拝啓、ラインハルト様   作:うささん

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【9話】ラインハルト様、ウジムシ野郎はキタネエ花火ですね

 白い銀世界にようやく降り注いだ朝の太陽光が眩しい。その日差しを照り返すのは行動不能に陥った車両だ。砲塔から垂れ下がった氷柱が太陽光を反射してキラキラと輝いている。

 ラインハルトは顔を上げて白い息を吐き出す。そして救援信号を受け取ってやってきた帝国軍の装甲車両を待った。

 のこのことやってきやがった。味方だが、本当に味方とはとうてい思えん。

 こちらと対面するように装甲車両が止まった。姿を現わしたのはフーゲンベルヒ大尉だ。その姿を見てラインハルトの疑惑は確信へと変わる。

 こいつが来るとはドンピシャのようだな。まさか、ではないが、こうも予想しやすい人物が当たるとも思っていなかった。

 ヘルダーの奴はそれほど仲間に恵まれているわけでもないようだ。俺達を密かに始末したい連中はいったい誰だ?

 

「これはこれはミューゼル少尉。生きていたとは驚きだ。赤毛の相棒はどうした?」

 

 車両から身を乗り出したフーゲンベルヒがラインハルトを眺める。

 芝居がかった口調にいたわる様子や心配する感情は感じられない。見下すような口調だ。

 

「フーゲンベルヒ大尉。キルヒアイスが誤って谷底に落ちてしまったのです。彼の遺体を収容したい。そしてそちらの車両で基地に帰りたいのです」

 

 弱々しくラインハルトは言葉を振り絞り、谷底に落ちたという台詞に感情を込める。いかにも無念という風にだ。

 

「んー、そうかぁ、赤毛の相棒は谷の底か。これは手間が一つ省けたというものだな」

「大尉、何を言っているのです?」

 

 こんな場所だ。もう隠す必要もないということか。

 

「血の巡りが悪い坊やだな。お前はここで死ぬのだ」

「な、どういうことですか!? 私に銃を向けるとは」

 

 ブラスターを抜いたフーゲンベルヒがラインハルトに狙いを定める。その口元に歪んだ笑みを浮かべる。

 

「姉とは二度と会えんが、なあに、すぐにお前の姉も後を追うことになるだろうよ。皇帝陛下をたぶらかした薄汚い牝狐め。神聖な帝室を汚し権威を脅かす大罪人ども。貴様ら姉弟はいてはならん存在なのだ」

「私を害するということは皇帝陛下に対する叛逆を起こすと同じことだぞ! 俺は皇帝の寵愛を受けるグリューネワルト伯爵夫人の弟だ! こんなことをして無事で済むと思うなよっ!」

「ハハハっ! 姉の寵愛を傘に何でも許されるわけじゃない。あの売女がケツを振るごとにお前はどれだけ甘い思いをしてきたんだ。ええ? そして俺達は永久凍土の土の下で寒さに耐えながら明日の希望さえ枯らしてきたんだ」

 

 フーゲンベルヒの声に怒気がこもる。

 フーゲンベルヒを睨みつけ、ラインハルトは歯を噛みしめた。

 

「売女……だと。フーゲンベルヒ……貴様の発言は侮辱罪だ。法廷に出れば間違いなく有罪だ」

 

 貴様は姉上を何と言った? この蛆虫野郎が……今すぐにでもぶち殺してやりたいが、もう少し喋ってもらう。

 この陳腐な猿芝居に吐き気がするぜ。

 

「くくく、だから坊やだというのだ。宮廷にはグリューネワルトを邪魔に思う方もおられるのだよ。こんな雪と氷の世界から抜けださせてくれる権力を持っているお方が俺達を引き上げてくださるのだ。貴様がここでのたれ死んでも揉み消すことなどたやすいことさ。そうだな、報告書には偵察に出た新任少尉と准尉は敵部隊と遭遇。戦闘の末に銃弾に倒れる。というわけさ。戦いの末にというところが少し花を持たせすぎだが、冥土の土産に美しい死に様ということにしてやるよ」

「わ、私を殺すのか。嫌だ、こんなところで死にたくない。た、助けてくれっ!」

 

 うろたえるラインハルトに興に乗ったのか、フーゲンベルヒは引き金に指をかけたまま撃とうとしない。

 

「命乞いか。無駄なことだがな。ああ、何も事情を知らずただ殺されるというのも不憫な話だなぁ。冥土の土産にもう一つ教えてやろう。貴様を殺すよう命じたのはベーネミュンデ侯爵夫人さっ!」

「ベーネミュンデだと? 本当に?」

「今から死ぬ貴様に真実はどうでもいいだろう。では死ねっ!」

 

 フーゲンベルヒが指に力をかけようとした瞬間、砲塔から放たれた一撃がフーゲンベルヒの乗る車両に直撃する。

 激しい爆風と熱と共にフーゲンベルヒが投げ出される。炎上する車両が崖下まで吹き飛ばされていた。そして転落し爆発する。

 派手な音と黒煙が立ち上がって新雪の世界に黒いシミを作るのだった。

 そして不意打ちに倒れたフーゲンベルヒはまだ生きていた。

 

「ぐあ……はぁぁ……」

「しぶとい。まだ生きているか」

 

 雪を踏んで、ラインハルトは投げ出されたフーゲンベルヒを見下ろす。

 その体に無数の傷を負っている。かなりの怪我をしているが致命傷ではない。

 

「運がいい野郎だ」

「バカ……な……」

 

 倒れたフーゲンベルヒが車両から姿を現したキルヒアイスに驚愕の視線を向ける。

 

「俺達を見くびりすぎたなフーゲンベルヒ。キルヒアイスは死んでなどいない。貴様だろう、水素電池を抜いたのは? 言え、ヘルダーの背後にいるのは本当にベーネミュンデ侯爵夫人なのか?」

「ぐ……お願いだ。て、手当をしてくれないか……この怪我だ。助けてくれ。助けてくれたら話す」

「貴様に生きる権利があるのか?」

 

 そのとき、ブラスターから放たれた熱線がフーゲンベルヒの肩先をかすめた。撃ったのはキルヒアイスだ。

 

「この男はアンネローゼ様を侮辱しました」

「キルヒアイス、まだこいつは殺すな。情報を引き出してからだ」

「わかりました」

 

 静かに答えたキルヒアイスのフーゲンベルヒを見る目はどこまでも冷たい。ラインハルトもそんな目をするキルヒアイスを見るのは初めてのことだ。

 これは相当キレているな。生き延びたことを天に呪うがいいかもしれないぞ、フーゲンベルヒ。

 

「貴様を生かしておく理由などない。第一に貴様は言ってはならない言葉を俺達に言った。姉上を侮辱した。その罪の深さを貴様自身で味わうがいい」

「ま、待ってくれ! ぜ、全部ヘルダー大佐が仕組んだことだっ! 私は命令に従っただけで……」

「その割にずいぶんと饒舌に話してくれたじゃないか。皇帝をたぶらかしただと? ふざけるな、やつが俺達から姉上をどうやって奪ったと思っている? あの日を俺は忘れることはない」

「ゲフっ!」

 

 燃え上がるようなラインハルトの双眸がらんらんとフーゲンベルヒを貫いてその背を踏みにじった。何度も激しく踏みにじり、骨が砕ける音が響いてフーゲンベルヒがのけぞって悶絶しながら雪に埋まっていく。

 

「ラインハルト様、死んでしまいます」

「ああ……そうだった。すぐに殺すのはまずいな。こいつを砲塔にくくりつけろ」

 

 気絶したフーゲンベルヒが砲塔先にくくりつけられる。

 やがて、目覚めたフーゲンベルヒが狂気の叫び声を上げる。

 

「ひゃああ~~ や、やめてくれー! どうか、命だけは~~~!」

「これで最後だ。フーゲンベルヒ、黒幕はベーネミュンデで間違いないな?」

「言います! 本当のことを言いますっ! 命だけは助けてくれ~~」

「言え」

「ヘルダーに命令を下したのは……ブラウンシュバイク公爵だ」

「そうか」

「た、助けてくれるんだよな?」

 

 憐れみをたたえた目でフーゲンベルヒを見返すとラインハルトは鼻で笑う。

 

「キルヒアイス、撃て」

 

 その言葉と同時に砲塔が火を噴いてフーゲンベルヒがもろとも発射される。

 向いの山に弾頭が命中し白い雪山に爆発を引き起こすとその一角で雪崩が発生し雪山の一部が崩落していく。

 呆気無いフーゲンベルヒの最後だった。

 

「ラインハルト様、蛆虫野郎は汚い花火ですね」

「ああ、キタネエ花火だ。行くぞ、キルヒアイス」

 

 処刑を終え、ラインハルトが装甲車両に乗り込むと一路基地を目指して走りだす。

 

「時間を食ったが間に合うか?」

「はい、敵は今頃本拠地を出て、こちらの本陣に向かっている頃です」

 

 二人が昨日遭遇した部隊は先遣部隊だった。

 得られた情報は敵の作戦内容だ。基地本部にあるプラントへ敵が襲撃するというものだ。

 朝まで待ったのは、あまり早く報せては情報の価値を損ねると判断したからで、フーゲンベルヒのことはついでに過ぎなかった。

 もっとも時間は奇跡的にギリギリだ。

 動き出した車両の中で過ぎ行く白い原野を眺めながらラインハルトが相棒に尋ねる。

 

「どう思う、キルヒアイス」

「敵の動きのことですか? それとも……」

「ブラウンシュバイク公爵。その名前をここで聞くとはな」

「ベーネミュンデ侯爵夫人ではなく公爵が動いているとは。アンネローゼ様の身辺が気になります」

「宮廷はくだらん連中の巣窟だ。あんな場所にいつまでも置いて置けるものか。今すぐにでも姉上を取り戻したい」

「いずれ、それは叶えてみせますとも」

「これより、クロスポイントを目指す」

「了解、敵部隊とのクロスポイントへ向かいます」

 

 白い氷の海原を駆けて装甲車両が戦場へと向かう。

 

 

「バカな、奇襲だと?」

 

 ヘルダーが豪勢な食事を終えた後に飛び込んできたのは敵の襲撃部隊の奇襲攻撃だった。

 

「防衛部隊は何をしている。迎撃せよっ! マーテル中佐、敵の数は?」

「まだ不明ですが、敵の地上総戦力に近いのではないかと思います」

 

 答えたのはこの基地でヘルダーに次ぐ権限を持つマーテル中佐だ。堅実な人物で硬いが実務能力に長けている人物でヘルダーもその能力を信頼している。

 砲撃がプラントの貯蔵庫に命中し赤い炎を上げた。

 プラントには軍属以外の人間も多く働いているのだが、その居住区も区別すらつけていないようだ。

 苦々しくモニタを見ながらヘルダーの顔に焦りが浮かぶ。奇襲を許したなど失態もいいところだ。

 

「まだ、出ないのか!」

 

 対応の遅れにヘルダーが歯ぎしりをする。みすみす敵に襲撃を許したことは痛恨の事態だといえた。

 こうしている間にもプラントの採掘場や貯蔵庫が砲撃され続けている。

 

「味方から入電。ミューゼル少尉からです」

「ミューゼルだと?」

 

 ヘルダーは狼狽する。この場面でその名前が出てくることは予想外だ。

 バカな、フーゲンベルヒはどうした?

 あいつらは死んだはずではないのか?

 

『ヘルダー大佐、敵の偵察任務から得た情報により、敵車両部隊の停戦コードを入手いたしました。これよりコードを送信しますので、停止コードが効いている間に対処をお願いしたい』

「何だと?」

『私はキルヒアイス准尉と共に基地の援護を行います。では』

 

 一方的に通信が切られる。ヘルダーの動揺を他所に停止コードを受けて同盟軍の装甲車両が次々に停止していく。

 

「大佐、ご指示を……」

「あ、ああ、マーテル中佐、現場の指揮は任せる」 

「わかりました。各部隊、敵は沈黙している。今の内にすべての車両を撃破せよ!」

 

 基地から発進した装甲車両が雪原の敵に向けて砲撃を開始する。車両を捨て自暴自棄になった同盟軍の兵らが発砲をはじめて殲滅戦へと移行していた。

 

 

 黒い煙と炎が空を焦がしている。あちこちで銃撃戦が発生し、容赦の無い砲撃が戦場を赤く染めていく。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 銃を撃ちまくる兵にラインハルトが掌底を放ち吹き飛ばす。そして逃げ出した兵士数人に気功波を放つ。

 エネルギー波が地面で爆散して派手なクレーターを残した。そこにいた兵士らも動かぬ残骸となってどこかへ飛び散っている。

 

「これで十一人か……まだ、本気すら出していないぞ?」

 

 歯向かってくる敵がいなくなりラインハルトは周囲を見回す。戦況は圧倒的有利だ。もはや戦いといえる戦いとは言えなくなっていた。

 今やただの掃討戦となっている。一切の起動コードを受け付けない戦車から逃げざるを得なかった兵達がただ一方的に狩られるだけの存在となっていた。

 

「どいつもこいつも、同盟の奴らは腰抜けばかりだ」

『ラインハルト様、気をつけてください』

「わかっているさ」

 

 キルヒアイスといえば停止した装甲車両の破壊に回っていた。

 ラインハルトはキルヒアイスの制止など聞かずに嬉々として戦場に素手で降り立っていた。プロテクターも付けずに自殺行為であるが、ラインハルトに対しこの手の苦言はまったく通用しない。

 今やラインハルトは解き放たれた虎のように敵を打ち倒すことだけを楽しんでいた。

 久しぶりの戦場の匂いだ。煤けた焼けた匂いも人の断末魔の叫びもずいぶんと懐かしいものでしかなかった。

 これが本当の戦場での初陣だといえる。ラインハルトはサイヤ人の頃のはじめて戦場に降りたときのことを思い出していた。

 停止したと思っていた敵車両の砲塔が突如ラインハルトに向いて発射される。オート操縦が利かないことから手動で撃ったのだろう。

 

「ちっ……」

 

 だが、その高速の弾頭はラインハルトに命中することなく回避される。

 

「どこを狙っていやがる!」

 

 次の瞬間、宙を舞ったラインハルトがエネルギー弾を放ち敵車両へと叩き込んだ。鋼鉄の戦車が爆発炎上を起こす。

 爆風が降り立ったラインハルトの髪を巻き上げる。その炎が金髪をさらに輝かせ赤金色に染め上げる。

 燃え盛る鋼鉄の残骸と、プラントが燃える空を背に、赤く染まった金髪を熱い風が逆なでし舞い踊る。そのラインハルトの姿はまるで赤い獅子のようであった。

 

「ふはは……あははははっ!! 俺がサイヤ人の王子ベジータ様だっ!」

 

 戦場で芽生えた激しいまでの高揚感がラインハルトを発作的に笑わせていた。


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