ヒカルが人生を全うし亡くなって、あの世で佐為と再会できた幸せな時間。幸せで楽しいはずの時間は、時が流れるにつれてだんだんと崩れていく。

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君と

進藤ヒカル75才、この世の命が尽きた。

人生100年と言われる現代においては、早い死である。

 

 

プロになった中学3年の秋、扇子に決意を込めて佐為と共に神の一手を極めようと碁に一生を捧げたが、遂には叶わなかった。

周りに幾度となく「無理し過ぎ」と言われたが、自分では無理をしているつもりは全くなかった。

ただ一心に、佐為に追いつきたい。佐為の目指した神の一手を極めたい。そんな気持ちだけで過ごしてきた。

けれど、消えてしまった佐為をいつまでも越えられないでいる。記憶の中の佐為はいつまでも圧倒的な強さで、いくら自分が7冠を達成し世界のトップ棋士だと言われても全然実感がわかなかった。

 

ーーオレは、まだ佐為すら越えてない!

 

そんな気持ちのままもう人生が終わってしまった。

まだ生きて、神の一手を極めたい。

 

ーーあぁ、あの時の佐為もこんな気持ちだったのかなぁ

 

ヒカルはふと、佐為が消える直前を思い出す。

 

あの時はオレが子供で、佐為の言葉に全然耳を傾けなかった。気付いた時にはもう佐為が居なくなってて、悲しくて、寂しくて、淋しくて、哀しくて…

 

ーーオレもこれで幽霊ってヤツになったんだし、佐為に会いてぇなぁ

 

身体から意識が離れ、自分の手が透けて見える。いわゆる幽霊という姿みたいだ。

顔を確認する事はできないが、手足の感覚や体格をみる限り中学3年頃の姿にいつの間にか戻っている。

 

「ヒカル。お久しぶりですね」

 

声のする方にヒカルは顔を向けた。

烏帽子に狩衣姿、長い黒髪の美形男子に目を疑う。

 

「佐…為…?」

 

佐為は何も言わずにただ微笑んでいる。

オレはこの笑顔を知ってる…

夢に現れて、扇子を渡してくれた時だ。

 

ーーそうか。オレの姿が中3なのはこの瞬間から佐為と会えてないからだ!

 

「佐為!会いたかった!!」

 

ヒカルは佐為に抱きつく。

 

「あ、あれ?」

 

涙が自然と溢れてくる。

子供の姿も関係しているのか、その後は気の緩みからか大人げもなく大きな声でわんわんと泣いてしまった。

 

「ヒカル…寂しい思いをさせてしまいましたね」

「そうだよ!突然消えたから、オレ、最初風に飛ばされたんだと思ったんだぜ」

 

泣きながらヒカルが佐為に文句を言う。

 

「私は飛べませんよ!」

「知ってる」

 

ヒカルは冷静に突っ込む佐為に涙を拭き取りながら笑って答えた。

 

「やっと…本物のお前に会えた!」

 

泣いて目を腫らせた状態で笑ったヒカルの顔は、本当に求めていたモノが手に入った安堵の表情だ。

 

 

 

 

暫し再会の喜びを分かち合った後、ふとヒカルの表情が曇る。

 

「お前と目指した神の一手には届かなかった…ゴメンな」

「いいえ、私もまだ神の一手は極めていませんよ」

 

佐為は謝るヒカルの言葉に対して顔を横に振り、自身も同じ立場だという事を伝える。

 

「そっか…一緒ならおあいこだな」

「えぇ、一緒なのでおあいこです」

 

ヒカルが笑顔で答えると、呼応するように佐為も笑顔で答えた。

 

「…またお前と一緒に打ちてぇーな」

 

ふとヒカルが言うと佐為は、その言葉を聞いて微笑んだ。

 

「私も…同じ気持ちです。だから待ってたんですよ」

「そっか!佐為…お前、オレをずっと待っててくれたんだな!じゃあ、どっか打てるとことかあるのか?」

 

ヒカルは辺りをキョロキョロ見回す。

さすがに病院のベッドで息を引き取ったため、今いる病院に碁盤も碁石もない。

まぁ、あっても生身でない2人に触ることは不可能なのだが。

 

「ここにそんなものあるわけないですよ」

 

佐為はがっくりと肩を落とし、姿だけでなく、頭も中学まで退行したのかと疑う。

 

「だよな。あの世ってとこに行けば碁盤があるのか?なら、早く行こうぜ」

「少しは死んだ後悔とか家族の顔を見てからとか思わないのですか?」

「神の一手は、お前と同じって言うなら一緒に目指せば良いだろ?家族の顔なんて、そんなの見たら後悔するし良いよ。早く行こうぜ」

 

佐為は開いた口が塞がらなかったが、返って現世に未練を作られても、それはそれで困るのでヒカルの言う通りすぐ連れて行く事にした。

 

 

 

「ここがあの世か?」

「ここは三途の川といってこの世とあの世の狭間ですよ」

 

澄んだ川。幅こそ広いものの流れはとても緩やかで浅い。

ヒカルが川の中に入っていくと、くるぶしくらいだ。

ひんやりとして気持ち良い。

対岸はススキが一面に広がっている。

さらに奥の方は色とりどりの花々が華やかに咲いているのが見える。

心地良いそよ風も吹いていて、ススキが風に揺れて擦れる音がする。

音が風に合わせて次々と一方向に広がり、また別の風によって音は無限に重なっていく。その音たちはまるで音楽のようだ。

 

「ヒカル!滑って転ばないように注意して下さいね」

 

佐為が危なっかしいヒカルを心配する。

 

「大丈夫だよ!ここ浅いし」

 

そう言ってヒカルは川の向こう岸に歩いていく。

佐為もヒカルの後を付いていく。

反対側に無事にたどり着き、難なくススキ野に上がる。

 

「あれ?濡れてないや」

 

ヒカルが足元を見ると、くるぶしまで浸かったはずの足が全く濡れていなかった。

 

「私達、死んでますからね」

「ひんやりした感覚はあったんだけどなぁ」

 

佐為が、濡れていない事を疑問を思うヒカルに対し回答するも、ヒカルは頭をポリポリかいて腑に落ちない顔をする。

 

ススキ野を抜け華々しい花々が永遠に続いているような場所。

 

「きれいだな、ここ」

「えぇ。綺麗ですね」

 

美しい景色に心が洗われるようだ。

ヒカルは少しの間、この景色に見惚れる。

佐為はそんなヒカルをただ黙って見守っている。

やっと会えた嬉しさを胸に噛みしめながらーー。

 

「この先はずっとこんななのかなぁ?」

 

そよ風を受けながら髪が少し揺らぐ。

ヒカルはポツリと笑顔のまま疑問を口にする。

 

「違いますよ。ここから少し歩きますが、左手には『現世の鏡』と呼ばれる湖が、右手には『転生の入口』と呼ばれる滝があります。中央は…まぁ、居住区みたいな場所ですよ」

「へぇ。幽霊でも普通に寝るんだな」

「寝なくても平気ですが、亡くなったばかりの人は習慣で寝ちゃうんですよ」

 

佐為が笑って質問に答えると、ヒカルも釣られて笑う。

 

「鏡…行ってみますか?」

「そうだな。せっかくだし、行ってみるか」

 

体感にして1kmくらい歩いただろうか。

死んでいるからか全く疲れは感じない。

少し丘が見えてきた。

 

「あの先の向こう側が湖ですよ」

 

佐為はその丘を指差して説明すると、ヒカルは走り出す。

ヒカルはこんな幻想的な場所の湖はどんなものかとワクワクしている。

 

「すっげぇー!!」

 

ヒカルが丘の一番上に着くと、湖に向かって叫んだ。

丘の上だからか、先程より少し風が強い気がする。

大きく髪が揺れている。

湖は大きなもので先が見えない。遠くの方でボートに乗っている人が見える。

光の加減なのか、水質なのか湖は青く見える。遠くの方はそれこそ空との境界線が分からないくらいで、湖が空に向かって広がっているようだ。

 

「見たい場所や人を思い浮かべるとこの湖に映りますよ」

「……う~ん。やっぱ見たいのないや。佐為はここから何か見てたのか?」

「ずっと見てましたよ。ヒカル、あなたを」

 

ヒカルは顔を赤くする。自分の事をずっと見てくれていたと言う佐為を見つめる。

そんな佐為はふと笑って、

 

「扇子…ありがとうございます。私の意志が伝わって嬉しかった。それから7冠にもなりましたね」

 

佐為はここから見ていた事を告げると、ヒカルの目から涙が一滴頬に伝った。

 

「ずっと…見ててくれたんだな。サンキュ」

 

ヒカルは佐為に礼を述べた。ずっと一心に高みを目指して頑張ってきた事はちゃんと佐為に伝わっていたんだと思うと胸が熱くなる。

 

特に見たいものもなかったので、その場を離れた。

少し歩くと家々がポツポツと現れる。

日本家屋だけでなく欧風や南国風など、多国籍な住居が所狭しと並んでいる。

 

「おもしれぇな。同じ場所に色んな国の家が建ってる」

 

ヒカルがクスクスと笑いながら家を順番に見ていく。

 

「あの世って言うのはビルのようにいくつもの階層からできてるんですよ。神様のような高位の方はもっと上層にいますし、犯罪者のような人はもっと下層に。未練が残ってしまった人は現世と同じ位置の層にいますよ」

「ふーん、そうなんだ」

「住居という意味で基本的にいる場所は決まってますが、遊びに行く感覚で短時間なら他の階層にも行けますよ。特に、盆と正月は現世と同じ階層に旅行くらいの時間はいれますしね。ほら、あっちの方にほんわか光ってる筋が見えるでしょ?あそこから行くんですよ」

 

佐為が指先す方角は『転生の入口』と呼ばれる滝のさらに右側。

ヒカルは指差した方角に視線を向けると確かに筒状とも言える光の筋が見える。

時折光の屈折率が変わるのか虹が架かっていて綺麗だ。

そうこうしている内に佐為の住む家に着いたようだ。

外観は、佐為らしい昔ながらの日本家屋。だが、江戸時代や平成も見てきたからか中に入ると畳だけでなく、意外にフローリングもあって現代風だ。

脇にちょこんと置いてある碁盤と碁笥。大切に、けれど相手なく寂しく佇んでいる。

 

「碁盤があるのか!さっそく打とうぜ」

 

ヒカルが碁盤を見つけて近寄る。

上に乗ってる碁笥を落とさないよう慎重に部屋の真ん中に移動させる。

 

「…最後の…あの時の続きで良いか?」

「えぇ、もちろん」

 

少し恐々しくきいたヒカルに、佐為は満面の笑みで答えた。

ヒカルが黒石、佐為が白石をもつ。

進藤ヒカル14才、中学3年の5月5日、佐為が居なくなったあの日。あの途中だった対局の続きが、やっと…61年の時を経て打てる。

パチパチと打たれた途中までの盤面。続きを待っていたように息吹いていく。

佐為が涙を流していたのに気づくヒカル。

 

「……」

「……」

 

2人とも言葉は発しなかったが、同じ気持ちだった。

 

ーーやっと、打てた。

 

再会の喜びと囲碁の楽しさ、相手のいる悦び、一手の追求…その全てに体と心が震えるのを感じる。

 

時間の感覚がなく、疲れも知らないこの世界ではとことん一手を追求できる。

ヒカルも佐為もどれだけの時間を掛けたか分からなかったが、とても楽しい一局となった。

結果はヒカルの1目半勝ち。

ずっと追いついていないと思っていた自分の力。佐為に追いついていたのかと実感するヒカル。

そんなヒカルを佐為はとても喜んでいた。

才ある者が2人居て、初めて神の一手に一歩近付く。

ならば、自分と同程度に並ぶヒカルとこれからは時間が永遠ともいえるこの世界で神の一手を極めることができる。

 

その後も2人で時間を忘れて何十局、何百局と打ち続けた。

 

 

 

「そう言えば、佐為は塔矢先生や緒方先生とは打ったのか?」

 

ヒカルは自分より早くこの世界に来ているハズで、佐為が再対局を望んでいた行洋や緒方との対局はしていないのか質問する。

 

「探しましたが…見つかりませんでした。何千何万という階層があって相手も動いているとなかなか会えないのです」

 

残念そうに顔が曇る佐為。

 

「そうなのか。それだけ広いと探しづらいな」

「はい、現世の地球より広いですから。途中から私も諦めて、ヒカルとの再会だけに集中しました!おかげでヒカルと、またこうして打てます」

 

一瞬、一緒に探そうとも思ったがそれだけ捜して見つからないなら無理なのだろうと悟ったヒカル。しかし、自分との再会に全力を出してくれたのは素直に嬉しい。

 

「そっか。ならお前に会えたのは奇跡的な確率なんだな!もう1局打とうぜ」

「えぇ!」

 

偶発的に会うのが難しい中、会えただけでも喜ぶべきだと感じるヒカル。

佐為との対局は刺激的でとても楽しい。

勝ったり負けたりするから余計に楽しく思うのかもしれない。

この広大な世界で、ずっと会いたかった佐為に会えたのは幸運なんだと思うと、ヒカルは余計に嬉しさが込み上がってきた。

 

 

 

どれだけの時間が流れたのか…。

疲れを感じないし、昼夜の感覚もないためあっという間に時間が過ぎる。

ふと、外がガヤガヤと騒がしいのに気付く。

 

「何かヤケに外が賑やかだな」

「今はお盆時期ですから。皆現世に行く人たちですよ」

「ふーん。お前もこの時期は現世に行ってたのか?」

「この時期ではありませんが、5月の連休に毎年行ってましたよ。ヒカルが毎年広島と東京の秀策のお墓にお参りしてくれてたでしょ?」

「え?知ってたの?」

「ずっと見てましたから」

 

佐為は笑顔で答える。

まさか秀策のお墓にちゃんと来ていたとは思わなかったから、かなり嬉しい。

と同時に恥ずかしい。会っていたなら笑顔を見せたかった。

 

「お墓の前のヒカルは辛そうで、悲しい顔ばかりでしたね。けれど、それ以外も湖から見てたのでそれほど心配はしていませんでしたが…」

 

佐為は少しだけ困った顔で付け加えた。

確かにお墓の前では佐為が消えた時を思い出して後悔ばかりしていた。その度にもっと頑張らないと、とも決意を新たにしていたが、それがかえって佐為には辛そうに見えたのだろうか。

 

「久しぶりに現世に降りますか?」

「そうだな。たまには降りてみるか」

 

ヒカルはそう返事すると手を膝について立ち上がる。

佐為もそれに次いで立ち上がった。

 

 

 

前に聞いていた光の筋が見える場所。

近くまで来ると小さく見えた虹はかなり大きい。

中に入ると光に包まれていてダイヤモンドダストのようにキラキラとしている。周りの景色は見えない。エレベーターのような感覚で勝手に動き出した。行きたい階で体が止まったので、どうやら現世に下りたようだ。

外に出ると見慣れた景色が広がる。が、お盆時期はもう終わってるようだ。自分達の行きたい時期に行けるのだろうか…。

ヒカルはキョロキョロと辺りを見回し現在地を確認する。

時間が経っているから以前あったコンビニが空き地になってる。通い詰めたラーメン屋はまだあった。

ちょっと嬉しくなって、

 

「棋院近くのラーメン屋じゃん!佐為、寄っていこうぜ!!」

 

と行ってラーメン屋の入り口に走っていく。

自動ドアは反応しない。

 

「……」

 

少し離れてもう一度近付いても、ジャンプしてみても反応しない。

 

「何で開かないんだよ!」

「私達が死んでいるからじゃないですか?」

 

反応しない自動ドアにヒカルが怒って文句を言うと、佐為はその理由を冷静に答える。

 

「早く言えよ!…で?どうやって開けるんだ?」

 

ヒカルは顔を赤らめて恥ずかしさから佐為に文句を言う。

 

「 私は知りませんよ」

「お前1000年以上も幽霊やってるのに、何で知らねーんだよ」

「私はずっと碁盤に宿ってましたし、現世に戻ってからは虎次郎とヒカルがずっと側にいましたから」

「…そっか」

 

言われてみれば当然の回答にヒカルは納得する。

けれど、ドアを開けることが出来ないのは変わらずにいると突然、

 

「ありがとうございました!」

 

とドアが開き中から客が出てきて店主が礼を言う。

 

「よっしゃ!今のうちに入るぞ!!佐為」

 

ヒカルはそう言って客が出て行った後、すかさず開いたドアを通り店内に入る。

 

「懐かしいな、変わってない」

 

店内を見回すヒカル。懐かしさから笑みがこぼれる。

店内にいた客の1人にヒカルは視線が止まった。

 

「倉田さんだ」

 

100才目前になろうかという風貌の倉田厚。現役は引退したものの今でも雑誌のコーナー記事を受け持っているため、時々は棋院に顔を出している。けれど、自分が死んだときより、さらに老けてるような気がするヒカル。

 

「倉田さん、ずいぶんお年を召されましたね」

 

佐為が倉田の対面の席に位置し、ジロジロと見る。

 

「あぁ。俺が死んでからどれくらいが経ってるんだろう?」

「…5~6年は経ってるようですね」

 

佐為が壁に掛かったカレンダーを指差して答える。

 

「そんなに経ってるのか!?」

 

驚くヒカル。

 

「ヒカル!久しぶりに棋院も覗きましょうよ」

「そうだな。近くまで来てるし、寄るか」

 

そう言って足を出口に向ける。

 

「…また誰か出るまで待つか?」

「そのまま通り抜けられませんか?幽霊ならできると思いますけど」

「佐為、お前それさっき言えよ」

 

ヒカルは佐為の言葉にがっくり来る。

もっと早く聞いていれば、急ぐ必要もなかったのに。

ヒカルは指先を自動ドアに近付いていく。

触れるくらいの距離になった後、そっと更に奥に指を押してみる。

 

「…通り…抜けれる!」

 

ヒカルは指がドアに埋まっていくのを見て興奮する。

そのまま全身をえいっと外に向かってジャンプすると、案の定通り抜けて元の道に出ることが出来た。

佐為もヒカルに続いて外に出てくる。

 

「じゃ、行くか」

「えぇ!」

 

ヒカルは出てきた佐為を確認して足を棋院に向けて歩き出す。

棋院に着いても、先程の通り抜けで建物内にすんなりと入る。

エレベーター内に一度入ったものの、エレベーターのボタンが押せなかったので上がることができない。

疲れないので階段を上っていく事にする。

気の向くまま歩いていると、幽玄の間を通りかかったときパチッと碁石を置く音が聞こえた。

ヒカルと佐為は顔を見合わせて、幽玄の間に入る。

 

「タイトル戦だ」

 

ヒカルがぼそりと言う。

佐為は碁盤の前まで体を乗り出して真剣に見つめていた。

ヒカルはそんな佐為を見守る。

 

 

 

結局、最後まで幽玄の間にいた2人。

その場で書かれていた棋譜を覗き込み、検討も参加した。2人の声は当然届かないが、それでも自分達以外の碁を見たのは良い刺激になった。

 

「楽しかったですね!」

「あぁ。あれからまたルールが少し変わってたみたいだな。新しい定石もできてたし、検討も面白かった」

「えぇ!どんどん研究されてますね」

「帰ったら新ルールで対局しよう!」

「もちろん!」

 

ヒカルと佐為はあの世に戻ると、今度は新しいルールで対局を始める。

少しルールが変わると打ち方も変わって色々考えさせられる。

囲碁にどこまでもゴールはなく、囲碁はゴールがないからこそ楽しめるものなのかも知れない。

あれからまた気の済むまで何百局と2人で対局や検討を繰り返し、ふと思い立つと現世に下りては新しい風や刺激を受ける。

 

「ここは、お前と入れて居心地が良いけど、刺激は少ねぇな」

 

ある時ヒカルが外を見ながらボソッとささやいた。

 

「つまらないですか?」

 

佐為が質問する。

 

「ううん。お前といれて嬉しいし、お前と打てて楽しいよ」

 

その言葉とは裏腹にヒカルの表情は明るいものではない。

佐為も気付いていた。

きっと、己もヒカルと同じ気持ちなのだろう。

 

「私もきっと同じです。ヒカルと居て嬉しいし、楽しい。でも物足りない…現世に降りた時のワクワク感、私もあの検討の場に加わりたいと思う気持ち、新しい定石が出来ていた時の焦燥感とか…何だか私達だけ置いてけぼりに合っているような気持ちになります」

「なんだ、佐為。お前も一緒だったのか…」

「…えぇ」

 

2人して気が落ち込み「ハァ」とため息を付く。

 

ヒカルが亡くなってから200年以上が経っていた。

直接知っている人はもう生きていない。

けれど、あの世で会えた訳でもない。

現世では囲碁の研究が進み、ルールも変わっていく。

最初こそ現世が自分達の棋力に追いつくような状態だったのに、いつの間にか自分達が浦島太郎のように知らない定石を知ることになり今では完全に置いてけぼりだ。

 

「ヒカル!生まれ変わりませんか?」

「生まれ変わりぃ?」

 

佐為は意を決したようにヒカルに提言するが、ヒカルは乗り気でない。

 

「やだ!お前と離れたくない!」

「だから!双子として一緒に生まれ変わりましょう。そうすれば今度こそ2人一緒ですし、神の一手も目指せます!」

 

佐為は精一杯ヒカルに力説する。

ヒカルは佐為の言葉に静かに耳を傾ける。

 

「双子か…」

「えぇ!」

 

ヒカルは、佐為と一緒で尚且つ囲碁も極めていける、正真正銘2人で共に高みを目指して行ける方法だと納得し、笑顔になる。

 

「良いな!双子に生まれ変わろう!」

「はい!!」

 

ヒカルの言葉に佐為も笑顔で答える。

 

「それでは、早速『転生の入口』…滝に行きましょう!」

 

佐為は立ち上がって滝の方角に足を向ける。

ヒカルも後に続いて歩いていく。

 

 

滝に着くと、滝だと思っていた水しぶきは小さな光の集合体だった。

佐為と顔を見合わせて、お互い頷いてアイコンタクトを取ると、意を決して2人同時に中に入る。

 

中も光に包まれていたが、テレビモニターがたくさんあって女性が大きく、男性が小さく映っていた。

周りにもたくさんの人が居る。

 

「…親になる人達ですね」

「あぁ」

 

佐為がヒカルに小声で言うとヒカルもつられて小声で返事する。

 

たくさんいる親の中から、この人は優しそうでワガママ聞いてくれそうとか、なるべく幼少期から囲碁に触れる為にも囲碁関係者が良いんじゃないかとか、そうは言っても囲碁だけじゃなくゲームもたくさんしたいから金持ちが良いとか、男として生まれ変わりたいから男の子を臨んでる家庭にしようとか、大事な事から割とどうでも良い事まで話し合う。

話し合いの途中決まりかけたのに、先に他の人に取られる事もあったし、話が平行線でまとまりそうになかった事もあった。

最終的に8割方佐為が折れる形でやっと親を決める。

 

「よし!じゃあ行くか」

「はい!」

 

ヒカルと佐為は手を繋ぎ顔を再度見合わせて笑顔で一歩を踏み出す。

 

決めた親があかりの遠い親戚だと知ったのは生まれ変わりの直前だった。

佐為ともう一度顔を見合わせて笑い合う。

縁とは、なんて奇妙で深いものなのだろう。

 

 

 

 

 

ある病院で元気な双子の男の子が産声を上げた。

 

「おぎゃー!」

 

ーー佐為、今度こそ神の一手を2人一緒に目指そう。

ーーヒカル、もちろんです!あなたと共に神の一手を極めます!!

 

生まれたばかりの双子は互いの存在を確認しあって約束するように固く手を繋ぎ合っていた。

 

 



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