いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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二十六話

 

 昼食を終え、セットアップ完了確認のため天津風は本部へ。秘書艦殿と時津風も天津風と遊ぶのだと一緒についてきた。

 かくいう私も三人と本部に向かう。前々から気になっていたこの基地の出撃実績などを見るためだ。……ついでに、改めて読書というのもしてみたい。

 趣味、……戦果こそが期待される艦娘にとって、無駄な事かもしれない。少なくとも前の泊地にいたときは考えた事もなかった。

 が、精神面のメンテナンスも大切、と。そういわれれば納得できるところはある。

 いろいろ考えさせられるな、と。そんな事を思いながら図書室を目指す、と。

「あっ、長門さんっ?」

 数枚の書類をもって歩いている那珂。……書類?

「どうした?」

「提督見なかった?」

「提督か? 昼食前に執務室で仕事をしているのは見かけたが。午後からは見ていないな」

「そうなの? もーっ! プール開きの企画書類せっかく作ったのにーっ!」

「企画書類?」

 確か、プール開きなるイベントをやるとも聞いている。……企画、か。

 まあ、イベントなら必要かもしれないな。

「そうだよ? ……あっ、長門さんは新人さんだっけ?」

「ああ、そうだ。着任してからまだ一週間程度だ」

「そうなんだっ! じゃあ、改めてっ」

 にぱっ、と那珂は笑顔で、

「伊島基地っ、秘書次艦の那珂だよっ、よろしくっ」

「ああ、よろしく」

 裏表のない明るい笑顔。……ただ、秘書次艦、か。

「急ぎか? よければどんな事をしているか教えて欲しい」

「大丈夫だよっ、本当なら今日はオフだもんね」

 企画書類を作った。という事は仕事の一環なのだろう。けど、快く那珂は頷いてくれた。……ふと、ぽつり、と。

「新人さん」

「ああ、そうだ」

 頷く、と。那珂は俯いて、

「だ、……大丈夫。じゃないかも、…………けど、こういうの、も、ちゃんとやらないと。

 提督、言ってたし」

「那珂? ……都合が悪いなら無理にとは言わないが?」

 ぽつぽつと、何か呟く那珂。せっかくの休みだ。自由に過ごしたいだろう。無理に付き合わせるつもりはない。

 が、違うらしい。那珂はふるふると首を横に振って、

「長門さん。……こ、これ、見てくださいっ!」

「う、ん?」

 何か、決意と覚悟を決めた真剣な表情で企画書を差し出す那珂。……まあ、話を聞くといったのはこちらだし、頷く、が。

「なら、図書室でいいか?」

 あまり、廊下の真ん中で企画書を読みたくない。周りの邪魔になるだろうから。

 

 プール開き、か。

 図書室の机に座る。目の前には不安と緊張、そんな、硬い表情で座る那珂。

 ともかく、書類に視線を落とす。…………「ほう」

「な、なにかなっ?」

「あ、いや、」

 思わず漏れた声だ。食いつかれても困る。が、

「いや、見やすいな、と。……その、すまない。まだ中身までは読んでいない」

「あ、あははっ、そうだよねっ、早すぎるよねっ、那珂ちゃん失敗っ」

 硬い表情。それを紛らわすように茶目っ気のある仕草をする那珂。

 それはともかく手元の書類に視線を落とす。企画書にはタイトルとイベントの趣旨が書かれており、そのすぐ下にきっちりとしたフォーマットで日時や場所、予算など実務的な事が書かれている。

 特に、予算の確保は艦娘からのカンパを想定しているようだが、想定額に届かなかった場合の規模の縮小や明確な中止条件まで記載されている。

 ライブやイベント、かき氷といった屋台など様々な出し物が書かれている。どれも楽しそうだが。それよりも、内容のイメージに反した徹頭徹尾実務的で現実的な企画書そのものに好感が持てる。

「ど、……どう、かなっ?」

「ああ、読み易いな」

「そっちっ? ポイントそっちなのっ?」

「む? ああ、いや、すまない。イベント自体も楽しそうだ。

 プール内鬼ごっこなど、胸が熱いな」

「…………那珂ちゃん的に、一番注目してほしいのは水上ライブなんだけどお。……え? 長門さん、なんでそれで胸が熱くなるの?」

「出来れば空母艦娘の航空ショーがあればよかったのだが」

「那珂ちゃんとしても興味あるんだけどねっ、けど、それは第二艦隊から許可が下りないんだよ。艤装を使うのとかはぜーんぶストップなの」

「まあ、仕方ないか」

 基本的に遊びで使っていいものではないだろう。それを考えればむしろ使わないようにイベントを組んでくれた方がありがたい。

「ああ、楽しそうだ。……そうだな、那珂、準備で手伝えることはあるか? ぜひ協力させて欲しい。

 私もこのイベントは楽しみだ」

「そ、…………かー、……よかったー」

 ほっと、安心し脱力、崩れ落ちる。

「緊張しすぎではないか?」

 そんな様子に思わず苦笑が零れた。たかがイベント、などというつもりはない。だが、それにしても、…………ふと、

 秘書次艦、か。

「解ってるんだけどー、どうしてもねー

 はああ、新人さんに見てもらうの初めてだったからかなぁ」

 那珂は胸を撫で下ろす。もしかしたら、ここに来る前、何か、あったのかもしれない。……首を横に振る。

「那珂は、よくこういうイベントを考えているのか?」

「あ、うんっ、……その、那珂ちゃん。だめな娘だから、艦隊行動できないし、艦娘としてなにも出来ないから、せめてこういう事をねっ!

 代わりに、みんなが楽しんでくれれば、いいなっ」

 不意に落ちる翳りを、払うように笑う。

「ええと、那珂ちゃんのお仕事だよねっ、長門さんが聞きたい事ってっ」

「あ、ああ」

 確かに興味ある。それに、先の翳りが気になる。

「那珂ちゃん、こういうイベント考えたりしてるのっ、皆に少しでも楽しんで欲しいって思ってねっ!

 ええと、……その、…………ほんとは迷惑に思ってる娘もいるかもしれない、けど、提督が、先々、艦娘が独立した後の事を考えれば、こういう企画を立案できる能力も必要になる。って。

 それで、みんなにその事を話して、付き合ってもらってるの」

「独立、か」

 おそらく、秘書艦殿の言っていた深海棲艦殲滅後、の話だろう。

 戦う必要のなくなった後に必要とされる艦娘、か。

「だ、……だから、その、長門さん。

 え、ええと、……那珂ちゃん、出来るだけ、楽しくなるように頑張る、から、……その、面倒かもしれないけど、提督の期待に応えたいし、……だから、お、お付き合いくださいっ」

 立ち上がり、深々と頭を下げる那珂。

「い、いや、……そこまで言わなくても」

 深く、頭を下げる那珂。言われるまでもない、楽しそうだ、と思ったのだから。ただ、妙に腰が低いというか、なんというか。

 と、

「おおう、那珂君。ここにいたかあ」

「提督」「あっ、提督っ」

「うむ? 長門君かあ」

「ああ、那珂の作った企画書というのを見せてもらっていた。

 凄いな。内容はもちろんだが、とても見やすく書かれている。あまり見慣れていない私にも十分に伝わる形で書かれていた」

「はうう、那珂ちゃん的には書類よりも中身を見て欲しいのにぃ」

「ああ、すまない。

 いや、とても楽しみだ。プール内の鬼ごっこなど、想像するだけで胸が熱くなるな」

「…………那珂ちゃん、長門さんの胸の発熱ポイントが理解できないです」

「ふむう、そうかあ。

 那珂君もだいぶ成長したなあ。何度も何度も読みにくいって書類をつき返した意味があったなあ」

「あ、あはは、あははははははは、あははははははははははははははははははははははははははは」

 何を思い出したのか虚ろな笑い声をあげる那珂。怖い、物凄く怖い。

「な、なにがあった?」

「ふふ、二十回くらい作り直しをさせられたんだ。同じ書類を、延々と」

「そ、……そう、か」

「最後の方の那珂君は目が虚ろだったなあ。お手伝いをしていた天津風君がトラウマを抱えてしばらく雷君と一緒に寝てたらしいよお」

「そ、それは相当だな」

 ただ、……視線を落とす。

 責任者に対する企画書類、だけではなく、ここまでしっかり作りこまれているのなら、これをこのまま艦娘たちに配布すれば企画者としての準備は十分な気さえする。

「いや、それでこれだけの物が作れるなら意味はあっただろう。

 私はまだ予備艦隊で基地にいる事が多い。那珂、手伝えることがあったら声をかけてくれ。是非手伝わせてほしい」

 僚艦のみんなにも声もかけよう。何かできる事はないか、みんな、そう言っていたのだから。

「そうかあ。じゃあ、プール掃除をお願いしようかなあ。

 大変な仕事だから無理にとは言わないけどなあ」

「もちろんやらせて欲しい」

 そして、一息。私は那珂に視線を向け、

「私はまだ新人だ。出来る事などほとんどない。正直、ここまで面倒見てもらって申し訳なささえ感じている始末だ。

 だから、こうして積極的に皆のために動ける那珂が羨ましいくらいだ。もしかしたら足を引っ張ることになりかねないが手伝わせて欲しい。よろしく頼む」

 と言って頭を下げてみた。他意はない。大仰な事を言っているつもりもない。一緒に戦う皆を支える。直接戦うのではなく、みんなの力になる。具体的にどうしたらいいか考えもつかない私には、それを実現するだけの行動がとれる那珂が羨ましく、ぜひ協力したい。

 きょとん、と。そんな私を見る那珂。そして提督は「ふむう」と頷いて、

「那珂君も成長したなあ。長門君みたいな連合艦隊旗艦が力になってくれるかあ」

「あ、……いや、」

 別に、連合艦隊旗艦だから、などというつもりはない。その事を持ち出すつもりはない。けど、

 口を開く。けど、提督はこちらに視線を向けて微かに首を横に振る。口を挟むな、そう解釈して頷くにとどめる。

「ほ、……んと、に?」

「ふむう? 那珂君にとって連合艦隊旗艦は心にもない嘘をつくほど不誠実なのかなあ?」

「そ、そんな事は、……ない、と思うけど」

「む、あまり信頼されていないか。まあ、新人だし仕方ないか。残念だ」

「ええっ? い、いや、そんなこと思ってないよっ! 提督もっ、変な事言ったらだめなんだからっ!

 じゃ、……じゃあ、ええと、お、お手伝い、お願いしますっ!」

「ああ、任せてくれ。提督、いいだろうか?」

「軽巡洋艦にこき使われる戦艦かあ」

 しんみりとあまり関係ない事を言い出す提督。固まる那珂。彼女を横目に、しんみりと呟いてみた。

「時代は変わるものだな」

 

 提督も企画書に視線を落とし、頷く。彼から許可が出て那珂は嬉しそうに秘書艦殿の所へ。彼女からも許可をもらいに行くのだろう。

「長門君も、付き合ってくれてありがとうなあ」

 そんな後姿を見送って、のんびりと提督は呟いた。

「いや、この基地に所属する艦娘として、那珂の企画は有意義と判断した。だからだ」

「企画書を見る事自体。珍しいと思うのだがなあ?」

「……ああ、それもそうだな。

 その意味で言うなら感謝されることではない。ただの好奇心だ」

 もとより、那珂が何をやっているか気になったから乗っただけだ。結果として思っていた以上の収穫はあったが。

 ただ、それより気になる事。

「那珂は、何かあったのか?」

 あの、妙に遠慮深いというか、気弱なところは、

「それは言えないなあ。言うつもりはないなあ」

「あ、……ああ、そうだな」

 そうだ。当人もいないのに過去を穿り出すのも、よくないな。首を横に振る。自戒するように頭に拳を当てる。

 この基地の事を考えれば、そして、彼女が出撃などをしないという事は、おそらく、

「まあ、そうだよお。

 那珂君は海を怖がるわけでもないし、交戦に対する過度の恐怖感もないんだよお。……ただ、艦隊行動が出来なくてなあ。軽巡洋艦一人を任務に出す意味はないからなあ。

 話してみたならわかると思うけど、どうにも不安定なところがあってなあ」

「そうか」

 艦隊運動が出来ない。理由は何にせよ、軽巡洋艦にそれは致命的か。

 そういえば、

「提督、中将に間で終戦後の艦娘について話し合ったと聞いているが?」

「ふむん? ああ、雷君に聞いたのかなあ?

 そうだよお。前島はそのテストケースでもあるんだよお。みんなを実験体扱いして悪い事していると思うんだがなあ。申し訳ない事をしているなあ」

「いや、部外者の私が言う事ではないだろうが。私は、必要な事だと思っている」

「それが私たちにとっても最適解だからなあ。…………ふむん? ああ、長門君。

 もしかして、それは艦娘のための議論と結論、とでも思っているのかなあ?」

「ん、……違う、のか?」

「違うよお。私たちはそんな事では動かないよお。私個人なら誠一君、……元帥に頼まれたことでもあるからいいけどなあ。

 中将位は長門君が思っている以上に、…………ふむうう。まあ、いろいろ裏事情があるんだよお。政治的、経済的な見通しがあってなあ。好意一辺倒で誰も彼もが動くという認識は捨てた方がいいなあ」

「政治的、か」

 それは、我々艦娘には縁遠い話だな。そんな思いが顔に出たのか、提督は苦笑。

「興味があるなら、そうだなあ。秘書次艦のみんなにも聞いてみるといいなあ。

 天津風君か、村雨君なら、ある程度把握していると思うよお」

「政治的に詳しい艦娘というのも、……なんというか、不思議だ」

 後々必要な知識なのだろうが。

「兵器として欠陥を抱えている。……なんて言ったら怒られるなあ。

 とはいえ、欠陥兵器でも使えるところがあれば使った方がいいんだよお。限りある資源も大切にしないとなあ。……っていうと、提督らしいかなあ?」

「どうだろうな」

「さて、私は仕事に戻るよお。

 ただ、長門君。気を付けた方がいいよお」

「う、む?」

「中将位の提督はねえ。人でなしが勢揃いだからなあ。

 好意で接してくれるからって、何も考えず信頼したら痛い目を見るよお。今から、ゆっくりでも、学んでおいた方がいいなあ。利用されるだけ利用されて捨てられるのは、もう嫌だろうからなあ」

「ああ、心得ておく」

 確かに、もう、捨てられるなんて御免だ。訓練は大変だが学んでいけることから学んでいこう。

 ざっと視線を投げる。図書室には『政治・経済』というコーナーもある。教材は、あるか。それに村雨か、彼女から話を聞くのもいいだろう。「提督」

 不意に呼びかける。けど、あの達磨体型は視界のどこにもない。すでに行ってしまった。……けど、

「人でなし、……それは、提督も、なのか?」

 届かない、そう解かっていても、思わず言葉が零れた。

 


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