拝啓、ラインハルト様   作:うささん

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【8話】キルヒアイス、寒いときは鍋焼きうどんに限るな!

 吹雪が視界を覆い尽くし四方どこを見ても凍れる世界が広がっている。

 距離感や正常な感覚は麻痺し、やがて、この世界にただ一人自分だけが取り残されたという孤独感に襲われるのだ。

 このカプチュランカは生命をはぐくむすべてのものを停止させる寒さの中で凍結されている。

 だが今は一人ではない。もし残されたのが一人であったならばジークフリードは正常な精神ではいられなかっただろう。

 ラインハルト・フォン・ミューゼルという存在が、ジークフリード・キルヒアイスという個の存在意義を確かなものにしてくれる。

 この白い死の世界にあって、凍れる大地をもラインハルトという存在が太陽のごとく溶かし尽くすのだ。

 自らの前に立つ絶対的なものとしてのラインハルトを置くことで、ジークフリードは自らの意志を揺るがないものとしていた。

 愚かなまでの盲信とは思っていない。ラインハルトも人としての欠点を持っている。それをわかった上で自分は補佐に徹すればいい。

 彼が太陽のように君臨すれば必ず影ができる。自分はその影となることができればいいと考えていた。その背中を守る影にだ。

 それがあのお方のアンネローゼ様の望みなのだから──

 

「これでも食らいやがれ!」

 

 ジークフリードの意識を引き戻したのはラインハルトの掛け声だった。同時にジークフリードは引き金を引く。

 装甲車両がミサイルの一撃を受けて爆散する。使い捨てのミサイルランチャーが雪の中へ投げ捨てられる。

 そして二人は雪の上に伏せる。

 後背からの車両二台が停止すると歩兵部隊が散開し周囲を警戒にあたる。それを二人は少し離れた崖の上から眺めていた。

 

「敵襲だ! 一箇所に固まるな。固まるな、散開しろ!」

 

 車両から降りてきた兵と歩兵部隊が二手に別れる。一部隊四名の編成だ。

 ちょうど今いる崖を回りこむように別れたことがチャンスに思えた。向こうはこちらの位置を捉えかねている。

 

「好都合だなキルヒアイス。一小隊ずつに別れたぞ。銃で援護をしろ。一つずつ始末する」

「はい」

 

 ラインハルトが近くの氷柱を折ってそれを持つ。手持ちの武器がない以上、目の前のあるものが武器だ。

 石ころもないからには折った氷柱を武器にするしかない。

 そして崖からラインハルトが飛び降りた。壁面を蹴って素早く跳ぶ。そして別れた部隊の背後に出る。

 人並外れた身体能力だが、彼は標準的な銀河帝国人に過ぎない。驚異的な動きは気を充実させて指先一本に至るまで張り巡らせているからだ。

 ジークフリードも射線を確保する位置まで背を屈めて移動する。目標を視認し狙いをつけている。

 もっとも、この人数ならばラインハルト様が遅れを取ることはないはずだ。

 その戦闘力は、白兵戦においては陸戦部隊の猛者をも唸らせる格闘センスを持つのだから。

 ジークフリードはラインハルトが負けることなどありえないと確信を持っていた。それは過信でも妄信でもないのだ。 

 ラインハルトが忍び寄って後背を歩いていた一人の背後を取る。完全に首をホールドし、あがくのを手にした氷柱で敵兵の首を貫く。

 ただ白かった世界に鮮血が飛んで赤い雫を雪に刻んでいた。

 ラインハルトの腕の中で敵兵の抵抗がなくなる。あっさりすぎるほど簡単に腕の中で人が死んだ。

 死だ。殺した手応えに何の感慨も抱かずにラインハルトは敵兵に向かって笑ってみせた。

 新兵のようにうろたえたり、感情的なパニックにはならない。そんな感覚はとうの昔に捨ててしまったものだ。

 今や彼は戦闘民族サイヤ人としての本能を引き出して敵の動きを逐一肌で感じ取っている。

 

「て、敵だ」

 

 銃口が向けられると同時に死体を敵兵に投げつける。怯んだ敵兵にラインハルトは走った。跳んだ足元をビームが貫く。

 

「当たるかよ!」

 

 銃を撃った兵士に延髄蹴りを放つ。敵の首の骨が折れる手応えがあった。倒れるのを待たずにその兵が持っていた銃を拾うと、正面から容赦なく銃撃を浴びせる。

 血飛沫が次々に上がって真紅のシャーベットの染みを作る。あっという間に四人の兵士が死体となって転がった。

 鮮やかなまでの手並みであった。

 

「あと四人」

 

 吹雪の中、ラインハルトは白い息を吐き出して不敵に吐き捨てる。

 ラインハルト・フォン・ミューゼルはこの日初めて人を殺した。極めて機械的に敵兵を葬い屠った。 

 ベジータの意識からすれば敵を殺すことにためらいはない。この脆弱な肉体で手加減などすれば、一瞬の判断ミスでこちらが殺されるのだから。

 初任務の初戦闘。手柄といえば手柄だろう。もっとも生きて帰れねば意味は無い。こうなった原因は?

 ラインハルトとジークフリードが敵地に侵入しての哨戒任務に当たることになり、雪の中で孤立することになった経緯は少しばかり時間を遡ることになる──

 

 

 十時間前のこと────

 ラインハルトとジークフリードが惑星カプチュランカに降下し、基地プラントに入ってから早速トラブルがあった。

 着任の挨拶の後、下士官どもが女に乱暴している現場に出くわしたのだ。俺とキルヒアイスで叩きのめしてやったが基地の連中は相当腐っているようだな。

 今、ラインハルトの目の前にいるのは基地司令官のヘルダー大佐とフーゲンベルヒ大尉という男だ。

 バカでもわかるような説明をし、最初に手を出したキルヒアイスの擁護をした。正当性はこちら側にあることを強く主張したのだ。

 

「──では、失礼致します」

 

 敬礼してラインハルトは下がる。 

 そのラインハルトを見送る二人の目はあまり穏やかとはいえなかった。特にフーゲンベルヒは敵対的な態度を隠そうにも隠しきれていない。

 わかりやすい男だ。しかし、あのヘルダーとかいう男も怪しいところがある。ラインハルト達に対して含むところがあるようだ。

 赴任の挨拶でも、寵姫の弟であろうが何たらとくだらぬことを言って抑えつけようとしてきた。ヘルダーはくだらぬ小人に過ぎん。

 

「金髪の小僧めっ! 戦場で弾丸が前から飛んでくるとは思うなよ」

 

 ラインハルトが去るとフーゲンベルヒが吐き捨てた。

 

「卿もそう思うか?」

「あの小僧をどう始末いたしましょう」

 

 フーゲンベルヒはヘルダーの仲間だ。ヘルダーと同様、陽の光ささぬこの地で埋もれるつもりはないということだ。

 金髪の小僧の始末を後押しする存在がその決意を確かなものとしている。

 ブラウンシュバイク公爵といえば門閥貴族でも最上位の皇位に近い家柄である。その権勢をもってすればこのような辺境から抜け出すのはたやすい。

 二人ともこんな極寒の地で終わるつもりはない。目的は一致した。後はどう金髪の始末をつけるかだ。

 

「こうしよう。新任少尉殿には哨戒任務に出ていただく。その際、車両のトラブルで帰還不能になり行方不明。二度と陽の目を見ることなく氷漬けだ」

「なるほど、我々が直接手を下す必要はありませんな。確実な手を打ちましょう」 

 

 ヘルダーの案にフーゲンベルヒが笑うのだった。

 

 

 胸糞の悪い連中だ。もっとも、これくらいの反応は予想済みだ。

 皇帝の寵姫の弟であるということは相当な特権だ。友人二人が一緒に赴任するなど通常の人事では到底ありえない。

 俺とキルヒアイスの目的は同じだ。この手に姉さんを取り戻す。

 そのためなら特権だって利用してやる。いつか、皇帝が俺に特権を与えたことを後悔するまで利用してやるつもりだ。 

 俺が通した願いといえばキルヒアイスといることだ。それがどう皇帝に伝わったのかはわからないが、姉の立場すら利用していることには変わりない。

 それらの代償はいつか俺自身が払うことだろうが、今はツケるだけツケさせてもらう。偉くなるにはまだ時間が必要だ。

 

「ラインハルト様」

 

 エレベーターのところでジークフリードが待っていた。二人してエレベーターに乗り込む。

 

「この基地の連中もあんな男の下とは運がないな。組織は上から腐っていくものさ。下もなし崩しに腐り果てる。同盟も帝国も腐りきった果実のように落ちるのを待っているのさ」

 

 ラインハルトが最下層のボタンを押す。最下層は兵器置き場となっている。

 

「ヘルダー大佐ですか……物資の横流しでもしていそうですね。あのフーゲンベルヒという男も敵意丸出しでしたし」

「皇帝の寵姫の弟が来るなど想定外だったろうからな。こんなところで手柄など立てられるかわからんが」

「最初の赴任地よりはマシでしょう。変えてもらってよかったですよ」

「俺様に事務職などできるか! 体が鈍ってしまう」

 

 二人の最初の赴任地は戦場とは程遠い内勤だった。それを蹴って最前線勤務に変えさせたのだ。

 軍という組織でそのようなわがままが通るのは、やはり皇帝の寵姫の弟という光があるからである。

 

「そうですね、ところでどこへ?」

「厄介払いさ。俺とお前で哨戒任務だとさ。出立前までに車両の点検を済ませておく」

「二人だけですか? 案内はまさかなしで?」

「ああ」

「案内も付けずにですか……」

「生意気な新入りイジメだろう。ただの偵察だ。そうそう危険はない」

「それだけだといいのですが」

 

 ジークフリードは懸念を口にする。この基地でのヘルダー大佐の態度が気になっているのだ。

 哨戒任務というが、敵と遭遇した時どうなるものか……

 

「なあに、同盟軍と鉢合わせたら倒すだけさ。何なら、敵基地を乗っ取ってやってもいい。俺とお前とでだ」

「それは大手柄ですね。一気に昇進間違いなしです」

 

 気軽なラインハルトにジークフリードは肩をすくめて応える。

 階下に到着し二人は装甲車両の置いてある区域に向かう。割り当てられた車両に乗り込むと早速の点検を始めていた。

 

「──キルヒアイス、点検表に漏れはないか?」

「ありません。全部チェック済みです。念のため、電池系をもう一度チェックします」

「ああ」

 

 再度のチェック。すべてオールグリーンだった。

 

「問題ないようだな」

「はい、ところで、後ろの荷物はなんですか?」

「いいものだ」

 

 ラインハルトは笑う。乗り込むとき、ラインハルトが袋に入ったものを積み込んでいた。かさばるものだったので気になったのだ。

 

「失礼致します! 司令よりこれからブリーフィングを行うとのこと。すぐに司令室までお出で下さい」

 

 兵士が駆けてきてそう告げた。二人敬礼を返し兵士を見送る。

 

「ヘルダーめ、どういうつもりだ? 案内は付けないくせにブリーフィングだと?」

「おかしなことですが……嫌な予感がします」

「俺もだよキルヒアイス」

 

 二人が去ると、物影に隠れていた男が装甲車両に向かって走る。

 男はフーゲンベルヒだった──

 

 

 そして時刻は現実時間に戻る。

 雪を掘って作った雪穴は簡易休憩所だ。そこで二人は休憩を取っていた。

 

「あの呼出が工作の時間を与えていたということだ。とことん腐ってやがる。水素電池を抜くとはな」

 

 ラインハルトが口で冷ましたうどんを口に頬張る。

 鍋焼きうどんが熱い湯気を立てて二人を温めていた。

 鍋焼きうどんセットはラインハルトが装甲車両に積んでいたものだ。ジークフリードが気にした荷物がこれであった。

 

「熱いものがありがたいですね」

 

 すする音を立ててジークフリードがうどんを食う。

 ラインハルトが地球マニアな食通なせいで、ジークフリードはこういうのはもう慣れっこだ。箸の使い方もマスターしている。

 

「キルヒアイス、餅だ、餅を食え!」

 

 鍋からとろっとした白い物体がジークフリードの椀に落とされる。

 ジークフリードは噛んで伸びた餅を千切ると口の中で熱い感触を冷ましながら胃に落とす。ラインハルトは豪快に一口で頬張っていた。

 

「最後はリゾットにして食う。汁が美味いぞ」

 

 ラインハルトは白いパック入りご飯を鍋に落としこんで蓋を閉じる。出来上がるまでしばし待つ。

 

「戦車の停止コードを手に入れられたのは幸運でした。きっと、役に立つでしょう」

「敵の基地の場所もな」

 

 二人は別れたもう一つの部隊も片付けた後、敵の車両を使えないかと試したのだが、帝国と同盟では仕様が異なるため無理だった。

 その代わりに手に入れたものは充分に役立ちそうなものだ。

 

「さて、まともな司令官であれば、戦場で哨戒中の部隊が孤立していれば救援の一つでも出すものだが、相手が俺達の死を願っていれば次にどんな手を打つと思う?」

「現場へ確かめにくるのではないでしょうか? 我々を確実に殺すためにです」

「そうだな。救援信号は出している。おそらく動くだろうな。そして油断しているはずだ。水素電池を抜いているから動けないはずと」

 

 同盟軍の装甲車両はIDパス式で操作は不可能だったが水素電池は流用することができた。

 敵を罠にかけるのだ。そして誰が黒幕かを確かめる。

 

「よし、おじやができたぞっ!」

 

 ラインハルトが頃合いを計って、熱い湯気立つ鍋蓋を開ける。白いご飯が汁を吸い込んでくつくつ音を立てている。

 

「実はこんなものもあります」

「ん?」

 

 ジークフリードが包み紙を見せる。出立の際、空港でザビーネから渡されたものだ。

 

「そいつは貴重な食糧だ。朝飯にする」

「了解です」

「冷めないうちに食うぞ」

「いただきます」

 

 二人はおじやをかきこんで英気を養う。

 その翌朝、ザビーネの焼き菓子は二人の胃袋に収まるのであった。


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