いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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二十四話

 

 深海棲艦の発生に伴い人の生活圏は大きく変わった。

 離島から人がいなくなり、海岸沿いからも人はいなくなった。当然だ、深海棲艦の脅威があるのだから。

 けど、ここは例外か。

「結構栄えているのだな」

「はいっ、提督がたくさん頑張って海の平穏を保っていますので、比較的安全ですっ!

 それに、基地のみんなの便宜に企業の人とかが積極的にお店を出してくれたみたいですっ! 榛名たち艦娘に便宜を図ってくれる人がいるのは、とてもとてもありがたい事ですっ」

「そうか、それはありがたいな」

「単純に需要と供給の意味もあるんでしょうけどね」

 というわけで、私と天津風、榛名はまずはソフトを探しに地図に書かれた家電量販店を探す。

 あとは、秘書艦殿に頼まれたお菓子も探さなければならないな。場所は榛名が知っているからすぐに終わると思うが。

 ふと、秘書艦殿、と。彼女の事を思い、ついでに思い出したこと。

「そういえば、榛名、天津風。

 提督以外の中将に会ったことはあるか?」

 人でなし、と。秘書艦殿は評していた。それがどんな人か、少し、興味がある。

 榛名は首を横に振るが、

「…………葛城中将には、会ったことがあるわ。……葛城中将はたまに来るのよ。ちょうど、四国を挟んで向こう側、沖の島基地の提督よ。

 性質は、似たような感じね。深海棲艦の瀬戸内海侵入を防ぐ重要拠点を任された提督よ」

「どのようなお人なのですか?」

 榛名の問いに天津風は溜息。

「そうね。ええと、まず、秘書艦だけど、葛城中将から病犬なんて言われてる朝潮よ。彼女、中将に引き取られる前の提督と一緒に、元帥さんに会いに行ったらしいんだけど、その時、元帥さんをばかにしたって理由で、自分の提督を重体になるまで暴行したらしいの。他に、中将に危害を加えようとしたっていう理由で何人か殺害してるらしいのよ」

「……どんな暴走だそれは」

 あんまりな事実に思わず呟く。病犬か、的を射ているのかもしれない。

「その葛城中将だけど、来客が朝潮に殺害されてるその横で書類仕事をしていたらしいのよ。止めないどころか、気にもしていなかったみたいね」

「それは、……問題あるのではないか? さすがに」

 さすがに殺人は許容できないだろう。対して天津風は肩をすくめて、

「書類上は深海棲艦の襲撃で海の藻屑になった。って事にしたらしいわ。

 葛城中将も司令と同じで島を丸ごと預かってるもの。連絡船そのものを艦娘に沈めさせて、死体を海に捨てればそれだけで問題にはならないの。中将の権力なら簡単よ」

「そんな者に中将を任せているのか?」

 そもそも、そんな者に権力を握らせるのがどうかしている。が、

「提督としての手腕は中将を任せるに足るわ。

 葛城中将、司令と同じで捨てられた娘、特に駆逐艦を片っ端から引き取ってるの。同一艦さえ含めてね。百人くらいいるんじゃないかしら? それで物凄い緻密な資材の輸送網を構築して、配下の少将や准将、代将にまで資材を供給をしてるの。葛城中将配下の代将や准将はそもそも自力で資材確保さえしていないそうよ。

 完全に資材確保を葛城中将に任せて、逆に葛城中将は戦闘をすべて部下に任せているのね。

 といっても、戦闘が出来ないわけじゃないわ。前に映像を見た事あるけど、戦艦種、三を含めた深海棲艦、十五を、四人一組の駆逐艦の艦隊で全方位から死角を突いての強襲と雷撃の一撃離脱、それを四十の駆逐艦で回転して叩き込んで無傷で殲滅してたわ。大型獣がピラニアに食い散らかされるのを見てる気分だったわよ。他に二十待機していたらしいし、まだ余力があったのでしょうね。

 で、さぼって警戒の穴をあけて侵攻を許した提督を追放。そこに所属する艦娘はほかの提督に資材と交換で売り払ったらしいわ。能力不足からの不備を見抜けなくて失敗した提督には減俸と反省文の提出で済ませたらしいけど」

 天津風の言葉を聞いて、冷や汗が出た。……正直、その感性の持ち主が人とは思えない。

 人でなし、なるほど、その表現は的確だ。……なら、

「その提督の、艦娘は?」

 榛名が、恐る恐る呟く。

 人でなし、そんな中将が艦娘をどう扱うか。……知ることが、不安になる。

「規律は厳しいらしいわ。特に時間。輸送網構築に必要だからそこは徹底しているみたいね。訓練も勉強も、かなりのレベルみたい。けど、業務外は自由にさせてるらしいわ、ハイレベルな訓練と、十分な休養で運営しているから所属している娘も不満はないみたい。畏れられて尊敬されるタイプね。

 疲労や補給、メンタルバランスは物凄く気を遣っているようね。常に最高スペックを発揮できるよう細心の注意を払ってるらしいわ。業務外ならどんな娯楽も認めてるし、それに関する負担も惜しみなく肩代わりしているそうよ。艦娘からの提言もちゃんと耳を傾けるし、失敗もちゃんと反省すれば追加訓練だけですませているみたい」

 天津風は溜息。

「秘書艦さん曰く中将位の提督にまとまな人はいないって話よ。

 まあ、興味があるなら村雨がよく出かけて、他の中将位の提督とも会っているらしいから、彼女に聞いてみるといいわ。……といっても、大本営の中枢。中将とか、あまり関わらない方がいいけどね」

「そうだな」

 

 首尾よく買い物をすませ、連絡を取って水着購入組に合流。

 合流、したところで、

「長門さーんっ」

「っと」

 いきなり瑞鳳に抱き着かれた。涙目だ。可愛い。

 彼女が来た向こう、初月と照月が申し訳なさそうな表情をしているので大体察した。秋津洲、お前もか。

「わ、……私、私い」

「どうどう」

 ぽんぽん、と頭を撫でると少しずつ落ち着いてきた。隣で天津風が目じりに手を当てている。お前もか。

 落ち着いて、瑞鳳は一歩離れる。そして、その手を取られた。

「瑞鳳さん。あたしも、気持ち、わかるわ。

 けど、負けちゃだめよ。妹の方が胸が大きくても、負けてはだめなのよっ」

「そう、……そうよねっ。駆逐艦より小さくても、それでも、……それでも、負けちゃだめっ!

 きっと、そういうのがいいっていう人もいるわっ」

 断言するがそれはだめな人だ。

「身近な男性は達磨さんだけですっ! 榛名っ、達磨さんに好みだって言われても全然嬉しくありませんっ!」

 ……榛名、せめて提督といった方がいいと思う。

 ともかく、榛名の言葉に瑞鳳と天津風が手に手を取り合って崩れ落ちた。半泣きだ。

「ええと、初月と照月はもういいか?」

「あ、うん、僕は大丈夫だ」

 と、す、と。試着室が開いて春風が顔を出した。

「あ、長門さん。お買い物は終わりましたか?」

「ああ、大丈夫だ。春風は決まったか?」

「はい、……その、す、少し、大胆かもしれません、が」

 頬を染めておっとりと呟く春風。……少し、意外だが。

「まあ、好きなものを選べばいい。…………というか、」

 初めての買い物という事で舞い上がっていたが。ふと気になった。

「水泳も訓練の一環、だったな。こういうのは好きに選んでいいのか?」

 スク水は、……まあ、どうせあるなら使った方がいいという理由で納得も行く。そもそも授業で使う水着だし。

 が、自分で買うのも特に制限はないのだろうか? 問いに照月は頷いて、

「あ、うん。それは好きなのを選んでいい事になってるの。

 目的は体を動かす事だから、…………まあ、島風ちゃんは速さにこだわって競泳用の水着以外は嫌だって言ってるけど」

「それもそうか」

 目的を果たせるならそれでいいのか。

「さて、それじゃあ私も選ぶかな」

 めそめそしている瑞鳳と天津風を榛名が慰めたり追い打ちをかけたりしているのを横目に呟く。

 すでに決まっているみんなには少し待ってもらう事になるが。まあ、いろいろ見て回ればいいし、暇にならないだろう。

 とはいえ、手早く選んでくるか、と。歩き出す。

 と、

「時津風か」

 試着室の一角。黒潮と谷風、萩風が覗き込んで歓声を上げている。不知火はそんな様子を見ていて、ふと、こちらに一礼。

「長門さん。お買い物は終わりましたか?」

「ああ、といっても水着はこれからだ。

 すまないな、少し待たせる」

「いえ、妹の事ですし、それに、見ているだけでも楽しいです。ゆっくり選んでください。

 お金も限られていますし、無駄遣いにならないように」

「ああ、……と、それもそうだな」

 せっかく提督が身銭を切ってまでくれた給料だ。無駄遣いは出来ない。……む、となると、いろいろ検討して選択しなければいけないか。

 と、

「あっ、長門っ」

 試着室のカーテンが開く。青い、フリルをふんだんに使った水着を着た時津風がおずおずと顔を出した。

「ど、……どう、かな?」

「すっごく可愛いわっ、時津風っ」

 満面の笑顔で後ろから抱きしめる萩風。ちなみに黒潮と谷風が「やっぱり水着は胸だけじゃあないんよっ」「これで重装甲(胸)駆逐艦どもにも勝つるっ」と熱い涙を流している。

「あ、ああ、とても似合ってる」

 応じる、と。時津風は満面の笑顔。

「や、やったっ、萩風っ、似合ってるってっ」

「ええ、もちろん、可愛いわ」

 一息。呼吸を落ち着かせ、

「ああ、とても可愛らしい。

 それは時津風が選んだのか?」

「うーん、……そうだけど、やっぱり、みんなで、かな。

 みんなであたしに似合いそうなのを選んでくれて、その中から決めたの」

「けど、この水着を選んだのは時津風よ。見る目がある姉がいて嬉しいわ」

「えへへー」

 後ろから抱き着いて応じる萩風に嬉しそうに応じる時津風。さて、

「それでは、私も適当に選んで来よう。

 すまないが少し待っていてくれ」

「あっ、長門っ、ちょっと待って、あたしも一緒に選んだげるっ」

「む、……と」

 言うなり試着室に引っ込んでしまった。萩風は微笑んで「お付き合い、お願いします」

「ああ、まあ、ちょうどいいか」

 正直、ちゃんと選べる自信はない。初めてだし考えた事もなかったし。競泳に向いている水着を適当に選べばいいか、と。その程度に考えていた。

 けど、

「あの、長門さん」

「ん?」

 すすす、と春風だ。

「わたくしも、お付き合いしてもよろしいでしょうか?

 時間も持て余してしまいますし」

「ああ、構わない。……ところで、瑞鳳は?」

 彼女は選んだのだろうか? と、視線を向ける。…………溜息。

 榛名はフォローをするのに向かないらしい。涙にくれる瑞鳳を見て確信した。

 まあ、スク水があるから別に構わないか。

 

「さて、重装甲(胸)駆逐隊と旗艦の鹿島さんは無事に任務を果たしたようです。

 合流しましょう」

「その、重装甲駆逐艦とは新しい艦種か?」

 重装甲で駆逐艦。……持ち前の速度を犠牲にしていないだろうか?

「えっ? あ、私まだ水着買ってないっ?」

「スク水でいいだろ」

 榛名と交戦していたら時間がかかったらしい。瑞鳳がぎょっとしてこっちを見るがすでに遅い。

「ずいほーっ、あたし可愛いの買ったーっ、長門も褒めてくれたっ」

「わたくしも、……ふふ、ちょっと冒険してしまいました」

「なんで私だけスク水っ?」

 愕然と呟く瑞鳳。ともかく、重装甲駆逐隊と旗艦の鹿島は近くのスーパーで買い物をしているらしい。店内へ。と、

「時津風、約束です。

 貯金箱を見に行きましょう」

「はーいっ」

「貯金箱?」

 初月は首を傾げる。確か、そんな提案をしたとき近くにいたが、……ああ、騒いでいたな。

「はい。毎月五百円玉を貯めていくのです。

 それがいっぱいになったとき、改めて手に取ってみるとわかるのです。自分が、ここでどれだけ過ごしたのか、その実感を得るのはいい事です」

「なるほど、それはいいな。僕も買おう。

 不知火、同行してもいいか?」

「構いません」

「私も買おうかな」

 そうやって日々積み重ねていくのもいいだろう。……と。

「あの、でしたら」

 す、と春風が手を上げる。

「大きいのを、わたくしたちみんなで一つ買いますか?」

「そうだな。それもいいな」

「不知火もいいと思います」

 不知火も頷いて「というわけで、さっさと行くぞ」

「はい」

 水着買えなかった瑞鳳を引っ張って百円均一へ向かう。貯金箱、……「やはり、招き猫か」

 達磨は提督を思い出すし、ポスト型のはなんとなく味気ない。うむ、やはり招き猫だな。

「狸もいいかと」

 信楽焼の狸の形をした貯金箱を、じ、と見つめて春風。

「えーっ、豚のが可愛いよっ」

「僕はこれがいいと思う」

「弁財天っ?」

「なに言ってるのっ? お金よっ! お賽銭箱が一番いいに決まってるわよっ」

 ずい、と瑞鳳が両手で抱えるような大きさの賽銭箱を持って来た。かなり大きい。

 が、

「いや、招き猫だ。金運向上だ」

「弁財天は財の天部らしい。金運ならこっちの方がいい」

「それならやっぱりお賽銭箱よっ」

「豚が一番可愛いっ」

「あの、狸を」

 思わず、睨み合う私たち、視界の隅で照月と不知火が、

「どうして、内部分裂を始めたのでしょうか?」

「さあ? ……まあ、いいんじゃないの? たぶん」

 しばし、僚艦と睨み合ったが、結局金運に繋がり見た目も可愛い招き猫に決定した。うむ。

「胸が熱いな」

「その熱量はもう少し別の方向で使うべきだと不知火は思います」

 不知火に呆れられてしまった。

 

「おお、随分と買ったな」

 ちょうど、レジを通り過ぎたところらしい。重装甲駆逐隊と鹿島と。

「え? ……のわっち?」

「不知火、何ですかその疑問形は」

「…………いえ、重装甲(胸)駆逐隊のインパクトが強すぎて、……そういえば、いたのですね」

「いい加減、野分は泣いていいですか?」

 真剣な表情の不知火に口の端を引きつらせて野分。

「というか、重装甲駆逐隊って何ですか?」

 不思議そうに浜風。

「確かに、私たち駆逐艦は装甲が薄い。それを補うために重装甲にしたいという気持ちはわかるが。

 それで持ち前の速力を犠牲にしては意味がないのではないか?」

 むむ、と正論を言う磯風。ちなみに察したらしい、浦風はそこそこ嫌そうな表情。

「お買い物は終わりましたか。

 鹿島さん。旗艦業務お疲れ様です」

「……旗艦?」

「わっ、お菓子の材料も買ったのですかっ?」

 榛名が買った物を覗き込んで歓声を上げる。鹿島は「ええ」と頷いて、

「帰ってから、まだ時間はあるのだし、……そうね。不知火ちゃん、お祝いの席は夜でいいかしら?

 榛名さん、春風ちゃん、戻ったらみんなでお菓子を作って提督さんに差し入れしましょう」

「はいっ、榛名、頑張りますっ」「ぜ、是非ご教授をお願いしますっ」

「よし、では私も協り「うちも手伝ったるけっ! まかしときっ!」「よし来たっ、谷風にお任せっ!」」

 力強く首を横に振る浜風と、磯風を押しのける浦風、谷風。磯風は迷惑そうに眉根を寄せている。

「…………浜風、何がどうしたんだ?」

 問いに、浜風は力強く頷く。

「提督の身は、絶対にお守りします。

 それこそが民の平穏のため、そして、日ごろの恩を返すために、私たちは戦わなければならないのです」

 悲壮な決意を込めて言う浜風。だが、「……すまん、何を言っているかわからない」

「いえ、ここは、私がお手伝いしますっ」

 萩風は力強く提案した。注目が集まり、頷く。

「もともと、司令のあの不健康な体は何とかするべきだと思っていましたっ!

 萩風特性健康レシピで、あのおでぶさんな体型を矯正しますっ!」

「ねえ、天津風、おでぶさんじゃないしれーってどんなのかな?」

「……………………さ、……さあ。え? ……何それ?」

 おでぶさんじゃない提督、……か。……………………む?

「な、長門さん。どうしたの?」

 おずおずと問いかける瑞鳳。私は知らずしわの寄っていた眉間に触れて、

「いや、……おでぶさんじゃない提督とは、なんだろう?」

「痩せた提督。……………………え?」

 難しい表情で押し黙った瑞鳳も理解できなさそうな声を上げた。やはりわからないか。

 思わず押し黙る私たち、と、ぱんっ、と野分が軽く手を叩いて、

「それより、買い物が終わったら撤収しましょう。

 どちらにせよ、この人数で騒いでいたら迷惑です。…………それで、初月、照月、何見ているのですか?」

「こ、……これほどの食材をお菓子作りに、……凄い。想像も出来ない」

「て、照月も、……さ、参加しても、いい? あ、あんまり食べすぎないようにするから、す、隅っこにいるから。ちょっとつまむだけでいいからっ」

「…………照月ちゃん。別にそこまで卑屈にならなくてもいいかも? ええと、会費払うからあたしたちも参加していい? っていうか、照月ちゃんを参加させてあげたい、です」

 どことなく必死になる僚艦に、秋津洲は深々と頭を下げた。

 


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