基本的に日常な無職回。
特になにも起こらない(就職もできない)のが特徴。
無職だよ。
あーもうこんな時間か。
昨日から動く気力も湧かなくて体育座りしてる。ずっと布団の上に居るので時間なんて分かんなかったけど、時間がたつのが異様に早かったな。
そういえば昨日からなんも食ってない、そう気がついた瞬間にぐぅ~って聞こえて乾いた笑いが出てしまった。
フフフ、(食い物)入れて欲しいのか?
……流石に体が悲鳴を上げてきたのでレトルトカレーを食うことにする、米を炊く気力が無いのでルーのみを二袋。
いやー参ったね。思ったより職が決まらなくて身動き取れねぇぜ!
かッー! つれーわ! 職決まらなさ過ぎてつれーわ!
まずいんごぉ……。
貯蓄はまだあるんだが、メンタルがどうにも持ち直してくれない、さすがに十社連続でお祈りされるとは思わなかった、ラリアットの呪いか?(自業自得)
腹にモノも入れたし、気分をリセットしようとシャワーを浴び、風呂から上がって全裸で部屋に戻ろうとしたら、最近なんとなく設置した泥棒対策用のトラップに自らはまって派手にこけた。
おい、どうしようもない状態になったこの俺の気分を弁償してくれ過去の俺。
涙を堪えながら服を着る、ベランダに出て煙草を咥えて震える手で火をつけた、泣くな俺。
ぼけっと煙草を吸いながら五階から見える外の景色を眺めていると、登校中と思われるランドセルを背負った男の子の姿。
その後ろを隠れるように同じ年頃の女の子が、こっそりと後をつけてるのが目に付いた。
好きな男の子を見ていたい恋する女の子か、若いってステキやな……。
より絶望が増した気分をどうにかしようと、部屋を掃除してたまった郵便物を取りにいく。ほとんどが有象無象のチラシばかりだったが、その中に一つ気になる内容のものがあった。
大型のスポーツジムのチラシで、このチラシをもって行けば一日無料体験で施設を使わせてくれるらしい。
普段ならそのままゴミ箱にポイーだが、どうにもメンタルが優れないので気晴らしに行ってみることにする、こんな時は体を動かすのが一番だからな。
てなわけで行動は迅速に、早速今から向かうと決めた。
プールもあるのか……水着も持っていこう。
やましい気持ちなんて無く、水着姿の美女の姿を拝めたらいいという期待くらいしかない。
さあ、未来は明るいぞ、いざゆかん魅惑のスポーツジムへと……。
「期限切れ?」
「はい、無料体験は昨日までとなっておりまして……」
ジムに到着後、受付のおねえさんにチラシを見せたところ、このような返答をいただきました。
ガーンだな、うん、ガーンだ、泣きたい。
確かに書いてありますね、はい、ちゃんと読まなかった俺が悪いんです。
あまりに俺がどん底の空気を出していたからだろうか、おねえさんは「責任者に聞いてみますね」と、どこかに電話をかけようとしてくれたが。
「ああ、いや、いいんです気になさらないでください」
「ですが……」
俺のようなクソ雑魚ナメクジの為にわざわざお手数をおかけするのも忍びない、お願い、これ以上俺をみじめな気持ちにしないでくださいなんでもしますから。
そんな押し問答を何回か繰り返し、ようやく諦めていただいた。
ああ、もう泣きたい。
とぼとぼと肩を落としながら出口に向かうと、ちょうど入り口の自動ドアが開き見覚えのある鋭い眼光の少女が現れた。
確か陽炎の姉妹でピッチャーをやってた子だ。
「あら、あなたは……」
灰色のパーカーを着て前のポケットに両手をつっこんでる、やたらなじんでいる落ち着いた桃色の髪の少女。
以前は鋭い目つきが印象的だったが、よっぽどおどろいたのか今は目を丸くしている。
「あー、久しぶり、えーっと」
「……不知火です」
「そうそう、暗黒な大会シリーズの技名っぽい名ま……なんでもないですハイ」
言いかけて不知火がおっかない目つきになっていたので、びびった訳じゃないけど怖かったからごまかしてしまった。
「それで、貴方はどうしてここに?」
「あー、まぁなんというかこのチラシを見て、タダで使えると思ってきたんだけど、昨日までというオチでな……」
自分で言ってて恥ずかしくなってきた、泣きたい。
不知火はチラシを手に取りしばらく眺めると、「少しまっていてください」と言い残し、受付のお姉ちゃんの所に向かっていった。
受付のお姉ちゃんはひどく驚いた様子で、何度も不知火に頭を下げている。
怖いもんなぁ、あの目つき。
そして俺の方まで戻ってくると、俺の手を掴んで奥に向かって歩き出した、チカラ強い。
なんで君ら姉妹は人の手を掴んで引っ張るのがすきなのかね。
いやまて、受付前を通過しちゃったぞ、警備員呼ばれちゃう。
「おいおいまてまて、俺登録もしてないし金も払ってないぞ!?」
「大丈夫です、話は通しておきましたから。不知火と一緒ならいつでもどこでもフリーパスです」
ちらりと受付けのお姉ちゃんの方を見ると、こちらに向かって頭を下げていた。
おいおい、不知火なにものヌイ。
「こちらが男性用の更衣室です、着替えは持っていますか、必要なら用意させますが」
「いや、持ってきてる、大丈夫だ」
いや、用意させますってなんですのん。
もしかして不知火さんVIP? VIPなのか?
深く考えると色々格差社会を覗いてしまいそうだったので、おとなしく着替えることにする。
といっても、寝巻き代わりに使ってるジャージだけどな。
あ、このロッカーちゃんとお金返ってくるやつなのね、助かるわ。
野郎の着替えなどわざわざ説明するのもアホくさいので、着替え終わったという事実だけが残る。(ジ○ジョ風)
そんな感じで男子更衣室の外に出ると、そこにはすでに着替え終わった不知火が待機していた、早いなオイ。
といいますか不知火さん、なんですのその格好。
ハーフサイズのスパッツに、肩、背中、へそ丸出しのセパレート陸上着みたいな上、上下とも肌にぴったりと伸縮性の高そうな黒い布が張り付いている。
軽くストレッチをして体を伸ばしてくねらせ、こちらを見るその瞳はどこか挑発的だ。
無駄な肉の一切無いスレンダーな体をこれでもかと、アピールするその姿はなんというか。
「あれだな、殺し屋みたいな格好だな……」
スパァンッ!
ケツに走る鋭い衝撃、遅れてやってくる空気のはじける音、驚いて見るといつの間にか後ろに回って不知火が、俺のケツにキックを叩き込んでいた。
痛くは無いがすげえびっくりしたよ!
え? なんで痛くないの? なにその高度な技術の蹴り!?
「なにすんだ」
「知りません」
プンスカしながらどこかに向かって歩き出す不知火。
ふむ、あの年頃ならセクシーな女の殺し屋とか、かっこいい例えでうれしいものだと思ったのだが。
悪いこと言ってしまったかもな。
さて、これからどうしたものか。
とりあえず勝手に施設見て回ってもいいのかね。
と、考えていたら、どこかに行ってしまったと思ってた不知火がすごい勢いで戻ってきた。
え、なに、忘れ物でもしたのか?
「……ついてきてください、でないと施設を“使わせません”」
「お、おう」
あ、追いかけて欲しかったのね、ごめんごめん。
ん? あれ今なんか不知火さん……と、なにか引っかかることを言ってた気がしたんだが、俺の手を掴んで歩き出した、チカラ強い。
だからなんで君ら姉妹は人の手を掴んで引っ張るのがすきなのかね。
そんなこんなで連れて来られた最初の施設。
今はやりのボルダリングとかいう、人工的に埋め込まれた取っ掛かりを使ってやる壁のぼりだ。
しかし、いつも思うがこのボルダリングというやつ、なぜ金を払って壁を登るのだろうか?
崖のぼりなんてガキの頃に散々やっただろうに、なんで大人になってまでやるんだ。
専用の靴と、滑り止めの腰から下げるチョークパックを施設入り口の受付で借りる。
ちなみにここの受付もやたら不知火に頭を下げていた、コリャますます不知火さんVIPの娘説あるんじゃなかろうか、怖いから聞かないけど。
二十人近い姉妹を持つ陽炎の家族問題に首突っ込むのダメ、ゼッタイ。
「手本を見せます」
そう言って不知火はカラフルな取っ掛かりを掴みながら、垂直の壁を登り始める。
なるほど、どれでも好きな色の取っ掛かりを使っていいというわけではなく、同じ色のものしか使っちゃダメなのか。ふぬ、奥が深いのかもな。
最適解を探す、体を使ったゲームみたいなイメージだな。
確かにはまれば面白いのかもしれん、ガキの頃に登る壁なんてせいぜい二つ三つだしな、思い返せばルートを探しながら登ってた頃が一番楽しかったか。
そんなことを考えているうちに、まるで蜘蛛のように、ヌメヌメと手足を上手く使いながら高い所に登っていく不知火。
なんというか細っこい体なのに筋肉が意外とあるんだな、布面積が狭いからよくわかるわ、手、肩、腰、太もも、それぞれの場所が力を入れた時に膨れるのがよくわかる。
五メートルほどの場所にある、『G』とマークされたゴールにタッチして、登ったのと同じような速度で降りてくる不知火、最後にホッと降り立つと「どうですか?」といわんばかりのドヤ顔でこちらを見た。
ちょっとうざいけどまぁ、確かにたいしたものだ、素直に褒めよう。
「上手いもんだな、女郎蜘蛛みたいだったよ」
スパァンッ!
ケツに走る鋭い衝撃、遅れてやってくる空気のはじける音、驚いて見るといつの間にか後ろに回って不知火が、俺のケツにキックを叩き込んでいた。
相変わらず痛くは無いがすげえびっくりしたよ!
「二回めぇ!?」
「貴方の番です、さっさと登ってください」
ふん! といわんばかりに、あさっての方向を向く不知火。
すねてる様子がちょっとかわいいかもしれん。
「よし、まあ見てろよ」
ちょっと体重は増えてるが、ガキの頃とおんなじだこんなもん。
チョークの粉を多めに手につけて、自分でもどうかとは思うが面白くてやめられない「よっこらセックス」という掛け声を言いながら最初のとっかかりに手をかけ体を引き上げる。
初心者コースでもあるようだし、先ほど手本になる登り方を見てたからか、俺はさっさと登り切ることができた。
不知火より少し早いかもしれん、ふふ、まだまだできんじゃん俺も。
無意味な自信のストックがたまった、ありがたい。
降りると不知火が微妙に渋い顔でこちらを見ていた。
ドヤ顔で返す俺。
「フィジカルに頼りすぎです……」
「ふぃじかる?」
「貴方の登り方は、筋力と自身の身長を頼りに無理やり登ってるに過ぎません。それではボルダリングの醍醐味を味わえません」
筋肉至上主義者ではないが、スポーツの問題の八割は筋肉で解決できると思っている俺は、その言葉に衝撃を受ける。
「筋肉に頼っちゃダメなのか、マジか」
「いえ、まぁなんといいますか、今はまだいいのですが長いコースで、その登り方をすると早々に握力が消えます」
なんですと、マジかよ。
「え? 握力って消えるの?」
「はい、消えます。自身の体重が1だとして、2の力で体を支え続ければ早々に。1の体重を四つの手足で分配して支える技術がどうしても必要になります。ボルダリングは本来登山のために、そういう技術を磨く為に生まれたスポーツの側面もありますので」
あー、確かにそれが本当なら、山の中腹登ってる最中に握力消えるなんて大事件だな。
「ほえー、なるほどなぁ」
「……ですが、今日はお試しですので楽しんで登ることの方が重要だったかもしれません。すみません水を差してしまいました、不知火の落ち度です」
おっと、相手のことを考えてきちんと自分の非を認められるなんて、ポイント高いなヌイヌイ。
「なに、中々興味深いこと聞かせてもらったわ。ありがとな」
ワシャワシャと頭をなでてやると、ちょっとびっくりした様だったがされるがままにされていた。
あ、やべ、チョークの粉がついた手でやっちまったから髪の毛粉だらけだわ、俺しーらヌイ。いや、まずい気がする、ケツキックされてしまう的に。
「……あまり沢山の場所を回りすぎても疲れるでしょうし、なにか使ってみたい施設などはありますか?」
「あー、プールに行きたいな。水着も持ってきてるし」
チョークの粉だらけになってしまった不知火の髪を、どうにかせねばなるまいと思ってたところに渡りに船である。
三度目のケツキックは勘弁願いたい。
「プールですか? ……かまいませんが」
微妙になにか考え込むような仕草をする不知火、なにか思うところでもあるのだろうか?
まあ考えても仕方ないので、さくっと借りていた靴とチョークパックを返却して、俺たちは更衣室に向かった。
■□■□■
野郎の着替えシーンはカットして、抵抗の多いハーフパンツタイプの水着に着替えたという結果だけが残る。(ジョ○ョ風)
さすがに女が水着に着替えるのは、時間がかかると思ったので、先にシャワーを浴びてプールサイドで準備運動を始めることにする。
もっとかかるかと思ってたが、ほんの数分送れて不知火がやってきた。
機能性の高そうな競泳水着と、水泳キャップをかぶった姿でゴーグルはつけていない。
なんというかさっきと露出面積は変わらないが、太ももがまぶしい感じだ、色白いッスね不知火さん。
「お待たせし……ました」
不知火が俺を見て、少しドキッとしたような顔をする。
なんだと思ったが、恐らく男の裸を見慣れてないからだろう、意外と純情なんだな。
「うーっし、じゃあ適当に泳ぐか。犬掻きと平泳ぎと背泳ぎくらいしかできんが」
「……泳げるのですか?」
試すような目つき、俺が泳げるのか知りたいのか、よかろう教えてやる。
「ばっかおめえ、泳げるに決まってんだろ、これでもクラスの水泳大会では十位だった男だぞ。(三十二人クラス、内半分女子)」
「そうですか……」
泳げないと思ったか? 残念だったな不知火さんよ。
しかしなぜそんなことを聞くのか……。
なんて思ったが、何処か自信無さげ、というかためらうような空気を出す不知火を見てひらめいた。
「もしかしておまえさん泳げナインっすかー? なんてな……」
「……はい」
おう、地雷を踏んでしまった。
「えと、まあなんだ、よかったら教えよう……か?」
「いいのですか?」
「流石にこの状況でそれ以外言えるほどできた人間じゃないんだが……」
そう言って手を差し出す俺、まずは手を引きながら泳ぐ練習が基本だからな。
そんな俺の気まずそうな、困ったような顔が面白かったのか
「ご指導ご鞭撻、よろしくです」
クスリと笑いながら、不知火はその手を取った。
■□■□■
まぁボルダリングの動きを察するに運動神経はいいんだろう、そう時間がかかることも無く不知火は泳げるようになった。
強いてあったことがあるなら、途中一回おぼれかけて慌てたのか、抱きついてきたことくらいか。
不知火はお礼をさせてくれと言ってきたので、じゃあジュースおごってくれという俺の言葉を聞いて、買いに行っている。
その間、俺は自由気ままに泳いで面接に落ち続けたストレスをこれでもかと発散していたんだが、ふと、隣の競技レーンで明らかに素人じゃない速度で泳いでいた、二人組みの会話が聞こえてきた。
「なぁ、このジムのオーナーのこと知ってるか? なんでもすごいインストラクターで、色んなスポーツのプロ指導者のライセンスも持ってるらしいぜ、もちろん競泳も」
「マジかよ、俺たちも指導してもらえないかな!」
「ばっか、俺ら程度じゃ門前払いだよ」
「俺らより余裕ですごい選手が並んで待ってるってことか、チキショー」
なんてことをしゃべりながら、出口の方へ歩いて行った。
マジか、結構すごいジムなんだなここ。
なんてことを考えてたら、不知火が戻ってきた。
プールから上がって、設置されたベンチに座った俺の隣に、不知火がジュースを渡しながら腰を下ろす。
「……それで、どうして今日はここに? 職探しをがんばっていると黒潮に聞きましたが」
「お、おう……なんでお前ら姉妹のネットワークに俺の情報が流れてるんだ……」
個人情報だだもれやんけ。
いやまぁ、俺が無職なのは彼女ら姉妹の仲ではとっくに周知の事実か。
「まぁなんというか、十社連続でお祈りされちまってなぁ。はぁ、まったく泣きたくなるわ。時代かな、時代が悪いのかな……」
情けない愚痴だとは理解してるのだが、年甲斐も無く、おまけに年下の不知火にそんな愚痴をぼろぼろとこぼしてしまう。
不知火はそんな俺の愚痴を黙々と聞き続けてくれた。
そして語り終えて一息、冷静になると恥ずかしいことをしてしまった。
思ったより弱ってんなぁ、俺。
「…………弱いのね、つまらない」
「ぁあ?」
おいおい、随分辛らつなことを言ってくれるな、いやまあその通りなんだが。
大人だってしょっちゅうへこむのだ、そこまで言うこと……。
「そこに立ってください」
なにか言ってやろうとする俺に先んじて、不知火は立ち上がって俺の前に立ち、プールサイドに立つように言う。
お願いのような言葉でありながら、強い強制力を持つその言葉に、びびったわけではないが怖かったので、俺はしぶしぶ言う通りにする。
「沈め」
スパァンッ!
「ギャーーーーー!」
おっかない言葉が聞こえたと思ったら、俺は不知火の蹴りをケツにくらい、宙を舞っていた。
なにこれ、痛くないのになんで飛んでるの、どういう技術なの!?
なんて考えてる間に派手に着水、鼻に水が入ってツーんという感覚が襲う。
おぼれそうな感覚に恐怖しながら、俺は慌ててプールサイドまで泳いで、体を預けた。
「ゲッホゲッホ!! な、なにしやがる!!」
「なんですか情けない!! たかが十社や二十社に蹴られたからといって、この世の終わりのような顔をして、それでも男ですか!!」
あまりに強い言葉だったので、その言い方にカチンと来る。
社会の辛さを知らんガキに言われたくねえわと、言い返してやろうとしたが。
「……」
なんというかまぁ、俺をにらみつける不知火の目に、見間違いかもしれんが涙がにじんでるのを見てしまって、急速に頭が冷える。
「つまらないわね。もっと骨のある人だと思ってました!」
おうおう言ってくれるじゃないの、そんな辛そうな顔しちゃってまぁ。
どんなつもりで言ってるかは分からんが、無理してるのはわかるぞ。
その様子を見て、今までの不知火の言動を思い返してみる。
そして都合のいい妄想かもしれんが、不器用ながら精一杯俺を励まそうとしてくれてるんじゃないのかと、思っちゃったわけですわ。
正しく叱るってのは、優しいやつじゃなきゃできないからな。
俺はそれに言葉を返すことなく、不知火の手をひっぱる。
不意をつけたからか、不知火をあっさりとプールに引きずり込むことに成功した。
「!?!?」
「おうおうじゃりん子が言ってくれるじゃねえか! このやろうこのやろう! 不器用ながらも励まそうとしてくれたのには感謝するが、ケツキックはねえだろケツキックは!! このやろうこのやろう! はははは!!」
俺は照れくささを隠したくて、不知火を水の中に沈めてやろうとふざける。
「そんなんで、不知火は沈まないわ!!」
と思ったのもつかの間、あっさりと俺の関節を固めて形勢を逆転させる不知火。
「フフ……不知火を怒らせたわね……!」
「おま、ば、いてえ! いてえって! ははは!!」
なんだか楽しくて、笑いが止まらない俺。
いつの間にか笑顔で俺の関節を固める不知火。
周りで泳いでいた他の人間たちの、迷惑そうな視線がどこか心地よかった。
■□■□■
「これ、貰ってもいいのか?」
「はい、構いません。できれば私がいる時に来ていただきたいですが。いえ、トラブルを避けるためにです、はい」
ジムの会員証、おまけに永年フリーパスを貰ってしまった。
もう俺は突っ込まないぞ、絶対不知火の正体とかつっこまねえからな!!
「まぁ、そう言うなら貰っとくわ。ありがとうな、不知火」
「……いえ、いいんですよ、提督」
「お前もか、お前までそう呼ぶのか……」
「ふふ、さあ、出口までお見送りしますよ」
そう言って出口までゆっくり歩き、そして俺を見送ってくれる不知火。
「それではまた、いつでもいらっしゃってください」
「ああ、そうさせてもらうよ」
軽く微笑みながら、どこかさびしそうに手を振る不知火に見送られて、俺は歩き始める。
ポケットの煙草を取り出して火をつけた。
プールで湿った肺には煙がしみるぜ。
ふう。
じゃあ、まあ。
明日も職探しがんばりますか。
不知火にしゃきっとしなさいと言われながら
ぬいぬいきっく!(↙タメ↗+B)
をしてもらいたいだけの人生だった。