いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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十六話

 

 春風と瑞鳳が用意してくれたお弁当はとても美味しそうだ。卵焼きがやたら多いのが気になるが。

「わっ、美味しそうっ!」

「……こ、…………これは、なんて贅沢な」

 両手を上げる時津風の横で初月が慄いている。

「へえ、美味しそうじゃない。

 これ、春風が?」

「はいっ、瑞鳳さんにお手伝いをしていただきながら作りました」

 にっこりと笑顔の春風。けど、

「大体春風が作ってたんだけどね。……料理が上手って羨ましいなー」

「あら、素敵ですわ。

 わたくしも少しご相伴にあずかっても?」

「うふふ、これは期待できるわね」

 嬉しそうな鹿島。「期待?」と、神風が首を傾げて、

「ええ、今度一緒にお料理を作ろうってお話していたのよ。

 提督さんにお菓子も、ね?」

「はいっ」

「へえ、それはいいわね」

 笑顔で応じる神風。と。

「おーうい、そこ空いてるかなあ? 二人分、座っていいかなあ?」

 間延びした声。視線を向ける。案の定、一人は提督と、

「秋津洲さん」

 鹿島は、ぽつり、呟く。提督の後ろには俯く秋津洲。

「珍しいわね。司令官がお昼に食堂に来るなんて」

 そういえば、基本的に昼食は本部、執務室で取っているといっていたな。上官がいると緊張するとか、おでぶさんなおじさんがいると食欲が失せるとか、どの程度本気で言っているのかはわからないが。

「ふむう、今回はちょっと用事があってなあ。

 食事中だが、どうしようかなあ?」

「第二艦隊の最優先は情報ですわ。いいからさっさと吐き出しなさいな? でないと蹴飛ばしますわよ」

 にっこりと笑顔の熊野。提督は「ふむうう?」と、首を傾げて、

「熊野君のヤクザキックは痛いんだよなあ」

「お嬢様キックですわ」

「わかったよお。そうだなあ。鹿島君と神風君、熊野君は聞いておいて欲しいなあ。

 長門君たちは無理にとは言わないよお」

「いや、聞いておこう」

 僚艦に視線を向ける。皆は頷いた。

「そうかあ、…………まあ、面白い話じゃないと思うけど、ごめんなあ。

 ――――さて、鹿島君」

「はいっ」

 不意の呼びかけに、鹿島が反射的に姿勢を正す。じくり、と。凍てついた歯車に圧し潰されるような、悪寒。

「秋津洲君の訓練結果は、改めて、着任当時までさかのぼって目を通した。

 最初の伸び率から比較して中期的にも下落傾向だった。その状態で直近の大きな下落で意気消沈したのだろうが、傾向を早めに掴めていれば回避できた。少なくとも秋津洲君を追い詰める事にはならなかった。訓練の成果をまとめて、留意点を報告をするのは君の仕事だ。そして、見逃したのは君の失敗だ。数字を羅列するだけなら任せる意味はない」

「ひっ、……あ、」

 鹿島の顔が、真っ青になる。ふるふると、怯えるように小刻みに震え、けど、動く事も出来ず、ただ、

「ご、ごめ、……ご、めん、……な、…………さ、い。も、……うしわ、け、…………ご、ざい、ま、せん。

 ご、めん、なさい、ごめん、なさい、ごめ、ん、なさい」

 瞳に涙を浮かべて、色を失った表情で、機械のように言葉を紡ぐ鹿島。なにか、言おうと思う、が。言葉が出ない。体が、歯車に挟まれたように、動かない。

「…………が、」

 しん、とした沈黙の中。音。

「ち、……が、う。……違い、ます。違う、のっ」

 秋津洲は、凍り付いた口を、血を流しながら無理矢理引き剥がすように、口を開く。

「あ、……あたし、あたしが、悪い、のっ! もっと、早く、相談すればよかったっ、あたし、みたいな役立たずが相談に行っても、迷惑をかけるだけだって、邪魔なだけだってっ、そう思って、何も言えなかったっ!

 けど、このままだと、また、捨てられるって、それが、怖くて、……だから、鹿島さんが悪いんじゃ、ないっ!

 だから、あ、あたしは、解体、でも、い、いい、……から、だから、鹿島さん、は、悪くない、からっ!」

 ぽろぽろと、涙をこぼしながら、秋津洲は必死に懇願する。…………微笑。

「ふむう、そうかあ、そうだなあ。それもそうだなあ。秋津洲君が悪いなあ。

 といっても、鹿島君も悪いなあ。熊野君。次の第二艦隊の勉強会は情報整理と、その見方について講習をして欲しいなあ。山風君には私が伝えておくから、熊野君は内容の選定と資料の作成をしなさい。

 鹿島君は熊野君の手伝い、と。第二艦隊の勉強会に参加だなあ。気付いた点、自分に対する改善点をレポートにして作成。雷君と私、秘書次艦のみんなと、第二艦隊のみんなの分だなあ。作成が終わったら熊野君に意見を聞きなさい。

 熊野君のお仕事手伝いと勉強会の参加、レポートの作成は通常業務の時間外、通常業務が重なるようなら業務に支障がないようにやる事、しばらくは残業を覚悟してもらうよお」

「……ええ、了解しましたわ」

「…………あ、はい。……あの、が、んばります。提督、さん」

 恐る恐る話しかける鹿島に提督はのんびりと笑いかけて、

「それに、秋津洲君も悪いなあ。一人で悩むのは良くないなあ。

 長門君たち、新人さんも覚えて欲しいんだけど、一人で悩むとだんだんと自信を無くしてしまうんだよなあ。悪い方向に考えちゃうんだよなあ。

 そうすると、せっかくの自己判断に迷いが出て行動が遅くなるんだよなあ。艦隊行動でそれは致命的だなあ」

「うん、……そうだね」

 時津風は頷く。それは、確かに致命的だ。

 そんな事にならないように訓練を重ねているし、そんな風に悩んでいる艦娘を任務に出したりはしないだろう。けど、もし、仮に出したら、

 それは、場合によっては僚艦さえ巻き込み被害を出しかねない。そして、それがもとでここを突破されたらどうなるか。…………以前、秘書艦殿の言っていた言葉を思い出す。

 数十万人の死傷者。その責務を考えれば、悩みを抱えたままで居続ける事は咎めなければいけないか。

「神風君」

「ええ、なに?」

「秋津洲君だがなあ。第二艦隊での空輸を試験的に考えているんだよお。

 ほら、二式大艇、あれを使った少量でも高速の輸送だなあ。秋津洲君は二式大艇の使い方は上手なんだよお」

「……下手なのは?」

「攻撃全般かなあ」

「了解、護衛艦隊込み、輸送専属の艦として考えてみるわ。

 ただ、もちろんしばらく勉強。必要な資材を即座に届けるための艦隊だから、逐次、……いえ、即時の情報伝達手段も必要になるわね。

 艦隊決戦真っ最中の輸送を前提に組んでみるわ」

「え? ……あの、あたし、…………あの、あたしみたいな、役立たず、が、いて、いい、の?」

 恐る恐る問う秋津洲。対して提督は「ふむん」と首を傾げた。

「秋津洲君が役立たずさんなら、非常に残念ながらこの基地のほとんどは役立たずさんだなあ。……ふむん?」

 ふと、提督は首を傾げる。ゆらゆらと揺れて、

「そもそも、どうして秋津洲君は役立たずさんかなあ?」

 問われて、「へ?」と秋津洲はきょとんとして、

「どう、……って、ええと、…………その、性能が低い、とかかも。

 問題を、ほったらかしにしちゃった。……かも?」

「どうかなあ? 性能が低いのが役立たずさんなら、海に出る事さえできない鹿島君は、秋津洲君以上の役立たずさんだなあ」

 反論の言葉はなく、鹿島は困ったように頷く。

「なかなか相談に来なかった事の事かなあ? それなら全力全霊で空回りし続けた神風君は、……………………困った娘だなあ」

「…………役立たず呼ばわりは、まあ、いいわ。そうだったし、けど、なによ。困った娘って」

 神風はそっぽを向く。けど、彼女も否定はできないらしい。その横で提督はのんびりと一同見渡して、

「そうだなあ。旧型艦の自分にだって出来る事はあるとか奮起して第二艦隊の資材庫を勝手に整理してどや顔してたら、山風君にどこに何があるかわからなくなったとか物凄く怒られてたなあ」

「うぐっ?」

「食堂のお手伝いをするんだとか来てみたら満員で、それでも何かやろうと意地になって残ったはいいけど、どうすればいいかわからずおろおろしてたなあ」

「…………ぐ」

「第二艦隊に配属されたてのころは、頑張りすぎてオーバーワークで次の日の勉強会で寝過ごして、事情を知った鈴谷君に呆れられてたなあ」

「きゃーっ!」

 神風は提督の額に肘を叩き込み突っ伏した。

「懐かしいですわねー、はたから見てると微笑ましかったですわねー」

 そんな神風をにやー、と笑いながらフォローする熊野。そして、程なくのろのろと神風は復活。

「はあ、……台無し。

 けど、そうね。さっきは偉そうに言ったけど、私も春風と同じよ。何か出来ないかって、全力全霊で空回りしてたわ」

「そうだなあ。けどなあ、春風君。

 それでも神風君は、……………………………………………………「フォローするならしなさいよっ! 何なのよ沈黙ってっ!」」

 立ち上がる神風。提督はなぜか大きく頷いて、

「そういう事だよお。ここにいるのは、いろいろ問題のある娘ばっかりなんだよお。だから、今の秋津洲君が役立たずさんだからって捨てることはしないよお。

 もし捨てるようなら、この基地のほとんどの艦娘は捨てないといけないなあ。……もっとも、それを自覚して、なお、何もしないのなら、その時は考えないといけない。けどなあ、」

 提督はのんびりとした視線を秋津洲に向けた。

「鹿島君は悪くない、なんて泣きながら言った秋津洲君が、同じ失敗をするとは思えないからなあ。

 だから、これからは、さっき泣いたことをずっと忘れないようにして、役立たずさんとして役に立てることを考えていきなさい。そのためなら手助けは惜しまないよお。結果として雷君みたいに有能な娘になってくれれば、問題はあっても十分だからなあ」

「は、……はいっ、頑張りますっ」

「ええ、で、いずれ、全力全霊で空回りした神風さんみたいにここでネタにされるんですわね。

 役立たずだー、って大泣きした、って」

「うぐっ、……ず、ずっと引っ張られ続けるのは、恥ずかしい、かも」

 にやー、と笑う熊野に秋津洲はぽつぽつと続ける。提督は頷いて、

「といっても、悩んでいたこともそうだし、もっと早く相談に来れば手を打てたよなあ。秋津洲君の相談が遅くなったから、結果として時間を無駄にしちゃったかもしれないなあ」

「……ご、ごめんなさい、です」

 ぺこり、秋津洲は頭を下げた。

「というわけで秋津洲君も鹿島君同様に残業だなあ。居残り訓練だなあ。

 二式大艇の最高速度と安定速度、第二艦隊の誰かにお願いして資材を借りて、資材毎の最大搭載量と、限界まで搭載した際の最高速度、安定速度の計測。終わったら秋津洲君が想定する輸送中に発生するリスクをリストアップしてもらわないといけないなあ。全部今日中だなあ。明日には報告だなあ」

「へえっ? きょ、今日中ってっ、今日はもうお昼、かも?」

「時間がないか」

 確かに、速度のテストだって一度や二度じゃないだろうし、搭載量だっていろいろなパターンがある。リスクのリストアップは言うに及ばず。

 残業確実。と、その現実に秋津洲は困ったように視線を彷徨わせて、提督は「ふむう」と笑った。

「お風呂も間に合わないかなあ? といっても、おっさんには訓練の後にお風呂に入れない女の子の気持ちは、……わからないなあ」

「あう、…………て、テスト、行ってきますっ、かもっ!」

 慌てて立ち上がる。確かに、間に合わないか。提督は苦笑。

「長門君」懐から千円札一枚取り出して「悪いけど、秋津洲君にお昼ご飯を持って行ってあげて欲しいなあ」

「ああ、わかった」

 私たちも訓練の話をしたいが、そのくらいは構わない。頷く。

「私、スルーされた。……うう、妹の前なのに、春風が着任したって聞いてから、困った娘を卒業してしっかりしたお姉さんになろうって心に決めてたのに」

 で、スルーされて突っ伏しめそめそする神風。熊野は優しく彼女の肩を叩く。

「大丈夫、大丈夫ですわよ。神風さん。

 いいですの、春風さん。貴女のお姉さんはこう見えて、…………………………………………「なんで熊野さんまで乗っかるのよっ!」」

 にこやかな表情のまま沈黙する熊野。神風は声を上げるが、熊野は力強く頷く、たぶん意味はない。

「誰かの役に立ちたい。その思いは素敵な事。けど、むやみに突っ走ると全力全霊で空回りする困った娘になってしまいますわよ?

 一日に十歩進んで九歩下がるのも、一日一歩進むのも、結果としては同じですわ」

「はい、わかりました」

 めそめそする神風を困ったように見ながら春風。熊野は神風を撫でながら「ま、その困った娘が今では第二の一艦隊、どりょ、空回りの成果と妹に胸を張りなさいな」

「そっちっ? …………うぅー、熊野さんが苛める。司令官、何か言ってやってよお」

 めそめそする神風に提督は力強く頷いて、

「部下の失敗に付け込んで残業を強要かあ。悪い上司だなあ。ぱわはらだなあ。……………………雷君には内緒にして欲しいなあ」

 あまり関係のない事を言い出した。「なんで、私、こんな扱いなの?」と、突っ伏す神風を熊野は撫でる。

「まあ、あまり口に出さないようにしよう」

 秘書艦殿に言ったらまた提督が打撃される。あまり、いい事ではないだろう。たぶん。

「体育館でも思ったが、なぜ唐突に攻撃が始まるのだろう」

「そーいえば、なんか、のわっちも集中砲撃受けてたよね。あれ、この基地の伝統か何かなのかな?」

 初月と時津風がこそこそと呟く。熊野は笑顔。

「大丈夫っ、大丈夫ですわっ! 新人さんも、いずれこういう風になっていきますわよっ!

 いいですの? 一艦隊、六艦くらい集まると、大抵一艦は被害担当艦となっていじ、……被害を担当されるのですわ」

「……私たちは、仲良くやっていこうね」

 いい笑顔で親指を立てる熊野に瑞鳳はしんみりと呟く。神風は顔をあげて、

「春風、……私、頑張ってるの。

 ほんとだからね。た、確かに司令官とかから見れば困った娘かもしれないけど、頑張ってるんだから」

 なんとなく必死な神風。春風は「は、……はい」と曖昧に頷き、

「ふむう、……では、熊野君。

 せっかくだから春風君が尊敬できるよう、神風君を讃えようかなあ。何があ「可愛いですわっ!」」

「なによその急展開っ?」

「全力全霊で空回りしているところとか、夜が怖くて部屋に出るとき一緒に来てっておねだりしたところとか、妹にデキるお姉さんアピールしようとして盛大に自爆しているところとか、可愛いですわっ」

「……うわーんっ、熊野さんが苛めるーっ」

「ちなみになあ、春風君。

 これで鈴谷君が加わると、神風君は、…………大変だなあ」

「そういえば春風さんは第二艦隊の勉強会に参加してみたいといっていましたわね。

 ええ、いらっしゃいな。お姉さんの可愛いところがたくさん見れますわよ」

 それでいいのか、と思ったけど、

「はいっ、是非参加をさせていただきますっ」

「どうしてそこでやる気出してるのよっ」

 きらきらと応じる春風。

「だって、……今以上に神風お姉様の愛らしいところが見れると思うと、とても、楽しみです」

 うっとりと春風が呟く。熊野は春風の手を握って、

「ええ、一緒に神風さんを愛でましょうっ」

「はいっ」

「…………私、さぼっちゃだめ?」

「だめだなあ。仕事だからなあ」

「…………うわーんっ、妹がぐれたーっ、初月でも時津風でもいいから、助けてよーっ」

「不知火も、このくらい可愛ければいいのに」

 時津風は遠い目をする。その隣で初月は頷いて、

「僕たち姉妹は、仲良しだ。うん」

「あら? わたくしと神風お姉様も、きっと、とてもとても仲良くなれると思います。

 ねっ、熊野さんっ」

「ええ、もちろんですわ。一緒に神風さんを愛でましょう」

「はいっ」

「なんでよっ? なんで妹に愛でられるの私っ?」

 被害担当艦は大変だな。……と、

「あの、……提督、さん」

 際限なく続くやり取りをほくほくとした表情で見ていた提督に、おずおずと鹿島が声をかけた。

「私、……は、…………あの、」

「なにかなあ?」

「あ、…………うう、そのお」

「ちゃんと言わないと返してくれませんわよ。

 わたくしたちの提督、意地悪さんですからね」

 くすくすと意地悪く笑いながら熊野。

「…………わ、……私は、提督さんのお役に、立てて、いる、でしょうか?」

「ふむう? 鹿島君は意外とおとぼけさんなのかなあ? どう思うかなあ? 長門君」

「は? いや、…………ああ、」

 ふと、思い出したことがある。

 ここに着任した日。夜、古鷹と初めて会ったとき。執務室で確か、

「ああ、そうなのかもしれないな」

 だから悪乗りしてみた。不思議そうな視線。……まあ、当然か。

「そう、そうよね。……今回も失敗しちゃったし「いや、それじゃなくてだな」」

 そう、違う。それじゃない。

「私が着任した日の夜。一昨日だったか。

 提督は鹿島の事を優秀と評した。もう忘れたのか?」

「あ、…………けど、今回の、は」

「鹿島君は一つの失敗も許さない完璧主義者さんなのかなあ?

 私とは違うなあ。失敗には改善で克服し、欠点は利点で補う。……うーむ、鹿島君はそういうのはだめかあ。失敗しても苦しみながら受け止めて必死に改善に努めるからこそ、優秀と思っていた私とは違うかあ」

 提督の言葉に鹿島は目を見開く。……そして、

「……………………ありがとうございます。提督さん」

 柔らかく、安心したように微笑んだ。

「提督への感謝ともかく、そのおとぼけさんに巻き込まれて残業する事になりかねないわたくしへの補填は、何か考えがありまして? 残業代は出ますわよね? 鹿島さんのレポート添削だって時間かかるのですわよ?」

 意地悪く笑う熊野。……なんというか、容赦ないな熊野。対して、提督も容赦しない。

「それはもちろん、鹿島君が払うしかないなあ。私は悪くないなあ。私は無罪だなあ。全部鹿島君が悪いからなあ」

「うっ、…………え、えーと、なに「勉強会終わったら、一杯、奢ってもらいますわよ?」……はい」

「お酒? 私も付き合うっ!」

 瑞鳳は挙手。私は頷いて、

「そうだな。私も是非。…………奢って?」

「ふむん、長門君、瑞鳳君。ただで酒飲めるなんて認識が甘いなあ。お給料が出るまでは我慢だなあ」

「「はい」」

 思わず瑞鳳と項垂れてしまった。……そうだな、酒は嗜好飲料だな。ただで飲もうなんて虫が良すぎるな。

「あら、それなら問題ありませんわ」熊野は笑顔で鹿島の肩を叩いて「お財布ならありますわよ?」

「あ、ありがとうっ、鹿島さんっ」「すまないな、鹿島、恩に着る」

「そこまで面倒見ませんっ」

 ……それは残念だ。

「便乗失敗だな」

 初月が小さく笑って呟く。「ざんねーん」と瑞鳳。

「もうっ、油断も隙もないわねっ」

 つんっ、とそっぽを向く鹿島。もっとも、口元に小さな笑み。なら、よかったか。

「さて、それじゃあお昼ご飯にしようかなあ。お昼ご飯は緑色の粘液なんだよなあ」

「……え?」

 どんっ、と。巨大な水筒を置いた。その中身をコップに注ぐ。粘液、と。文字通り粘質で濃緑の液体がとろとろとコップに注がれる。

 どん引きする私たち、じりじりと遠ざかる神風と熊野。

「し、……しれー、それ、なに?」

 時津風が恐る恐る問いかける。

「ふむう、秋津洲君とお話するし、熊野君や鹿島君ともお話したいと思ってたからなあ。雷君に食堂で食べるって言ったんだよお。

 そしたら、お弁当を作ってくれてなあ。ゴーヤとかアロエとか、納豆とかいろいろな植物性の物を擂り潰した雷君特性の緑色の粘液だよお。健康に気を遣ってくれて有り難いなあ」

「……お、弁当?」

 ともかく、粘性が高いからか数秒かけてコップがいっぱいになった。……なんというか、口に含む物に対する表現として適切とは思えないが、コールタールのようだ。

 思わず、沈黙する私たち。提督はそれを飲んだ。ぐい、と豪快にコップを傾けたが、粘性が高いのでなかなか落ちてこない。……が、少しずつ口に含まれ、飲んでいく。

 固唾を飲んで見守る私たち。ほどなくコップが空になった。

「し、司令官、……ええと、大丈夫?」

 神風の問いに提督は頷いて、

「…………こふっ」

 倒れた。

 


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