拝啓、ラインハルト様   作:うささん

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【7話】出征だ! 行くぜ、カプチュランカっ!!

「お嬢様はまだ見つからないのか? 空港内にいるはずだ」

 

 イラつくように部下の軍人に指示を下す若い将官がいる。彼の名はアントン・フェルナー。ブラウンシュバイク公爵直属の配下である。

 オーディン空港は軍服姿の男たちで溢れかえっている。新たな任地に赴く者。帰還した者。出迎えや見送りの家族が抱き合う姿を見ることができる。

 それらの群れの中に目的の人物は見つからない。

  

「アントン・フェルナー様が小娘の子守とはな……」

 

 フェルナーは眉をしかめる。その小娘とはブラウンシュバイク公の一人娘であるエリザベートのことだ。

 エリザベートの警護役に任じられたが、年頃の娘の子守役など引き受けるものではない。 

 特にリッテンハイム家のザビーネとちょくちょく家を抜けだすようになり、遅くまで家に帰らないなど、ブラウンシュバイク公に知られると困ることばかりするようになった。

 それというのもエリザベートが若年軍人の、それも卒業したばかりのひよっこの追っかけなどを始めたせいである。

 金髪に赤毛の少年の身元はすでに調べがついている。その二人に関わっていることが主君にバレれば雷一つでは済まないだろう。

 特に金髪はマズイ。皇帝陛下の寵姫の弟とあっては……

 今のところ問題は起こっていないが、起こってしまっても対処するのはフェルナーである。己の進退に関わる重要事項でもあった。

 

「フェルナー様、ターゲットを補足。ホシが近くにいます」

「よし、手出しはするな。私が行くまで待て」

「了解」

 

 やれやれと頭を振ってフェルナーは歩き出す。

 

 

 オーディン空港。同時刻──

 

「ラインハルト、体には気をつけるんだぞ」

「ああ、それは問題ない」

 

 それはどこにでもある風景。出征する子を送り出す親の姿がある。周りでも同じように別れを惜しむ光景がいくつもあった。

 父のセバスティアンは五年前からするとだいぶ痩せた体つきとなっている。杖をついているのはあのときの怪我の後遺症だ。

 命を取り留めたのはオフレッサーの部下らがすぐに病院へ運んだからだ。足は不自由になったものの日常生活には支障がない。

 きちんとした治療を受ければ機能を回復できたはずだが、セバスティアンは選択しなかったのだ。

 

「ラインハルト、姉さんとは会ってきたのか?」 

「まあな」

「元気だったか?」

「自分で会って来たらどうなんだ?」

「ああ……いや」

 

 セバスティアンはアンネローゼが後宮へ上がってから一度も娘に会っていない。会えないのではない。会おうとしないのだ。

 娘を守れなかった弱い父親だと今も自らを責め続けている。

 それが会わない理由かはラインハルトにはわからないが、まだしばらくの時間が必要だろう。

 セバスティアンには宮廷へ登城する許可と男爵の地位を下賜されている。しかし、アンネローゼの輿入れ金は一切受け取らなかった。

 それもあって生活はあまり豊かではない。この体なので今は職もなく月々支払われる国からの生活保証金で暮らしている。

 ラインハルトも学校を卒業するまでろくに家に帰らなかった。今の父がどのような生活しているのかはわからない。

 だが、よれよれのシャツを見ればその暮らしぶりは推察することができた。その眼の奥に潜む影は濃さを増していた。その暗さは五年前から宿ったものだ。

 セバスティアンが胸の奥にあるものを息子へ吐露したことはない。それが何であるのかをラインハルトは知らない。

 

「オフレッサー上級大将から聞いたぞ、陸戦連隊の猛者と張り合えるくらい腕っ節が強いそうじゃないか。逞しくなったなあ」

 

 父の手が鍛えられたラインハルトの肩を叩く。息子を見る目が優しく笑う。

 

「ああ……」

 

 ラインハルトとキルヒアイスは、時間を見ては陸戦連隊に出入りしてオフレッサーの部下と一緒に修練に励んでいた。

 連隊に出入りした本当の目的は、訓練施設の重力制御室で行う何倍もの重力下での特訓だった。その厳しい環境で自らの気を高め、体内を循環させてコントロールを確かなものとしていったのだ。

 この施設は学校にはないものだったから連隊への出入りは必要不可欠だった。おかげでオフレッサーの部下とはすっかり顔馴染みとなっている。

 装甲服を着て近接戦で手合わせをすれば誰にも負けなかった。

 オフレッサーの部下の間ではそのことで賭けが行われるくらいで、うちの大将とどっちが強いかなどと対象になっていた。

 もっとも、幼年学校すら卒業していないヒヨッコなど相手になどならんわ、と、オフレッサーは訓練室に来てもラインハルトがいると相手にしなかったから対決は実現していない。

 顔を立ててやっただけだ。だが、いつぞやの借りを返させてもらうつもりではいる。俺はもう無力なガキンチョではない。

 陸戦連隊への出入りも、オフレッサーでなければ一学生にすぎないラインハルトの厚かましいお願いも許諾されなかっただろう。

 訓練室での厳しい特訓で、キルヒアイスも若干ながら気の運用を覚え始めたところだ。

 

「じゃあ、もう行くぞ」

「ラインハルト」

 

 父の呼び止めにラインハルトは立ち止まり顔を向ける。

 

「何だ?」

「帰ってきたら、母さんの墓参りに行かないか。もう、だいぶ行ってないだろう」

 

 母クラリベルの墓はここ三年で二回しか訪れていない。学業や自分の目的を理由に疎かにしていた。

 訪れるときは一人だ。その度に墓はきちんと手入れされて花も添えられていた。

 

「わかった。帰ってきたら行こう。ただしだ、条件がある」

「何だい?」

「姉さんに会いに行ってもらうからな。それから墓参りだ」

「わかったよ。そうするとも……」

「約束したぞ」

 

 やり取りを終えてラインハルトは後ろは振り返らずに搭乗口へ向かう。多くの新兵が同じように搭乗口に向かって歩いている。

 ラインハルトの横に早足で歩いてきたジークフリードが並んだ。

 キルヒアイスも両親と会っていたはずだが、こいつはいつの間にか俺の隣にいる。いつからそうだったか。それがもう当たり前だ。

 

「カプチュランカはずいぶんと寒いと聞きます」

「らしいな」

 

 惑星カプチュランカ。そこが二人の初任務先だ。

 

「ようやく初陣です」

「カプチュランカはそれほど最前線じゃない。あまり期待できないかもな」

「でも、ようやくですね」

「そう、ようやくなのですわ~~っ!」

 

 シャッターが切られフラッシュに二人は目を細める。ラインハルトらを出迎えたのは少女二人組だ。

 

「またお前か……」

 

 ラインハルトは不機嫌に呟く。目を向けた先にザビーネとエリザベートがいる。

 いつかのパーティ以来。下宿先に押し掛けてくるわ。バイト先の常連になるわ。とラインハルトの視界に入らない日はないくらいだ。

 ザビーネは典型的なパパラッチで写真を撮りまくるし、エリザベートはザビーネに引っ付いているだけで何が目的かは不明である。

 ラインハルトにはそのように見えている。

 公爵家の令嬢であろうが厳しく接しているのだが改める気配はまったく見えない。それというのもキルヒアイスの奴が女の子に甘いせいもある。

 

「ご、ご出征。お、おめでとうございましゅー……」

 

 ラインハルトを前に、はわわ、と舌を噛みそうになりながら真っ赤になったエリザベートが進み出て挨拶をする。

 憧れの金髪の君を前にエリザベートは緊張しきっているのかガチガチだ。 

 記者志望のザビーネが雑誌に投稿してから、エリザベートはラインハルトに夢中である。金髪さんと赤毛のカップリングを夢想せずにいられず、ドージン誌投稿のための小説を執筆していた。

 

「これはつまらないものですがジークフリード様のために焼いたお菓子ですわ!」

「ありがとうございます。わざわざの御見送り恐縮です」

 

 ザビーネが差し出した包み紙を受け取り、キルヒアイスが至極まっとうに返す。ラインハルトからすればこんなの放ってさっさと搭乗してしまいたいところだ。

 

「これも専属記者の務めなのです。ジークフリード様っ!」

「は、はあ……」

 

 ザビーネが目をハートマークに薔薇を背負ってうっとりとなる。専属記者というのも本人が勝手に名乗っているだけだ。

 ここだけなぜか世界が違うが、エリザベートがラインハルトに向ける目線もかなり熱い。

 出征する前に二人の姿をまなこに刻み付けてドージン投稿への意欲を高めるためである。まさに腐女子の鏡といえよう。

 

「そろそろ出立の時間なので我らはこれで……」

「あーん、名残惜しいですぅ~~~」

「そこまでです。お嬢様方っ!」

「げげ、アントン。ここは逃げるのです!」

「はわわ……」

 

 アントン・フェルナーが登場し、手を取り合った少女らが逃げ出す。

 子守役が来たかとラインハルトは搭乗機に向かって歩き出すのだった。

 ラインハルトが足を止めてジークフリードはその横に並ぶ。そして二人してこれから乗り込む艦船を眺める。

 

「俺はここからバリバリ出世してのし上がってやる。見てろよ、皇帝っ!」 

 

 振り上げた拳でラインハルトが宣言して二人は船に乗り込んでいた。向かう先は惑星カプチュランカ。白い氷に閉ざされた極寒の地であった。

 

 

 二人が旅立った同時刻のブラウンシュバイク邸。この日、二人の男が豪奢なソファで顔を突き合わせていた。

 

「金髪の小僧……オムツも取れてない小童め」

 

 ブツブツ呟く男が注いだ酒をあおる。

 

「公、何を悩んでいる? たかが子どもではないか?」

 

 悩み顔のオットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵と対面するのはウィルヘルム・フォン・リッテンハイム3世侯爵だ。

 テーブルに並ぶのは高級な酒ばかり。グラスが乱雑に並んでいる。

 

「グリューネワルトが懐妊したらどうする?」

 

 赤ら顔でブラウンシュバイクが呟き、驚いたとリッテンハイムが顔を上げる。

 

「ほう? まさか懐妊したのか?」

「いや、その徴候はない」

 

 リッテンハイムは眉をかすかに曲げる。懐妊などしたら一大事だ。

 皇帝の寵姫であるグリューネワルト伯爵夫人の登場で門閥貴族はその気勢を削がれたのだ。

 皇帝、もしくは最も次期皇帝に近い人物に娘を嫁がせようと考える者は多い。その皇帝が寵姫に入れあげてしまえばその選択が潰れてしまう。

 今の皇室でこれといった次期皇帝を担う人物が存在しない。それゆえにグリューネワルトが懐妊すれば、今度こそ門閥勢は止めを刺されることだろう。

 その影にはあのリヒテンラーデ侯爵がいる。宮廷きってのバケモノである国務尚書が絡んでいた。近頃はその専制も目に余りいつかは排除すべき敵となっていた。

 日頃仲が良いわけでない二人が顔をつきわせるようになったのもリヒテンラーデという共通の敵がいるからだ。

 

「エリザベートがこんなものを持っていた」

 

 ブラウンシュバイクが携帯端末を操作してリッテンハイムに見せる。

 金髪の隣にブラウンシュバイクの娘エリザベートがいて、赤毛の隣にリッテンハイムの娘であるサビーネが写っていた。

 手書きツールでハートマークや花が描かれている。

 いつぞやのオフレッサーイベントの場面であった。

 リッテンハイムの穏やかな顔が一転して険しくなる。サビーネの肩に赤毛の手が置かれていたのだ。

 このがきゃぁ、うちの娘の肩に馴れ馴れしく手など置きおって~~

 内心芽生えた殺意を仕舞いこんでリッテンハイムはいつもの顔に戻るのだった。

 

「これがどうかしたのか? ただの写真ではないか」

「大問題ではないか! ただでさえ父親としての威厳が落ちっぱなしだというのに!」

 

 両家庭における父親の権威はその肩書に比して落ちっぱなしである。年頃の娘は難しい。宮中での陰謀に身を置く男達を汚らわしいという目で見るのだ。

 

「ははあ、貴公、その程度で目くじらなど立てるものではない。ただのピンナップであろう」

 

 リッテンハイムは平静を装ってグラスの液体に気をそらす。

 男にエリザベートが入れあげたとして、若い少女の一時的な感情であろう。入れ上げすぎて駆け落ちでもしてくれればライバルが減るのだが、娘のサビーネがそんなことになったら終わりである。

 皇帝がダメでも、娘を皇帝周囲の有力な候補に嫁がせるという企みまで消えたわけではない。

 事故に見せかけて消えてもらえたら。いや待てよ、生還不可能な任務に放り込んでしまえばいい。この二人は前線に出るだろう。もう出ていたか?

 こちらが直接手を汚す必要はないのだ。ほんの少しの工作で十分に殺せる。

 ここにいる二人とも皇室に娘を嫁がせて権勢をほしいままにしようと企んでいる。はっきり口には出さないが公爵の考えなど透けて見える。

 だから、余計な虫がついてもらっては困る。相手があのグリューネワルトの弟であればなおさらだ。

 ブラウンシュバイクを炊きつけてやるか。リッテンハイムは意地の悪い笑みを浮かべる。もちろんのこと、自分は表に立たないことが肝要だ。

 

 

 惑星カプチュランカは同盟と帝国が天然資源のプラントを奪い合う不毛の地だ。吹雪と凍れる大地。常に雪が降る白銀の世界だ。

 その日、基地最高司令官ヘルダー大佐は不機嫌な顔で通信を受け取っていた。

 

「これはブラウンシュバイク公……」

 

 ヘルダーは席を立って敬礼する。画面の向こうに尊大な男の顔が映る。

 

「貴君に頼みたいことがあってな……」

「頼みたいこと?」

 

 こんな辺境で公爵が依頼など何の冗談であろうか。貴族の権力などここでは何の役にも落たない。

 しかし、ヘルダーもその権威に隷属している身である。

 

「グリューネワルトの弟がそちらに赴任するはずだ。殺せ」

「閣下、それは……」

「敵と遭遇しての戦死でも良い。奴をカプチュランカから生きて返すな」

「わかりました。皇帝陛下の后の弟を殺す……なかなか手がかかりますな」

 

 ヘルダーは乾いた笑みを見せる。基地司令とはいえ同じ軍属を一人殺すのは簡単なことではない。

 

「貴君には十分な報酬と望む地位を用意しよう。私が約束するのだ。やってくれるな?」

「かしこまりました」

「もし、ことが露見してもわしの名前は出すな。ベーネミュンデの名前を出せ」

「ベーネミュンデ侯爵夫人……」

 

 こんな基地にいてもオーディンの情報は伝わってくる。グリューネワルト伯爵夫人の登場で皇帝のベーネミュンデへの寵愛は薄れているという。

 それを命じたのがベーネミュンデとあれば、露見すればあの女もおしまいだろう。露見せずにグリューネワルトの弟を殺せば出世は間違いなし。 

 

「約束してくれますかな?」

 

 成功すれば報酬は思いのまま。だが保身もある。ことが露見すればどうなるのかを考える頭はある。 

 

「もちろんだとも。それと大佐、計画を遂行するためだ。この通信記録は消しておけ」

「はっ!」

 

 敬礼するヘルダー。通信が切れる。

 何でも自分の都合のいいように解釈するお貴族様だ。だが、こんな基地にいつまでもいたいわけでもなかった。

 ヘルダーは呼び出しボタンを押す。片腕のフーゲンベルヒを呼び出していた。


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