いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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二十三話

 

 今日の訓練も終わり夕食を終える。入浴も済ませて食堂へ。指定の時間には一斉に艦娘が集まっていて流石に狭いが、構わない。

「お給料かー、楽しみー、何に使おうかなー」

 時津風の声が聞こえたのか、不意に不知火がこちらに近づいてきた。

「時津風、お給料の使い道は決まっています」

「だから、なんで自分のお祝いのお菓子を自分で買わないといけないのさーっ!」

「冗談よ。大丈夫、時津風。

 貴女はお金を出さないわ。出すのは姉に貢献する浦風よ」

「……………………この姉は、ぶち腹立つのお」

「浦風は買いたい物とかあるの?」

 問いに浦風は難しい表情で、

「提督さんにはいろいろ世話になってるやねえ、何かお返ししようかと思ってるんじゃ。

 といっても、何がええんか? 趣味とかわかればええんじゃけど」

「趣味は女の子を凝視する事だそうだ」

「…………お菓子、かお」

 浦風は項垂れた。と、

「来ましたね」

 不知火が食堂の入り口を見て呟く。秘書艦殿を先頭に、天津風が封筒が入った籠の乗ったキャスターを押して入って来た。最後に提督が続く。一斉に響く太っ腹コール。浦風や時津風も楽しそうに「ふとっぱらーっ」と歓声を上げている。

 注目を集めながら提督はキャスターから封筒を一枚とる。見せつけるようにひらひらと揺らして、のんびりとしたどや顔で、

「それじゃあ、みんなあ。

 お小遣いが欲しかったら、パン」

 

「じゃあっ、みんなっ、お給料を配るわねっ」

 簀巻きにされて袋叩きにされて蹴りだされた提督を横目に、秘書艦殿は籠を手に取る。

「古鷹さんっ、山風っ、金剛さんっ」

「ああ各艦隊の旗艦か」

 さすがに、この人数で一人一人配ったりしないだろう。……実を言えば、そっちの方が嬉しかったが。

 ともかく、古鷹は「ありがとうございます」と、秘書艦殿にお礼を言って、みんなから拍手。山風も籠を受け取り第二艦隊の面々から盛大な山風コールを受けている。注目を受けて恥ずかしいらしい、山風は籐籠を大事そうに抱えてぱたぱたと急ぎ足で席に戻る。

「ありがとうございマースっ、大切に使いマースっ」

「そうねっ、みんなも無駄遣いしちゃだめよっ! けど、これは好きに使っていいお金だから、お仕事は関係なく、自分のために使ってねっ!

 あ、でも、効果のないものは買うだけ無駄よっ! 特におっぱいちっちゃい娘が買うバストアップのあれそれとかねっ! 艦娘はどれだけ頑張ったって、何をやったっておっぱい大きくならないんだから、何事もあきらめが肝心よっ!」

 葛城とか何人か突っ伏して泣き出した。天津風が合掌している。

「さて、それじゃあ天津風、雷たちはおゆはん食べちゃいましょう」

「ええ、そうね。……ん、んー、お腹空いたわ」

「お疲れ様っ、明日はお買い物ねっ!」

「……ええ、そうね」

 少し困ったように頷く天津風。雷は笑顔で彼女の背を叩く。二人は笑みを交わしてカウンターへ。

 で、私たちは夕食を食べ終えている。だから、

「あ、長門さんっ」

「ん、ああ」

 ぱたぱたと阿武隈が小さな籐籠をもって来た。

「はい、長門さんの艦隊の分です」

「あ、……ああ、ありがとう」

 そうか、給料、か。

「ごめんなさい、他にも配る娘がいて、それじゃあ、よろしくお願いしますっ」

 そういって、ぺこり、頭を下げてぱたぱたと走り回る阿武隈。……そして、受け取った封筒に視線を落とす。

 給料、……か。

「いつか、」

 ぽつり、初月の声。

「今は、まだ働いてもないのに報酬までもらって、正直、申し訳ないと思う。

 けど、いつか、頑張った成果だって、胸を張ってもらえる日が来ればいいな」

「来させないといけませんね」

 くすくすと春風。初月は少しきまり悪そうに頬を掻いて、

「あ、……うん、そうだな」

「ま、このまま頑張って行こうねっ、何事も地道な訓練からよっ」

 そんな初月と春風の肩に笑顔で瑞鳳が手を回す。「時津風?」

 きょとん、と封筒を見ていた時津風。

「え、…………ええと、……あはは、うん、嬉しいな。

 なんかさ、……まだ、気のせいだって解かってるけど、それでも、ここにいていい、って言ってもらえた気がして。……そういってもらえるのも嬉しいけど、形にしてくれるのも、いいよねっ」

「ああ、そうだな」

 確かに、と。給料に視線を落とす、と。ぽん、と。

「不知火?」

「では着任のお祝いに五百円貯金箱を贈りましょう。

 それがいっぱいになったとき、その重みを感じたとき、時津風がどれだけここにいたのか、そして、その価値を認められていたのか、実感できます」

「…………うんっ、ありがとっ、不知火っ!」

 少し、不知火の言葉を噛み締める時間を置き、ぱっ、と笑顔の時津風。不知火は彼女を撫でて、

「百円均一で売っていますから。不知火のお祝い品はそれでよし。

 浦風、まさかお菓子だけとは言いませんよね?」

「はははははは、……うちも百均で何か買ってやるけえ」

「プレゼントが百均っ? 浦風のけちっ」

「なんじゃこの扱いの差はっ?」

 とまあ、相変わらず仲がいいのかよくわからない陽炎型の皆はともかく、周りは軽いお祭り騒ぎのようになっている。

 何に使おうか話し合っている娘。目標貯蓄額まであといくらと競っている娘。いろいろだ。……そうか。

「嬉しい、のだな」

 確かにお金をもらえるのは嬉しいだろう。欲しい物があるのは艦娘だって同じだし、それが手に入れられるのならそれは嬉しい。

 けど、……それだけでなく、

 ここにいる事、ここで働いていたことを認められる。働いて、それが報われる。とても嬉しい事。…………と、思う。

 まだ、任務につけない私にはどちらかといえば申し訳なさが先立つが。……いつか胸を張って、そんな初月の言葉を噛み締めた。

 

 任務というわけではない。なので私たちは支給されているフリーサイズの簡素な私服に着替え、正門で連絡船を待つ。

 内海に深海棲艦は存在しない。内海の発生事例はなく、外界からの侵入に対してはすでに提督配下の少将が警戒のため展開している。

 つまり、内海は安全で、

「船で移動というのも、正直不思議だな」

「そうね。といっても艦娘用の燃料を使うわけにもいかないし、この方がいいんじゃない?」

「そうだな」

「おーいっ、天津風ーっ」

 時津風の声。そちらに視線を向けると不知火たち陽炎型のみんながいる。天津風はこちらに視線を向ける。頷くと彼女は不知火たちの方へ。

「買い物か、……ううん、どんなものを買おうか」

「いい、初月。

 いくらお給料をもらってるからといっても、無駄遣いはだめよ? 缶詰は特売しているところを狙ってね」

「ああ、そうだな。……牛缶は、いくつ買えるだろうか」

 ……なんとなくだが、照月と初月が少し悲しい会話をしている。春風が目じりに手を当てて「美味しいお菓子、作りましょう」と、呟いている。

 ちなみに、同行者は私の僚艦と陽炎型のみんな、秋津洲と照月、以前に一緒に買い物に行こうと言ってくれた榛名も誘い、結局、鹿島もついてきた。

「長門さん。どんなお店があるかとかわかる?」

「ん、ああ、榛名が案内してくれるらしい。

 のだが、天津風の会計ソフトはどこで売っているのか、それは探さないといけないな」

 榛名は何度か買い物のために上陸したと聞いているが、パソコンソフトは流石に知らないそうだ。まあ、せっかくの休みだ。散策のつもりでもいいだろう。

 と、

「おーうい、長門君、瑞鳳君」

「ん?」「提督?」

 小さな、ぎりぎり耳に届くような声。視線を向けると提督が正門の陰から手招きしていた。

 一度周りを確認し、瑞鳳と頷き合ってこそこそと提督の所へ。

「どうした?」

「ううむ、実はなあ。お買い物の参考になあ」

 渡されたのは一枚のチラシ。「これが、例の会計ソフト、か?」

 チラシには赤で丸が付けられている。会計ソフト、なのだろう。けど違和感。予算は一万円だが。七千円?

「それなりに前からあったソフトでなあ。値引きされたみたいなんだよお。

 それでなあ、余ったお金でこれ買ってきて欲しいんだよなあ」

 そういって渡されたのは、…………思わず、瑞鳳と半眼になる。

「提督、女性に成人向けのソフトを買うように頼むな」

「ふむう? おやあ? これは裏め「セクハラ許すまじっ!」」

 裏? ともかく、十八禁のソフトのチラシを押し付けてきた提督は秘書艦殿のドロップキックで海に落ちた。落ちて、無抵抗に沈んだ。そして、無抵抗に浮かんできた。

「まったくっ、ちょっと目を離すとすぐ変な事しだすんだからっ!」

 ぷかー、と無抵抗に漂う提督。……どざえもんにしか見えない。かなり不気味だ。瑞鳳が涙目になっている。

 涙目の瑞鳳をとりあえず撫でて、

「それで、秘書艦殿。どうした?」

「あ、……ええと、長門さんたち、本土でお買い物するのよね?

 悪いけど、これ買ってきてくれる?」

「ん? ああ、」

 お金と渡されたのは、こちらもチラシ。……お菓子、か?

「これは、秘書艦殿が?」

「違うわ。前島の娘たちにね。

 明日、遊びに行くつもりだったんだけど、その時のお土産よ」

「前島、……か」

 辛い、辛い思いをして、ここに流れ着いた艦娘。戦う事はおろか、海を行く事も、普通に生活する事さえ不備のある娘達。

 秘書艦殿は頷く。ぱたぱたと手を振りながら、

「そうよ。そして、そこには雷の宿敵がいるの。

 負けられないわ。そのためにも手加減できないのよっ」

「…………話がよくわからないが。まあ、了解した」

 宿敵と手加減できないとお菓子がどう繋がるのかはわからないが。必要なのだろう。

 ちなみに、瑞鳳が慄いている。

「ひ、秘書艦さんの宿敵、……そ、それって、……え? 艦娘の範疇に入ってるの?」

「雷はどういう存在だって認識されてるの?」

 遠くを見る秘書艦殿。個人的には鹿島と同じで怪物だが。まあ、それを当人に言うのも悪いだろう。

「じゃ、頼んだわよーっ」

 そういってぱたぱたと戻っていった。ちなみに波間に漂っていた提督はのっそりと這い上がって来た。その提督を見て瑞鳳が涙目で震えている。可愛い。

「ふむう、ごめんなあ。長門君。それは裏面だったよお」

「あ、ああ」

 たまに思うのだが、耐久性高いな提督。ともかく裏面を見る。

「天津風君の好物でなあ。

 ついでに、雷君と秘書次艦みんなの分も頼むよお」

 裏面には和菓子のお店のリーフレット。と、お勧めの商品。……どら焼き、か。

「買わないなら、えろいソフトでもいいなあ。メイドさんが出るのを頼むよお」

「冗談じゃない。提督の金は皆の慰労に使わせてもらおう」

 のったりと言う提督に笑みで応じる。提督は満足そうに頷いてのそのそと歩いて行った。

 

 同型艦は仲がいい。それはあながち間違えていない。

 かくいう私も同型艦である陸奥とはよく話をしている。長門型一番艦として私の方が姉にあたるが、この基地に着任したのは陸奥の方が早く、主力艦の一人として多くの経験を積む陸奥の話は参考になる。同型艦とは性能も似通る。後輩としてアドバイスを受けるには最適だ。……陸奥先輩と呼ぶと異様な顔をされるが。

 ともかく、そういう理由で同型艦とは話をする機会が多くなる。私だけでなく、初月や春風も同型艦から戦い方などを聞く姿をよく見かける。

 が、だからと言って必ず仲がいいとは限らない。

「と、言うわけで」

 連絡船の甲板で、陽炎型の皆が集まっている。姉艦として不知火が中心になっているようだが。

「では、不知火たち陽炎型の任務は二つあります。

 まず、前提として時津風が艦隊に配属しました」

 不知火の報告に野分が頷く。

「主力艦隊ではありませんが、速度と高射程を活かした即応艦隊で、第二艦隊でも連携を期待されている艦隊です」

 野分の言葉に拍手。時津風は照れくさそうな笑顔。

「かぁっ! そいつはめでたいねえっ! ぱーっとお祝いだなっ!」

 谷風がばしばしと時津風の背中を叩く。そんな妹たちの姿を感慨深そうに見て、不知火は頷き、

「というわけで、時津風がお世話になる艦隊の僚艦も誘いお祝いをしようと思います。

 任務の一つはこの買い出しです。

 そして、もう一つ。そろそろプール開きです。が、時津風は新人で水着を持っていません。いい機会なので一緒に買っておきましょう」

「可愛いのがいいなー」

「そうね、可愛いの選ぼうね」

 萩風が時津風の肩を叩く。……スクール水着がどうこう言っていたが、いいのか。

「というわけで、浦風、磯風、浜風はお菓子などを買ってくるのです」

「え? な、なんでですかっ?」

「私も、水着を、……去年、共通の水着を着たら陽炎に半泣きで怒られたので、新調したいです」

「そうじゃーっ、うちらも新調したいやねっ」

「黙りなさい。貴女たちの意見は参考になりません。

 悔しかったら乳を抉りなさい」

「そんなことできるかっ!」

「で、出来るならやりたいですっ! これがもう少し小さくなれば、あの何とも言えない距離感が縮まるのならっ」

「私も、正直邪魔なのだが、肩も凝るし」

「よっしゃー、それじゃあ磯風のそのでっかいおっぱい抉ったろかーっ」

「いだっ? ちょ、止めろ黒潮っ? 痛いっ? つかむなーっ!」

「第十七駆逐隊唯一の貧乳と言われた谷風の哀しみがわかるかいちくしょーめーっ!」

 めそめそしだした谷風を時津風と天津風が撫でて慰める。浦風と磯風、浜風は合掌した。不知火はそんな妹たちを見て頷く。

「というわけで、谷風、黒潮、不知火と時津風の水着を選びましょう」

「…………なんか、貧乳扱いされてるみたいで複雑や。ええけど」

「おぉっ! 思いっきり可愛いの選んでやるよっ! 姉の晴れ舞台だし、……よしっ、少しくらいなら谷風も出してやりますかっ!」

「ウチも協力したるっ! あっちのでっかい連中なんか目じゃないくらい可愛いの買ったるっ!」

「ありがとうっ、谷風、黒潮、ありがとうっ」

「……あの、それで、野分と萩風は?」「私は、どちらに?」

「…………え? 別にどっちでも」

「ま、まあ、好きな方に行ったらいいんよ?」

「凄い、いやな感じです」

 というわけで、胸の大小で真っ二つに分裂して険悪な睨み合いを繰り広げる陽炎型姉妹。

「天津風、司令から話は聞いています。貴女は自分の役割を果たしなさい。それと、気持ちはわかりますが嘘をつこうとしたことには変わりありません。司令を欺くなど言語道断。あとでお説教です」

「……………………解かったわよ」

 不知火の言葉に天津風はそっぽを向いて応じる。そして、喧嘩を始める姉妹たちを放置して不知火はこちらに、

「長門さん。妹をよろしくお願いします。

 ちょっと面倒な娘なので、駄々こねたら引っ叩いても構いません」

「こねないわよっ!」

「ああ、それだが、」私は提督から渡されたチラシの裏面を見せて「お金が余ったらメイドさんのソフトを買えとのお達しだ。女性が買うものではないが、まあ、提督からの命令なのだがな?」

「……あのばか司令。……もうっ」

 がしがしと頭を掻く天津風。不知火は微かな笑みを口の端に浮かべて、

「見透かされているわね。単純な妹の思考なんて司令にはお見通しのようよ」

「うるさいわねっ!」

 怒鳴る天津風の頭を、再度、ぱしんっ、と叩いて、

「それでは、不知火は妹どもを止めてきます」

「ああ」

 磯風のラッシュを華麗に回避して歓声を浴びている谷風。そちらに向けて不知火は歩き出した。

 


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