いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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二十七話

 

 図書室をしばらく見て回る。この基地の出撃、遠征の記録や『政治・経済』のコーナーにどんな本があるかざっと背表紙を眺めてみる、と。

「あれは、春風たちか?」

 図書室から見える窓の下。春雨と楽しそうに話している春風がいる。どこか誇らしそうにカートを押す萩風、鹿島や榛名もいる。

「…………なんというか、どうして突っ走るんだろうな」

 おそらく、提督に差し入れを持って来たのだろう。それはいいのだが、四台のカートは作りすぎだろう。提督に胃薬でも持っていこうか。……金がないな。

 仕方ない、提督の胃の冥福を祈り図書室内を見て回る。……ん。

「青葉、勉強か?」

 本棚に手を伸ばす青葉がいた。

「あ、長門さん。きょーしゅくです」

「その使い方はおかしい。……ええと、」

「物流についてのお勉強ですっ! 管理だけじゃなくて運搬にも気を遣わないといけませんから」

「ああ、それもそうだな。……遠征の記録か?」

「はい。葛城中将の遠征記録です」

「葛城中将の? ……そんな記録まであるのか?」

 問いに、青葉は一瞬不思議そうな顔をして、ぽんっ、と。

「ああ、そっか。

 はい、少将や中将の記録は公表されています。勉強になる事も多いですから、青葉たち第二艦隊でもよく教材として使わせてもらっています」

「そうだな」

 頷く、けど、青葉は苦笑。

「といっても、参考になるのは少将のまでですけどね」

「そうなのか?」

 どちらかといえば、……いや、

「ハイレベル、なのか?」

 問いに、青葉は頷いて手の中にある本を示す。タイトルは、『葛城せつ』。

「葛城、せつ?」

「葛城中将。中国地方を挟んで向こう側、沖の島を預かる中将です」

「あ、……ああ、そうか」

 病犬と呼ばれた朝潮。人殺しさえ気にしない人でなし。そして、中将を任せるに足る実力者。

「私も見せてもらっていいか?」

「いいですよ」

 青葉の隣に腰を下ろし、ファイルを覗き込む。

 任務のほとんどが輸送任務だ。それはいい、が。「…………これは?」

「航路図です」

 眉根を寄せる。数百メートルの範囲に、合計で十六の駆逐艦の艦娘が駆け回っているらしい。

 全体図ではまるで網の目のように構築された航路。……正直、目が痛くなる。

「で、これがタイムテーブルですね」

 出発時間、到着時間が分単位で刻まれている。それも、その基地だけで一日のうちに五十近いの輸送任務をこなしているらしい。

 ここまで緻密な輸送を行える艦娘も相当だが。

「これを、管理しているのか?」

「そうですよお。ほんと、中将の頭ってどういう出来なんでしょうかね」

「確かに、これは凄いな」

「真似しろなんて言われても出来ないです。これに並列して、こんな凄まじいタイムスケジュールをこなせるように艦娘の訓練、教育、基地の維持管理、部下の管理までしていますからね。

 もちろん、秘書艦も手伝っているのでしょうけど。……………………中将って、人間なんでしょうか? 青葉、人の皮を被ったコンピューターだって言われたほうが納得できます」

「……反論できないな」

 青葉の疑問にため息交じりに応じる。ただ、

「所属する艦娘も大変だな」

 思わず、ぽつり、言葉が零れる。青葉はひらひらと手を振って、

「そうですね。けど、葛城中将、配下の艦娘からは慕われているみたいですよ。前に海風さんとお話しましたけど、彼女も凄く慕っていました。

 それに、…………ええと、」

「ん?」

 どこか言い難そうに口籠り、一息。

「そんなわけで、葛城中将の艦娘って凄く優秀なんです。

 それで、彼女の所の准将の一人が、……その、その准将の所にいた長門さんと交換で駆逐艦を欲しがったんです。海風さんと交換してほしい、って」

「戦艦と引き換えにでも欲しがられる駆逐艦か」

「驚きですよね。けど、それさえ拒絶したらしいんです。

 海風さん、葛城中将の事とても慕ってますから、戦艦の長門さんよりも必要とされていた。って凄く嬉しくて、泣いちゃったって」

「それは、そうだろうな」

 普通に考えれば、駆逐艦と戦艦では破格の条件だ。けど、それさえ蹴るとは。それだけ大切にされているのだろう。

 青葉は難しい表情で、

「一度、青葉もその訓練に参加してみたいです。

 山風旗艦とかは参加した事があるみたいなんですけどね」

「ああ、輸送の名手が行う訓練か。

 確かに第二艦隊では興味があるだろうな」

「はい、後で青葉もそのお話を聞きましたけど、凄く勉強になりました」

「他の基地の訓練も受けているのか?」

 それは、少し興味があるな。対して青葉は頷く。

「いえ、青葉が知っている限り第二艦隊の艦娘が葛城中将の所に行くだけです。それも滅多にないですけど。逆に、葛城中将のところの艦娘が第三艦隊に、艦隊護衛についての訓練に来たりするくらいです。

 ほかは、司令官配下の少将が合同訓練を依頼する事もあります。そういう意味では結構人の出入りもあります」

「定期的な報告にも来るらしいな。……なるほど、他の提督配下の艦娘か。

 情報交換もいいかもしれないな」

「演習とか勉強になります。

 長門さんは第三艦隊ですから、予定を立てて審査を通れば演習も出来ます。……ええと、スケジュールは、司令官か、村雨ちゃんが把握しています」

「…………審査、というのは?」

 問いに、青葉は親指を立てる。

「山風旗艦の説得、頑張ってくださいっ」

「……それはまた、難題だな」

 

 青葉とともに図書室を出る。……と。

「あっ、長門さんっ、青葉ちゃんっ」

「那珂か」

「どうしたんですか?」

 何か、切羽詰まった表情でぱたぱたと駆け寄ってくる那珂。彼女は一息ついて、頭を下げた。

「お、お菓子食べてくださいっ」

「…………あ、はい、青葉、歓迎します」

 正直出会い頭に言われると意味不明だが、とりあえず青葉は了解した。お菓子は食べたいらしい。

「那珂、いきなり言われても困る。

 それに、そのお菓子というのは?」

「……ええと、榛名さんとか、お菓子の差し入れに来たんだけど。

 作りすぎちゃったみたいで」

「ああ、この基地のあるあるです。

 榛名さん、司令官の事を信頼していますから、むやみに作っても全部食べてくれるって」

「…………ぽんこつではないのか?」

 というか、止めてやれ鹿島。

「それもあったんだけどね。

 なんか、萩風ちゃんがすっごくやる気だったみたいなの。それで、健康ケーキワンホール一人で作っちゃって」

「……健康に悪そうだな」

「萩風ちゃんの健康レシピならもっと作っても大丈夫っ! 提督ならいけますっ! って榛名さんが気合を入れたみたいなの」

「……………………榛名の真似、巧いな」

 拳を握る榛名の姿をありありと想像できた。

 

「とりあえず、止めてやれ鹿島」

 一人で食べたら体調不良確定の菓子を前に、曖昧な表情の鹿島に横目で呟く。

 鹿島はそっと視線を逸らして、

「お菓子作るの、楽しくて」

「まあ、趣味を持つのはいい事だな。それで、これはどうするんだ?」

「大丈夫っ、提督なら全部食べてくれますっ!

 榛名っ、提督を信じていますっ!」

 こいつはだめかもしれない。……ええと、

「春風?」

 というわけで、僚艦という事で信頼できる彼女に視線を向ける。春風は困ったような表情。

「お菓子作り教えていただけて、とても楽しくて、……つい。

 あ、で、ですがっ、萩風さんから健康レシピを教えていただきましたっ」

 ぐっ、と拳を握る春風。なかなか可愛らしいが、言わなければならない。

「春風、食べ過ぎは健康に良くない」

「…………はい、自重します」

「健康レシピなのに健康に良くない。…………不思議、です」

 なぜか、大いなる矛盾を目の当たりにしたような表情の萩風。いったいどうすればいいのだろうか? ともかく、

「とりあえず、普通に考えればこれ一人では食べられないだろう。

 いっそのこと基地に残っている他の艦娘も集めて皆で食べるか?」

 それだと一人あたりは随分と少なくなるが、間食だし構わないだろう。……というか、それだけの量を提督に食わせようとするな。

「……そ、その発想はなかったわ。流石、連合艦隊旗艦ね」

「お前もぽんこつか」

 驚愕の表情を浮かべる鹿島。叩いたら治るだろうか?

 

「今日は皆で食べる事にしたんデスネー」

「ああ、……と、それは?」

 ティーセットの乗ったカートを押しながら金剛。彼女は肩をすくめて、

「どーせ何も考えず作りすぎるのは目に見えてマス。というか恒例行事ですからネ。

 とりあえずテイトクにお茶と、後で適当に集めてTeaPartyと思ってマシタ」

「というか、解ってるなら止めてやれ」

 主に妹を。

「面倒デース。それに取り分減るじゃないデスカー」

 金剛はさばさばと応じた。割と外道かもしれない。

「長門さん」

 不意に、声。「ああ、不知火か」

「はい、せっかくなので時津風着任おめでとうパーティーも一緒にやる事にしました。

 時間が空いたら来てください」

 示す先、陽炎型の艦娘が集まっている。金剛は不知火の肩を叩いて、

「なら今すぐで大丈夫デス。

 ワタシはテイトクに紅茶淹れてきマス」

 ひらひらと手を振って金剛は歩き出す。その先、なぜかぽかんと一人椅子に座っている提督。

「提督は何をしているんだ?」

 問いに金剛はけらけらと笑って、

「さあ? 女の子がたくさん集まって始めたお菓子パーティーに巻き込まれて、居場所をなくしたおっさんの哀愁でも噛み締めてるんじゃないんデスカー?」

 

 姉妹に囲まれ、プレゼントを受け取って嬉しそうな時津風。

 初月も秋月、照月にプレゼントをもらっている。そして、

「長門」

「あ、…………陸奥先輩」

「……いや、それは止めてほんと」

「なぜだ?」

 胡散臭そうな視線を向けると、陸奥は曖昧な表情で「違和感が凄い。っていうか、長門は気にならないの?」

「ならない。第一、」陽炎型の姉妹を見て「駆逐艦ならともかく、ことさら姉妹で上下を意識する事もないだろう。今更」

 同じ基地に所属し、志を共にする仲間、と思っている。それくらい、か。……うむ。

「陸奥先輩の実績も、その実力も先輩として参考に出来る事は多い。是非長門型戦艦として経験してきた戦い方を教授してほしい」

「…………さむっ」

「殴るぞ貴様」

 なぜか身を震わせる陸奥。非常に心外だ。

「ま、まあいいわ。

 それでも一応姉妹だし、そのよしみで受け取りなさい」

「ん、……ああ」

 渡されたのは大きな紙袋。「これは?」

「私服。買ってないでしょ?

 支給のはあるけど、長門も女性なんだから少しは気を遣いなさい。それに他の中将や元帥も来るんだから」

「そう、か。ああ、ありがとう。気が回らなかったな」

 支給の服はある。が、フリーサイズでデザインも簡素なものだ。それはそれで悪くはないが、元帥と会うとしたらもう少し小奇麗な格好の方がいいかもしれない。

「それと、着任おめでと。話は金剛から聞いてるわ。

 手探りなところも多いらしいけど結構期待もされているみたいだから、頑張ってね」

「ああ、期待に応えられるよう努力しよう」

 陸奥に軽く手を振って応じる。

「そ、あ、戦闘訓練なら付き合うから」

「ああ、その時は胸を借り「長門さんと演習っぽい?」」

「ひゃっ?」

 不意に、声。陸奥は軽く前につんのめる。後ろから、夕立が抱き着いたらしい。

「演習するなら楽しみっぽい。夕立、頑張っちゃうっぽいっ」

「熱心だな。……ああ、超えたい姉がいるのか」

 確か、現存する艦娘の中でも最上位の四人。そのうちの一人が白露型駆逐艦、二番艦の時雨。だったはずだ。

「っぽいっ! だからたくさんたくさん訓練したいっぽいっ! もっともっと強くなりたいわっ!」

「……いいけど、むやみに資材を使うのはだめ。

 資材は、艦娘、みんなのだから」

「ぽいっ?」

 半眼を向ける山風。第二艦隊旗艦にして基地の財布を握っている艦娘。……む。

「もしや、この基地にいる艦娘では最大の発言力を持っているのではないか?」

 第一の一艦隊旗艦の古鷹も、山風の意見なら仕方ないと従っていたし。

「いや、さすがに秘書艦さんの方が発言力は上でしょ?」

 胡散臭そうに問う陸奥。ただ、私は首を傾げた。

「秘書艦殿は艦娘なのか?」

 問いに、陸奥は難しい表情で頷く。

「……………………否定できないわね。第二艦隊旗艦だし」

「……ひ、秘書艦さん、すでに艦娘扱いされてないっぽい」

 夕立は慄いている。と、

「そうそうっ、鈴谷たちの旗艦はすっごく偉いんだよっ! ねーっ、山風っ」

「…………別に、そういうんじゃない。

 ただ、夕立、ブレーキをいつも意識させないと、すぐに、暴走するから」

「ぶーっ」

 むくれる夕立。けど、逆らえないらしい。陸奥は苦笑して彼女を撫でた。

「……第一の一艦隊と、長門さんの艦隊との演習なら、……………………十日後、から、十三日後、までの間。までなら、入れられる。

 予定入れるなら、三日以内に、鹿島さんに申請して、通ればこっちで資材、確保するから」

「はーい」

「ま、それは古鷹とも相談しましょう。

 長門も考えてみてね」

「ああ、わかった。僚艦とも相談してみよう」

「んー、じゃあ、やっぱ資材は今から考えておこっか」鈴谷は懐からメモ帳を取り出して「とりあえずやる、って方向で予定入れとくね。それ前提で遠征とか判断していくから、予定変更はお早めにー」

「よしっ、じゃあ、頑張るっぽいっ」

 わーっ、と両手をあげる夕立。陸奥は苦笑して彼女を撫でて「鹿島にもいってからね」

「面倒をかけるな」

 私の言葉にふるふると山風は首を横に振る。

「演習は、必要。長門さんの艦隊は、戦力も必要だから、訓練はいい、の。

 あたしたちも、それが仕事だから、いいけど、勝手は、絶対に、だめ」

「ああ、わかってる」

 資材の使用、……ふと、おそらく前例はないだろうが。

「提督の建造指示とかも、か?」

 問いに山風は頷く。

「絶対に必要なら、いい。けど、開発と同じ、あたしたちに許可を得てから。

 資材は、提督のじゃない、あたしたち、艦娘の、だから」

 資材の管理に関しては提督以上の発言力を持っているらしい。……ただ、…………資材は艦娘の物か。

 感慨深くその言葉を噛み締める傍ら、夕立は拳を握る。

「んー、楽しみっぽいっ! もっともっと強くなって、打倒時雨姉っ! っぽいっ!」

「ん、頑張って。あたしは、夕立を応援するから」

 笑みを浮かべる山風に夕立は嬉しそうに頷いた。

「うむう? 訓練の相談かなあ?」

「あっ、提督さんっ」「提督」

「ちぃーっす」

「ええ、第一の一艦隊と、長門たちの艦隊とね」

「ふむ? …………ふむう? ……そうかあ」

「ん、だめっぽい?」

「十二日後、なら大丈夫だよお。たぶん、そのあたりで三島少将の資材の調整が入ると思うからなあ。それが終わったらがいいなあ。その状況次第ではストップになるかもしれないけど、……ごめんなあ。

 そうだなあ。コンセプトとしては、長門君たちは防衛を意識した生き残りを最優先かなあ。練度がだいぶ違うからなあ」

「む」

 山風が少し難しい表情をし、鈴谷はさらにメモに書き込む。

 練度がだいぶ違う。当然のことで、

「そうだな。格上の敵艦隊相手にいかに生き残るか。重要な事だな」

 その意味では第一の一艦隊を相手に演習をするのは有意義だな。

「えーっ、夕立は楽しいパーティーしたいっぽいっ! がんがん行きたいっぽいーっ」

「それがなあ。夕立君。だめだなあ。訓練はコンセプトをもってそれを守らないといけないからなあ。

 まあ、」

 ふと、提督は意地の悪い笑みを見せる。

「がんがん攻める格上の相手からいかに生き残るか。

 辛い訓練だけど、もしかしたら必要かなあ。そのあとにへこんだり落ち込んだりするかもしれないなあ。そうなっても私は知らないなあ」

「ああ、そうかもしれないな。

 が、それで投げ出すならそもそも実戦に出れないだろう。いい薬になる」

 とはいえ、……もし、そうなったら「ケアは旗艦の役割ってとこ? けど、それ、長門さんも忘れちゃだめっしょ?」

「む」

 不意に、鈴谷が山風を後ろから抱きしめて呟く。するり、と。

「そうやって旗艦が全部背負って最初に潰れて艦隊が瓦解する。って、シャレにならないっしょ?

 僚艦を大切にするのはいいけど、自分も大切にしないとだめだよ。旗艦なんだから」

「ああ、解った。……ふむ、」

「な、……なに?」

「いや、その時は陸奥先輩に甘やかしてもらおう」

「…………ええ、…………ええええ?」

「なぜそこまで引く?」

 思い切り後退する陸奥。非常に心外だ。

「ふむう? 陸奥君に甘える長門君かあ。…………かあ?」

「…………ちょ、ちょっち鈴谷撤退するわ」

「あ、あたし、お菓子食べてくるっ」

「ぽいぽいぽーいっ」

 盛大に首を捻る提督と、なぜかどこかに行ってしまう皆。

「どういうことだ? 私はそんなに変な事を言ったか?」

「そ、そうよっ! っていうか、鈴谷っ、言い出したのは貴女でしょっ! 何真っ先に撤退しているのよっ!」

「ふむう。まあ、そういう時は陸奥君に酒を奢ってもらって弱音とか吐き出すといいんじゃないかなあ。

 あるいは、金剛君とかどうか「なに言ってるのよっ! 長門さんっ、そういう時は雷にたーっぷり甘えていいのよっ! 陸奥さんだって古鷹さんに負けちゃったときはたくさんぎゅっぎゅってしてあげたんだからっ、遠慮しなくていいわっ!」」

「ちょ、秘書艦さんっ!」

 顔を真っ赤にする陸奥。……そうか。

「秘書艦殿に甘やかしてもらう陸奥か、……なかなか、胸が熱くなるな」

「なんでそこで胸が熱くなるの?」

「まあ、それは実際にやってみてだな。秘書艦殿、……その、愚痴を聞いてもらったりするかもしれない。

 すまないがその時は時間を都合してほしい」

「ええ、もちろんよっ、そのための秘書艦だものっ! 長門さんも、どーんと雷を頼りなさいっ」

 むんっ、と胸を張る秘書艦殿。その頼もしい仕草に笑みが浮かぶ。

「そうだな。頼りになる皆がいるのだから、一人で全部背負う必要はないな。頼りになる秘書艦殿もいる事だし。

 陸奥先輩はあまり頼りにならないが」

「悪かったわね」

 むくれる陸奥を横目で見る。

「不服そうにするならなぜ引いた。

 まったく、私の言ったことのどこに不満があるのだ」

 と、

「司令」

 呼びかける声。そちらには不知火と、どこか気まずそうに視線を逸らす天津風がいる。

「ん、……おやあ、不知火君、天津風君、どうしたのかなあ?」

「司令、妹が迷惑をおかけしました。

 不知火がよく言って聞かせますので、面倒な娘ではありますが、これからもよろしくお願いします」

 深々と頭を下げる不知火。天津風も困ったように視線を彷徨わせ、ちょこんと頭を下げた。

「いいよお。大丈夫だよお。

 天津風君なりの気遣いだってのはわかるからなあ。そうだなあ。どうかなあ。雷君」

「なーんでここで雷に振るのよ?」

 じと、とした視線を向ける雷。けど、

「大丈夫よ不知火っ! 天津風はちゃーんとやってるから安心しなさいっ!」

「そうですか、それならよかった。……で、天津風」

「うぐっ、…………うー」

 天津風はしばらくきょときょとと視線を彷徨わせ、……溜息。

「うそついて、ごめんなさいっ」

 ばっ、と頭を下げた。

「嘘つくならもっとちゃんと嘘をつかないとだめよっ! 全然ばればれだったんだからっ!」

「うぐう」

 小さくなる天津風。不知火は意地悪く笑って、

「単純な妹の考えなんて、司令や秘書艦さんにはお見通しみたいよ。これに懲りたら余計な事はしないようにしなさい」

「うるさいわねっ! もう謝ったからいいでしょっ」

「司令?」

「ちゃんと反省してくれるならいいよお。ふむう、不知火君もありがとうなあ。

 妹の事をちゃんと気にかけているなんて、不知火君はいいお姉さんだねえ」

「そうよっ! 天津風っ、雷は気にしないし、おでぶさんなおっさんはどうでもいいけど、気にかけてくれた不知火にもちゃーんと感謝をしないとだめなんだからっ!

 はいっ、ありがとうはっ?」

「ふぁっ? ……え、え?」

「あーりーがーとーうー、は?」

 ずい、と迫る秘書艦殿。提督は親指を立てている。天津風は顔を赤くしておろおろしている。で、

「いえ、秘書艦さん、不知火は姉と「不知火は黙ってなさいっ!」はいっ!」

 おずおずと口を開いた不知火は秘書艦殿の一喝で沈黙。……彼女も、視線を彷徨わせておろおろしている。

 ちなみに、彼女たちの姉妹が口元に笑みを浮かべながらこそこそと移動しているが、いっぱいいっぱいな不知火と天津風は気付かない。もちろん、何も言わない。

「…………あ、」

 向かい合い。天津風は俯いて、上目遣いで、

「あ、ありがと、…………不知火」

「え、……ええ、どういたしまして」

 ぎこちなく言葉を交わして、そして、なぜか鳴り響くクラッカーの音。

「デレたっ! 陽炎型で滅多にデレない二人がデレたっ!」

「ごちそうさまでしたっ! 萩風っ、この光景でより一層健康になれた気がしますっ!」

「幸いな事を見ると嬉しくなりますね。萩風には野分も同感です」

「本音で感謝し合える仲良しな姉妹は素敵です。そんなところが見れて私も幸いです」

「いいねえいいねえっ、仲良し姉妹っ! 谷風さんはマジで嬉しいよっ!」

「そうだな、仲良き事はいい事だ。これを機に二人ももっと素直になった方がいい」

「拍手ーっ! はい、拍手ーっ!」「みんなー、仲良し姉妹を讃えて盛大に拍手じゃーっ!」

 クラッカーを鳴らしながらわらわらと声を投げかける陽炎型の姉妹たち、なぜか拍手をあおる黒潮と浦風。

 ならばやる事は一つ。拍手に加わる。その中央、不知火は俯いて顔を耳まで真っ赤にしてふるふる震えているが、

「ふふ、……不知火を怒らせたわねっ!

 行くわよ、天津風っ!」

 で、その天津風はすでに時津風に突撃していた。

 


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