いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

25 / 38
二十五話

 

 基地に戻る。まだ、1130か。

 お昼時だが、先に天津風、時津風と本部。執務室へ。戸を叩く。

「長門だ。秘書艦殿はいるか?」

「あっ、おかえりなさいっ! 入っていいわよっ」

「失礼する」「失礼しまーすっ」「失礼します」

 執務室に入る。休日、だというのにいつも通り書類に目を通している提督と秘書艦殿。

「おかえりなさいっ」「おかえり、ちゃんとお買い物は出来たかなあ?」

「ちゃんと買ってきたわよっ、うるさいわねっ」

 びしっ、と。ソフトの入った袋を突き付ける天津風。

「そうかあ、それならよかったよお」

「しれー、今日も仕事してるの? お休みじゃないの?」

 その横で時津風は首を傾げた。提督は「うむう」と頷いて、

「お仕事がたくさんあってなあ。私は偉い人だからなあ」

「それだけ好き勝手やってるからね。しれーかん。権利を行使するなら義務を果たす必要があるのよ」

「ふーん?」

「秘書艦殿、頼まれたお菓子だ。

 それと、提督。余った金で買ってきた。みんなで分けて食べるといい」

「ふむう、ありがとうなあ」「ありがとっ、長門さんっ」

「ところで、秘書艦殿、宿敵とは?」

 ずっと気になっていたこと。少なくとも、私の知る限りこの基地で秘書艦殿と対等な艦娘は、第一艦隊旗艦、指輪持ちの艦娘、古鷹くらいだ。

 まさか、指輪持ちの彼女に比肩する艦娘がいるのだろうか?

「敵って、どういう事?」

 時津風は不思議そうに問う。提督も首を傾げ、

「ふむう? ……雷君、まだ睦月君の事を苦手に思っているのかなあ?」

「睦月?」

「あ、お姉ちゃん」

 不意に、ぽつり、声。

「なんで天津風が睦月型になってるの?」

「あっ?」

 時津風の問いに、慌てて口元を抑える天津風。けど、

「ねー、ねーっ、ねーってばーっ! 天津風ーっ」

「しつこいわよっ」

 天津風はぐいぐい迫る時津風を押し返す、と。

「そう、……そういう事よ」

「いや、全然わからないのだが」

 重々しく頷く秘書艦殿。何が何なのかわからない。

「ふむうう? 長門君、睦月君はねえ。前島の、娘達の面倒を見ている娘なんだよお」

「そう、……なのか」

「懐かしいなあ。あの時はまだ雷君しかいなくてねえ。哨戒をお願いしたら拾って来たんだよお。あれには驚いたなあ。

 というわけで、私の、二人目の艦娘なんだよお」

「あー、懐かしいわね。自沈しないように説得するのが大変だったわ。ほんと」

「自沈? って、」

 さっ、と青ざめる時津風。の、頭を天津風が叩く。

「それ以上聞かないの」

「…………うん、解ってる」

「それでね、……まあ、いろいろあって、今は前島の、ちょっと困った娘たちの面倒を見ているのよ。

 睦月自身、もともとは、その、ちょっと困った娘だったからね。昔の自分を見てるみたいで、どうしても力になりたい。って、そっちに居座ってるの」

「ええ、あたしとかね」

「天津風」

 困ったように呟く天津風。彼女の手を取る時津風を撫でて、秘書艦殿は頷く。

「そうよっ! それでねっ、長門さんも聞いたでしょっ?

 あっちでいろいろな娘の面倒を見ているうちに、物凄いお姉ちゃんぱわーを身に着けてたのよっ! お姉さんがいるのに、その座を奪い取って妹にしちゃうのよっ!」

「……ああ、それでお姉ちゃんか?」

「へー、天津風、へーっ」

「う、うるさいわよっ!」

 お姉ちゃんぱわー。というのはよくわからないが、まあ、包容力とかなんかそんな感じのものだろう。たぶん。

「それは、いい事だと思うのだが?」

「よくないわよっ! い、雷だって、もっといろんな娘にたーくさん頼って欲しいのよっ!

 なのに、みんな睦月の方に行っちゃうのよっ!」

 それが悔しいらしい、地団太を踏む秘書艦殿。そして、びしっ、と私を指さした。

「長門さんだってお姉さんでしょっ? 他人事じゃないわよっ!

 陸奥さんのお姉さんをとられちゃうのよっ!」

「ふむ」

 少し、想像してみる。物凄いお姉ちゃんぱわーを身に着けた睦月には会ったことがないが。睦月の外見は知っている。基本、同一の艦から形作られた艦娘の容姿は同じと聞いている。大きな差はないだろう。

 つまり、幼い少女をお姉ちゃんと呼び慕い甘える陸奥か。

「…………それは胸が熱いな」

「なんでよっ?」

 で、

「ふむう、なら、私がたくさん頼ろうかなあ」

「おでぶさんなおっさんに頼られても嬉しくないわよーっ!」

 秘書艦殿は、割と悲痛な声をあげた。

 

 ともかく、提督に報告と秘書艦殿にお土産を渡し、昼食前にインストールの準備だけしておく、と。天津風の秘書室へ。

「うわーっ、天津風すごーいっ、こんな部屋使ってるんだー」

 室内に入って真っ先に時津風が驚いたような声をあげた。凄い、確かに凄いな。

 部屋の手前には四人掛けの長机、奥には提督が使っているような大きな机と、その中央に配置された大型のディスプレイ、おそらく、筐体は机の下にあるのだろう。

 それだけではない、壁際の棚には分厚いファイルがいくつも並び、会計や経理などの教本も多く並んでいる。その本もどれも新品という感じはしない。使い込まれている印象がある。

 棚の逆方向には巨大なコルクボードと、グラフや数字の羅列が印刷された紙が張り付けてある。収支の推移だろうか?

「ええ、秘書次艦は仕事部屋。それぞれ割り当てられてるわ。……って、時津風知らなかったの?」

「知らな-い」

「ああ。鹿島への訓練報告は私がやっているからな」

「そう、……ま、いいわ。

 せっかく付き合ってくれたんだし、ちょっと待ってて、珈琲、淹れてくるわ」

 天津風は部屋を出る、が。

「珈琲なら雷が淹れてくるわよ。

 天津風はセットアップ、ちゃちゃっと進めちゃいなさい」

「あ、……うん」

 扉の所でそんな声が聞こえた。天津風はしずしずと戻ってきた。

「秘書艦殿か?」

「うん、秘書艦さん。今日の仕事は終わりだからこっち様子見に着たみたい。土曜日は午前中でお仕事終わりなの。基本的に」

「そうなの? しれーも?」

 時津風の問いに天津風は首を横に振って、

「司令は今日も一日お仕事よ」

「あ、そうなんだ。しれーも大変だね」

 ぽつり、呟く時津風に天津風はそっぽを向いて、

「いいのよっ、あんなおばかさんなんて好きに仕事させておけばっ、もう知らないわよっ」

「私たちが口を挟むことではないが、無理はしてほしくないな」

 提督が倒れたらそれこそ大変だ。問いに、天津風は胸を張って、

「大丈夫よっ、秘書艦さんがそのあたりはちゃんと見てるわっ! 夜更かししてたらスタンガンで強制的に眠らせたりとかっ!」

「それ、眠るってちょっと違うくないっ?」

 ともかく椅子に座り、パソコンの稼働音が響く。そして、キーボードを叩く音。

 そして、扉が開く。

「お待たせっ」

「あっ、ありがとっ、秘書艦さんっ」「ありがとう。すまないな」

「いいのよっ、どんどん雷に頼っていいんだからねっ!」

「あ、ああ」

 おそらく、凄まじいお姉ちゃんぱわーを身に着けた睦月の事を思い出したからだろうか。きらきらと応じる秘書艦殿。

「はい、天津風も」

「あ、……うん、ありがと。秘書艦さん」

 天津風の礼に秘書艦殿は嬉しそうに笑顔を見せる。天津風は、顔が赤い。

「前島、だっけ? この基地って艦娘の保護もしてるの?」

 時津風の正面に腰を下ろし、自分も珈琲を飲み始めた秘書艦殿。時津風が首を傾げて問いかける。

「んー。この基地、っていうか、何人かの中将ね。島一つ丸ごと基地として管理してる提督に元帥さんが声をかけて、同意をしたら、ってところね。

 しれーかんは元帥さんの友達だし、元帥さんと仲のいい中将って結構多いのよ。といっても、元帥さん。お飾り? ええと? 傀儡、っていうのかしら? まあ、そんな感じで実権なんて何もないし、お金とかもほとんどないから、ほんとにお願いするだけだけどね」

「元帥といえば軍部の最上位に位置するはずだが?」

 問いに、秘書艦殿はひらひらと手を振って、

「表向きはね。深海棲艦の発生と、その撃破を可能にする艦娘の運用ができる海軍がすっごい勢いで力をつけたの。

 それで高くなった権限を盤石にするために、海軍の大将が、陸軍とも繋がれる元帥という地位を半ば無理矢理、あんまりお仕事出来ない今の元帥さんに押し付けたのよ。それで、元帥ごと陸軍から力を削ぎ落したの。今の、陸軍の規模なんて海軍に比べれば一割以下よ」

「そう、なのか」

「そ、……その元帥さんからのお願い、っていうのが一つ。

 それと、もう一つ。それに便乗する形なんだけど、中将が集まって会議があったのよ。雷も参加したわ」

「中将、……か」

「何人くらいいるの? 中将さん」

 時津風の問いに「十人よ」と、秘書艦殿。

「で、その会議の議題だけどね。深海棲艦殲滅後の艦娘について、なの」

「…………そうか、いつか、そういう日も来るのだな」

 戦い続ければいつか、……そんな日が来れば、いいな。

「問題なのは、深海棲艦発生の原因が原因だから、いつその日が来るかわからないのよ。

 極端な事を言えば今日、今この瞬間に終戦するかもしれないわ」

「え? そうなの」

 意外そうに時津風。ただ、そうなると、

 

 とくん、と。古い、音。

 

「その場合、の、私たち、か」

 いつか、知らない海を、終わりに向かって進んだ記憶。ちらつくソレを意識しないように、呟く。

「そ、それで、ここ、伊島とか隠岐諸島、とか、離島はたくさんあるでしょ?

 その離島に艦娘は住んでもらって、出来る限り自活自立した生活をしてもらう。っていう方向で話がまとまったの。

 もともと艦船の英霊である雷たち艦娘が、普通の人と一緒に暮らすには生態からしてほぼ不可能だもの。だからつかず離れずでの共存が最適っていう判断ね。

 もちろん、有事の際にはまた艦娘は民を護るために出撃する。代わりに本土の民から食材とかを供給してもらう。あと、畑仕事とか、お金を稼ぐための方法、……ええと、アクセサリーの作り方を教えてもらって作って売ってもらうとか、生活に必要な技術を教えてもらったり、ね。

 戦う事の出来ない艦娘は、そういった方向の先鞭をつける事を期待されているのよ。天津風が会計を担当しているのはそれね。お金の管理はどこであっても必要だもの。他、島を預かる中将とか、元帥さんも内陸で信用できる農家さんとか、職人さんとかに艦娘を紹介していろいろ教えてもらっているみたいよ。前島の娘達はそのテストケースでもあるの。中将たちの満場一致で決定している事だから、結構融通は効くのよね」

「そんなことまで、考えてるんだ。……凄いなあ。

 あっ、けど、中将っていいやつじゃんっ! ちゃんとあたしたちの、先の事も考えてるって事でしょっ?」

「む、そうだな」

 確かに、深海棲艦との戦争が終わり、戦力として不要になっているであろう私たちのために、今から手を打ってくれている。それはありがたい事、だが。

 …………だが、天津風の言う中将、葛城中将の事が、ちらちらと頭によぎる。単純な善人か、それはわからない。

「中将はみんな民の平穏を第一に考えているわ。その意味でもこれが最適解なのよ」

「そっかー、……んーっ、じゃあ、期待に応えるためにいっちょがんばないとねっ」

 時津風は嬉しそうに言い。「よしっ」と、声。

「終わったわっ! お待たせっ、お昼食べに行きましょうっ」

 時津風は立ち上がり伸びを一つ。秘書艦殿は、にやー、と笑って、

「よかったわね。これでお昼休みを削る事もなくなったわね?」

「うぐっ? ……ば、ばれて、た?」

「もうっ、天津風もおばかさんねっ、ばれてないなんて本気で思ってたのっ? みんなわかってるわよっ」

「…………はあ」

 天津風は肩を落とした。そんな彼女の手を引いて秘書艦殿は部屋を出る。時津風は楽しそうに天津風の背中を押す。

 私も続く。…………ふと、

「深海棲艦発生の、原因? ……不明、ではなかったのか?」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。