いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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二十九話

 

 夕食を終えて片付ける。……そこで、

「千歳か?」

 千歳に曳航される提督がいた。そういえば寝酒を、とか言っていたな。

 酒、……か。

「長門さん、どうした?」

 動きを止めた私に初月が問いかける。

「いや、そういえば酒もあるのだなと」

 まだ初任給で、そのうちの何割かは今日の水着で消えたが。……まあ、顔を出すくらいはいいだろう。

 ちょっと行ってみるか。

「お酒っ」

 ぱあっ、と表情を明るくする瑞鳳。その横で時津風はあくび。

「あたしはパスー、眠いー」

「わたくしも、今日はお休みさせていただきます」

 春風と初月も頷く。パスらしい。

「瑞鳳は行くか?」

「うん、提督にちょっと聞いてみたい事もあるし」

 というわけで、瑞鳳と一緒に地下へ。休憩所の隅っこに、ぽかんと座る提督。ちょうどいいか。

「提督、話いい?」

「ふむん? ああ、瑞鳳君かあ、長門君もかあ。

 いいよお。ただ、千歳君と千代田君がお酒を持ってきてくれていてなあ。二人の所は空けておいて欲しいなあ」

「ああ、わかった」

「随分隅っこに座ってるのね」

 ぽつり、呟く瑞鳳に提督は頷いて、

「そうだなあ。前に誠一君が遊びに来た時、女の子に囲まれて居たたまれなさそうにしてたからなあ。

 それで隅っこに来て以来なんとなくここを使っているんだよお」

「誠一君?」

「ああ、元帥だよお。私の友達なんだよお。

 誠一君には悪い事をしたからなあ。出来るだけ相談に乗ったり、協力したりしているんだよお」

「悪い事? 元帥に?」

「あら? 長門さんに、瑞鳳」

「千歳か」

 三つ、徳利をもってきょとんとした千歳。

「相席、構わないか?」

「ええ、いいですよ。お酒は」

「いや、あいにく金がない。まだここでは新人でな。

 だから、どんなところか見に来たんだ」

 瑞鳳も頷く。千歳は楚々と微笑んで「そうでしたか」

「はい、提督。お酒です」

「ふむう、ありがとうなあ」

 こと、と置かれた徳利を見てのんびりと微笑む提督、千歳も笑みを返して座る。

「提督もお酒飲むんだ」

「そうだよお。土曜日はなあ。お酒を飲むとよく眠れるんだよお。

 あ、そうだ。長門君、瑞鳳君、明日は日曜日だけど、私はたぶん起きないからなあ。何かあったら雷君に相談してほしいなあ。ごめんなあ」

「ううん、提督こそせっかくの休みなんだからゆっくり休まないとね」

「土曜日も仕事をしていたのだろう。日曜日くらい仕事は気にせず休むべきだ。

 提督に倒れられたらこちらも困る」

 私と瑞鳳の言葉を受け、千歳は笑って、

「だ、そうですよ。提督。

 なので、明日はゆっくりとお休みください」

「ふむう、解ったよお。ありがとうなあ」

「お姉、提督、おつまみ、……あれ? 長門さん、瑞鳳?」

 ひょい、と現れたのは千代田。

「ああ、新人として話を聞きにな。相席をさせてもらってる」

「そう? ……けど、おつまみ、足りるかなあ」

「いや、後から乗り込んだのはこちらだし、遠慮しなくていい。

 夕食も十分食べたから大丈夫だ」

 瑞鳳も頷く。「そう」と千代田は腰を下ろす。

「ありがとうなあ。千代田君」

「いいわよ別に。私とお姉の分もあるし」

 提督は千歳に注いでもらったお酒を飲み、ほう、と一息。

「ふむう、美味しいなあ。流石は鳳翔君だなあ」

「ああ、鳳翔か」

「あっちね。この時間、鳳翔さんお酒ふるまってくれるから、長門さんも余裕があったら飲んでみれば、美味しいわよ」

「おつまみも美味しいですよ。

 私も、あのくらい料理を上手に作れればいいのですけど」

 おっとりと呟く千歳。提督は頷いて、

「鳳翔君には前からこういう事をお願いしていたからなあ。

 雑用ばっかり押し付けて、申し訳ないなあ」

「付き合いは長いのか?」

 問いに、提督は頷く。

「長いよお。まだ所属している娘もあまりいなくて、雷君も哨戒とかしていたころだったからなあ。

 哨戒をお願いした古鷹君と雷君が大破漂流していた鳳翔君を曳航して戻ったときは、海って凄いなあって思ったなあ。そのあとは睦、……うむう。いろいろと、雑用をお願いしちゃってるんだよお」

「そう、だったんだ」

 確か、二人目の艦。睦月も秘書艦殿が拾ってきたといっていた。ここは、そういう事を繰り返していたのかもしれない。

「提督ってそんな事ばっかり繰り返してるのよね。

 引き取ってもらった私が言えたことじゃないけど、際限なく引き取って自分の首絞めるのとかやめてよね」

 素っ気なく、けど、心配そうに告げる千代田。提督は笑って、

「大丈夫だよお。山風君たちはしっかりしてるから、資材が無く「私たちじゃなくて提督がっ! こっちの心配なんてしてないわよっ」ふむう?」

「そうそう、それ、私も聞きたかった。

 提督、お給料って、提督が自腹切ってるってほんと?」

「ふむう、……うむ」

 提督は頷き、瑞鳳は困ったように眉尻を下げて、

「…………その、そこまで気を遣ってもらわなくても、大丈夫よ。

 提督も、趣味とか、自分のために使った方がいいと思うわ。家族、とか」

「ふむう、私に家族はいないんだがなあ。

 趣味かあ、……趣味かああ」

 いない、……のか? ともかく、提督は不意に左右に目配せ、千歳と千代田が、なんか、笑った。

「そうだなあ。やっぱり趣味は大切だなあ」

「そうよっ」

 頷いた提督に、我が意を得たりと瑞鳳。……ただ、提督の趣味となると、…………嫌な予感がするので静観決定。

「そうかあ。私の趣味は可愛い女の子を凝視する事だからなあ」

「え?」

 瑞鳳硬直。千歳は楚々と微笑む。

「提督、可愛い娘がいますよ」

「そうね。私にとってはお姉の方が奇麗だけど、瑞鳳も可愛いと思うわ」

「……ちょ、ちょ、ちょっとっ? ちょっと千代田さんっ? 千歳さんっ?」

 大慌てで声をあげる瑞鳳。提督は頷いて、

「じゃあ、凝視しようかなあ。趣味は大切だからなあ」

「ぎょうしー」「ぎょっしっ」

 意地悪く笑う千代田と、楽しそうに微笑む千歳、ぽかんとした表情の提督から真っ直ぐに凝視される瑞鳳。

「いやいやっ、なんで千代田さんと千歳さんまでっ」

「ぎょーうーしー」「ぎよし」「ぎょし」

 三人から凝視され瑞鳳がおろおろしている。

「ちょ、ほんと、やめっ、やめてーっ」

「ぎょー、だっ」

 すかんっ、と音。提督は頭を何かに打撃されてゆらゆら揺れる。

「提督っ、新人さんをあまりからかってはいけませんよ」

 ぱたぱたと、弓を片手に鳳翔。……射たのか。

「ふむう、いけないかあ。

 鳳翔君、こういう趣味はだめなのかなあ。私もおっさんだからなあ。可愛い娘は見ていたくなる。というのはだめかなあ」

「いけませんっ! いいですか、提督。確かに瑞鳳さんは可愛らしいです。が、だからと言って殿方が女性に不躾な視線を送ってはいけませんっ!」

「そうかあ。ごめんなあ。瑞鳳君」

「ぎょうしー」「ぎょっし」

 千歳と千代田はまだ瑞鳳を凝視している。鳳翔はすぱんと、二人の頭を叩いた。

「はうう、ありがとうございます鳳翔さーん」

 しょぼしょぼしている瑞鳳が可愛い。

「まあ、そういうわけだからお給料の事は気にしなくていいよお」

「ど、どういうわけ?」

 曖昧な表情で問い返す瑞鳳。提督は頷いて、

「私には趣味はないし、養う家族もいないからなあ。

 だから、お金を持っていても余らせてしまうんだよお」

「え? いないって、ご両親とか、は?」

「私の両親はなあ。軍人さんだったんだけど、深海棲艦の発生の時に殺されたんだよお。

 だから私は天涯孤独でなあ。ここにいれば生活にも困らないから、お金は持っていても使い道がないんだよお」

「そ、……あ、ご、ごめん」

 瑞鳳は申し訳なさそうに俯く。

「気にしないでいいよお。

 私が持っていても使わない。使い道は何もない。それなら、使い道のある瑞鳳君が使ってくれた方がいいんだよなあ。

 それで瑞鳳君が奮起してくれればいう事なし、いらないものでやる気が買えるなら、安いものだなあ」

「そんなもの、……なの?」

「じゃあ、また趣味に移ろうかなあ。千代田君、千歳君」

「そうね」「ええ、じゃあ」

 なぜか乗り気な千代田と千歳。瑞鳳は慌てて手を振って止める。

「いや、いやそれは止めてっ」

 ぽん、と瑞鳳は両肩を叩かれた。鳳翔は微笑んで、

「提督からのご厚意なので、感謝をしていただいていいのですよ。

 代わりに、瑞鳳さんなりに、提督のた「鳳翔君」っと、守らないといけない人のために、出来る事を考えなさい。それが大切ですよ。ね、提督」

「そうだよお。

 すぐになんて言わないし、一人で考える必要もない、ゆっくりと、瑞鳳君に出来る事を考えてみて、いいこと考えたら友達とやってみなさい。お給料も、そのためのお金だと思えば安いものだよお」

「何も考えつかなかったら、私たちに相談してくれてもいいですよ。

 そのための先輩ですから、ね」

 千歳の笑顔に千代田も頷き、瑞鳳も肩を落として、

「…………うん」

「第一、やる事はたくさんあるぞ。

 那珂がプール開きのイベントを企画したらしい。それまでに掃除をしておかなければならない。準備も手伝おう。

 第二艦隊から、倉庫の掃除手伝いのアルバイトもあったな。第一の一艦隊との演習もある。瑞鳳、やる事はいくらでもある。私たちの練度を上げ、基地のみんながストレスなく出撃し戦えるよう、しばらくは頑張っていこう」

 瑞鳳は幽かに目を見開いて、……微笑んだ。

「うん、そうだね。……提督、も、ありがと」

 笑顔を浮かべる瑞鳳に、提督は真面目な表情で頷く。

「使い道がなかったら、望遠鏡を買ってきて欲しいなあ。

 これで遠くから女の子を凝視できるなあ。……頑張ればプールも覗けるかなあ。女の子の水着姿を凝視するために、頼んだよお」

「ぜーったいにいやっ」

 真面目な表情のまま変な事を言い出す提督。ぺしっ、と。矢を拾って瑞鳳は彼の頭を叩いた。

「そういえば提督、元帥に悪い事をしたといっていたが、何をやったのだ?」

 友達、と聞いているが。調理場に戻る鳳翔を見送っていた提督は振り返る。お酒を一口。ほう、と一息。

「そうだなあ。誠一君は、成績があんまりよくなくてなあ。おまけにお人好しで真面目でなあ。悪く言ってしまうと利用されやすい性格なんだよお。

 そんな誠一君を、その時の海軍大将が傀儡にするために元帥に押し上げたんだよお。けど、私もそれに同意してなあ。面倒な事を押し付けてしまったんだよお」

「そう、なのか?」

 確か、熊野も言っていたな。仕事は出来ない、と。

「どうして? その、……傀儡、のため?」

 瑞鳳の問いに提督は首を横に振って、視線を向ける。

「違うよお。誠一君はいい人だからなあ。

 海軍大将にその権限のほとんどははく奪されたけど、それでも陸軍にしがみ付いてる人たちとか、協力してくれる人はいるからなあ。だから、千歳君や千代田君みたいな娘をほったらかしにするなんて選択はしない。そう思ってなあ」

「え?」

「ばか。何余計な事言ってるのよ」

 千代田はそっぽを向いて、千歳は困ったように微笑む。

「ええ、私と千代田は、前の提督からお払い箱だといわれて、解体を請け負う業者に引き渡されたのよ。

 その業者が、さっき提督の言っていた陸軍の人で、そのまま元帥さんに拾っていただけたの。ここに来たのは、元帥さんの紹介ね」

「そんな事を見越して、私は友達に面倒な仕事を押し付けてしまってなあ。……ふむう、友達を利用したのだから、私も、悪い大人だなあ」

 困ったように、そんな事を言って提督はお酒を一口。……ほう、と。一息。困ったような視線を瑞鳳に向けて、

「瑞鳳君、私は、そういう人なんだよお。

 お給料だって単純な厚意じゃあない。戦意の高揚、感謝によるある程度の忠誠、メンタルケアという厄介なメンテナンスを自分でやらせるための方策。

 君たちを、……艦娘という兵器を使いやすいようにするための、打算の結果なんだよお。だから、気遣ってもらって悪いなんて思わず、自分の使いたいように使いなさい。

 私は、私の利になるよう、私の思惑に従って動くだけだからなあ。それが気に入らないなら、気に入ってくれそうな少将を紹介するよお」

「そういうわけじゃ、……ない、けど」

 瑞鳳は視線を背けて、ぽつぽつと応じる。

「私はそのくらいさばさばした方が気楽でいいけどね。

 好いたのどうだのってのはもう沢山よ。提督に求めるのは指揮管理能力とストレスを感じない程度の配慮、と。お姉と一緒にいさせてくれることだけよ」

 千代田はひらひらと手を振って応じる。

「千歳もか?」

「そうですね。私も千代田におおよそ同感です。私たちは兵器として力を振るい、提督は私たちを適切に運用する。目的が同じならそれだけで十分ですよ。

 まあ、千代田と一緒に引き取ってくれて、その後も面倒を見てくれている恩義はありますので、」

 千歳は微笑み徳利を手に、提督に注ぎながら笑みを見せる。

「お酌くらいはしてあげますよ。提督」

 


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