いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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十一話

 

 入渠施設が一緒にある浴場にて、体を洗い終えて湯船に向かいながら「ほんと、広いね」と瑞鳳は呟く。私も最初は驚いた。

 ここには百人近い艦娘がいる。中将直属の基地であり、突破されたら大阪湾をはじめとした内海に食いつかれる重要拠点。その意味を考えれば妥当な規模なのだろう。

 そして、ここはそれだけの艦娘が使っても狭さを感じさせないだけの広さがあった。流石に一度に使えば手狭だろうが、今でも数十人の艦娘がのんびりと湯に浸かっている。それでも狭さは感じない。

「こー広いと泳ぎたくなるよねー」

「それはさすがに迷惑だ」

 タオルを振り回す時津風に、初月が苦笑して窘める。ただ、

「けど、時津風の気持ちも、わからなくはないな」

 同感らしい、初月は頷く。

「そういえばさ、この基地、プールもあるらしいよ」

 不意に瑞鳳が振り返る。「プール?」

「うん、私も見た事はないんだけど」

「訓練場、とは別ですよね? 何か意図があっての施設なのでしょうか?」

「遊ぶための所とかっ?」

「案外あり得るかもな。

 娯楽は大切だと言っていたし、提督はそこも気を遣ってくれているようだ」

 榛名の言っていたことを思い出す。……趣味か、何か見つけておこうかな。

「ふふ、そういうところは本当に、有り難いですね」

 春風がおっとりと微笑む。瑞鳳も頷いて、

「凄いよねー、やっぱり中将を任せられる人って感じね」

「そうだな。何よりも民の平穏を第一に考える姿勢は、僕たちも見習わないといけないな」

「あっ、じゃあさっ、長門っ!

 明日、もうちょっと伊島探検してみないっ? プールとか、なんか面白いものあるかもーっ」

「ふむ」

 主要な施設は昨日案内されたが、それはあくまでも日常を送るのに必要なところだけだ。

 それで必要十分だが、他に何かあれば見てみたい。

 それに、僚艦のみんなといろいろ見て回るのは楽しいかもしれないな。

「そうだな。……午前中にでも歩き回ってみようか。

 ただ、午後からは明後日の訓練に備えて話し合いをしよう」

「やったっ」

「あ、では、わたくし、お弁当を作りますねっ!

 お台所もありましたし、お隣さんにいろいろ聞いてみますっ」

 春風も楽しそうに応じる。

「ただ、一応、秘書次艦に一声かけてからだな。

 よし、では、許可が出たら明日、朝食後0900に集合していろいろ見て回ろう」

「おーっ」

 私の宣言に時津風は嬉しそうに手をあげて応じる。

 と、

「うふふっ、仲良くやれているみたいね。もちろんいいわよ」

「鹿島か」

 ちょうどよく、近くにちゃぷん、と湯に浸かる鹿島がいてくれた。

「そうね。昨日の案内だと本当に必要最低限だから、他にもいろいろあるわ。

 それに、ここは緑も多いし、散歩しているだけでも気持ちいいわよ」

「やったーっ、ピクニックっ」

「え? どっち?」

 嬉しそうな時津風に首を傾げる瑞鳳。まあ、どちらでもよい気がする。

「自転車なら貸し出ししているから、お出かけする前に一度本部の、秘書室に来て、鍵を貸すわね。

 その時一緒に島の地図も渡しておくわ」

「ああ、ありがとう。

 そうか、…………自転車、か」

「大鳳さんとか、体力作りでよく乗り回しているわね。

 私たちも、事務仕事が多いから気晴らしによく使うわ。うふふっ、何なら、お勧めのツーリングスポットとか、教えてあげましょうか?」

「ぜひっ!」

 時津風は嬉しそうだ。

 けど、

「鹿島さん。その、プールはともかく、いろいろなところがあるのか?

 暮らしていく場所だし、僕はこの基地をもっと見て回りたい」

「そうね。案内しきれていないところもあるわ。……地下とか、ね」

「地下っ」

「ちょ、ちょっと魅惑的な言葉っ」

 なぜか瑞鳳が食いついた。

「地下、ですか? ええと、基地の?」

「正確には、この、寮、のね。

 なんていうのかしら? ……鳳翔さんが切り盛りしている居酒屋さんや那珂さんがよく使っているカラオケルームとか、娯楽施設があるところよ」

「…………この基地、凄いね」

 瑞鳳が慄く。同感だ。

「随時継ぎ足していったから、結構ごちゃごちゃしているけど、まあ楽しいわね。

 ふふ、けど、夜更かしは禁物よ? みんなで決めて2100には全部閉めちゃうけどね」

「夜更かしした後に出撃とか危ないもんねー

 ちょっと良かった。あたし、時間気にせず遊んじゃったりするかもだし、止めてくれるなら安心して遊べるねっ」

 けらけら笑いながら時津風。同感だ。

「そう言ってくれて助かるわ。

 みんなで決めた、けど、お酒飲みさんたちは我慢しているみたいなのよね」

「そういう連中は夜が本番だろうからな」

「ええ、けど、彼女はよくて彼女はダメ、なんて角が立つでしょ? お仕事の大切さは知っていても、遊びたいのはみんな一緒だもの。

 だから、提督さんと相談して閉めちゃうことにしたのよ。

 もちろん、自室なら自由だけどね?」

「その時は、期待しているぞ?」

 瑞鳳に視線を向ける。瑞鳳は視線を逸らしながら「あ、うん、大丈夫。私、一緒に遊んだりしないから」

「…………期待しているぞ?」

「はいっ」

 ならばよし、春風は困ったように微笑んで頷いた。

 ほう、と一息。

「そうだな。これから暮らしていく場所だし、時津風。ツーリングは後にしよう」

「はーい」

「あ、……では、お弁当は」

 少し残念そうに春風。けど、彼女の提案を拒む理由もない。

「いや、食堂で食べてもいいし、よければ作って欲しい」

「はいっ、頑張りますっ」

 ぱああっ、と春風の表情が明るくなる。「楽しみにしている」と、初月の言葉に「はいっ」と笑顔。

「あら? 春風ちゃんはお料理が好きなの?」

「あ、……はい」

「うふふ、いいこと聞いちゃったわ。

 今度のおやすみにでも、何人か集まってお料理を作ろうってお話しているのだけど、春風ちゃんも参加する?」

「いいのですかっ」

「ええ、もちろん」

 ふと、春風はこちらに伺うような視線を向ける。私は頷く。

「趣味を持つことは気分転換にもなるし、いいと思う」

「では、お願いしますっ」

「そう、じゃあ、あとでまた声をかけるわね。

 お菓子とかもいけるかしら? 提督さんへの差し入れも考えているのだけど」

「あ、……ええと、作ったことはないですけど。

 けど、頑張りますっ」

 提督へ、か。…………前に榛名と作りすぎたようなことを言っていたが、大丈夫なのだろうか?

「趣味か、僕も何か見つけた方がいいかな」

 ぽつり、初月が呟く。

「そうだな。というか、私もだな。

 明日、午前中は基地内を見て回るつもりだし、その時に一緒に探してみるか?」

「そ、そうだなっ、うんっ。楽しみだっ」

「古鷹さんなら、艦娘の整備の一環として精神面のメンテナンスも十分に行う必要がある。というわね。

 大切なのは艤装の手入れや入渠だけじゃないわ。十分に性能を発揮するためにも、リラックスする方法とか、いろいろ考えてみてね」

「ああ、わかった」

 艦娘の整備、……そういえば、金剛は艦娘を兵器だといった。それに対し、提督は古鷹の影響を受けた、と言っていたな。

 彼女は、そう思っているのだろうか?

「うふふっ、それに、趣味の合う娘同士で集まって遊んでいることもよくあるわ。

 そうね。初月ちゃん。暇があったら散策してみて、遊んでいる娘がいたら混ぜてもらったら? きっと楽しいわよ」

「うん、そうしてみる」

 鹿島の提案に、初月はこくん、と頷いた。

 

 入浴を終えて部屋に戻る。明日もあるから早めに寝た方がいいか。

「初月、今日はもう寝ようか?」

「うん。明日もあるし、今日は早く寝た方がいいと思う」

 初月の同意を聞いて布団に入る。手を伸ばして、消灯。

 目を閉じる。夜は静かだ。……今日も、いろいろあったな。

 考えなければいけない事、やらねばいけない事、……本当に、ここに来てから学ぶ事が多いな。

 充実、と。そんな言葉を思っていると、不意に、

「長門さん。僕は、やっていけるかな」

 ぽつり、とした声。静かな夜だから聞こえた、小さな、声。

「不安か?」

「…………実は、少し、……その、秘書艦さんから改めてこの基地の重要性を聞いて、……僕は、ちゃんとやっていけるか、不安になったんだ」

「そうだな」

 それは、私もだ。

 秘書艦殿のいう事は事実なのだろう。日本でも指折りに栄えている町。大阪府、そして、そこだけではない、瀬戸内海にまで深海棲艦が進出、溢れだせばさらに多くの被害が出る。

 それがどれほどのものなのか、……私では想像も出来ないな。

 思わず沈黙する私に、初月から困ったような声が投げかけられる。

「ごめん、こんな弱気な事を言うべきではなかった」

「いや、そんな事はない。それは、私もだ。

 世界のビッグ7などと謳われていながら、敗戦という結果しか残せなかったかつてを思えば、また同じことを繰り返してしまわないか、不安だ。

 けど、」

 苦笑。

「これからの訓練でそれを払っていけばいい。民のことを第一に考えている提督の課す訓練だ。間違いはないだろう。

 そうやって訓練を重ねていけば、お互いの弱点や改善しなければいけないところも見えてくる。私たちの成すべきことは決まっている。あとは、それに十分な実力を得られるように訓練をすればいい。

 ここの重要さはみんなわかっている。だから、出撃が許可されたなら、十分な実力が付いたと認められた、という事だ。自信をもっていけばいいさ」

「これから、…………うん、そうだな。

 頑張っていくよ。……今度こそ、民の平穏を守り抜いて、戦勝という結果で終わらせよう。もう、支えてくれた人の期待を裏切るなんて、いやだ」

 初月の声に力が戻った。だから、苦笑。

「といっても、気を張り詰めすぎるなよ?

 いや、明日、まずは気を抜く方法を見つけなければな」

 あまり、人の事は言えないか。

「そうだな。……それならツーリングもよかったな。

 その、……時間があったら、付き合ってくれるか?」

「もちろんだ」

 初月の提案は渡り船。時間が取れたら瑞鳳達も誘って行ってみるか。

 だから、

「明日もやる事はいろいろありそうだな」

「そうだな。……ふふ、明日がまた楽しみだ」

「楽しむのもいいが、午後からはしっかり話し合いをするぞ?

 どうも、私たちはテストケースのように考えられているようだし、生半可な結果ではすぐに艦隊そのものを解体となりかねない」

 もちろん、だからと言ってそれで私たちまで解体などという乱暴なことはしないだろうが、それでも、

「ああ、……うん、それは、僕も悔しい。暫定だろうとテストだろうと、せっかくこうして長門さんやみんなと艦隊が組めたんだ。

 出来れば、このまま、このままみんなで、この基地を守り、提督の言葉通り、護国に今度こそ貢献したい」

 力強い言葉を聞いて安心した。私自身も不安はある。けど、みんなの背中を押すのも旗艦の役割だ。弱音は、見せ「その、……長門さん」

「ん?」

 どこか言いづらそうに、言葉を選びながら、

「弱音を吐いた僕がいう事じゃないかもしれないけど。

 ……長門さんも、新人と聞いている。不安な事があったら弱音をぶつける相手も、いたほうがいい、と思う。旗艦として弱音を吐いてはいけないなんて気張ってると、それはそれで辛い、と思う。から」

「……………………ああ、そうだな」

 不安をぶつけられる相手。弱音を押し隠さず、吐き出せる誰か。

 そういう誰かもいた方がいいだろう。……また、誰かに相談してみようか。

 


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