いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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十話

 

「ここは、料理も素晴らしいな」

 感嘆の言葉を漏らす初月。「食堂さいこー」と、時津風も嬉しそうに頷く。

「そうだよねー

 けど、あっちも結構大変そうだし、お弁当作るようにした方がいいかな」

 瑞鳳は《一日一善》と書かれた掛け軸の下、カウンターの向こうにある調理場に視線を向ける。……あれは、大和か。

 間宮を中心に艦娘たちが忙しそうに料理を作っている。

「そうですね。室内に簡単な台所もありましたし、お弁当、作るようにいたしましょうか?」

 おっとりと問う春風。

「そうだな。せめて一食くらいは作ってここで食べるようにしよう」

「あっ、春風ご飯作れるの? わーいっ」

「時津風さんも手伝ってくださいね?」

「えっ? あたしっ? 無理無理っ、よゆーで無理っ!」

 と、そんな話をしながら適当な席を確保。皆で腰を下ろす。と、

「あっ、しれーっ」

 不意に時津風が声を上げる。そっちを見ると提督がうろうろしていた。秘書艦殿は、いないか。

 ともかく、彼女の声が聞こえたからか提督はのんびりとこちらへ。立ち上がる、が。

「いいよお、座ったままで、今はお仕事中じゃないからなあ」

「そうか」

 座りなおす、提督も食事をテーブルに置いて、

「にしても、しれーお腹凄いねーっ!

 うわーっ、ぷにょぷにょしてるーっ! おもしろーいっ!」

 ぺちぺちと腹を叩く時津風。傍らで瑞鳳が噴き出した。初月はおろおろしている。

「時津風さんっ! あ、あの、司令官様、申し訳ございませんっ」

 春風は慌てて時津風を止める、が。提督はのんびりと頷いて、

「大丈夫だよお。…………ふむうう?

 うむう? 時津風君みたいな幼女にお腹を触られて悦びを感じてる。……って言ったら驚くかなあ?」

「……………………と、時津風さん。その、ちょっとこちらに」

「あ、うん」

「て、提督、……その、それは、僕は、あまりいい事とは、思えない」

「それはさすがに、……あ、」

 じゃららっ、と音を聞いて言葉が止まる。そして、提督の後ろ、跳躍してファイルを振りかぶる秘書艦殿がいる。

 打撃寸前。提督はのんびりと「冗談だ「セクハラ許すまじっ!」」

 華麗にファイルを叩き込む秘書艦殿。側頭部を打撃されてそのまま横に倒れた。テーブルの端にこめかみをぶつける。がんっ、と鈍い音。…………そして、倒れたまま動かなくなった。

「もうっ、しれーかんっ! ここにいるのは新人さんなのよっ!

 新人さんは上官さんに遠慮しちゃうんだからっ! そういうところに付け込んじゃだめじゃないっ!」

 動かない提督に指を突き付ける秘書艦殿。ちなみに、春風と時津風は微かな涙目で手を取り合って震えている。

「あ、……あ。あの、秘書艦、さん。

 し、司令官様、動かないの、ですが」

 恐る恐る声をかける春風。

「大丈夫よっ、しれーかんは贅に、……バルジましましなのよっ! このくらいへっちゃらなんだからっ」

「……その、僕には贅に、……バルジはお腹にあるような気がするのだけど、今、ダメージが入ったのは頭だったような」

「だ、大丈夫。大丈夫よ。初月、きっと、大丈夫」

 こちらも手を取って慄く初月と瑞鳳。近くにいる艦娘たちは揃って合掌している。なんか不吉な感じがするからやめて欲しい。

「さて、それじゃあおゆはんを食べましょうっ! 雷もここで食べるわねっ」

 そういってお盆を置く。時津風と春風も彼女の隣へ。

「そんな事より、春風っ! さっきしれーかんに何言われてたか知らないけど、いやな事はいやってちゃんと言わないとだめなのよっ! 相手がしれーかんだからって遠慮なんてしたらぜーったいだめっ! 命令を聞かないとだめなんて思い込んだら絶対にだめよっ!」

「え、……その、秘書艦さん。

 ですが、司令官様の命は可能な限り従うべきではありませんか?」

 不思議そうに春風は首を傾げる。対して秘書艦殿はきっぱりと、

「可能な限り、じゃなくて、従うべき時に、よ。

 雷たちがやることは護国、国を、そして国にいる民を護る事、それだけよ。しれーかんはそのために有用だから雷は利用しているの。

 勘違いしちゃだめよ? 提督は民を護れない、だから艦娘が力を貸してるの。けど、艦娘だけじゃあ民を護り切れない、だから提督が知恵を貸してるの。だから、艦娘と提督は対等なのよ。どっちが欠けてもだめなの。

 それなのにもともとが軍船だからなのか、唯々諾々と従うおばかさんがいるから困るのよね。春風はそんなおばかさんになっちゃだめよ」

「そう、……なのですか? けど、」

 春風は目を見張る。心底、不思議そうに、そして、秘書艦殿は微笑む。

 どこか、透明な微笑で、

「前にいたところで、なにを教え込まれたかは、聞かないわ。けど、忘れてはだめな事なの。

 大切なのは国を護る事よ。そのために艦娘はばっちり自分のコンディションを整えて戦うの。一番いい状態で戦えるようにすることが、何よりも大切なのよ。だって、艦娘が戦えないと民に害が出るでしょ? 深海棲艦のせいでぼろぼろに疲弊しながら、それでも雷たちに期待して、支えてくれる民を護れず害されるなんて、ぜーったいにやっちゃだめなのよっ!

 だから、ばっちりなコンディションを維持して、しれーかんのしっかりした作戦に沿って戦って、民を護る。この事から少しでも外れるようなことは全然無視しちゃって大丈夫なのよっ! いくらしれーかんの命令でも、だめだめな作戦なら蹴っ飛ばしちゃっていいわよっ!」

 胸を張って告げる秘書艦殿。

「それが大事かあ、……うん、納得」

「そうだな。……ああ、昔もそうだった。

 貧しくても、それでも必死に支えてくれた人たちがいた。あの時は、負けてしまったが、だから今度こそ、彼らの平穏を守りたいな。支えてくれた人に恩を仇で返すなんて絶対に出来ない」

 時津風と初月の言葉を聞いて秘書艦殿は頷く。

「だから、春風。

 優しくてお淑やかなのはいいと思うわ。けど、艦娘であることを忘れてはだめ。いい、貴女が死んだら、貴女が守らなければいけない民まで死ぬの。その事を忘れないで。命令をされたから従うんじゃなくて、その命令が守らないといけない誰かのためになるから従うのよ。そうじゃない命令に聞く価値なんて何一つ存在しないわ」

 きっぱりと断言する秘書艦殿。春風は彼女の手を取った。

「ありがとうございますっ! 秘書艦さんっ!

 それが艦娘としての心構えなのですね。わたくし、感激しましたっ」

「ええ、わかってくれて嬉しいわっ!」

 にっこりと笑顔を交わす秘書艦殿と春風。

「ほんと、凄いなー。

 しれーの命令蹴っ飛ばしてとか、あたし聞いた事なかったよ」

「同感だ」

 頷く。秘書艦殿はひらひらと手を振って「ま、けーけんの差よ。っていうか、しれーかんじゃなくて、他の中将の所にいる秘書艦とかも似たようなこと考えていると思うわ」

「中将の艦娘、か」

 自分のような新人とは違う。文字通り、秘書艦殿や古鷹のような中心にいる艦娘だろう。

 それがどのような者たちなのか。興味はあるな。

「あ、提督。復帰しました?」

 不意に、安心したように瑞鳳が呟く。のんびりと提督が復活した。彼は秘書艦殿の隣に腰を下ろし、その向こうにいる春風に小さく頭を下げて、

「ふむう、……すまんなあ。

 小粋なジョークで場を和ませようと思ったのだが、失敗したようだなあ」

「え、さ、最初にそれなんだ」

 瑞鳳が慄く。

「というか、あれは小粋なジョーク、なのか?」

 思わず口から疑問が零れた。瑞鳳は非常にあいまいな表情で首を横に振った。

「私は見ての通りおっさんでなあ。女の子と会話が弾むようなうぇっとな話がなかなか出来なくてなあ」

「うぇ、っと?」

「湿ってどうするのよっ! しれーかんはおでぶさんで汗っかきさんなんだから、これ以上湿るなら乾燥剤でも貼っててよっ!」

「…………ふむう?」

 怒鳴る秘書艦殿に首を傾げる提督。そして、

「ぷ、……ふふ、あははははっ、しれーおもしろーいっ!」

 けらけらと時津風が笑い出す。瑞鳳や初月も、そして、春風も小さく笑っている。

「そうそう、春風君。

 雷君の言う通りだよお。大切なのは私じゃない、国であり民だよお。基地全体の連携もあるし、現場に出ている艦娘が全体を俯瞰する事は難しいから私が提督として指揮をするけど、それでも、不満や疑問は我慢しなくていいからねえ。

 階級としては上官と部下、けど、艦娘がいないと困るのは私たち提督も同じなのだし、お互いに頑張っていかなければ護国は果たせないからなあ。私も、それが一番困るんだよなあ。

 だから、相手が提督だから従わなければいけないとか言わなくていいからねえ。国のためにならないような事は、きっぱりと疑問として提示することが大切だよお。疑問を抱えられたままというのも困るからねえ。疑問を提示してくれれば、遅くなるかもしれないけど、ちゃんと答えるよお」

「はい、ありがとうございます。司令官様」

 どこか安心したように春風は微笑む。「ふむう」と提督は頷く。

「長門君たちもだよお。

 これから君たちは訓練に入る。最初は大変だと思うけど、常に、どうすれば民のためになるか、を考えて欲しいなあ」

 民のためになる、……か。

 思わず、沈黙。そして提督は同じく沈黙する初月に軽く笑いかけて、

「初月君、そんなに難しく考えなくていいよお。

 そうだなあ。この基地は護国のために戦う。各艦隊は基地のためにそれぞれの役割を担う。その役割をこなすために艦娘は動く。まずはそれを覚えておきなさい。

 初月君が君の艦隊でどういう役割を担うのか、それを理解したら、次は君の艦隊が基地のためにどう動くか、そんな流れで考えていくようにしてみるといいよお」

「あ、うん。そうだな、それはわかる」

 謹直な表情で初月は頷く。提督はそんな彼女の返事を好ましそうに見ている。

「たとえ話ね。

 んー、そうね。初月、夜間の哨戒任務を命令された。とするわね。なんでそんな事をするの?」

「それは、深海棲艦が近くにいないか警戒し、もしいたら基地に警告を出し出撃を要請。必要なら僕たちで打倒するためだ」

「ええ、そうね。……間違っていないわ。

 けど、こういうのはどう?」

 秘書艦殿は頷いて指を一本たてる。

「夜間の哨戒をすれば寝ている間にいきなり砲撃されて何もできないまま地上でみんな死んじゃいました。なんて可能性はぐっと減るわ。実際そういう事があるかどうかはともかく、警戒してる娘がいるっていうだけでも他の娘たちは安心してお休みできるわよね」

「ああ、そうだな」

 そして、二本。

「じっくり休めれば、戦闘用の艦隊の、第一艦隊は寝不足なときよりずっといいコンディションで出撃できるわ。

 それで、夜に頑張って警戒してくれた初月がお疲れておやすみしているときに、もし深海棲艦の大規模な侵攻があったとしても、初月が安心して休める時間を確保してくれたおかげでいい状態で迎撃ができるのよ。これって、初月の頑張りで基地が守れた。っていう事よね」

「それは、そ「それでね」」

 何か言いかけた初月を遮るように、三本。

「もし、寝不足なまま出撃して、その大規模な侵攻を止められなかったら、この基地を突破されて深海棲艦は内海、大阪湾にまでくらいついてくるわ。

 その時のことを考えてみて、ちなみに、大阪府だけでも八百万人、同じ内海、紀伊水道や播磨灘に接する和歌山県、兵庫県、徳島県、香川県を含めれば千五百万人。これだけの人が被害に遭うのよ。正規空母型の深海棲艦が都市部に空爆を仕掛けたら、数十万人規模の死傷者だって十分あり得るの。

 つまりね、初月の夜間哨戒任務でこれだけの人が守れたことになるのよ。大袈裟なんて言わないでね? 護国を叶えるっていうのは、こういう事の積み重ねなんだから」

 初月が息を飲む。その気持ちはわかる。改めて、この基地の重要性を聞かされたのだから。

 思わず、沈黙する私たちに秘書艦殿は苦笑。

「考えてもみなかった。……って顔しているわね。

 まだそれでもいいわ。けど、」

 びしっ、と秘書艦殿は指を突き付けて、

「訓練中にちゃんと、任務の意味は考えられるようになっておかないとだめよっ!

 それだけは手抜きも遠慮もぜーったいだめっ! 自分の任務がどんな形で国や民を守って、この基地にいる艦娘の役に立つか、それをばっちり考えられて初めて実戦に出れるのよっ!」

「う、……うん、わかった」

「もちろん、初月君、……というか誰か一人に全部を背負わせるつもりはないよお。みんなでやっていけばいいんだからねえ。

 ただ、自分のやるべき事、この基地がなさなければならない事、それはちゃんと考えてね。そのための意見具申なら、いつでも受け付けるよお。それがまあ、」

 ふむう、と提督は頷いて辺りを見渡す。

「みんなで一丸となって目標に取り組む、という事。……じゃないかなあ」

「ああ、そうだな。……うん、納得した。

 ちゃんと自分で考えられるように、頑張ってみるよ」

 応じる初月に、提督は嬉しそうな笑みで頷いて、

「つまり、女の子と運命共同体かあ。おっさん冥利にっ?」

「なぜ提督は懲りないのだ?」

 ノールックで叩き込まれたファイルで顔面を打撃され、提督は再度転がった。

 


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