いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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二十八話

 

 恒例らしい、陽炎型姉妹の喧嘩をもっておやつの時間は終わった。

「実に、充実した時間だった」

「…………まあ、楽しかったのは認めるけどさ」

 天津風と取っ組み合いの喧嘩をした時津風はあくびを一つ。

「陽炎型姉妹は仲がいいね」

「いや、かなり喧嘩してるけど」

 どこか羨ましそうに言う瑞鳳に時津風はころころ転がりながら応じた。瑞鳳は口をとがらせて「喧嘩するほど仲がいい。ってことじゃないの?」

「そうかなー?」

「ふふ、けど、楽しかったですね。

 それに、明日もお休み、何をしましょうか」

 おっとりと呟く春風。ふと、瑞鳳が手をあげて、

「明日じゃないんだけどさ、第二艦隊で倉庫整理のアルバイトを募集。ってあったけど、やってみる?」

「あ、アルバイト。……そういえば、神風お姉様が比較的切羽詰まっていました。

 お手伝いも、いいかもしれませんね」

「体力作りにはなりそうだな。……アルバイト、…………報酬とか出るのかな。わざわざそんな言い方をしているとすると」

「報酬、っていうと、お給料から?」

「第二艦隊から、っていうならそういう事だと思う。

 提督からの命令、じゃないんだよね? それならそういうだろうし」

 提督からの命令、ではない、か。瑞鳳の言ったことが気になる。確かにそれならそうというだろう。

 倉庫の片づけは重労働だろうし、大変だろう。だが、あそこまで管理を徹底する第二艦隊が乱雑な状況を許容できるとは思えない。片付けは基地全体にとっても大切なはずだ。

「変なの、それならしれーが片付けろー、っていえばいいのに。

 それとも、こういうのも自主性が、とかって事なのかな?」

 ころころと畳の上を転がりながら時津風。……ふと、思い出したのはいつかの会話。その時は、

「そうだ。瑞鳳、春風、初月、聞いて欲しい。

 秘書艦殿や提督と話したのだが、中将位の提督たちはすでに深海棲艦殲滅後の事も見据えているようだ」

「殲滅、後?」

 きょとん、と、そんなこと考えもしなかった。とそんな口調で瑞鳳。

「ああ、そうだ。

 兵器としての艦娘が不要になったとき、という事だ」

「あれでしょ? 艦娘は離島で暮らして、少しずつ自立した生活を、とかってやつでしょ?」

 時津風の言葉に頷き、三人は息をのむ。私は自分の胸に触れて、

「私たち艦娘は人とは違う。生態からして人との完全な共存はほぼ不可能だ。法整備をしていけば長い時間がかかるだろう。

 それならいっそのこと私たちは、ここ、伊島のような離島に移り、ある程度の距離感を持ちながら共存していく。という方向で中将たちは話をまとめているらしい」

「そうなんだ」

「ああ、自主性って、そうなったとき、私たち艦娘だけでやっていかないといけないから、そのための訓練って事?」

 瑞鳳の問いに時津風は頷く。

「そのテストケースが、前島の、戦えなくなった艦娘たち、らしい。

 そして、秘書次艦だ。戦う必要がなくなった後に、艦娘だけで生活をするための能力を身に着ける事が目的のようだ。当人たちに自覚があるかはわからないが」

「それ、でしょうか」

 不意に、春風が手をあげる。視線を向けると彼女は少し、思い出すような仕草をして、

「神風お姉様から、訓練についてお話を伺いましたが、葛城、中将、という方の所に研修に行ったそうです。

 その時、物流や倉庫内の管理について学んだとおっしゃっていましたが、消費期限も厳密に管理をしていたそうです。わたくしたち艦娘が使う資材では、消費期限なんてほとんど意識しなくてもいいはずなのですが。

 神風お姉様と山風さんはいずれ海上輸送の復帰と、艦娘を主体とする物流を視野に入れている、と予想をしていたそうです」

「それも一面ではあるだろうな。

 収入は必要だし、その方法の一つとして海上輸送を担当するのだろう」

「なるほど、まだ遠い話かもしれないけど、いつか、必要になるか」

 初月は納得するように頷く。……ふと、違和感。遠い話、と言っているが。

「…………そうだ。深海棲艦の発生原因って知っているか?」

「それは不明じゃないの?」

 瑞鳳の言葉に春風、初月、時津風も頷く。そう、私もそう聞いている。

 けど、

「秘書艦殿は、何か知っているような口ぶりだったんだ。深海棲艦の殲滅は、いつになるかわからない。もしかしたら、今この瞬間に成し遂げられているかもしれない、と」

「そうなんだ? ……じゃあ、その独立の話もわりと現実的な話なんだ」

 時津風の言葉に「そうだな」と頷く。

「ただ、そこには経済的、政治的な見通しもあるらしい。いいように使われて捨てられるのも避けたい。

 自衛のためにもやはり勉強は必要だな」

「うぇー? 勉強とかやだー」

 時津風はころころと転がる、が。初月は真剣な表情で頷く。けど、ぽつり、と。

「どういう勉強が必要だろうか」

「秘書次艦の村雨か、あるいは秘書艦殿に聞いてみようか」

「司令官様も、時間がありましたら疑問には答えていただけると仰っておりました。

 参考となる教材を教えていただければ、とっかかりにはなるかと思います」

 と、言うわけで私は時津風を撫でて、

「また提督の都合に振り回されるのも面白くないだろう。

 せめて、理由は質せるようにしなければな」

「はーい」

 撫でられて、心地よさそうに目を細めて時津風は頷いた。

「それで、アルバイトだけどやってみる?」

 瑞鳳の問いに、春風は手をあげる。

「もともと神風お姉様に誘われておりましたし、わたくしは参加をしたいです」

「……人身御供?」

「…………お、お手伝いですっ」

 不吉な事を言う瑞鳳に春風は語気を強める。

「あ、あたしもやるーっ! なんか楽しそうだしーっ」

 立ち上がり手をあげる時津風。初月も頷いて「報酬はともかく、せっかくだからいろいろやってみたい」

「うーん、人身御供っていうのが気になるけど、私も参加しようかな。

 やってみないとわからないし」

 難しい表情で応じる瑞鳳。

「なら、会ったら参加希望を伝えてみようか」私は室内の時計に視線を向けて「夕食時だ。食堂にいればいいが」

 

 食堂にいればその時に話をしよう、と思ったが。食堂は広い。何せ、元学校という建物の一階がすべて食堂だ。

「今日は皆で食べる?」

 時津風の問い。特に予定はなかったらしい、みんなは頷く。春風はぐるりとあたりを見渡して、

「これでは神風お姉様を見つけるのも大変ですね」

 春風は困ったように呟く。確かにそうだ。

「けど、……さすがというか、提督はすぐ見つかるね」

 で、苦笑気味にそんな事を言う瑞鳳。視線を追ってみれば確かに、すぐに見つかった。

 提督を示す白い制服もそうだが、なにより、……うむ。

「でかいな」

「ま、まあ、おでぶさんだから」

 私が漏らした言葉に初月は曖昧な表情で応じる。

 もっとも、それだけではないが。

 閑散、というほどではないがぽつぽつと席は空いている。が、提督の周りには艦娘が集まっている。

 出来る事なら艦隊運用など話は聞きたいが、それはおそらくあそこに座るみんなも同じ、あとから来たものとして割り込むわけにはいかないか。

 だから、適当に空いている席に座ろう。間宮から食事を受け取り、席を探す。

「ふふ、けど、司令官様。こうしてみるとやはり慕われていますね。

 夜だけとは言わず、お昼も食堂で食べてもよいと思うのですが」

 春風は微笑みそんな事を言う。瑞鳳は頷いて「あれ、どこまで本気で言ってるんだろうね?」

「あたし、しれーがいてもあんまり緊張しないなー」

「同感だ」

 というかあれで緊張感を与えると思っているのだろうか?

「おうっ、てーとくの周りはもういっぱいっ」

「っぽい、島風が遅かったからっぽい」

「えーっ、私、遅くなーいっ」

「といってもこれじゃあ仕方ないっぽい。どこかで食べるっぽい。古鷹さんがいたら捕まえたいっぽい」

「いるかな、……おうっ?」

 不意に、島風がこちらに視線を向ける。

「夕立っ、あっち?」

「っぽい? あっ、長門さんたちっぽいっ」

「長門さん当人がいてぽいも何もないわよ」

 と、そんな事を言いながらこちらに来る夕立と島風。

「ちょっと演習の話をしたいっぽい? いいっぽい?」

「演習?」

 春風は不思議そうに首を傾げた。

 

 島風、夕立と一緒に食事の席へ。そこで、

「演習、って?」

「まだ暫定だが、夕立たち第一の一艦隊を相手とした撤退戦だ。……ん? ひょっとして、島風も、か?」

「そうですよ。私も第一の一艦隊です」

 かかかっ、と。軽快に箸を操りながら応じる島風。

「夕立ちゃんと、島風ちゃんと、古鷹さんと、あと、陸奥さんと?」

「あと、山城さんと瑞鶴さんっぽい」

「僚艦の名前くらいちゃんと覚えておきなさいよ。ぼけいぬ」

「黙るっぽいえろ風」

「そ、……それは、強敵だな」

 軽く冷や汗を流して初月。当然、練度差も相当あるだろう。

「まあ、そんな格上の相手からの撤退戦の訓練だ」

「航空戦艦と正規空母、それに、島風ちゃん相手に撤退戦か。

 陸奥さんの射程も侮れないし、旗艦は指輪持ちの古鷹。……確かに格上ね」

「にしし、夕立はなし」

「っぽいっ? 夕立だって凄いっぽいっ!」

 難しい表情で呟く瑞鳳。たまたま抜けた名前に突っ込み突っ伏す夕立。

「とはいえ、交戦する相手が確実に格下とも限らないし、経験を積むにはいいだろう。

 敗北から学べることも多くある。そのくらいの覚悟で挑もう」

「ぶー、楽しいパーティーがいいっぽいー」

「私はそれでいいですよ。追撃は得意です」

「島風さんの追撃をどうするかですか。……わたくしと時津風さんでいかに抑えられるかですね。

 初月さんは」

「無理だと思う。航空戦艦と正規空母を相手に瑞鳳さん一人で航空戦は苦しいと思うから。僕も対空射撃に入る」

 瑞鳳は頷く。

「なるほど、穴が見当たらないな」

「そして、相変わらず活躍の見込みがないぽいぬ」

「っぽいっ?」

 ぽつり、呟いた島風に変な反応をする夕立。

「大丈夫だよ夕立っ! だって、」

 時津風の声に夕立は顔をあげる。時津風は力強く頷く。

「それで、いつやるの?」

「なにが大丈夫っぽいっ?」

「フォローを期待させておいて放置、……神風お姉様もやられていましたね。

 時津風さんもレベルアップしていますし、負けていられませんっ」

「……何が?」

「被害担当艦回避」

「あっ、島風回避得意ですっ!」

「では、島風。回避のコツを教えて欲しい」「わたくしもお願いします」

「なんでそんなに熱心なの?」

 身を乗り出す初月と春風に半眼を向ける瑞鳳。

「じゃあ、あんまり気にしてないずいほーが被害担当艦にけってー」

 嬉しそうに手をあげる時津風。瑞鳳の頬が引き攣る。うむ。

「瑞鳳をいじ、…………胸が熱いな」

「話繋がってないよ長門さん。っていうか、今の会話のどこに胸が熱くなる要素があるのっ?」

「島風の回避はただ走って逃げるだけっぽい。意味ないっぽい」

「みんなが遅いからいけないのよっ!」

「まあ、つまり攻撃あるのみだ。何の話をしているかわからなくなったが、訓練は提督の判断で十二日後の予定だ。

 鹿島にも連絡をしなければいけないな」

「それなら陸奥さんがしておいたそうですよ。

 一応予定の確認はするけど、たぶん大丈夫だそうです」

「という事だが。皆はいいか? 間違いなく厳しい戦いになると思うが」

 何せ、実戦配備さえまだの新造艦隊が最高戦力の主力艦隊と相対するわけだ。敗北はほぼ確実だろう。

 けど、瑞鳳は肩をすくめて、

「厳しい戦いなんて海に出たら当たり前なんだし、今のうちにきつい思いしておいた方がいいわ。

 私は、やりたい。惨敗の経験を積んでおかないと、撤退のタイミングを見逃すかもしれないし」

「撤退のタイミングか、そうだな、必要だな」

 頷く、瑞鳳には皆も同意なのか、反対の声はない。

「やったっぽいっ、頑張ってレベルアップっぽいっ」

「追撃ですね。かけっこたくさん、楽しみですっ」

 で、島風と夕立も乗り気だ。結果はともかく、いい訓練になるだろう。

「鹿島さんから第二艦隊にも連絡は行くっぽい。

 けど、万が一連絡の不備があったら山風が怒って提督さんがお腹を突かれたり熊野さんからヤ、……お嬢様キックを食らうっぽい。見かけたらちゃんと伝えた方がいいっぽい」

「了解した」

 確かに、万が一でも連絡の不備があったら第二艦隊は怒るだろう。それに、こうした連絡はしっかりしないとな。アルバイトの事もあるし、明日、改めて神風か山風の部屋に行くのもいいだろう。

「その、聞きたいのだが」

 おずおずと、初月が手をあげた。

「なぜ、提督が攻撃されるんだ?」

 初月の問いに、一同沈黙。……そうだな、なぜ、提督が攻撃されるのだろうか。

「てーとく、この基地の被害担当艦だからじゃないんですか?」

「ああ、なるほど、それもそうだ」

 島風の答えに初月は納得した。「……いや、それはおかしい」

 彼は艦ではない、人だ。艦と呼ぶのは違うだろう。…………被害担当なのは、まあ、仕方ないか。

 ……………………仕方ない、か?

 


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