拝啓、ラインハルト様   作:うささん

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【3話】エロジジイの陰謀

 花の宮殿の一角では貴族達の噂話が絶えることがない。どこぞの貴族が浮気がバレて決闘を申し込まれたとか、もしくは陰謀という後ろ暗い話に顔を寄せあっていたりもする。

 その多くが取りとめもない憶測や噂に過ぎない。

 

「聞いたか? ベーネミュンデ侯爵夫人が生んだ子どもだが死因は不明だそうだ」

「またか? もう四度目じゃないか。噂では邪魔に思うやんごとなきお方達が手を回したらしい」

「しー、声が大きい。そのような噂、どこから出たものやら。さしずめブラウンシュバイク公か?」

「知ってどうなる? くわばら、くわばらよ」

 

 皇帝の寵妃であるベーネミュンデ侯爵夫人が一昨年に男児を出産したものの、その子は泣くことがなかった。

 生まれてすぐに息も絶え絶えに苦しく、腹から出たもののその小さな命を長らえることができなかった。

 喜びに沸いたのもつかの間、宮中は深い悲しみに包まれた。それはベーネミュンデ侯爵夫人に深い影を落とすものであった。

 その前の二人の子は女児であったが育つことはなかった。待望の男児という期待が大きかっただけにその死は深い落胆を伴っていた。

 しかしそれは、一部の門閥貴族にとっては不幸中の幸いだったといえるだろう。

 後ろ暗い噂が立つのも通りで、もし寵妃が男児を産めば、皇族の外戚はその勢いを失う。皇族の誰かが何がしかの手を打ったのだと言えばもっともらしく聞こえるものだった。

 生存していれば、皇帝直系の嫡子として次期皇帝となることが約束されていた。

 ベーネミュンデ侯爵夫人となったスザンナを皇帝の妾として上げたのは、外戚の台頭を嫌ったリヒテンラーデ侯爵だ。

 度重なるベーネミュンデの子どもの死は、リヒテンラーデ侯爵と外戚貴族の争いが発端であろうという推測する者もいる。

 事実、皇族に近い貴族とリヒテンラーデ侯爵との仲は最悪に近い。特にブラウンシュバイク公爵とは宮中では常に冷戦状態となっている。

 ベーネミュンデはまた皇帝の子を身ごもった。そしてまた死産だという。続けての不幸。呪いか、さてまたは陰謀か。

 そして水面下ではリヒテンラーデ侯爵の次なる手が打たれようとしていた。

 

 

 薔薇の園。この小さな庭は皇帝の庭であった。植えられた薔薇はその一本一本が皇帝自らが植え育てたものだ。

 そこに立ち枯れたような一人の老人が立つ。

 この人物こそゴールデンバウム王朝第36代皇帝フリードリヒ四世その人である。

 

「国務尚書。その件だがスザンナはどう思うかの……」

 

 薔薇と向き合ったままフリードリヒは剪定の鋏を止める。

 その背後には畏まった白髪のリヒテンラーデ侯爵がいた。宰相代理にして国務尚書を務め、長年に渡ってフリードリヒを支えてきた帝国の重鎮である。

 この老人に帝国と皇帝のすべてを取り仕切る裁量が与えられていた。

 

「皇帝陛下、ベーネミュンデ侯爵夫人はすでに四度ご懐妊なさりましたが、いずれの子もお亡くなりあそばされました。何卒、ご一考の程を賜りたく……」

 

 皇帝フリードリヒ四世には嫡子がいない。寵妃であるベーネミュンデ侯爵夫人は皇帝の子を身ごもったものの四人の子は育つこと無く失われてしまった。

 現在の帝室の懸念は皇帝の直系の候補がいないということだ。リヒテンラーデが直訴するのは、皇帝に新たな側室を迎え入れよということであった。

 

「いや、よい。そちに任す。女を見る卿の目は確かだからな」

「は、ご英断であります。陛下」

 

 リヒテンラーデが深々を頭を下げる。

 

「うむ」

 

 フリードリヒが頷いてリヒテンラーデが顔を上げるとその場を辞すのだった。

 国務尚書の執務室には莫大な量の資料が運び込まれていた。皇帝の意を受け、次期寵妃選びがすでに始まっていた。

 新たな后候補はリヒテンラーデ自らの選定であった。

 書類という形で提出するのは古式の伝統である。宮中でさえ、電子データでの管理は制限されているほどだ。

  

「閣下、資料をお持ちしました」

「うむ、そこに置きたまえ」

 

 マホガニーの大きな机の前でリヒテンラーデが資料をめくる。

 本来であれば、このような仕事は彼のすることではなく宮内省の役人がする仕事なのだが、彼にとってこれは趣味と実益を兼ねた大事な任務なのであった。

 宮内省に無理を言って数日前から資料を送らせては漁っていた。

 

「何と、三年前のあの清楚なギャルがこんなムッチムチのバデーになるとはなんというけしからん……パフパフしたいのう。グフフ」

 

 ファイルをめくって今年の資料を確認していく。フォトグラフ写真が立ち上がって水着姿の美少女が映し出される。

 皇帝に上げるお妃選びは宮内省の管轄だが、国務尚書にできないことはないのだ。

 これらすべての資料は宮内省の秘密部隊が収集していた。その秘密部隊とは、リヒテンラーデの息がかかったパパラッチ部隊のことで、元より隠密、情報戦に長けたエキスパート達だった。

 リヒテンラーデは自分の権力を駆使して宮内省にお妃選び係という実態のない組織を立ち上げていた。

 自分が思うがままに美少女を盗撮する部隊。つまりは私兵のようなものである。

 銀河帝国国内だけでなく、自由惑星同盟にすらその工作員は存在している。全銀河の美少女から美魔女に至るまでの情報がこの部屋に集められていた。

 それらのデータをせっせと電子データに読み込んでコレクションするのがリヒテンラーデの趣味となっている。

 

「やはり、安産型がよいのお。どれーにしようかな~」

 

 床にファイルを並べて机の上から見定めようとする。

 立ち並ぶ大量の美少女ホログラム達。政敵に見られれば間違いなく失笑モノかもしれないが、すでにリヒテンラーデの趣味を宮中で知らない者はいないので弱みともならない。

 なろうとも当人に影響を及ぼすほどリヒテンラーデの権力は脆弱ではない。

 

「グフフ」

 

 そしてコケた。同時に机の上の大量の資料が雪崩落ちてその中に埋もれる。

 

「痛い! こ、腰が……」

 

 リヒテンラーデが腰を抑えて大量の資料の上でのたうち回る。

 それが収まった頃、散らばったファイルの美少女達に囲まれながら一冊のファイルを手にするのだった。

 何々、本年度の新ファイルか……今年の新人はいい子がいるかのお。

 もはやただの好色スケベオヤジである。この歳にしてエロを忘れないからこそリヒテンラーデはバケモノと呼ばれている。

 ページをめくり、しばらく後にその表情が真剣なものへと変わった。そう、宮中の貴族達が震え上がる顔そのものであった。

 

「何という美少女っ! これは本年度ナンバーワン間違いなしっ! 階級はライヒリッター。申し分ない。歳も十五になるか」

 

 リヒテンラーデが食い入る様に見るのは一人の少女のホログラフである。

 優しげな眼差しと豊かな金の髪を持ち、清楚でありながらすでに女の色香を漂わせている。同じ年頃の娘にしては落ち着いた印象で、リヒテンラーデが側室にと考える美少女像にピッタリと言えた。

 ベーネミュンデ侯爵夫人は度重なる子の死に精神の安定を欠いてきている。元より気の強い女であったから、ますますなだめるのも苦労するようになった。

 手駒としての側室の役割はもう終わっているのだと判断していた。今回の新しい后選びはもっと若く、こちらの思い通りに動かせる駒である必要があった。

 それに、ベーネミュンデに良からぬことを吹き込む連中が出ることも考えると、今後の扱いは気をつける必要もあった。

 外戚連中にでかい顔はさせぬ。このわしが生きている間はだ。

 

「にしてもふつくしいのお。どこぞの男の手が入る前にことを済ませておかねばの。わしだ」

 

 リヒテンラーデは秘密回線を開く。一人の男がリヒテンラーデを認めて敬礼を返す。

 

「これは閣下」

「課長、緊急に「確保」に入ってもらいたい」

 

 課長とは宮内省お妃候補選び係の責任者である。実体がない組織だが、部隊の長として課長という階級が設定されている。

 

「はっ!」

「名はアンネローゼ・フォン・ミューゼル。方法は何でも良い。気取られるでないぞ?」

「承りました。これより確保に向かいます」

「うむ、滞り無くな」

 

 通信が切られると、リヒテンラーデは痛む腰をさすりながら窓の外の暗闇に沈んでいく新無憂宮(ノイエサンスーシ)を見つめる。

 明後日には宮内省から側室としてアンネローゼという少女が皇帝の元に嫁ぐであろう。

 

「にしても胸はモチっと膨よかじゃったらええんじゃが、おっぱい揉ませてくれるかのお?」

 

 ニヘラとよだれを垂らしそうな顔に戻るリヒテンラーデであった。

 

◆その頃のミューゼル家──

 

「ほくほくジャガイモ、美味しくサクサク~ ボクの名前はジャガイモさん~♪ 茹でても揚げても焼いても食べられる~~ ふふん~♪」

 

 鼻歌交じりのアンネローゼが食器棚から人数分の皿を取り出して食卓に皿を並べる。

 真ん中にはまだ湯気を立てるコロッケの山と、カリっと揚がったポテトチップスがてんこ盛りになっている。 

 今夜の食卓はジャガイモ尽くしだ。

 キルヒアイス家からのおすそ分けなのだが、かなりの分量があった。

 キルヒアイス夫人の実家から送られてきた添加物肥料なしの天然有機栽培のジャガイモであったから、ラインハルトが張り切って料理しだしたのだ。

 アンネローゼは新たなレシピが我が家の食卓に上がって大喜びだ。

 お腹はグーグー鳴りっぱなしで我慢できそうにない。 

 

「いただきまーす」

「姉さん、手を洗え!」

「はーい」

 

 アンネローゼはかすめ取ったポテチを頬張る。

 

「美味ひい♪」

 

 塩と揚げ加減は絶妙にしてアンネローゼの肥えた舌によく馴染むのだ。

 これよりメインディッシュはほくほくコロッケさ~

 手を洗い戦闘態勢は万全だ。

 

「姉さん、親父を呼んで」

「お父さん、ご飯だよ~」

 

 父親を呼んでいつもの家族三人の風景だ。

 

「今日はクロケット……コロッケだっけか。この薄揚げも美味そうだな」

 

 就職情報のチラシを置いてセバスティアンが座る。父は現在、新しい就職先を探している最中だ。

 妻のクラリベルの死の後、裁判訴訟に踏み切ったところ、元居た職場に貴族からの嫌がらせがあって解雇されてしまった。

 貴族から和解金という名の口封じの金を掴まされ、引っ越しを余儀なくされたのだ。

 セバスティアンには養わなければならない家族があった。収入源を断たれていたし、泣く泣くその金を受け取るしかなかった。

 それがセバスティアンの心に深い影を落としたものの、この家庭を壊すことだけはできなかった。

 こうして就職先を探せているのもラインハルトとアンネローゼがいてこそだ。 

 夕食は和やかに終わった頃、ミューゼル宅の呼び鈴を鳴らす音が鳴り響く。

 

「ん? 誰か来たみたいだ」

「誰かしら? ジークかな?」

 

 人が訪ねてくるには少し遅い時間だ。

 

「私が出よう」

 

 セバスティアンが立って玄関へ向かう。

 アンネローゼはラインハルトが洗った皿をパスされてそれを拭く係だ。

 きゅきゅっきゅっときれいきれい~

 すぐに戻るかと思った父は玄関先で誰かと話している。

 

「ねえ、誰かな?」

「くだらん勧誘だろう。この間は俺が撃退してやった」

 

 ラインハルトが得意げに答える。

 アンネローゼはその手の訪問者の話を最後まで聞くせいでカモと見なされることが多いので、応対はミューゼル家男子の仕事となっていた。

 セバスティアンもお人よしの気はあるものの、クラリベルのことがあってからこうした訪問者を撃退するようになっている。

 任せておけば安心だが、戻ってきた父親の顔はどこか青ざめている。

 

「どうしたの、お父さん?」

「二人ともすぐに荷物を。バッグに用意して、今すぐに」

「え?」

「どういうことだ?」

 

 二人は顔を見合わせる。奥の部屋にいったん引っ込んだセバスティアンの手には光線銃があった。

 それを見てアンネローゼは息を呑む。

 

「ぐずぐずするなっ! ラインハルト、アンネローゼ!」

 

 声を荒げたセバスティアンにアンネローゼはびくっと身を震わせる。こんな怖い顔をする父さんは初めてだ。

 

「わかった。緊急事態なんだな? 姉さん、支度を」

「う、うん……」

 

 二人は言われるままに出る支度をする。

 アンネローゼは半信半疑に。ラインハルトは、もしかすればこの家にはもう戻らないかもという予感をもってだ。

 慌ただしく家を出た三人はミューゼル家の色あせた中古車へ乗り込んだ。

 セバスティアンは警戒するように周りを見回した後、運転席に乗り込むとすぐに走り出して暗い夜道の向こう側へ走り去っていた。

 その様子を眺めていた男が無線を取る。ミューゼル家を監視していた男達がいたのだ。

 

「課長、ターゲットが逃亡を図るようです。追跡を開始」

 

 そしてミューゼルの車を追って数台の車が走り出すのだった。




★キャラクタ-ボイス
クラウス・フォン・リヒテンラーデ:宮内幸平
亀仙人:宮内幸平
戦闘力=139(´・ω・`)

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