いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

19 / 38
十九話

 

 調理の音、上機嫌な鼻歌。春風と初月は楽しそうに食事を作る。

 おにぎりや簡単なおかず。それぞれの部屋にある台所は決して広くないが、それでも二人は楽しそうに調理を続ける。

「外でご飯かー、こういうのも楽しいねっ」

 時津風はベッドに腰を下ろしながら笑い。

「そうよねー

 今度、サイクリング行くって話もあったしね。お休みが待ち遠しいわね」

「そうだな」

 と、言うわけで夕食は外で食べる事になった。

 と、言うのも、図書室に山風と熊野がいた理由。曰く、外でテストをしている秋津洲が思いのほか好調で、もっといろいろ試したいというわけで夕食が間に合わなくなりそうだ、との事らしい。

 過剰な訓練は避けるべきだが、秋津洲自身はやる気であり、第二艦隊としても思ったより輸送効率がよさそうという事で詳細な情報収集のため訓練の許可が下りた。ただ、夕食の時間が困ったという事で山風から提督に相談が行き、たまたま居合わせた私たちに秋津洲の夕食を頼まれた。

 それ以外にも提督に頼まれごとがある。それも構わないし、料理を作る春風は快く承諾、瑞鳳がお外でご飯もいいかも、という事でみんなで食べる事になった。

「訓練か、私たちも明日から、だね」

 瑞鳳がぽつりと呟く。頷く。

「阿武隈達が相手をしてくれるらしいが。……初訓練とはいえ私たちの訓練方針を決めるための大切な演習でもある。

 気は抜けないな」

「もっちろんっ、……それに、初月はお姉さんがいるしね?」

 時津風が横目に問う。第三艦隊はその中で艦の入れ替わりが激しい。第二艦隊から演習用の資材を確認したり、第三艦隊の旗艦である金剛とも相談してから演習相手を決めるらしい。

 ただ、それでも確実なところもある。阿武隈と、もう一人。初月の姉、秋月は決定しているらしい。

「といっても、僕は別に秋月姉さんにいいところを見せようとは思わない。

 艦隊行動が第一だ。意地を張るつもりはない」

「ん、出来たか?」

 台所から顔を出した初月。傍らの春風が頷く。

「はい、準備出来ました。それでは、参りましょう」

 

「なんかさー、暗くなった時に外を歩くのってわくわくしない?」

 レジャーシートを持つ時津風が周りを見てそんな事を言った。瑞鳳は頷いて、

「出撃とは違うしねー」

「外で食事か、そういえばあとでツーリングに出かけようと話していたな。

 楽しみだな」

 そうだな、そんな話もしていた。

 いけないところはある。けど、いけるなら、いろいろなところに行ってみたい。

 と、

「あそこか、秋津洲と」

「ちぃーっす」

「鈴谷か」

 訓練場、基地近海の防波堤に座る鈴谷が手を振る。

「あっ、お弁当?」

「そうだ、……が、」

「鈴谷さん、……その、申し訳ございません。

 秋津洲さんの分しか」

「あ、それなら問題なしっ、鈴谷の分は頼んであるから。

 ま、そいう事なら一緒しよっ」

 にこっ、と笑顔の鈴谷に春風も笑みを返して、

「おーいっ、秋津洲ーっ!

 おゆはんだよーっ、長門さんたちが持ってきてくれたら食べよーっ」

「え? あ、了解かもーっ」

 手を振って戻ってくる秋津洲、と。

「あっ、来た来たっ、おーいっ! のーわっちーっ」

「のわっちやめて、……あ、時津風?」

「やっほー、のわっちーっ」

「だから、のわっちやめてください」

「野分?」

 初月の問いに「そだよ」と、鈴谷はお弁当を置いた野分を抱き寄せて「鈴谷の僚艦っ、すっごく頼りになるんだっ」

「あ、……ありがとうございます。鈴谷さん」

「兼、被害担当艦、ねっ、のわっちっ」

「それはやめてください。というか、何ですか被害担当艦って、野分、そんなに被弾していません」

 不服そうに応じる野分に鈴谷はけらけら笑う。笑う意味は分かる。被害担当艦の意味が違う。

「それと、皆さんは?」

「ああ、」私はお弁当を掲げて「秋津洲に差し入れだ」

「そうですか? ……ああ、司令が秋津洲さんの分は用意したといっていましたが、こっちでしたか」

「連絡の行き違いを避けられたのですね。

 よかったです。食材を無駄にしてしまうのも、食べ過ぎてしまうのもよくないですから」

 おっとりと微笑む春風に「そうですね」と、野分。

「それじゃあ、みんなで食べよーっ、料理って誰が作ったの?」

「ま、……まさか、時津風、が?」

 唖然と呟く野分。「まさか、そんなん余裕で無理に決まってんじゃんっ」と、彼女の言葉にほっと一息。…………苦手というか、下手なのだろうか?

「わたくしと、初月さんで作りました」

「ああ、料理というのは初めてだが、思ったより楽しかったな。

 春風がよければまた一緒に作りたい」

「ふふ、よろしくお願いしますね」

「あ、私もーっ」

 瑞鳳も挙手。「……わ、私も、手伝おう、か?」

「……長門さん」

「うむ、…………そ、そうだな。私は旗艦だからな」

「ふふ、朝食はともかく、昼食や夕食を作る機会があれば、お手伝いをお願いします」

「うむっ、任せてくれっ」

 ともかく、秋津洲も合流して夕食を広げる。おにぎりやいくつかのおかず、水筒には緑茶、野分が用意したのはサンドウィッチがいくつかと水筒から紅茶。

「おっ、なんか和洋折衷っぽいじゃん? 春風、鈴谷たちにも分けてー」

「はい。……あ、もしよろしければ、わたくしも、野分さんのサンドウィッチ、興味があります」

「どうぞ、遠慮せず食べてください」

 笑みを交わす春風と野分、と。

「わっ、な、なんかピクニックっぽくなってるかもっ? 何があったのっ?」

「頑張ってる秋津洲のためにみんなが用意したの。

 さ、ぱーっと食べよっ」

「え? ……あ、あたしのために、……あ、ありがとう」

 嬉しそうに微笑む秋津洲。さて、では食べようか。

 いただきます、と声が重なった。

 

「そういえば秋津洲。提督から伝言がある。

 明日は休みにしていいそうだ」

「え? そう」

 少し、困ったように呟く秋津洲。……驚きだな、提督の予想通りだ。

「ただ、夕食が終わったら入浴後、二式大艇を使った空輸についての問題点など、指示されているリストは厳密に作る事。だそうだ」

「げ、……厳密?」

「それは聞いています。

 そのリストをもとに、明日野分達、第二の二艦隊で改めて運用についての具体案の作成。第二艦隊がそろった段階で運用や編成についてまとめていきます。

 雑な資料は許しません」

「そーそー、……鈴谷たち、そのあたりの手抜きは認めないからねー?

 提督から休みだされてるなら明日はそれでいいけど、追及で半泣きは覚悟してよー?」

「ぐぐ、……こ、怖いかも?」

 慄く秋津洲。対して野分は彼女の肩を叩く。

「山風の添削は、異端審問と呼ばれています」

「怖っ?」

「ふふ、提督に比べればましだよ。…………ふ、ふふふふ」

 何を思い出したのか虚ろな表情になる鈴谷。怖い。夜だから怖い。

「す、鈴谷さん。こ、怖い、かも」

 恐る恐る口を開く秋津洲。野分はそっと秋津洲の肩に手を置いて「そっとしてあげてください」

「しれー、厳しいの?」

 ふふふふふ、と虚ろな笑いを続ける鈴谷の側、野分は頷いて、

「野分は、鈴谷さんが先に見てくれるので大丈夫だったのですが。

 山風や金剛さんといった旗艦や秘書次艦は司令に直接書類の添削を受けて、……その多くがトラウマを背負っています。司令、仕事には容赦しませんから。書類仕事であっても」

 艦娘の本分ではないかもしれないが、反省や、後の事を考えて記録を残す事も大切だ。確かに仕事の一環といえば提督として厳しく添削をするのはわかるが。「はっ」

「長門さん?」

「……………………そ、……それは、わ、私も、か?」

 この艦隊で任務に就くとすれば報告書を作るのは旗艦である私、か。

「提督の添削は、山風の比じゃないから、長門さんも、覚悟した方が、いいよ」

 鈴谷は虚ろな笑顔を見せた。私は頷く。

「大丈夫だ、私には頼りになる僚艦が、……………………おい」

 頼りになる僚艦は揃って手を合わせていた。どういう事だ。

「あ、ちなみに、長門さん。

 この件だけど第二艦隊としては輸送特化で、護衛艦隊は第三艦隊に任せるって話出てるんだけど、空輸だからね。防空駆逐艦に白羽の矢が立ちそう。

 今のところ照月ちゃん考えてるけど、空輸特化じゃなくて、空輸込みの高速輸送艦隊の場合、防空駆逐艦がいて機動力の高い駆逐艦と軽空母、長射程の長門さんがいる艦隊に白羽の矢が立つかもしれない。

 どっちもあまり前例のない形で新造艦隊だからどうなるかわからないけど、その時はよろしくね」

「了解した」

「な、……長門さんが護衛艦っ? それは驚愕の現象かもっ?」

「現象というほどか? ……そういえば、護衛任務はなかった気がする」

「ん? とすると、秋津洲が全体の指揮? 護衛艦隊との連合艦隊旗艦?」

 にやー、と瑞鳳が口を挟む。秋津洲は、私を見て「旗艦」と小さく呟く。

「すっごーいっ、秋津洲っ、連合艦隊旗艦の戦艦、長門が護衛艦を務める艦隊の旗艦だってっ」

 ぱちぱちと拍手する時津風。煽ってるな。

「え? えええっ? そ、それは? え? えっ?」

「落ち着いてください。というか時津風、遊ばないでください」

「えー?」

 口をとがらせる時津風。私は彼女の頭に手を置いて、

「秋津洲もだが、過去の栄光はあっても、今、この私はこの基地の新人だ。

 高速輸送は確かに意味があるし、護衛が必要なら私は全力で取り組む。余計な気兼ねは不要だ」

「はい」「はーい」

「その場合、僕たちは駆逐隊として撤退支援、長門さんは進路上に陣取って追撃する敵艦を遠距離から砲撃で迎撃か?

 敵艦隊にとっても僕たち駆逐隊の相手と輸送艦隊の追撃を意識していれば、遠距離からの砲撃支援は不意打ちにもなると思うし、撃破率も高くなると思う」

「そうなるな。……む、とすると僚艦と敵艦入り乱れた状況での砲撃か。

 やはり命中率を上げる訓練は必須だな」

 僚艦を撃つわけにはいかない。……重責だが、やるしかないな。

「あたしたちが巧く敵艦誘導できればいう事なしだよね。

 せめて輸送艦隊から引き離せるように撤退支援出来れば、長門の砲撃支援もやりやすいでしょ?」

「敵艦の引き離しは私の空爆でも出来るから、それ込みでの訓練ね。

 艦載機の空爆につかまらないようにしてよ?」

「ああ、そうならないように訓練は必要だ。……考えれば考えるほど課題が増えてくるな」

 むむ、と難しい表情をする初月。春風は微笑み「やり甲斐がありますね」

「楽しみにしてるよー

 んー、美味しい、春風って料理上手なんだね」

 にこにこと鈴谷は嬉しそうに食事をとる。春風は笑みを返して、

「ありがとうございます。料理は好きなんです」

「お、じゃあ、食堂がもっと期待出来ちゃったり?」

「よろしければお手伝いも、……ただ、不用意に行くと調理場も混雑してしまうそうなので、注意が必要ですね。

 神風お姉様もとても困ったとか」

「おろおろしてる神風、はたから見てて可愛かった。

 ね、春風。お姉さん凄いんだよ? この基地のやり方にも慣れてきたはずなのに、今度は妹の春風にデキるお姉さんアピールしようとして空回り始めたりとか、慣れても可愛いの」

「はいっ、春風も神風お姉様を愛でたく思いますっ」

 微笑みを交わす鈴谷と春風。野分は遠い目をして、

「大変ですね。神風」

「あっ、のわっちー、あたし、お姉さんだけど愛でていいよー

 お菓子とか買ってくれると嬉しいなー」

 にやー、とすり寄る時津風。野分はぺしんと彼女の頭を叩いて、

「むしろ姉が買ってください」

「お祝いの話はどこに行ったの?」

「え? 時津風も出すんですよ。時津風のお祝いの会費」

「うそ、……んなばかな。全然嬉しくない」

 と、くすくすと、

「秋津洲さん?」

「あ、……ええと、初月ちゃんたち、楽しそうだなって。

 あたしはまだ艦隊に所属してないけど、きっと僚艦がいたら楽しい、……かも」

「そうだな」

 頷く、これから生死を共にする仲間たちだ。楽しい事、いろいろな事をともに乗り越えていきたい。そういう仲間がいるのは、いいな。

「こーら、楽しいかもじゃなくて、楽しくやっていこー、くらいに言わないと」

 羨ましそうに微笑む秋津洲を鈴谷が小突いて、

「ねっ、のわっちっ」

「…………そうですね。……そうですね。

 鈴谷さんと一緒にいると楽しいです」

 にっこりと笑顔の野分。「あう」と、鈴谷は意表を突かれたような反応。

「え、……えーと、いや、鈴谷ピックアップ、ってわけじゃなくて、艦隊のみんな、って事なんだけど」

 困ったように視線を泳がせる。野分は、ずい、と迫って鈴谷の手を取る。

「大好きな鈴谷さんと一緒に居られて、野分、幸せです」

「はひっ?」

「鈴谷さん、……野分では、だめ、ですか?」

「い、いや、いやいや、だ、だめって事はなくてねっ、鈴谷ものわっちが僚艦で嬉しいけど、ほ、ほら、フレンド、的なっ?」

 目が物凄く泳ぐ。そうか、

「こうして、被害担当艦は変わっていくのだな」

「秋津洲、艦隊を組んだらいかに被害担当艦を回避するか、重要だと思うわ」

「不意打ちを避けるためにも、あらかじめ被害担当艦は決めておいた方がいいかもしれない」

 初月も、うん、と頷く。秋津洲はなぜか非常にあいまいな笑顔。

「ええと、……それじゃあ、長門さんの艦隊の被害担当艦は、誰? ……かも?」

 視線が交錯する。皆で一度視線を交わし、最後に、旗艦である私に視線が集まる。

「では、被害担当艦を決めておこう」

 

 ……………………白熱した議論はあったが、まあ、決まるわけがないな。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。