いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

1 / 38
一話

 

 私たちの艦隊は解体された。

 当然だ、提督は、逃げ出してしまったのだから。

 

 私たちの、いや、元、私たちの、というべきか。

 私たちがいた泊地。それも、これで見納めだ。

「長門さん」

「ん、五月雨か」

 声をかけられて、振り返る。私と同じく生き残った艦娘たちがいた。

 五月雨と文月、そして、名取。この三人だけだ。建造に執心していた提督の方針で、一時はそれなりに仲間はいたのだが、皆、轟沈した。

 そう、轟沈した。最後に軽空母、隼鷹が轟沈し、それまで多くの艦娘を轟沈させて意気消沈していた提督は、大本営を辞めた。

 だから、生き残った自分たちもここを去ることになる。三人はまだどこに行くか決まっていない。おそらく、近くの鎮守府に一時的な預かりになるだろう。だから、

「これで、お別れですね」

「そうだな」

 すでに、引き取り先が決まっている私とは、お別れになる。五月雨の言葉に思わず沈黙してしまった私に、

「けど、長門さん凄いですっ、中将のいる基地に引き取られるなんてっ」

 文月は無理に明るく笑って言う。そう、私はとある中将が引き取ることになった。

「出来れば、皆でいければよかったのだがな」

「それは、……仕方ない、ですね」

 困ったように名取が呟く。提督は艦娘の建造に関する報告を怠っていたらしい。ここにいる三人は大本営の情報では存在しない事になっていた。

 この泊地の生き残りは私のみ、そう聞いていて準備をしていた提督に、さらに新しく三人受け入れろ、というのも難しいそうだ。

 中将という立場なら余裕もあるのではと思ったが。大本営から派遣されてきた職員によれば、むしろ最大効率を求められる中将こそ、必要最低限の余力しか持てないらしい。

 一応調整は続けるそうだが、すぐに回答は出来ないそうだ。

「け、……けど、また、また会えますよっ、ね」

 五月雨が、空元気を交えた声を上げる。だが、それはどうだろうか。

 そのためには私的な連絡を取ることが必要だ。少なくとも、この泊地の提督はそんな事を認めなかった。

 中将ほどの立場となれば、新入りである私にそんな融通を認めるかは、解らない。

 けど、

「ああ、そうだな。

 いつになるかはわからないが、必ず、また、会おう」

 無茶な運用を必死で耐えて、何とか生き延びた仲間たちだ。これでお別れなんて、いやだ。

「あ、来ました」

 名取の声、そして、音。迎えの車が来たようだ。

 だから、彼女たちは敬礼する。文月と五月雨はその瞳に涙を浮かべ、名取も、歯を食いしばる。

 叶うなら、……そう、三人を一緒に抱きしめたい。たくさんの仲間が沈む中、今まで、共に辛い戦いを生き延びてきたのだから。けど、

 まだ、戦いは続く。これで終わりではない。また、いつか必ず会う。その時のために今言うべきことは、一つ。

 私は、大切な仲間に敬礼を返し、

「武運長久を祈るっ! そして、また、皆で会おうっ!」

「「「はいっ!」」」

 

 迎えに来たのは、意外にも艦娘だった。

「鹿島、か?」

「ええ、伊島基地。秘書次艦の鹿島よ。

 よろしくね」

「ああ、……秘書次艦?」

「伊島基地は紀伊水道、それに、そこから続く大阪湾の防波堤。突破されたら内海にまで食い込まれてしまう重要な拠点なのよ。

 だから、私たちの提督さん。安倍中将が任されて、それなりの規模の艦隊も配備されているの。

 それでやる事が多いのよ。秘書艦一人だと大変なくらい、ね」

「そうか、……とすると、鹿島は、第一艦隊の?」

 秘書艦は第一艦隊の旗艦を兼ねるのが基本だが、次艦である彼女はどうなのだろうか?

 問いに、鹿島は苦笑。

「ううん。秘書艦が第一艦隊旗艦を務める事が多いって聞くけど、私たちの基地では、秘書艦は秘書艦の仕事に集中して第一艦隊の旗艦は別にいるわ」

「そうか」

 確かに、そうかもしれないな。

 ふと、鹿島は瞳を伏せて、

「その、こちらも調査が足らなくて、貴女だけを引き抜くことになってしまってごめんなさい。

 いろいろごたごたしているから、すぐに派遣先が決まるとか、そういう事は出来ないけど、決まったらすぐに連絡を入れるわ」

「あ、……ああ、いや、そもそも報告の不備はこちらにある。

 気を遣ってもらって、感謝する」

 中将ともなればいろいろ忙しいだろう。一介の新入りに時間を割いてもらえるだけでも有難い。

 同時に思う。ちゃんと、艦娘にも気を遣ってくれているのだな、と。……正直言えば、安堵した。

 中将の所にいる艦娘はこれから僚艦となる。僚艦が艦娘の事を考えもしない提督に使い潰されるのは、もう、見たくない。

「いいのよ」

「その、中将殿のことについて聞いていいか?」

 だからもう少し新しい提督の事を知りたくなった。

「提督さん? …………そうね、人なりは直接会ってもらうのが一番だけど。

 中将を任せるに足る能力と実績を確かに持つ人よ。特に資材や艦娘の管理については一級ね。着任してから何年か経つけど、資材について心配した事はほとんどなかったわ。

 作戦の立案もとても上手よ。出撃した艦娘さえ予想していなかった奇襲を受けたときも、報告したら戻ってきた返事が即援軍派遣だったってことも度々あったわ。

 奇襲さえ織り込んで援軍の準備をしていたみたいね。防衛最優先の遅滞戦術で誰一人轟沈することなくやり過ごせるのよね」

「それは、……凄いな。では艦娘の信頼も相当厚いだろうな」

 随分と優秀なようだ。私の言葉に鹿島は誇らしそうに頷いて、

「ええ、第一、第二、第三艦隊の一、以外は提督さんに任せれば何の心配もない、って思ってるわ」

「の、一?」

 意味のよくわからない言葉。思わず繰り返す。そして、

「信頼していない者もいる、という事か?」

「ああ、ごめんなさい。

 私たちの基地なのだけど、戦闘部隊である第一艦隊、資材確保、管理をする第二艦隊、遠征の護衛とか哨戒任務、退路の確保とかを担当する第三艦隊があるのよ。

 で、の、一、っていうのはそれぞれの役割を果たす主力艦隊。それから、の、二、以降が主力艦隊の補佐や主力艦隊が動けないときにその穴を埋めるための艦隊ね。

 もっとも、補佐なんて言っても規模が規模だから忙しいわよ?」

「そうか、……規模が違うのだな」

「……その、連合艦隊旗艦を務めていた長門さんには不愉快な事かもしれないけど。

 すぐに第一の一艦隊になる事は、ないと思うわ。まずは訓練とかを積んでもらってよ?」

「ああ、解っている」

 それだけの艦娘を束ねる基地だ。そうほいほい新入りを主力艦隊に配置するとは思えない。

「その、それぞれの、一の、艦隊は不信があるのか?」

 それも、少し考えにくいのだが。

「不信というか、みんな自己判断で行動するようになるわ。提督さんはそれを認めているのよ。

 もちろん、報告をしてアドバイスをもらって、指摘されれば真摯に改善するわ。けど、任せきりにはしないのよ」

「……凄いな」

 優秀で、実際の動きを艦娘に任せる度量もある。おそらく、それで発生するであろう問題も十分対処できる手腕があるのだろう。

 中将、……改めて、その意味を思った。

 

 徳島県の港から船に乗る。艤装を纏えば自力で行けるが、鹿島は笑って「こういのもいいでしょ?」と船に乗った。

 船、といっても小型の連絡船だが。ともかく船で伊島に向かう。

「島か。島民もいるのか?」

「いえ、そういう意味なら無人島ね。

 ほら、深海棲艦もいるし、離島からはほとんど人がいなくなったのよ。……さすがに、食べ物の輸送とかの問題もあるし、仕方ない事なのだけどね」

「そうだな」

 生活に必要な物資を海上輸送など、今の時代には難しいか。

「基地に暮らしている人は提督さんお一人ね。

 あとは、外来の提督や、食べ物とか、物資を運搬してくれる業者の人が来るくらいよ。艦娘は、みんなで、……百人、くらい、はいるわ」

「それは、かなりの規模だな。

 いや、中将ならばそれだけ任される、か」

「そうね、……それに、その、…………少し特殊な事情の艦娘も、引き取っているから」

「……ああ、私のように、か」

 おそらく、提督に見捨てられ、行き場を失った艦娘もいるのかもしれない。そうなれば規模は膨らんでいくだろう。

「そうね。……それに、…………まあ、いろいろいるのよ」

「わかった。気を付けておこう」

 触れてはいけない事もあるだろう。私の言葉に鹿島は頷いた。

「さて、到着したわ」

「ほう、……これは、凄いな」

 流石に規模が違う。見渡してもその全容が計り知れない大規模な基地。無人島にあるのなら当然か。私と鹿島は港に直結した正門を潜り抜ける。

「活気があるな」

 入ってすぐ、手前は運動場だろうか。何人かの艦娘が隊列を組んでランニングをしている。そして、

「あっ、鹿島さんっ」

「あら? 村雨ちゃん。

 お仕事?」

 ぱたぱたと、港の方に駆け寄ってきたのは村雨。肩に鞄をかけている。

「はい! 三島少将の資材がだぶつきそうだって提督が言っていたのでその確認と、必要なら武藤少将の所に資材の再配分の手続きに行きますっ!

 それから呉鎮守府の大将代行さんと建造した艦娘の情報提供について確認に行きますっ! それが終わったら高知県の少将さんの所に深海棲艦の発生状況についての資料を受け取りに行くので、戻ってくるのは明々後日の0900になる予定ですっ」

「そう、解ったわ」

 ……結構、いろいろ役割を負っているのだな。

「長門さん?」

「あ、……ああ、本日付で伊島基地に配属になった長門だ。

 よろしく頼む」

「はいはーいっ、村雨、秘書次艦をしています。鹿島さんの後輩ですっ!

 少し離れちゃいますけど、戻ってきたらよろしくお願いしますっ!」

「ああ、よろしく」

 彼女も、その、秘書次艦、か。

 頷くと笑顔で駆け出す。そのまま船に飛び乗る。

「それじゃあ、行きましょう」

 基地に向かって歩き出した鹿島に続き、歩き始める。運動場を抜けて基地の中へ。

「……その、秘書次艦というのも複数いるのだな」

「ええ、私と村雨ちゃんと、あと三人ね」

「そうか、……それにしても、他の少将の物資まで気を回しているのか」

「そうよ。中将は艦娘のほかに、部下として十人、少将を統率しているわ。

 だぶついた資材は資材が少なさそうな提督に分けて、どの提督もある程度資材に不自由がないようにね。あとは、深海棲艦の発生状況に合わせて少将同士の連合艦隊を提案したりもしているわ。こっちはあまりないけど」

「こちらの提督はそういう事はなかったな。完全に自分の裁量で運用していた」

「少将より下はそんなものよ」

「そう、か」

 素っ気なく応じる鹿島。ただ、そういうものなのかもしれない。提督の階級というのもよくわからないが。

「秘書次艦はああいう、他の提督との簡単な折衝もやるのよ。もっと本格的な事になると提督さんがご自分で向かわれるのだけど、その時も同行しないといけないしね」

「なるほど、それは、……なんというか、凄まじいな」

 これだけ大規模な基地だ。出撃とかも多いだろう。それでも資材の管理は問題がないと聞いている。

 作戦立案も十分にこなし、おそらく不測の事態も読み切り対応できる能力がある。さらには配下の提督さえ気を配り管理できる。上官や同じ階級の付き合いもあるだろう。

 傑物、と。そんな印象を持つ。中将を務めるに足る、か。

 と、微笑。

「その何もかも、全部提督さんがやっているわけじゃないわよ。

 いえ、出来るだけの能力はあるのだけど、さすがに時間的な制限があるわ。報告を聞くだけでも時間がかかるもの」

「ああ、それで秘書次艦が五人か」

 確かに、秘書、「秘書艦、もいるのか?」

 秘書次艦、聞き覚えのない言葉だが、単純に字面で判断すれば秘書艦の部下。なのだろう。

 なら、彼女たちを取りまとめる秘書官がいるかもしれない。故の問いに、

「……ええ、いるわ」

 執務室、と書かれた扉のドアノブに手を伸ばした鹿島の、歯切れの悪い返事。

「鹿島?」

「ねえ、長門さん。提督さんに、どんな印象を持ってる?」

 ここに来る途中何人か艦娘とすれ違い、挨拶を交わした。だからわかる。基地内の雰囲気は明るい。少なくとも悲壮な様子はない。

 そして、鹿島の告げた規模に誇張もなさそうだ。これだけの艦娘をしっかり管理し、場の雰囲気も整えられているのなら、それ相応の人望があるという事だろう。

 故に、

「傑物、……そんな印象を持っている」

「ええ、私も同じよ。提督さんは凄い人だって思ってるわ。

 そして、秘書艦はそんな提督さんの秘書を務められる能力を持ってる艦娘なのよ。……歯に衣を着せぬ言い方をするとね」

 鹿島の表情。それを見て二つの感情を感じた。

 つまり、憧憬と、畏怖。

「怪物よ」

 艦娘を、彼女は怪物と言い切った。

 

 そして、執務室の戸が開かれる。……敬礼を忘れて、動きを止めた。

 

 広い机に広がる血溜まり。頭から血を流し、血にまみれた机に突っ伏して動かない人。

 そして、じゃらっ、と金属がこすれる音。と、

「あっ、鹿島さんっ、と、長門さんは新入りさんねっ!

 初めましてっ! 伊島基地の秘書艦、雷よっ!」

 血で赤く染まったファイルを片手に、返り血が付いた顔で明るい笑顔を浮かべる雷がいた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。