提督をみつけたら   作:源治

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キラリーン☆
 


『食べたい男』と『軽巡:阿賀野』

 

「おでんが食べたいな」

 

 食の衝動というのは厄介なもので、突然来る。

 

 そういったとき、基本的にはそれが食べられる店に行くものだが。

 運悪く真夜中だったり、定休日や大晦日だったりして店が開いていないことがある。

 

 また店側の理由ではなく、例えば金がないとき。

 そんな場合はめんどくさいが自分で作ろうか……と、なるわけだ。

 

 思い立ったらすぐ行動を心がけているので、早速スーパーに行って材料を買うことにする。

 

 ただここで問題が発生した。

 大根が一本丸ごとで売られている物しか残っていなかったのだ。

 

 基本的に自炊をしない私は、あまり食材をストックしない。

 たまに何かを作りたくなっても、用意した食材は一回の料理で使い切るのが基本である。

 

「このままでは、大根ばかりのおでんになってしまう……」

 

 大根、好きではあるのだが。

 いや、好きだから問題だとも言える。

 

 大根を買わないという選択肢が無いからだ。

 

 結果として、大根に合わせた量の食材を買い込んでしまった。

 

 大きな袋を何枚ももらい、食材を詰め込む。

 両腕にのしかかる重み、腕がちぎれそうだ。

 

 正直なところ、既に買い物だけで満足してしまった気もする。

 が、当然ここまで用意してしまうと後にも引けない。

 

 帰りの途中、吹き付ける冬の風が身体を冷やし、舞い散る粉雪が頭に降り積もる。

 買いすぎた食材の事に加え、酷寒ともいえる環境のせいか軽く憂鬱な気分だ。

 

 そんな寒風吹きすさぶ雪の道を歩き続け、ようやく住まいのアパートに着いた。

 

 ふさがった両手で苦心しながらドアを開く。

 すると出るときに切ったはずなのに、暖かいエアコンの風が顔にあたる。

 

「あ、ていとくぅ~さんっ! お帰り♪」

 

 遅れて、奥のほうから女性の朗らかな声が耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『食べたい男』と『軽巡:阿賀野』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キッチン兼通路を抜けて八畳の部屋に入ると、だらしのない格好でカーペットの上に寝転がっている女性がいた。

 

 年の頃は十六~八歳といったところか。

 カーペットには彼女の艶のある長い黒髪が広がっている。

 

 服装はフード付きの青いジャージ、赤いスカートに白のハイソックス。

 短いスカートから伸びる、長くて綺麗な脚がまぶしい。

 

 見る者によっては、これでもかと若さをアピールしているようにも見える。

 

 そんな格好をした彼女は、軽巡洋艦の艦娘『阿賀野(あがの)』。

 一応私は彼女の提督であり、部屋の出入りは自由にしていいと合い鍵を渡してあった。

 

 もっとも、一人が長かったせいか、いまだに家に帰って誰かが居ると少し驚いてしまう。

 

 帰ってきた私の姿を確認すると、阿賀野はのそのそと起き上がって私の側に駆け寄ってくる。

 そして温まった身体で、冷えた私の身体を包むように抱きついてきた。

 

「えへへ、待ってたんだから……わっ、つめたーい」

 

 私の肩ほどの身長の阿賀野が、懐くようにスリついてくる姿は、まるでネコそのもの。

 実際、ふらっと家にやって来ては、今のように寝転がったりしてくつろいでいたりするので、大きなネコに居着かれたような感じである。

 

 いや、ネコというより大型犬……むしろ食欲的にはカバ。

 

「ぬ? 提督さんいま何か失礼なことを考えませんでしたか?」

 

「阿賀野を動物に例えようとして、カバを思い浮かべていた」

 

「ひどい!?」

 

 余談だがカバはおっとりとした見た目の割に、強くて凶暴な生物らしい。

 現地ではライオンやワニよりも、襲われる被害者が多いと耳にしたこともある。

 

 そう考えるなら、例え見た目が乙女だろうと、内に凄まじい力を秘めている艦娘は、カバ以上の存在と言えるだろう。

 

「すまない、カバなど足下にも及ばない」

 

「何がどうなってランクアップしたのか、阿賀野わからないんですけど!?」

 

 のほほんとした雰囲気の阿賀野だが、良くも悪くも感情が豊かでコロコロと表情が変わる。

 大きな目をぱちくりさせながら、驚いている表情はなかなかに魅力的だ。

 

「もー、提督さんっていつも無表情で口数少ないのに、とつぜん突拍子もないことを言ったりするから、阿賀野ビックリします!」

 

「すまない、口数はともかく表情は生まれつきだからな、直すのは難しい。それはともかく、おでんを作ろうと思うんだが……食べるか?」

 

 もう少し意地悪なことを言って楽しんでもよかったのだが、彼女の機嫌が悪くなってしまう可能性があるため、すっと話題を変える。

 

「わ~、たべまーす!」

 

 基本的に阿賀野は食べるのが好きだ。

 それ故に、色々と気持ちふくよかである。

 

 普通の人間と違い、艦娘はどんな食生活でも殆ど体型が変わらないらしい。

 が、それでも生活環境次第では、微妙に変わる可能性があるんだとか。

 

 油断大敵、という警告を阿賀野にするべきかと、一瞬思い浮かべる。

 

「おっでん! おっでん!」

 

 しかし、喜ぶ阿賀野を見ていると、多少のふくよかさなどどうでもよくなるので不思議だ。

 若い子のノリについていけないこともあるが、まあそこはあまり気にならない。

 

 というのも阿賀野は──

 

「阿賀野、いま何歳だったか?」

 

「キッラリ~ン☆ 四十二歳よ!」

 

 私より【二桁】歳年上である。(※プライバシーに配慮しています)

 なので気にならない、まあ、うん。

 

「だから提督さぁーん、次の誕生日ケーキのロウソクは四十三本でよろしくね☆」

 

「しまった、カラシがない」

 

 買ってきた食材をキッチンに並べてから気がつく。

 

 おでんにはカラシを絶対つける派なので、これがないと非常にまずい。

 わざわざおでんを作る意味が無いまである。

 

「阿賀野、わるいがチューブのカラシを買ってきてくれ」

 

「ちょ、提督さん、阿賀野の事、都合のイイ女扱いしてないですかぁ~!? まぁ、全然いいんですけど

 

 そんなつもりはないのだが、確かに見ようによっては、多少雑な扱いになっているように思われても仕方ないかもしれない。

 

 だが、こればかりは私の思考パターン的な問題なので、どうしようもないのだ。

 もっとも、そんな私でも阿賀野は許してくれているように感じるので、そこは甘えさせてもらっている。

 

 思い返せば、ひょんな事からそんな彼女の提督になってしまった私だが、もともと女っ気がなかったこともあり、今のところはこのような緩い感じの関係を続けられている。

 別に阿賀野が望むのなら、籍を入れて同居してもかまわないのだが、お互い特に今の関係に不満が有るわけでもないので、しばらくはこのままで良いかという空気になっていた。

 

「ふぬ……なら阿賀野が冷たい水に手を浸しながら、食材の下ごしらえをしてくれるか?」

 

「えへっ、ちょうど買い出しで活躍したかったのよねぇ。最新鋭軽巡、阿賀野、出撃よ!」

 

 食べるのは好きだが、作るのはそこまででもない阿賀野は、おつかいの選択をしたようだ。

 

 コートを着て部屋を出て行った阿賀野を見送り、食材の包装を解きはじめる。

 だが、半分ほど包装を解いたところで、忘れ物でもしたのか阿賀野が戻ってきた。

 

 阿賀野は外の空気を浴びて少し冷えた身体で抱きついてくると、私の頬に軽く口づけをする。

 

「阿賀野、提督さん大好き♪ キラリーン☆」

 

 頬を赤らめ恥ずかしそうに言うと、阿賀野はウィンクをして急ぎ足でまた外へと出ていった。

 

 阿賀野にキスされた頬を手でなぞり、改めて彼女を見送ると、気を取り直して下ごしらえをはじめる。

 まずは大根の皮剥き、薄く剥いてしまうとダシが染みこみにくいので厚めに剥く。

 

 十字に切れ目を入れるのも忘れずに行う。

 

 並行してゆで卵も作る、これはあまり手をかける必要もないが、軽く塩をひとつまみ。

 こうすることで、お湯が吹きこぼれにくくなるらしいが、あまり効果を実感したことはない。

 

 コンロの数の関係で、少々アレだが。

 こんにゃくの湯通しも、ゆで卵の鍋で行うことにする。

 

 料理は手際九割愛情一割。

 

 愛情の部分は食べる人のことは最低限考えるくらい。

 食べるのは私と阿賀野だから、この辺りは気にしなくていいだろう。

 

 そんなことを考えながら、ボイル済みで売られていた牛すじを等分に切り分け、串に刺す。

 そして巾着、チクワ、はんぺん、厚揚げなどの具材をパレットに並べてゆく。

 

 わかっていたが、予想通り多い。

 

 収納から大きな寸胴鍋をとりだし、水で満たす。

 大根の量が量なので、この鍋位のサイズじゃないと厳しい。

 

 下ごしらえした大根を入れて、火を点ける。

 

 下ゆでが終わったこんにゃくを切り、ゆで卵の皮を剥く。

 必要な食材の下ごしらえが終わったところで、阿賀野が帰ってきた。

 

「うぅ~、さむ~い! 寒い寒い、寒い! 阿賀野、この季節はほんっと苦手……」

 

「お帰り、カラシは?」

 

「ちゃんと買ってきましたよ!」

 

「ふぬ、寒い中ありがとう。もうすぐ下ごしらえが終わるから、部屋で温まっていてくれ」

 

「そうしますよー。……あっ、でもその前にお鍋のお湯、いただけますか?」

 

「これを? 大根の煮汁だぞ? 少し待ってくれるなら温かいお茶でも入れてやるが」

 

「いえいえ、それがいいんですよ~」

 

 変なものをほしがるなと思いつつ、この寒い中でわたしのミスで外に買い物に行ってくれたのだ、それくらい当然だろうと、茶碗に煮汁をそそいで手渡す。

 

 阿賀野は差し出された茶碗を両手のひらで包み込むように受け取り、軽く息を吹きかけて口をつけると、ごく、ごく、ごく、と、うまそうにのどを鳴らして飲みほした。

 

 これがコーンスープやコンソメスープならわかるのだが、彼女が飲んでいるのは味もない大根の煮汁だ。

 だというのに阿賀野は、これがいいと、無上のごちそうのように味わい、さらには飲み終えた後に唇をぺろりとなめる。

 

「ただのお湯なのに、ずいぶんとうまそうだな?」

 

「ふふふーん。提督さん、じつは“温度”っていうのも立派なごちそうなんですよ?」

 

「ほう、詳しく」

 

「あら、興味あります? えへへ、あのですね~……」

 

 阿賀野いわく。

 

 人間の味覚は基本五種類。

 甘味、塩味、酸味、苦味、旨味で、これらが『基本味』とされている。

 

 また、他にも辛味や渋味、えぐ味などという感覚はあるが、それらは味覚としては分類されていないという。

 そして基本味が他の要素(嗅覚、視覚、記憶など)で拡張された知覚心理学的な感覚としての味などは、風味(ふうみ)と呼ばれるらしい。

 

 だが“温度”というのはそういった味覚には該当しないものの、それ単体で立派な“おいしさ”になるんだそうだ。

 

「例えば寒い海の上で食べる豪華だけど冷たいおせちと、暖かい食堂で食べるホカホカの塩おにぎりだと、断然おにぎりの方が美味しいんですよ~。って、ちょっと純粋な温度がご馳走になる例えとは違うかな……え-っと、そうだ、昔読んだ本の話なんですけど──」

 

 阿賀野は指を顎に当てて少し考え、話を続ける。

 

 いわく、戦史前の書物に『木枯らし紋次郎』という物語があるそうなのだが。

 彼が旅の途中、冬の風や雪にさらされながらたどり着いた民家で、

 

『すみません、白湯を一杯いただきてえ』

 

 と、所望するシーンがあるらしく。

 先ほどの阿賀野のように、ひどくうまそうにのどを鳴らしながら出された白湯を飲むらしい。

 

 腹も減ってるし疲れ切っているのだろうが、その状況で紋次郎がなによりも望んだのは、腹にたまるような食べ物ではなく、疲れが取れるような甘い菓子でもなく、ただの白湯なのだそうで。

 まさに純粋に温度を味わえるその白湯こそが、そのときの彼にとっては無上のごちそうであるように書かれていたらしい。

 

「なるほど」

 

 そう言われてみると、確かにそうなのかもしれない。

 時や場合によっては、シンプルな方が正解というのはままあることだ。

 

 しかしながら、阿賀野は見た目の割に、時折ハッとするような知識を披露することがある。

 

「へっへっへ~、でも阿賀野的には~、もっと美味しい温度があるんですよ!」

 

 意外な阿賀野の博識ぶりに感心していると、彼女は茶碗を置いて一度部屋に戻る。

 そして冷えたコートとパーカーを脱いで薄着になると、両手をわきわきさせながら再び近づいてきた。

 

「それは提督さんの温度! というわけで、いただきまーす!」

 

「ぬぅ」

 

 阿賀野はセクハラオヤジのような事を叫ぶと、私のシャツをめくって頭を差し込んでくる。

 さらに手を差し込んで「よいではないか~よいではないか~」と口にしながら肌をまさぐってきた。

 

 温まりきっていない彼女の身体の冷たさに、一瞬冷やっとする。

 だが私はそんなセクハラオヤジのような阿賀野に対して、煩わしさやうっとうしさよりも、哀れみが湧いてしまった。

 

 基本的に精神とは肉体に依存するものと思われるので、阿賀野の精神は若いと言ってもいいのかも知れないのだが。

 それでも長く生きていると、艦娘といえど逃れられない、精神的な加齢があるのかもしれない。

 

 つまり知性有る生物は皆。

 オヤジギャグやオバサンギャグ汚染というものからは、逃げられないのだろう。

 

 いつか私もそうなる日が来るのだろうか。

(もしくはもう来ている)

 

 などと考えながら、もぞもぞと動く阿賀野をそのままに。

 火を止めて茹でていた大根の煮汁を捨てる。

 

 そして再びその中に水を入れ、ダシパックを三つほど入れた。

 さらに用意していた他の食材や調味料を入れ、火を点ける。

 

 時間を別けて煮たほうがいい食材もあるが、今回は面倒なので一緒に煮ることにした。

 

 煮る時間は、中火で一時間ほどにしておくか。

 足りなければまた煮ればいいだろう。

 

 タイマーをセットしたところで、ずっと服の中でもぞもぞと動いていた阿賀野が、私のシャツの襟口から顔を出す。

 首元が大きくあいたVネックのシャツだからよいものの、普通のシャツなら伸びきっていただろう。

 

 反応のない私の無表情を間近で見たためか、ばつが悪そうな表情を浮かべる阿賀野。

 

「えへ、えへへ……その、提督さん怒ってます?」

 

「いや。調理は終わったから部屋に行こうか、あと一時間ほどかかる」

 

「わ、わーい、阿賀野楽しみ~」

 

 るんたったーるんたったーと、私を抱き上げて部屋に戻る阿賀野。

 そしてすぽっと抜け出すと、幸せそうに微笑む。

 

「まあまだしばらくかかるわけだし、私は油汚れが少しついてしまったから軽くシャワーを浴びる。適当にくつろいでおいてくれ」

 

「はーい、阿賀野、了解でーす!」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

『あッ、あのッ、のッ、のッ……』

 

 オットセイの真似だろうか? 

 そう思いながら、手を掴んで必死に何かを伝えようとする阿賀野をじっと見つめる。

 

 必要な書籍があって訪れた本屋で、初めて彼女と出会ったとき。

 阿賀野は私の手を掴み、一時間以上何かを伝えようとして、失敗を繰り返していた。

 

 口をパクパクとさせて、なんども瞬きを繰り返し、表情を変える阿賀野。

 そんな彼女の顔は、毎日鏡に映る自分の無表情とは違い、まるで移り変わる四季のように美しかった。

 

 私はその様子に見とれてしまい、用事も忘れてボーッと彼女を見つめてしまう。

 

『あッ、あッ、あッ、あッ……こ、こんにッチは』

 

『……こんにちは』

 

 飽きないその表情の変化を、どれだけ見続けただろうか。

 ようやく阿賀野はたどたどしい挨拶の言葉を紡ぎ出した。

 

『あっ! あの……』

 

『なんでしょうか?』

 

『あたし、あ、阿賀野……』

 

『……そうですか、阿賀野さんとは初めまして……で、よろしかったですか?』

 

 何度も、何度も必死に首を縦に振る阿賀野。

 私はそれが興味深くて、じっと見つめる。

 

『きっ、きっ、きっ……』

 

『き?』

 

『きっ……キッラリ~ン☆』

 

『………………………?』

 

『…………きらり~ん!』

 

『???』

 

 涙目になりながら謎の言葉を口にし、ポーズを決めてウィンクをする阿賀野。

 私は阿賀野が何を伝えたいのかよくわからず、無言でその様子を見つめ続ける。

 

『あの~……』

 

 そこに様子をうかがっていた書店員がやって来て、遠慮がちに声をかけてきた。

 そして私が探していた書籍がないこと、さらには発注しても、届くまでにどれだけかかるのかわからないということを、申し訳なさそうに伝えてくれる。

 

『あっ、はい!! はい!! はい!! 阿賀野!! その本がある場所知ってます!!』

 

 だがその話を聞いていた阿賀野は、猛アピールするような大声を上げる。

 

『……詳しく、聞いても?』

 

 その書籍が必要だった、という理由だけでなく。

 目の前で必死に主張する彼女に興味が湧いた私は、そう阿賀野に聞いた。

 

『キラリーン☆ 任せて♪』 

 

 満面の笑みでそう返事をする阿賀野。

 それが、私と彼女の出会いだった。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 シャワーを浴びて戻ると、阿賀野がちゃぶ台に向かって座っていた。

 どうやら、分厚い本に何かを書き込んでいるようだ。

 

 前に聞いたことがある、たしかあれは──

 

『これは~、提督日誌です! うふふっ♪』

 

 そう、提督日誌。

 

 何が書いてあるのかを聞いたかどうかは覚えていないが、多分聞いていなかったと思う。

 だがチラリと見えた表紙には、No.124という数字が記されていた。

 

 それを見るに、恐らく私が彼女と会う前から書いているものなのだろう。

 だがはて? 確かはじめて見たときのNo.は60番台だった気がするが。

 

「あっ、提督さん! 阿賀野、意見具申! お昼寝しましょ♪」

 

「もうしばらくすれば、おでんが出来上がるんだが。……だけどまあ、冷ましてもう一度煮れば味も染みこむし、それもいいかもしれないな」

 

「やった!」

 

 その返事を聞き、阿賀野は立ち上がって、私の手を取りベッドに引きずり込んだ。

 マットレスに倒れ込むと、阿賀野の長い髪がフワッと顔にかかり肌をくすぐり、柔らかな匂いが香ってくる。

 

 顔にかかる髪を手で払うと、阿賀野が隣で幸せそうに目を細めてこちらを見ていた。

 

「嬉しそうだな」

 

 阿賀野は私の言葉には答えず、がぷり、と、うっすらと湿った首筋を甘噛みする。

 

 これはいったいどういう事だろうかと、少し考えたが、なるほど。

 おそらく阿賀野は、私の温度を“食べて”いるのだろう。

 

 首筋から肩、そして腕、指にそって阿賀野は口を動かす。

 さらに当然のように、その間も甘噛みを続けている。

 

 その様子があまりにも美味しそうで、私は少し興味が湧く。

 なので仕返しの意味も込め、阿賀野の上着をめくりあげて、ふっくらとした腹肉を露出させた。

 

「きゃっ!?」

 

 驚く阿賀野を横目に、私はその透き通るような白い腹部に噛みついた。

 無論、咬みちぎるつもりは毛頭なく、阿賀野と同じく甘噛みをするだけだ。

 

 はむはむと何度か噛みついてみると、成る程と少し阿賀野の気持ちが理解できる。

 

 モチを食むような柔らかな感触と、うっすらとした湿り。

 それらと合わさって唇に伝わってくる、阿賀野の体温。

 

 これは……なかなか味わい深い。

 

 その瞬間。

 キッチンの方からセットしてあったタイマーが鳴る。

 

 私にはそれが、こっちを食べろ、と、おでんが言っているように聞こえた。

 ああ、そういえば私はおでんが食べたかったのだった。

 

 だが──―

 

 

「……提督さん。阿賀野のお腹、どう? 美味しい?」

 

 

 昔、初めて出会ったときのことを思い出す。

 

 あのときも、最初は書籍を手に入れるのが目的だったはずなのに。いつの間にか、楽しそうな様子の阿賀野と、少しでも長く一緒に居ることが目的になっていた。

 

 いまもそうだ。

 

 最初に食べたかったのはおでんだったはずなのだが。

 いつの間にか、阿賀野の体温の方を味わいたくなっている自分がいる。

 

 少し気恥ずかしくなった私は、返事の代わりに軽く歯を立てた。

 それに対して阿賀野は短い悲鳴を上げたあと、私の耳元に口を寄せ、

 

「ふふ、阿賀野、嬉し♪ いっぱい食べてね?」

 

 と、囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■提督日誌1日目■

 キラリーン☆艦娘変わりが無事に終わって一年たった、最新鋭軽巡の阿賀野でーっす! 

 折角の記念なので、今日から提督日誌をつけることにしました。

 まあ、提督さんは見つかってないから、いまはまだ、ただの日記なんだけど。

 何を書いたらいいかわからないし、何を書くかも全然決めてなかったり。

 阿賀野、こういうの苦手なんだけど、ちゃんと考えなきゃね~。

 

 ■提督日誌2日目■

 キラリーン☆今日は夕食にカレーを食べて美味しかったよ。

 ちなみにお昼は秋刀魚定食でした! 

 秋は色々美味しい物が増えて、阿賀野ピーンチっ! 

 え、食べなきゃいいって? そんなわけにはいかないのです! 

 

 

 

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 ■提督日誌7日目■

 キラリーン☆阿賀野気がついたの! 

 さすがに毎日食べ物のことばっかり書いててもしょうがないって! 

 だから今日から日誌の名前通り、いつか出会える提督さんがどんな人か予想します! 

 えっとね、きっと阿賀野の提督さんは──―

 

 

 

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 ■提督日誌90日目■

 キラリーン☆さすがにもう書くこと無いかも! 

 でもいいこと思いついちゃった。

 阿賀野あんまり勉強とか好きじゃないけど、いつか出会える提督さんを退屈させないような、すっごいおしゃべりができるように、色んな事を知っておこうって! 

 なので、今日は図書館に行って本を借りてきたよ! 

 毎日一冊読んじゃおっかな。

 可愛くて頭がいいなんて、最新鋭軽巡すぎかな? 

 

 ■提督日誌91日目■

 キラリーン☆借りてくる本間違えたかも!?

 がんばって読もうとしたけど、10ページもよめなかった!

 これ、全部読めるのかな……。

 でも、これくらいでへこたれる阿賀野型ではないのです!

 いつか出会える提督さんのために、頑張れ阿賀野!!

 

 

 

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 ■提督日誌150日目■

 キラリーン☆今日はビッグニュースがあります! 

 なんと阿賀野、一日で一冊本を読めました! 

 といっても、児童向けの本だったから当然なんだけど、えへへ。

 でもこれが続けられたら、阿賀野もっと、きらり~ん♪ 

 

 あっ、あと今日から本の名前や感想は、別の読書記録? 

 って名前のファイルに、まとめることにするね。

 感想も一緒に書いてたら、提督日誌がパンクしちゃう! 

 

 

 

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 ■提督日誌365日目■

 キラリーン☆今日は何と、提督日誌をつけ始めて一周年です! 

 そしてさらになんと今日は、活字の本を一日で一冊読めたよ! 

 阿賀野の本領、発揮しちゃった! 

 でもこれ以上阿賀野が性能良くなっちゃったらどうしよう……。

 

 なーんて、まだまだ阿賀野型の実力はこんなもんじゃないんだから! 

 提督さんのために、これからも頑張るね♪ 

 

 

 

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 ■提督日誌1000日目■

 キラリーン☆おめでとって、言っていいのかわからないけど、ついに四桁日! 

 殆ど毎日通ってたら、図書館の司書さんと友達になっちゃった! 

 面白そうな本とかオススメしてくれるし、ほんと助かっちゃう! 

 

 

 

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 ■提督日誌1825日目■

 キラリーン☆って、もう五年もたっちゃったの!? 

 閏年とかあるから、正確にはちがうかもだけど……。

 それでもさすがに提督さん待たせすぎ!! 

 

 聞いてますかまだ見ぬ提督さーん! 

 阿賀野型一番艦、阿賀野がここでずーっとお待ちしてますよ。ね、提督さん? 

 

 

 

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 ■提督日誌8760日目■

 読了三冊。

 詳細は別途読書記録に記載。

 

 ■提督日誌8761日目■

 読了五冊。

 詳細は別途読書記録に記載。

 

 ■提督日誌8762日目■

 読了七冊。

 詳細は別途読書記録に記載。

 

 ■提督日誌8763日目■

 読了四冊。 

 詳細は別途読書記録に記載。

 

 ■提督日誌8764日目■

 読了八冊。

 詳細は別途読書記録に記載。

 

 

 

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 ■提督日誌9986日目■

 図書館にある全ての本を読み終えた。

 新しい本も入るようだが、毎日確認するために赴くのは非効率。

 今後は本屋に赴き、購入して読むことにする。

 

 

 

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 ■提督日誌10000日目■

 こんにちはーっ! 最新鋭軽巡の阿賀野でーっす。

 えへ、えへへ……ちゃんと書きたいんだけど、感情の整理がつかないや。

 

 でも、阿賀野やったよ。

 提督さん、みつけたよ。

 

 詳しくは、きっと、あした書くから。

 

 絶対、書くから。

 

 

 

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 ■提督日誌・改! 365日目■

 ずっと思い描いてた提督さんと、実際の提督さんは全然違って。

 でも全然ステキで、無表情で口数も少ないけど、たまにドキッとすることを言ってくれたり、ドキッとする表情を浮かべたりするんだ。

 提督さんに反応して欲しくて、阿賀野はあの手この手で日々アプローチしてるの! 

 やっぱり沢山本を読んで役にたったね! 

 

 あと提督さんは阿賀野のこと雑に扱ってるんじゃないかって時々悩んでるんだけど、全然そんなことなくて、とっても大切にしてくれる。

 今日なんて、阿賀野のために大きなお鍋一杯のおでんを作ってくれたの。

 

 提督さんはたまにしか料理しないんだけど、とっても上手なんだ。

 それでね、作るときは阿賀野がたっくさん食べられるように、たっくさん作ってくれるんだから。

 

 もう提督さん大好き♪ 

 

 あと何でこんな事を今更書いてるかって言うとね、今日は特別な日だから! 

 提督さんと出会って、ちょうど一周年なんだ。

 

 つまり提督さんと阿賀野の、特別な日なの! 

 

 提督さぁーん、これからも阿賀野のことを、どうぞよろしくおねがいいたしまーっす! 

 うふふっ、一周年一周年、阿賀野……嬉しい♪ 

 

 キラリーン☆

 

 

 




 
キラリーン☆
 
今年はあまり投稿できませんでしたが、読んでいただきありがとうございました。
もっと書きたかったなとも思いますが、一応本年の目標は達成できたのでプラマイゼロな、はず。

そんなわけで、頻度はあまり高くないとは思いますが、来年もふらっとなにかしら投稿されると思いますので、よかったら覗いていってください。

それでは、よいお年を。
 

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