然、ではある。不知火の意思は素晴らしいと思うが、数字だけを見れば確かに不知火は欠陥品と言われても仕方ないだろう。

 対し、この基地の重要性はわかっている。資材が尽きて戦えませんでした。が、許される場所ではない。内海に続く最終防衛線として常に万全の状態で迎撃することが求められる。

 故に、資材の管理は凄まじく厳しい。けど、なぜ、不知火の訓練には甘いのか。

「それは、どのような?」

「任務につく事も出来ない長門さんは、失意を抱えていないとでも?」

「…………ああ、なるほど」

 だから、皆の規範になる。か。

「それに、不知火のような娘はこれから必要になるのですよ。

 戦う必要がなくなった後、艦娘も存在意義そのものが問われた時。その後どうしていくか。おそらく、この基地にもいるでしょう。もう、自分は不要だからと失意に任せて自沈しようと考える娘は、……まあ、その時になってみないとわかりませんが。

 なので、存在意義そのものが問われても、不要だと自分自身でさえ思っていても、それでも意地になって自分が成すべきと決めた事にしがみ付くような娘は、その在り方が皆のお手本になります。だから、山風も不知火の意思は極力尊重しているんです」

「ああ、そうかもな」

 この基地に来る前は、考えた事もなかったな。戦う必要がなくなったときの事、は。

 

 本当に?

 

「…………長門さん?」

 不思議そうに私を見る古鷹。一瞬、ぼう、としてしまったか。いかんな。

「ん、ああ、……いや、すまない」

 古鷹には軽くて振って応じる。……けど、

 よく、考えないといけないな、戦後の事は。

 

 自分でもよくわからない焦燥感を抱え、そんな事を思っていた。

 


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