拝啓、ラインハルト様   作:うささん

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【4話】逃亡者の行方

 空港へ向かう一直線のハイウェイで逃走劇は幕を開けた。

 後ろを振り向いたラインハルトが追ってくる車のライトに目を細めた。明らかに標的をこちらと定めて追いかけてきている。

 

「父さん、つけられてるぞ」

「わかってるさっ!」

 

 車は速度を上げるが、後方にピタリと寄せた車はなおも追ってくる。また新たな一台が追っ手の列に加わった。

 空港へ向かう高速道路に入ってからは横道もない。ただひたすら速度を上げるしかない。

 強烈なライトが後方から差す。軍の特殊部隊が使う装甲車両だ。

 子どもだってそれくらいは知っている。その物々しさにアンネローゼは怯えた目で父と弟を見る。

 

「何で軍が俺達を追いかけるんだ! 父さん、説明しろ! あの連中は何を言ったんだ!」

「アンネローゼだ」

「私?」

「宮内省の役人がお前を召し出せと言ったよ! 皇帝の妾としてだ!」

「何?」

「私を?」 

「お前を差し出せば一生は安泰。出世も金も思いのままだとな」

「皇帝の妾? 何で姉さんが?」

 

 息子の問いに応えず、セバスティアンはらんらんと光る眼で前を見据える。

 

「畜生、もう家族は誰にも奪わせないぞ。母さんが奴らに何をされたか! 俺は、俺は!」

 

 ぎらぎらと前を見つめたままセバスティアンは独白する。その言葉は自分自身に言い聞かせているかのようだった。

 今はオート走行は切ってマニュアルでの運転だ。注意をそらせばすぐに事故を起こしてしまうスピードで走っている。

 交通保全管理にあるオート走行システムに介入されれば成す術もなく車は停止されてしまう。

 

『セバスティアン・フォン・ミューゼル。車を停止したまえ。これ以上の逃亡は皇帝陛下への反逆罪と見なす』 

 

 拡声器で呼びかけがあるが、セバスティアンはアクセルを目いっぱいに踏んでさらに速度を上げる。

 後ろがどうなっているかなど気に掛ける余裕すらない。

 

「課長、反応ありません」

「発砲を許可する。止めろ」

「は、撃てっ!」

 

 装甲車の中から命令が下される。そして小銃から光線が放たれる。

 

「父さん、銃だ!」

「くそっ! 手が放せん」

「銃を寄こして」

「ダメだ、ラインハルト。お前には持たせん」

「そんなこと言ってる場合かっ! ほら!」 

 

 強い口調でラインハルトは手を出す。セバスティアンは躊躇った後、片手で光線銃を渡す。

 

「ラインハルト、無茶はするな!」

「緊急時に無茶もあるかよ。スピードは落とすなよ!」

「ラインハルト、ダメよ」

「姉さんは伏せてろよ。あいつらの狙いは姉さんなんだ。姉さんを傷つける真似はするか」

 

 姉の制止を無視して窓を開けると、ラインハルトは外へ頭を出した。

 強風が激しく吹き付けてくる。息をするのも苦しいくらいだが、後ろには追っ手しかいない。

 撃てば当たるピンポンゲームだ。こんな状況だというのにラインハルトは笑っていた。

 そして狙いを定めて引き金を引いた。放たれた光線は装甲車両の表面を掠めて後方の車の駆動系を破損させる。

 一台、追っ手から外れるのを視認する。すぐに応酬があり、車の脇を光線が通り過ぎていく。

 体を車中に戻し、熱を帯びたブラスターを抱える。エネルギーは限られている。ここで撃ち尽くすのは得策ではない。

 また、激しい銃線が車の脇を掠めて車両表面の塗装を焼いた。

 ラインハルトにはただの威嚇だとわかっているが、姉のアンネローゼは目をつむって伏せている。 

 

「こしゃくな抵抗だ。目標に何かあっても困る。威嚇だけにしておけ。封鎖は済んだかね?」 

「課長、5キロ先で完了しています」

 

 そこが運命の分かれ道だった。

  

 

 オーディン湾岸公園区。夜更け────

 地表を照らすのはいくつもの丸いサーチライトの灯だ。その間隙を二つの影が走り抜ける。 

 逃亡者はラインハルトとアンネローゼの組み合わせだった。

 ラインハルトが鋭い双眸を森の向こう側に投げかけて振り返る。交差するライトが二人に迫る。場所はほぼ特定されているに等しい。

 

「こっちだ!」

 

 ラインハルトがアンネローゼを引っ張ると、二人は傾斜のある芝生を転げ落ちていた。

 

「はぁはぁ……」

「姉さん、大丈夫か?」

 

 ラインハルトが差し出した手を息も整わぬアンネローゼが見上げる。

 

「ラインハルト、もうダメ……」

「何がダメなんだ?」

「足が……」

 

 ひねったのか、アンネローゼが立ち上がろうとしてつまずくのをラインハルトが支える。

 

「く……どうにかしないとな」

「もういいの、ラインハルト」

「姉さん、何がいいんだっ! このままだと皇帝の側室にされるんだぞっ!?」

「私が逃げてどうなるの? ラインハルト、あなたの未来に傷がつくわ。それにお父さんも無事だといいんだけど……」

「親父は……」

 

 父セバスティアンを置き去りにして二人は逃げていた。セバスティアンは子ども達を逃がそうとして撃たれたのだ。

 セバスティアンを撃ったのは、アンネローゼを皇帝の後宮に入れようとする連中だった。父はそれに逆らって二人を連れて逃げたのだ。

 そして撃たれた。安否は定かではないがその瞬間がなければ二人は捕まっていた。

 空港に辿り着く寸前で憲兵隊がミューゼル親子を捕縛しようと待ち構えていたのだ。抵抗したが多勢に無勢。

 セバスティアンが崩れ去るのを助けられぬままに二人はひたすら逃げていた。

 

 ここで諦めてたまるかっ!

 空港まで逃げれば……

 宇宙船を奪ってやるんだ── 

 

 その瞬間、立ち上がろうとしたラインハルトの頬を熱い熱線があぶった。ブラスターで撃たれたのだと認識し、その男を睨らみ付ける。

 並みの少年の胆力ではない。

 

「そのくらいにしておきたまえ、ラインハルト・フォン・ミューゼル君」 

 

 慇懃無礼にブラスター片手に現れたのは一人の紳士服の男だった。紳士を装っているが中身はゲス野郎だ。

 短い間ではあるがラインハルトがこの男に下した評価だ。追っ手の頭で課長と呼ばれていた。父のセバスティアンを撃ったのはこの男だった。

 非常で冷酷な指揮官である。

 

「まさか、あの囲みを突破した上にここまで逃げられるとは失態の窮みだよ。それも返上させてもらうがね」

 

 課長の背後には憲兵隊。否、彼らは正規の憲兵隊ではない。リヒテンラーデの配下にある確保部隊と呼ばれる精鋭であった。

 

「ラインハルト……」

「姉さん、下がって」

 

 アンネローゼの手を払ってラインハルトは姉の前に立つ。

 

「ゲス野郎どもが、俺の姉さんに手を出してみろ。ただでは済まさんぞ」

「ハハハっ! 小童がたいした威勢だ。出ろ」

「装甲擲弾兵だと?」

 

 課長の呼びかけに装甲服と不気味なマスクをかぶった男たちが数名前に出る。斧こそ持っていないものの、帝国が誇る装甲歩兵を少年少女の捕り物に狩り出すなど尋常なことではない。

 

「皇帝陛下のご寵愛を賜るという臣最大の光栄を賜りながら逃亡を図った罪は重罪である。が、私は寛大な男だ。黙って姉と共に投降するのであれば君の罪は問わぬ。どうかね、飲まないか?」

 

 すべては自分の失態を塗りつぶすための甘言であろうことは確かだ。課長という男はかなり小心な男だとラインハルトは見抜いていた。

 

「誰が──」

「私、行きます。だから、ラインハルト、もう止めて」

「姉さんっ!?」

 

 縋るようなアンネローゼの手と瞳がラインハルトを留めていた。

 

「姉は聞き分けがよろしいようだ。君も意地を張るのは止めたまえ。姉上が皇帝陛下のご寵愛を得れば、君の家も、君自身も出世は思いのままだぞ。それとも、ここで姉共々屍となりたいのかね? 愚かな父親と同じ選択はしてほしくないものでね。さあ、三十秒だけ待ってやる。決断したまえ」

 

 課長が眼鏡を光らせながら畳み込むように告げる。

 殺すというのは脅しに過ぎないとラインハルトは見切る。アンネローゼを殺すならいつでも手を出していたことだろう。

 アンネローゼに死なれるのはこの男も困るに違ない。

 だが、ラインハルトにその保障はない。皇帝に逆らった父同様にここで抹殺されてもおかしくなかった。 

 だが、ただでくれてやるものか。親父を侮辱したこと。そしてしたことの落とし前はつけさせてもらう。

 

「ここで諦めてたまるかよ!」

「だ、ダメ……」

 

 アンネローゼの手を振り切ってラインハルトが構える。

 装甲マスクの下で男達が笑った。無謀というにもおかしすぎる抵抗だった。

 

「そのガキは適当に痛めつけておきたまえ」

 

 課長の宣告と共に装甲歩兵がラインハルトに迫る。

 もう駄目だとアンネローゼは目を閉じる。

 

「はぁぁ~~~~!」

 

 次の瞬間、ラインハルトが跳び、迫る装甲兵の延髄に蹴りを放っていた。遠心を利用して懐に飛び込むと鋭い突きを数発腹に叩き込む。

 

「おらおらおら~~っ!」

 

 着地ざまに連続して叩き込まれる攻撃に男の体がその勢いに浮く。

 

「ぐはぁっ!?」

 

 すぐ背後でアンネローゼが息を呑む気配。衝撃は伝播して男達の動きを止めていた。ありえないようなことが起こったのだ。

 ラインハルトは足元に崩れる男を課長に向かって蹴り上げると、男は何回か転がって止まっていた。男は泡を吹き気絶していた。

 肩で大きく息を弾ませる。殴った衝撃で肩にダメージがかなり来たが、気を循環させているので最小限で済んでいた。

 この程度のやつらなら何人だって相手にしてやるさっ!

 

「な、なんだと?」

 

 課長が数歩下がると周囲の憲兵隊に動揺が広がっていた。装甲歩兵も立ち止まったままラインハルトを包囲するのみだった。

 ラインハルトの強い双眸が課長を貫いて、課長は本能的な恐怖に駆られていた。それは野生の猛獣に睨まれたかのごとくだった。

 殺される。何だ、このガキは。殺さなければ殺される。

 

「つ、捕まえろ。いや、撃て、撃ち殺せっ!!」

 

 恐怖に駆り立てられて課長が叫んだ。戸惑いながらライフルを構える兵達。

 短い人生だったか?

 ラインハルトは目を閉じる。すると、もうやるだけやってやるさという覚悟に変わる。どうせ死ぬのだ。皇帝には徹底的に逆らってやる。

 そのとき、大きな声が周囲に響き渡っていた。突然の闖入者であった。

 

「ああん? 面白そうなことやってるじゃねえか? 大の大人がこぞってガキいびりか? 憲兵もやることが変わったんじゃないか?」

 

 人垣の向こうから現れたのは軍服の男だった。身の丈は二メートルの巨漢。頬には深い傷跡を残し、見るからに百戦錬磨の鍛え上げられた肉体は、制服越しからでも相当なもので、腕周りだけで木の幹ほどもあった。

 只者ではない空気だ。

 

「何だ?」

 

 ラインハルトは構えを解かぬままに大男を眺める。新手の敵だろうか?

 

「な、何者だ」

 

 取り乱した課長が誰何する。相手が誰であるのかも忘れていた。

 

「へ、空港で大騒ぎしてたのは貴様らだろうが? 民間人相手に何をやっておるかっ!」

 

 大男のどうま声が響き渡る。その圧倒的な存在感が周囲の空気まで変えていた。

 

「こ、この者らは恐れ多くも皇帝陛下の……」

「ああ、皇帝陛下の何だって?」

「あ、あんた、オフレッサー大将?」

 

 顔面を課長のまん前に突きつけてオフレッサーはにやりと歯茎を見せて笑う。その頬の大きな傷も歪んで笑う。

 

「おう、俺の顔もずいぶんと売れてきたようだな。久しぶりに凱旋したってのに。出迎えのデモンストレーションがガキいじめか?」

「か、閣下、この者達は皇帝陛下の命に逆らったのであります」

「だからって銃を持ち出すことか? この恥知らずめっ! 貴様らっ! オーディンで今まで何をやっていたかっ!?」

 

 オフレッサーが気絶した男の腹を踏みしめると、男は苦しげに抵抗するがその足は微動だにせず、再び男は気絶していた。

 

「見ていたが、小僧、凄まじい動きだったぞ。同盟のサルどもよりもな」

 

 頭上遥かな巨漢がラインハルトを見下ろす。そしてその向こうのアンネローゼを一瞥する。

 ラインハルトは全身でオフレッサーの威圧を受け止める。その微動だにしない鋼鉄の胆力はオフレッサーをも驚かせるのだ。

 

「身を挺して庇うか。その娘はお前の何だ?」

「俺の姉さんだ」

「そうか、姉か。家族ってのは大切にするもんさ。だがな、小僧、俺もこれで飯を食ってる身でな。見て見ぬ振りもできねえのさ」

 

 オフレッサーは首を軽く捻り上着を脱ぐ。その筋肉の塊がラインハルトの目の前に立つ。

 

「さあて、小僧。男同士のたいまんをしようじゃねえか。お前が勝ったら姉さんはてめえのもんだ。負けたら、てめえの力のなさを悔やむがいい」

「望むところだ」

 

 帝国最強の肉だるま。もとい、最強の兵士を前にラインハルトは言い切って見せた。

 わずか十歳の少年に本気勝負を挑むオフレッサーもたいがいであるが、この場の空気を支配するのはこの二人となっていた。

 その頃、帝国の中枢である新無憂宮(ノイエサンスーシ)でも一つの事件が起こっていたのだが、それはまた次回のお話である。




★キャラクターボイス
オフレッサー:郷里大輔
ミスターサタン:郷里大輔
銀河のちゃんぴおん&世界ちゃんぴおん(´・ω・`)

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