あれから、浦風に誘われて体育館で一緒に遊んで昼食となった。基本的には姉妹艦らしく仲がいいが、なぜか突発的に険悪になるので非常にハラハラした。どうしてああなったのだろうか?
曰く、長姉である陽炎がいたときはもうちょっと和やかだが険悪になれば即打撃の応酬らしい。本当にどうしてああなったのだろうか?
とはいえ、皆で体を動かして遊ぶ事は楽しかった。時間が取れたら島の探検がてらツーリングに行こうと話をして、榛名や不知火たちと別れ、食堂へ。まだ、昼時には早い時間だからか席は空いている。厨房には何人かの艦娘がぱたぱたと調理をしている。
「席は、と」
「んー」
私と時津風は食堂内を見渡す。五席、適当な席を見つけて腰を下ろす。昼食は春風と瑞鳳が作ってくれていたようだ。今は初月も含めて三人で取りに行っている。先に席の確保を頼まれたが、必要なかったな。
「それで、午後からは訓練についてだね」
「ああ、どんな訓練を行うかはまだわからないが、意識合わせはしておいた方がいいだろう。
秘書艦殿からもある程度連携をとれるようにと言われているからな」
「ま、それもそうだねっ」
時津風は笑顔で頷く。……と。
「熊野」
「んあ? あ、ほんとだ」
熊野と鹿島か、そういえば勉強するとか言っていたな。「……神風?」
熊野に次いで現れたのは神風か。
どんな話をしていたのだろうな。
第二艦隊、……一人一人が提督に相応する管理能力を持つ、か。
と、こちらに気づいたらしい熊野は神風に何か目配せし、神風が慌てた様子でこちらに視線を向ける。……そういえば、神風、春風の姉にあたるのか。
「あ、そういえば神風って春風のお姉さんなんだよね? ……タイマンはるのかな?」
「…………いや、それはないと思う」
というか、あの春風が打撃を繰り広げるところは見たくない。私の僚艦は平穏であって欲しい。提督や僚艦を打撃するようにはなって欲しくない。ともかく三人はいくつか話をし、鹿島は苦笑して頷き、
「ここ、よろしくて?」
「こんにちわ」
「ああ。あと、春風たちも来るが、大丈夫だろう」
まだ人は少ない。三人追加しても集まって座れる。
「そう、春風は長門さんの艦隊の」
「そうだ。といっても私も新人だ。いろいろ助けてもらう事も多いだろう」
「今回もお弁当作ってもら、……あ、春風ーっ」
時津風は出入り口の方に向かって手を振る。神風は振り返り、春風は目を見開いて動きを止めた。
とん、と瑞鳳がそんな彼女の背を押してこちらへ。初月も続く。
「神風お姉様っ」
「春風っ」
神風も立ち上がり、二人は手を取り合って嬉しそうに笑顔を交わした。
「第二の一、……でしたか」
「ええ、そうよ」
神風の所属は第二の一艦隊、熊野や山風の僚艦。そして、この基地の生命線、か。
「凄いですっ、神風お姉様っ」
きらきらする春風。けど、神風はどこか苦い笑み。
「旧型はね。スペックだけじゃあ勝負にならないわ。
けど、それでも出来る事はある。結局、私たちはそれを考えて突き詰めるしかないのよ」
「で、至ったところがここですわね。……と、鹿島さんも来ましたわ」
「はい、神風さん、熊野さん」
昼食のサンドウィッチとおにぎりを持って来た鹿島。サンドウィッチを熊野に、おにぎりを神風に渡す。鹿島はサンドウィッチを前において一息。
「…………はあ」
椅子に座って、そのままずるずるとへたりこんだ。そんならしくない姿を見て瑞鳳は苦笑。
「お疲れ?」
「覚悟はしていたし、解っていたつもりなのだけどね。やっぱり、難しいわ」
「勉強だっけ?」
「ええ、情報整理と傾向の把握についてね。
提督さんに相談をしたら、熊野さんが詳しいと聞いたのでご教授願ったのよ」
「秋津洲か?」
確か、朝に執務室に行ったとき、提督は彼女と話をしていたと聞いている。訓練の成果が落ちた、とか。
練習巡洋艦としては気になるのかもしれない。
「ええ、そうよ。
秘書次艦として、訓練の事、いろいろ任されることが多いのだけど、秋津洲さんの成果について見落としていたわ。……いえ、落ち気味なのはわかってたのだけど。一時的なものと見過ごしていたのね。
熊野さんに教えてもらって、期間広げて見てみたら確かに思ったよりも伸び悩んでて、それで秋津洲さんも結構気にしていたみたいね。
ええ、確かにそれで見たら悩む気持ちも分かるわ」
はあ、と溜息。
「私が、……気付かないといけない事、なのに」
ずーんとへこむ鹿島。
「ま、これからは数字だけじゃなくてグラフも使う事ですわ。それなら一目瞭然ですもの」
ひらひらと軽く手を振って熊野。
「熊野詳しいんだ」
「ええ、数字と睨めっこなんてお洒落な重巡のやる事ではありませんわ。
一目見て、直感的に判断、即把握、基本ですのよ?」
「…………提督さん、お洒落じゃない練習巡洋艦でごめんなさい」
どや顔の熊野とずるずるとへたりこむ鹿島。
「提督に怒られたの?」
瑞鳳の問いにずーんとした表情のまま鹿島が顔を上げた。
「いえ、秋津洲君には悪い事をしたなあ、って言っていただけよ。
一応、結果を見て方向性を判断するのは提督さんの仕事、……なのだけど、」
溜息。
「その結果の整理を怠ったのは私だし、…………提督さんに任された事もちゃんと出来ないなんて、……はあ」
「思いつめすぎるのは鹿島さんの悪い癖だと思うわ」
で、そんな鹿島を神風は困ったように見て呟く。
「解っているのだけど、ね」
「ま、気持ちはわかるけどねー」
時津風も、そんな鹿島を見て眉尻を下げて応じ、神風も苦笑。
「ええ、そうよね。
私も、役立たずの旧型艦、なんて言われて捨てられたところを拾ってくれたわけだし、その恩には報いたい。っていう気持ちはわかるわ」
「ま、気長にやる事ですわね。いろいろ教えたつもりですけど、それはあくまでもわたくしのやり方ですわ。
一先ずはそれで整理は出来るでしょうけど、自分なりのやり方はちゃんと見つけなければなりませんわ。一朝一夕で身につくものでもありませんのよ」
ひらひらと軽く手を振って熊野。鹿島は眉尻を下げた微笑で、「ええ、ありがとう。いろいろ考えてみるわ」
「考えるのはいいけど無理はしないでね」
神風の言葉に鹿島は頷く。
「あの、神風お姉様」
「ん?」
「神風お姉様、第二の一艦隊とは、その、……難しい、のですか?」
「漠然とした問いね」
言葉を探しながらの問いに、神風は苦笑。
「けど、そうね。難しいわよ。自分だけじゃなくて基地全体の状況を把握し続けて、それをどうすれば維持できるように考えないとならないのだから。
それも、今日明日だけで済む話じゃないわ。一週間は見通せないといけない。可能なら一月先まで判断したいわね。……まだ、私じゃそこまでは見通せないわ。漠然とした傾向を予想できるだけ、残念だけど」
「わたくしも、……教えていただくことはできますか?」
「春風?」
初月は不思議そうに春風に視線を向ける。彼女は困ったように微笑んで、
「わたくしも、旧型で、防空駆逐艦である初月さんや、戦争で主力を担った陽炎型の時津風さんには性能では及びません。
なので、同じ神風型駆逐艦でありながら、これほどの基地で主力の一翼を担う神風お姉様から旧型でもお役に立てる方法を学べればと」
「そう、……といっても、春風のいる艦隊がどういう性格なのか」
「第三艦隊の予備艦隊だ。前線でのかく乱や雷撃と、長距離支援砲撃による即応艦隊だな」
「面白そうな艦隊ですわね。ただ、運用はいろいろ出来そうでも、各艦の性格を把握していないと大変そうですが」
「それはきちんと訓練してもらいます」
鹿島は、ぐっ、と拳を握って、
「大丈夫ですっ、私がばっちりと訓練メニューを組みますからっ!
もうっ、提督さんにご面倒をおかけしたりしませんっ」
「ほ、ほどほどにねー」
むんっ、と気合を入れる鹿島に瑞鳳は恐る恐る呟く。「ふーん?」と神風は首を傾げて、
「まだ試験段階だし、春風。貴女の艦隊で貴女がどういう役割を果たして、どう貢献していくかは私じゃなくて、訓練を通じて僚艦のみんなと決めていく事よ。
まずはそこから考えていく事ね。それをしないで考えても結局は空論にしかならないわ。ましてや、第三艦隊でもない私に聞かれてもね」
「…………はい」
しゅん、と春風は肩を落とした。神風は困ったように微笑んで彼女を撫でて、
「気持ちは、わかるわ。
せっかくの僚艦なのだし、……その、ここにいるっていう事は司令官に拾われた、のよね?」
恐る恐る、という問いに春風は困ったように頷く。拾われた、か。やはり、彼女も居場所を失ったのだろう。
「はい、……未熟なこの身で急いても、かえって司令官様にご迷惑をかけてしまうとはわかっています。
けど、それでも、出来る限りご恩を返したく思います」
ぽつぽつ、と語られる言葉。前にも初月と話したことだが。やはりもどかしさはあるか。
仕方ない、と思う。捨てられたところを拾われ、これだけ気を遣ってもらいながら艦娘としての本分を果たせずにいるのだから。
急いてもかえって迷惑をかける。無理をすれば咎められる。……けど、何かしたい、その気持ちは、よくわかる。
溜息。神風は、不意に視線を背ける。その先には《一日一善》の掛け軸。
「……司令官、こういうこと考えてたのかな」
ぽつり、意味のとれない言葉。対して、
「おそらくそうですわ。古鷹さんの印象はともかく、提督が本当に無意味な事なんてしないとは思いますわよ」
熊野も溜息。「神風お姉様?」と首を傾げる春風に、
「春風、この基地の掃除とか、艦娘が、自主的にやってるって話、聞いたことある?」
「あ、はい。榛名さんからお伺いしました」
頷く。神風は、どこか睨むように《一日一善》の掛け軸を見据えて、
「そうよ。けど、誰がとか、どこをお手伝いするとか、お掃除するとか、そういう当番表は、司令官が捨てちゃったの。
最初は、あったんだけどね」
「はい、お伺いしております。
それで、結構混乱があったとか」
「ええ、ありましたわ。お掃除しようとしたらお掃除道具が使われててなにも出来なかったり、食堂のお手伝いに来たらお手伝いしている娘が多すぎてかえって混雑してしまったり、
あとは、神風さんでしたわね? 第二艦隊が管理している資材庫を自主的に整理したら、あとで山風さんにどこに置いたかわからなくなったとか怒られたり」
「うぐっ、…………ま、まあ、ね」
意地悪く笑う熊野に神風は気まずそうに視線を逸らす。
「提督、どうしてそんなことしたんだろ」
瑞鳳が不思議そうに呟く。「たぶんだけどね」と、神風は首を傾げながら、
「そうやって、基地全体の事を把握できるように、だと思うわ。
誰がどこでどんなことをしているか、今、……例えば、普段料理を手伝っている娘が出撃とかでいないから人手が足りてなさそう、とか。
あとは、資材保管庫は第二艦隊が頻繁に出入りしてるから、整理のお手伝いが必要と思ったときもまずは第二艦隊の誰かに確認を取ってから、とか。
こういうのって艦隊運動でも必要でしょ? 手が足りなくて手助けした方がいいところとか、逆に割り込んだら迷惑をかけそうな所とか、そういうのを全体的に見れるようにするための訓練、だと思うわ。当番表とかがあったら、漠然とそれに従うだけだもの」
溜息。
「もっとも、司令官の真意はわからないけどね」
「私も同意見よ。けど、提督さんは教えてくれないのよねえ。
提督さんがわざと迷惑をかけるよなことをするとは思えないから、意図があったのだと思うのだけど」
鹿島も困ったように頷く。
「ま、そういうわけね。春風。
その、最初の方の混乱で迷惑かけた娘もたくさんいるし、多少の失敗ならそこまで怒られたりしないわ。私もだけど、みんな似たような事やってるもの。
だから、……そうね、視野を広げる訓練。全体を見通す訓練と思って、意識して基地を見て回ったり、話を聞いたりするといいわ。下手な事をされて迷惑をするのはこっちでもあるし、手伝って欲しい事もある。お手伝いできることあるか聞けば、いろいろ教えてくれるわ。
そうやって視野を広げていって、艦隊戦では僚艦の手の足りなさそうなところ、逆に敵艦隊の甘そうなところを見つけられるようになったり、出来る、と思うわ」
「わ、……わかりましたっ、神風お姉様っ!
春風、頑張りますっ!」
ぎゅっと、神風の手を握る春風。
「うん、あたしもお手伝いとかしたいけど、……大変そうだよねー
基地広いじゃん? お掃除する場所とかたくさんありそうだし」
うむむ、と時津風。頷く。
「そうだな、まずは備品がどこにあるかか。
ぐ、……案内の時にロッカーを開けておけばよかった」
「そんなところまで案内してたら次の日になっちゃうわよ」
苦笑する鹿島。もっともだ。
「秘書室、に来てね。掃除用具とかがある場所は一覧で作ってあるわ。
執務室、に行っても無駄よ? 提督さん、持ってないもの。こっちで管理する事じゃないなあ、とか」
「ああ、わかった。あとで顔を出そう」
「あ、もちろん、わたくしたちの監督の下でしたら資材庫の掃除要員は随時募集していますわよ?
ほら、大型倉庫に詰め込まれていましてね? 運搬や管理も忙しくて、なかなか掃除には手が回らないんですのよ。
汚れたままなんて言語道断ですけど、どうしても物が多くて、……なので、定期的に第二艦隊で倉庫の掃除をしますのよ。…………物が多くて、移動がとても大変ですわ」
よほど大変なのだろう。非常にあいまいな表情になる熊野。そして、神風は春風の手を取った。
「春風、お手伝いするところを探しているのねっ! 倉庫のお掃除ねっ、お願いねっ!
手伝ってくれたら、ご飯、ご飯奢るわっ!」
「か、神風お姉様、あ、……あの、どうしてそんな一生懸命なのですか?」
「いけに、……人身御供が必要なのよっ!」
「せめてもう少しましな言い直しにしてくださいっ!」