いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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二十話

 夕食を終えて寮に戻る。夕食は済ませた。だから一階の食堂を抜ける。明日の訓練もある、早めに入浴を済ませ、明日に備えて眠ろうと皆で話していた。

 だからそれぞれの部屋に戻り、入浴準備。の、途中。

「……明日、この艦隊として、僕たちの初訓練」

 ぽつり、初月が口を開く。

「ああ、そうだな」

「本音を言ってしまうと、少し、楽しみなんだ。

 この基地はいいところだし、僚艦も、僕はいいと思ってる。ここで艦娘として護国に貢献したいし、その一歩を踏み出せると思うと、嬉しい」

「ああ、それは私もだ。みんなで戦っていけると思うと、胸が熱いな」

 初月と笑みを交わし部屋を出る。隣をノック。時津風、春風、瑞鳳も準備を終えたらしく合流。脱衣所で服を脱いで入浴。体を洗って湯に浸かる。

「ん、……あーっ、今日も楽しかったー」

 ぐっ、と伸びをする時津風。

「そうだな、楽しかった」

「それに、明日から訓練よね。ちょっと楽しみ」

「わたくしもです。皆様と一緒に艦娘として艦隊を組めるのは、とても楽しみです。

 もっとも、訓練は厳しそうですが」

「難しそうだね」

 春風の言葉に苦笑して頷いた。

 そう、難しい。ただ、艦隊戦の訓練をするだけではない。

 それがどのように基地に貢献し、どのような形で守らなければいけない者を守れるのか。それも考えないといけない。

 いずれその判断もつけられるようにならなければいけないな。意地悪な提督の事だ。不意にその事を問うかもしれない。

 もし答えられなければ前線には出されないだろう。秘書艦殿は言っていた。それもばっちり考えられるようになって、初めて任務を任されるのだと。

「難しい、……っていうか、厳しそうだよね。ほんと、残業とか」

「自分たちの不出来だったら仕方ないけど、……その、やっぱりお風呂は入りたいな」

 ちゃぷ、とお湯をかき分けて初月。時津風は「あー」と、変な声をあげて、

「しれーがそーんな女の子の機微をわかってくれるとは思えないけどねー」

「っていうか、解っても無視しそう。艦娘として、って事なら仕方ないけどね」

「ああ、仕方ないな。

 が、やはり女性としては避けたい。残業は、頑張って避けよう」

 私の言葉に皆が力強く頷く。

「Hey、楽しそうなお話してますネ?」

「金剛」

 ちゃぷ、と湯をかき分けて金剛が来た。

「最初は渋ってたのに、随分と楽しそうになってきましたネー? 長門」

「ああ、そうだな」

 苦笑して頷く。「渋ってた?」と、問いに、

「そうデース。この若造は僚艦も決まってないのにワタシが守るんだー、なーんて悲痛な顔して言い張ってましたネ。

 カッコイーデスネー」

「ぐっ、……い、いや、…………わかってる。艦隊の方針は守る」

 じと、とした視線を僚艦に向けられて項垂れる。金剛は楽しそうに笑う。

「阿武隈から聞いてマース。ちゃーんとやりなヨ。

 長門の艦隊なんてワタシがNoっていったら即解体だからネー?」

「ああ、肝に銘じておこう。……いや、」

 不意に、古鷹の言ったことを思い出した。

「いっそのこと、下剋上を目指すのもいいかもしれないな。第三の一艦隊旗艦殿」

「……いいデスヨ若造。納得するまでかかってきなヨ」

 にぃ、と笑う金剛。同様に笑みを返す。超えられない、なんて諦める必要はない。

「ええと、金剛さん」

「ん?」

「艦娘としてもだけど、施設の維持とか、みんなの手伝いもしていきたいの。

 それで、どう、やっていけばいいか教えて欲しい、です。……その、要領を得ないお願いで申し訳ないのだけど」

 言葉を選びながら口を開く瑞鳳。ぎゅっと、

「ひゃっ」

「もちろん、遠慮は無用デース。いいデスヨー。

 可愛い後輩のお願いならどんとこい、デースっ」

 瑞鳳を抱きしめて撫でながら金剛。うむ。

「では、よろしく頼む。年長者」

「……可愛げのない若造デスネ」

 瑞鳳を抱きしめながら口の端を引きつらせる金剛。

「ま、けど今度の休みまでお預けだヨ。

 燻る気持ちはわかるケド、最初からあれもこれも詰め込んでもダメになるだけデース。我慢も大切ネっ」

「ん、……はい、わかりました」

 ぽん、と瑞鳳を撫でて、

「僕も、一緒にいいか?」

 初月が手を上げ、春風と時津風も頷く。金剛は「もちろんデスっ」と笑って応じる。

「みんないろいろとやってるケド、手が足りないところがあるのも事実ネ。

 だからそうやって働いてくれる娘がいるのはありがたいデスっ! …………力仕事要員がいるのはありがたいデス」

 横目でこっちを見る金剛に笑みを返して、

「そうだな、金剛。一緒に重たいものを持とう。若年者に重たいものを持たせるのも気が引けるな」

「年上を労いなヨー?」

「…………そうだな、腰は大切に、あだっ?」

「この若造、結構腹立つネ」

 叩かれてしまった。

「え、……と、長門さん、どうしたのですか?」

 おずおずと問う春風。どうしたか。「……どうしたのだろうな?」

「なーんで無自覚に攻撃開始するんですカー? この若造ー?」

「若年者は年長者に一矢報いたい。……なるほど、これが反抗期か」

「よし、決めまシタ。機会があったら演習しまショウ。反抗期の子供を殴るのも年上の役割、私的制裁は上官の特権ネ」

「基地や提督、直属の上官にさえ迷惑をかけないようにストライキか。……難しいがやらなければならないな」

「あうう、ず、ずいほー、なんかあそこ空気が悪くなってるよー」

「いい、時津風。

 きっと、ああやってライバル的友情を育んでいくのよ。ここは、生暖かく見守ろう」

 ライバル的友情とはなんだろうか?

 

 瑞鳳の言う金剛とのライバル的友情とやらを適度に育んで浴室を出る。

「ライバルか」

「一方的に敵視されたよ言うな気がしマス」

 ライバル的友情という言葉を思い出し、不意にこぼれた言葉に金剛がジト目。

「いや、若造呼ばわりも正直面白くないのだが」

「ワタシから見れば若造じゃないデスカー」

「そうだな年増、あだっ?」

 叩かれてしまった。

「みんなも可愛くない旗艦で大変デスネー」

 半眼でそんな事を言う金剛。

「いや、金剛。日本語の誤解がある」

「誤解、デス?」

「そうだ。金剛、年増とは四十歳くらいの事を想像しているのだろう?」

「違うのデス?」

 胡散臭そうな視線を向けられ、頷く。

「違う。いいか金剛、二十歳で年増、二十五歳から中年増、三十歳を大年増というのだ。イギリス帰りの金剛は少し日本語が不自由かもしれないな。現に発音が少しずれているだろう?」

「むむむっ? そうかもしれないデスネ。

 言葉の意味を理解出来ていなかったとは、日本語は奥が深いデス」

 難しい表情をする金剛。「理解が得られてよかった」

「…………あ、あのー」

 おずおずと、春風が手を挙げた。

「その、……長門さん、それ、いつの時代の話、なのでしょうか?」

「……………………江戸」

 

 金剛とライバル的友情を育みながら脱衣所を出る、と。

 じゃら、と、鎖の音、そして、声。

「あっ、長門さんっ」

「ん?」

 秘書艦殿だ。

 

 秘書艦殿は私だけを伴って地下の休憩所へ。……何かあるのだろうか?

「ええと、長門さんの元の僚艦だけどね」

「あ、……ああ」

 名取、五月雨に文月、あの泊地で生き残った仲間たち。

 出来れば、…………けど、

 申し訳なさそうに瞳を伏せる秘書艦殿。その意味は、なんとなく察しが付く。

「ごめんなさい。武藤少将が興味を持ったみたいで、そっちの引き取りになったわ。

 もともと水雷戦隊。軽巡洋艦を旗艦として駆逐艦の艦隊を作りたいって言ってたし、今は前線で深海棲艦の撃破を担っているところだから、どうしてもそっち優先になっちゃうのよ」

「ああ、そうか、」

 確かに、それは残念だ。……けど、

「会う事は、出来るか?」

 それが出来れば、それでいい。

 私の問いに秘書艦殿は頷いて、

「ええ、それは出来るわ。というか、来週の金曜日、武藤少将が定期報告に来る予定だから、その時に一緒に来てもらうよう村雨を通じて伝えておいたわ。

 雷の、中将の秘書艦としての権限を使った命令だから通るはずよ。その時は長門さんも武藤少将と会うのもいいと思うわ」

「ああ、そうだな」

「直接会ってもらうのが一番だけど、ざっと話しておくわ。武藤少将だけど、性格的には少し前のめりな感じね。逆に艦娘にはちょっと過保護。前のめり気味な提督の性格と、過保護気味な艦娘への接し方で折り合いがつかないのが困ったところね。

 出撃とかは積極的よ。それに艦隊戦で生き残る事、勝利のための作戦立案は上手。少将を任せるに足るのはこの手腕によるところが大きいわね。けど、軽度の損傷でも入渠したり、休憩の頻度を上げすぎたりで全体的な効率は決して良くない。

 資材の管理はちゃんとしてるけど、襲撃の頻度が多くなるとちょっと危なくなることがあるわ。入渠が重なって管理しきれなくなるのね。それで何度かしれーかんを仲介に他の提督の資材を融通した事もあるの。当人も自覚して気を付けているみたいだけど、そこは武藤少将の艦娘も含めてお勉強が必要ね。

 戦果だけど、轟沈はなし、撃破率は高い、けど、撃破数は撃破率に比べて低い。入渠の頻度が多すぎて殲滅までに時間がかかりすぎ、それで援軍として派遣された他の少将に戦果を取られているのね。時間をかけすぎてる武藤少将が悪いから、やり方を試行錯誤しているみたい。……まあ、そんなところね」

 言葉を選んで話してくれる秘書艦殿。ただ、そうか。

「ああ、また会うことが出来て、三人も、ちゃんとした提督の所に所属できるのならいう事はない」

 もちろん、叶うならまた同じ、この基地で一緒に戦いたい。……けど、そうだ。

 大切なのは、民を護る事。その目的をともに果たせるのなら、たとえそれが離れていようと一緒に戦っていることになる。

 また会う事、話をすることが出来るのなら、寂しいと思う事はない。

「そう、ならよかったわ。連絡や遣り取りに制限をかけるつもりはないから、電話番号とか聞いておくのもいいと思うわ。それは武藤少将とも話しておいて、中将であるしれーかんの艦娘からの依頼なら無視はしないはずよ。

 もちろん、あんまり長話してたら怒るけどね?」

「さすがにそんなことはしない」

 私事で基地に迷惑をかけるつもりはない。私の返事に秘書艦殿は満足そうに頷く。

「それじゃあ、長門さん。

 明日から本格的に第三艦隊として訓練ねっ、今更言うまでもないと思うけど、ちゃーんとゆっくりお休みして、万全の状態で訓練に臨まないとだめなんだからねっ、特に、明日は初日なんだからっ」

「ああ、わかった。気遣い感謝する」

 それにしても、他の、提督か。……どんな人たちなのだろうな。

 鹿島は、少将以上と以下は別物みたいに話していた。…………いや、それより、

 辺りを見渡す。声を潜める。

「その、秘書艦殿。

 言い辛い事かもしれないが、……その、話せる範囲でいいから、意見を聞きたい」

「しれーかんの事でしょ? 嫌いよ」

「…………そ、そうか」

 あっさりと、聞きたい事さえ読み取って秘書艦殿は応じた。苦笑。

「別に艦娘に暴力を振るうからとか、変な事をするからとかそういうんじゃないわ。艦娘に対する態度としてはいいと思う。セクハラっぽい事は言っても言うだけで実行に移すなんて事はしないし、そもそもピエロさんを演じてるだけなのよね。あれ。

 能力は言うまでもないわね。見た目は気にしないけど、……ただ、その人格、人としての在り方は気に入らない。ああいうの、大っ嫌い」

 秘書艦殿は肩をすくめて、

「ま、といっても中将なんてどこか頭のねじが外れた人でなしばっかりよ。もっとも漣に言わせれば、その秘書艦や中核の艦娘も相当おかしいらしいけどね。…………あ、」

 不意に、秘書艦殿は慌てて口を塞いで、

「けど、武藤少将は、っていうか、少将は優秀な軍人よっ、人格も人の範疇だから全然問題ないわっ! だから、長門さんの元僚艦のみんなは全然大丈夫よっ」

「そ、……そうか。……その、秘書艦殿」

「なぁに? 雷に頼りたいことがあるの? いいわよっ?」

「あ、いや、……頼りたいというか」

 聞きたい事。

「中将の秘書艦、も、か?」

 人ではなく、艦娘も頭がおかしいと、秘書艦殿は言った。

 それは、自分も当てはまるという事、けど、秘書艦殿自身には特に否定の意思は見えなかった。……そう、同意しているように感じた。

 その不自然さが思わず疑問として口から零れる。失礼な事を聞いた、と。解かってはいるのだが。それでも、その答えが聞きたい。

 自らをおかしいと、そう認識してしまうような理由を、

 

 問いに、秘書艦殿は透明に、――――

 

「『・・・・』、この、尊い祈りを形にするって決めたの。

 そのためなら、おかしくなろうが、兵器に成り果てようが、構わないわ。人でなしと悪い娘が構成する大本営中枢に関わるのなら、その程度、当然として受け入れないとだめなのよ」

 

 ――――美しく、微笑んだ。

 


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