いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

3 / 38
三話

 

 榛名と鹿島と食堂に向かう。《一日一善》と、妙に達筆な掛け軸がやたらと目立つ寮の一階。

「一階が、丸々食堂か」

「多い時は本当に多いですからねえ」

 しんみりと笑う榛名。確かに食堂は盛況だ。間宮や伊良湖、それに、おそらくはお手伝いなのだろう、何人か艦娘が忙しそうに働いている。

 それに、「お弁当?」

 お弁当箱を持参して食べている艦娘もいる。榛名は頷いて、

「各部屋に給湯室兼簡単なキッチンがあるんです。

 そこで作って食べてる娘もいます。ただ、交流の場としてみんなここで食べるようにしています」

「そうか」

 間宮たちの負担軽減にはいいかもしれないな。もちろん、今日は用意していない。大人しく並ぶことにする。

 と、

「えーと、……あっ」

「鹿島?」

「第二の一艦隊旗艦がいたわ。

 ええと、ごめんなさい、ちょっと場所空けてもらうように頼んでくるわね」

「ああ、頼む」

 挨拶にはいい機会か。ただ、第二の一艦隊旗艦、か。

「確か、資材確保や管理を担当、だったか」

「はい、この基地の生命線です。提督も、彼女の意見はとても参考になるとおっしゃっておりました。

 榛名も、もっとたくさんお勉強して、提督に意見具申が出来るようになりたいです」

「資材の管理に秀でている、か」

「そうですね。結構出撃の機会とか多いですが、資材などで困った事はほとんどありません」

 ここは、提督としての仕事も多いだろう。提督自身の資材管理能力は高かったとしても、そこにかかりきりになる事は出来ないのかもしれない。

 なら、それを行う艦娘の裁量を認め、その艦娘は十分に仕事をこなしていることになる。

「それだけ、優れた艦娘か」

 鹿島を視線で追いかける。彼女の向かう先にいるのは、

「……山風?」

 机に、乱雑に投げ出された大量の書類。片手にスプーンを握り食べ、もう片手で書類を手に視線を滑らせている山風がいる。

 彼女の対面には、僚艦なのだろうか、青葉と龍鳳、そして、山風の隣には熊野。か。

 不意に手に持っている書類を放り投げ、空いた手でボールペンを取り出し何か書き込む。熊野が興味深そうにそれを覗き込み、何度か頷く。

「作戦、か?」

「あまり、お行儀はよくないですけど」

 ともかく、鹿島はそちらに向かい話をする。そこにいる青葉と龍鳳は頷き場所を少し移動。熊野が投げ出された書類をざっとまとめ始めた。

 

「長門、さん。……初めまして、

 あたし、山風。ここの、第二の一艦隊、旗艦」

「第二の一、熊野です。どうぞよろしくお願いしますわ」

「第二の三、青葉ですっ!」

「同じく、龍鳳です。よろしくお願いします」

 本当に山風が旗艦だったのか。少し、驚いた。

「本日付で伊島基地に所属する事になった長門だ。

 まだ新人だが、よろしく頼む」

「長門さん、……新人さん」

「山風さんは聞いていますか?」

 龍鳳の問いに山風は頷いて、乱雑にまとめられた書類から一枚、引っ張り出す。

「うん、……明日、訓練開始。

 必要が想定される資材は全部確保してある。……けど、実績の情報がないから、ちょっと多めに、訓練終わったら再配分が面倒。鹿島さん、確保分を上回る資材の消費、だめ。訓練は、中断、ね」

「ええ、解っています。優先順位は違えたりしませんよ」

 安心させるように微笑む鹿島。まあ、最優先は現場で動く者たちか。

 鹿島の言葉に山風は安心したようにスプーンに盛られたオムライスを食べる、が。

「山風さん」

 熊野は苦笑してナプキンで彼女の口元を拭った。食べながらも書類から視線を落とさないから、頬にケチャップがついている。「むー」と、むず痒そうな声。

「食事中ではないのか?」

 さすがに気になった。けど、

「ん、……食事中も、戦ってる艦娘はいる。戻ってきたとき、怪我しても治す資材がないなんて、絶対にだめ」

「まあ、お行儀は良くないのですが。

 そのあたりは大目に見てくださらない? 提督も、自分が見てるから大丈夫とはおっしゃっているのですが、こればっかりは譲ろうとしないのですのよ。……と、失礼」

 不意に、傍らのスマホが着信音を奏でる。熊野はいくつか操作し、

「山風さん。資材の増減はなし。

 第二の二艦隊。必要資材の確保完了。帰投準備に移るそうですわ。幸いにも何もなく、燃料の補給だけでよさそうですわ」

「ん、……うん、よかった」

「燃料の手配、しておきましょうか?」

 おっとりと問う龍鳳。対して山風はふるふると首を横に振って、

「もう、必要分は用意して、ある。

 終わったら、片づけを、お願い、第二艦隊、のお仕事、帰投したら終わり、だから。片付けしたら自由にしてて」

「きょーしゅくですっ、ではっ、自由時間を満喫しますっ」

 ぴしっ、と敬礼する青葉。「ええ、また明日からがりがり働けるように、存分に満喫してくださいませ」

「へひー」

 にっこりと笑顔の熊野に突っ伏した。

「責任感があるのだな」

 資材の確保は生命線、か。

 対し、山風はふるふると首を横に振る。

「違う、そんな、格好いいんじゃ、ない。あたし、……臆病な、だけ」

 臆病、彼女は自分をそう評した。

「海の中、怖い。……いや、誰かが、そんなところに行くの、だめ。

 だから、誰にも、そんな風に、……させない。失敗、絶対に、だめだから」

 怯えるように、ぎゅっと、山風は小さく震える自分を抱き締める。

「大丈夫ですわよ。

 そのために、みんな頑張っているのですわ。山風さんの友達を、誰も、沈めたりはしませんわ」

 震える山風を、熊野は優しく抱きしめる。「…………うん」

 落ち着いた。おずおずと顔を上げる山風に熊野は軽く笑いかけて、

「ま、大体こんな旗艦と艦隊ですわ。お行儀が悪かったり、ちょっと働きすぎなところがあるかもしれませんけど。

 けど、わたくしは大好きですのよ?」

「そうですね。ふふ、責任はありますけど、とてもやりがいのある艦隊です」

 龍鳳も応じ、青葉も笑顔で頷く。生命線を維持するための艦隊。確かにやりがいはあるか。

 ええ、と頷くと熊野は、不意に笑った。

「わたくし、ここの基地も、艦隊のみんなも好きですのよ。

 けど、一番大好きなのは山風さんですわーっ!」

「青葉も山風旗艦の事大好きですーっ!」

「はいっ、龍鳳は山風旗艦を尊敬し、敬愛していますっ!」

 熊野をはじめとして、なぜか立ち上がって声高に主張する三人。一拍遅れて榛名も「はいっ、榛名も山風さんの事、尊敬していますっ!」と声をあげて立ち上がり、そして、周りから拍手喝采。「私も大好きですーっ!」と、追従して立ち上がる艦娘まで現れた。

「へゆっ?」

 唐突に、そして、一気に注目を集めた渦中の山風は変な声をあげて小さくなった。

「や、……やあ、……あ、あんまり見ないでよおー」

 

「熊野さん、意地悪」

「ふふ、ごめんなさいね」

 ぷう、と頬を膨らませてオムライスを食べる山風。熊野は笑って彼女を撫でる。

「青葉と龍鳳は、第二の、三、だったか?」

「はいっ、……補給部隊の一番下っ端ですう」

 ひらひらと手を振る青葉。「三、か」

「そうね。といっても、十分実戦で働ける能力は持っているのだけど」

「そこに来るまでの訓練が大変なんですー、辛いんですよー、難しいんですよー」

「あ、あはははははは」

 突っ伏す青葉と乾いた笑みを浮かべる龍鳳。……そうか、私はその辛い訓練をこれから受けるのか。

「ここの重要性を鑑みれば必要な事ですっ」

「重要性、か。……ああ、そうか。ここを突破されたら紀伊水道を抜けて、大阪府か」

 確か、それが故に中将という大役を担う提督が取り仕切っているはずだ。

「そうですっ! 大阪府は人口も多くとても栄えているところです。そんなところに深海棲艦を近づけさせるわけにはいきませんっ!

 絶対に、ここは突破されてはいけないところなんですっ」

 むんっ、と拳を握って応じる榛名。

「そうですよ。お二人もちゃんとそれを自覚して頑張ってください」

 鹿島の言葉に青葉と龍鳳は頷く。

「……とすると、私も、三の艦隊から、か?」

 下っ端、という響きは歓迎できないが、とはいえ新人だ。まずはそこからだろう。

 故の問いに鹿島は首を横に振り、

「いえ、下っ端って言ってもあくまでも、実戦に参加できる艦隊では、という前提よ。

 さっきも話した通り、ここの基地は突破されたら内海にまで食いつかれる重要拠点。相応の能力を持つ艦娘でないと実戦には出せないわ。まずは、訓練ね。

 いろいろ経験もしてきたと思うけど、ここでは一から入ってもらうわ」

「ああ、……そうだな」

「そういえば、長門さんはここに来る前は別の泊地にいたんですよね?

 青葉、どんな活躍をしていたのか興味がありますっ」

「い、いや、活躍といっても」

 ぞわり、と。…………過去が浸食する、感触。

 速力の遅い私は先行する娘たちについていけず、守ることもままならないまま、沈めてしまった、過去。

 感じる寒気に思わず口を噤んだところで、呆れたような声。

「青葉、さん。その泊地、艦娘の建造記録もろくに、残してないの。

 そんなところで活躍なんて、どれだけ強くても、無理。情報の管理、杜撰だと、すぐに、破綻する、から」

「そーですわねー

 おかげで長門さんの資材使用記録もほとんど残ってなくて、おおよそ、でしか準備できませんでしたわ。

 長門さん、鹿島さん、訓練のための資材、足りなかったら謝りますわ」

「いや、それはこちらの落ち度だ。面倒な手間をかけた」

「ううん、大丈夫。

 その、訓練でちゃんと、頑張れば、提督はちゃんと、艦隊に入れてくれるから、頑張って」

「ああ、解った。この基地の一翼となれるよう、尽力しよう」

「やっぱり長門さんといえば第一艦隊ですねっ」

「む、ああ、そうだな」

 確かにそうだ、叶うならば第一艦隊として戦艦の意義を果たしたいものだ。

「ふふ、では、あとで提督さんに希望として伝えておきますね」

「そうだな、頼む。そうだ。山風」

「ん?」

「その、資材の管理についてだが、それは提督に教えてもらったのか?」

 誰も沈ませたくないという意思や、それを実現するためにいつでも気にかけている誠実さもあるだろうが。他にも何か勉強をしていたのかもしれない。

「うん」

 山風は胸に手を当てる。大切な事を思い描くように目を閉じて、

「最初、は、沈むの、怖いって、怖がってばっかりだったけど、提督。そんな事にならないように、方法をたくさん、教えてくれた。お勉強、たくさん付き合って、くれた、の」

 それが大切な思い出だと、山風は語る。

「あたし、前にいた泊地で、臆病者はいらないって言われて、捨てられて。……それで、提督に引き取ってもらった、の。

 提督は、こんなあたしにもちゃんと付き合ってくれた。どうすれば、仲間が沈まないで、みんなで、頑張っていけるか、たくさん、たくさん教えてくれたの。

 提督、言ってくれた。臆病なままでいいって、あたし、このままでいいって、……そんな、あたしでも、大丈夫だって思えるように最善を尽くす方法、たくさん教えてくれた、の。……臆病なあたしでも、大丈夫だって思えるなら、きっと、あたしより勇敢なみんなは、もっと安心して、動けるから、それが、みんなを生かす最善の事だって、教えてくれた、の」

「それで、今では第二艦隊の旗艦。

 ふふ、けど山風さん。確かに提督からの教授はあっても、それを形にしたのは山風さんの努力ですわよ。それは誇りなさいな」

「う、……うんっ」

 熊野の言葉に、嬉しそうに応じる山風。

「そうか、提督はそうやって艦娘にも向き合ってくれるのだな」

 それはありがたい事だ。

「はいっ、提督はちゃんと私たちのことも気にかけてくれていますっ!

 ここは規模も大きいので、ずっと一人についてっていう事は難しくても、けど、絶対に蔑ろにはしませんっ」

 龍鳳は拳を握って応じる。

「これで、……せめて、……せめて、おでぶさんなおっさんじゃなければ」

「あ、……あはははは」

 ぽつり、青葉の呟きに龍鳳が遠い目で笑った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。