九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


act-7

 

―――――生きたいなら、迷うな!

 

 そう言われ、走り出したホムンクルスがいた。

 名前はなく、ただ生きたいと願って供給槽を飛び出した少年の形の人造生命体。

 サーヴァントたちに庇われ、ライダーと共に外へと出た彼は、追い詰められていた。

 ここまで手を引いてくれた“黒”のライダーは、追ってきたセイバーに抑え込まれて動けない。

 歩くことも満足にできない彼は、セイバーのマスター、ゴルドに捕まりかける。

 それに、魔術で反撃したのは自然な行為だったろう。

 だが、彼の魔術は造り手であるゴルドとの相性が悪かった。

 魔術は難なく封じられ、しかもホムンクルスに生命を狙われたという事実そのものに激昂したゴルドに、彼は殴り倒された。

 魔術で補強したゴルドの鉄腕によるその一撃だけで、彼の心臓は呆気なく破裂する。

 鮮血が口から溢れて、彼は凍えそうな地面の上に倒れて動けなくなる。

 それで、彼の死は避けられなくなった。

 まだ怒りの冷めやらぬゴルドに何度殴られても、最早何も感じない。

 意識が朧になって、砕けて行く。

 その間際に、ふと一つだけ思い出した言葉があった。

 顔も定かでない誰か。“黒”のアーチャーでもライダーでもない、別の誰かに言われた言葉。

 

 乾いた血のような錆びた赤色の眼と共に、“とっとと逃げろよ”というたった一言がホムンクルスの脳裏に蘇る。

 

 ここで死んだら、あの誰かに言われたことも無駄になるなとホムンクルスは思う。

 それは残念で申し訳ない。それでも、もうどうしようもなくなってしまったと、意識を手放しかける。

 

 その刹那に、何か固い手に支えられた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――頭に響く主の声も無視し、走って、走り続けて、それでも少年が結局間に合うことは無かった。

 

 城の裏手の森についた時には、もう終わっていた。

 立ち塞がったゴーレムを破壊して、直接送られてくるダーニックからの念話も聞き流して、けれど、ノインは間に合わなかった。

 眼の前の光景を見れば、何があったかは分かった。

 木に背を預けて地面に座り込んでいるのはホムンクルス。見下ろしているのは、一人の男の魔術師、名前はゴルド。

 ホムンクルスの少年の口からは血がこぼれていて、何よりその顔には生気が無かった。

 傷付いて死ぬ人間は多く見たから、どういう顔になれば危ないかはすぐ分かるのだ。

 あのホムンクルスは、もう助からない。

 ホムンクルスを余程殺したいのか、ゴルドが腕を振り上げた瞬間、ノインは動いた。

 ゴルドとホムンクルスの間に割り込み、魔術で補強されて鉄のようになった拳を片手で受け止める。

 痩せて無表情なデミ・サーヴァントに拳を簡単に受け止められ、それでゴルドはようやく我に返った。

 

「お、お前はダーニックの……!」

 

 デミ・サーヴァントの錆びた赤い瞳は、氷のようにゴルドを見ていた。

 彼の背後には、血を吐いているホムンクルス。

 生かして捕らえろとダーニックに命じられた個体は、冬の最中の虫のように死にかけていた。

 任務の失敗という事実に、ゴルドは冷水を浴びせかけられたように感じた。

 

「ち、違うぞ!私は悪くない!そのホムンクルスは、私を殺そうとしたんだ!」

「……反撃した、ということか?」

「そ、そうだ!貴様、ダーニックに捕縛を命じられたのだろう!?何故もっと早くに駆け付けなかった!?」

 

 デミ・サーヴァントの少年は、ゴルドの言葉を聞いても瞬きもしない。

 ざんばらの黒髪の隙間から覗く赤い眼は、ホムンクルスと同じほど感情を伺わせず、ゴルドをただ見ていた。

 そのまま、少年はゴルドの拳を掴んでいた手を解くと、ホムンクルスの方へ屈み込む。

 ホムンクルスを抱え起こす手は、幼子を抱えるときのように優しく、赤い眼は哀しそうに細められていた。

 直前までの、ゴルドに向けられていた氷のような無感情さは無くなっていた。

 その表情にゴルドは、この少年がホムンクルスを思いやっていることを認識した。

 

「貴様、貴様もライダーと同じか……!?」

「同じというのがホムンクルスを助けたいと願っていることを意味するならばそうだ。マスターは俺に、ここへ赴けとは言っていない」

 

 ホムンクルスの血を袖で拭い、ノインは彼の額にルーンを描いた。

 それは痛みを和らげ、暖かさを与えるだけのもの。

 心臓が破裂していては、ルーン魔術でももう手の施しようがなかった。

 恐らく、莫大な魔力か、オリジナルのルーンを十分に扱えるならば話は違うだろう。けれど戦闘へ特化しすぎ、劣化したノインのルーンでは心臓の完全な再生はできなかった。

 そして、心臓を無理に再生したとしてもゴルドによって体中が既に痛めつけられている。

 こうなっては死に至る僅かな生から、少しでも苦しみを取り除くことしかノインにできることはない。彼では、ホムンクルスの生命を繋ぎとめられない。

 

「デミ・サーヴァント、貴様まで何故そいつを庇う!?ただのホムンクルスではないか!?」

「……俺にも俺の行動の理由を上手く言葉にできない。だが、それはともかく俺のマスターはいずれここに来るぞ」

 

 この事態をお前はどう釈明するのか、とでも言いたげに無感情なはずのサーヴァントの少年は錬金術師を見た。

 

「君!大丈夫かい!?」

 

 硬直するゴルドの横をすり抜けて、ライダーが現れる。

 彼も同じように、ホムンクルスの少年の傍らに屈み込んだ。

 

「ノイン!?何で……」

「命令違反してやって来た。だが……」

 

 後が言葉にならずにノインは俯いた。

 ()()()()()()()()()()()と、少年は思う。その一言が、虚ろに胸の中を通り過ぎて行った。

 

「……助けられないのか、デミ・アーチャー」

 

 直前までライダーを抑え込んでいたはずのセイバーに問いかけられ、ノインは驚く。

 セイバーは淡々と、少年と彼の支えるホムンクルスを見下ろして問うた。

 

「どうなのだ?」

「……心臓が潰れている」

「そうか。……マスター、造り手のあなたでも治癒は不可能か?」

「き、貴様ら、黙らんか!何故だ、何故そいつに拘泥する!?ただの人形だろう!」

 

 怒りで顔が赤紫になっているゴルドを、ノインは無言で見つめた。

 そうだろうな、と頭のどこか冷静な部分が呟いた。

 魔術師の生き方に照らし合わせれば、喚び出された使い魔と魔術実験の被験体とが一緒になって、造られた人形一つを生かそうという事態など、考えたこともないだろう。

 頭の中を痛めつけるほど響いていた念話は既に途絶えていた。その沈黙が何を意味するのか、それを極力ノインは考えないようにしている。

 

「救う気はないか、マスター?」

「うるさい!黙っていろと言った――――」

 

 直後起きたことに、ノインは固まった。

 ”黒”のセイバーはゴルドの腹を殴ったのだ。体から力の抜けたゴルドが倒れるのを、信じられない思いで見る。

 彼の体を地面に横たえた後、それどころかセイバーは、甲冑、帷子までも解除してしまう。

 

「セイバー、何を……?」

「心臓が潰れた、と言ったな。ならば……ここに代わりはあろう」

 

 待て、と止める暇もなかった。

 ”黒”のセイバーは自らの胸に手を押し当てるや否や、そこから心臓を抉りだしたのだ。

 蔦を引き千切るような耳障りな音がする。鮮血が飛び散って、ノインの頬にも飛んだ。

 

「セイバー!?ちょっと待って、何を……!?」

 

 ノインの手から、セイバーはホムンクルスの体を抱き取る。

 

「俺の選択の結果、彼は生命を落としてしまった。……ならば、俺は彼に捧げねばならないモノがある」

 

 そう言うと、彼はその心臓をホムンクルスに()()()()()()

 心臓は彼の体の中を滑り落ち、胸の辺りに留まって強く脈打ち始めた。

 

「う、そ……だろ」

 

 呆然とノインは呟く。

 

「待て、セイバー、君……!」

 

 ライダーの叫びにノインは我に返った。

 剣士の足元は既に、金色の粒子に変わりつつある。当然の結果だった。

 サーヴァントの霊核の宿る心臓を抉り取ったのだ。”黒”のセイバーはここで消滅する。

 

「ライダー、感謝する。俺は俺が危うく目指したものを見失うところだった」

 

 その言葉の意味は、ノインには分からない。けれど、セイバーは彼の方も振り向いた。

 セイバーは何も言わず、呆然と自分を見上げる痩せた少年を見て、ただ微笑んで頷いた。

 その微笑みも金色の粒子へと還り、消え去っていく。

 

「セイバー、あなたは、どうして……」

 

 ノインが問いかけるより前に、”黒”のセイバーは消滅する。後には何も残らない。

 ただ、彼のマスターだった男が倒れているだけだ。

 ライダーとノインはしばし、セイバーの消え去った場所を我を忘れて見つめた。

 

「―――――あ」

 

 だが、そのときホムンクルスのうめき声がした。

 

「生きてる!生きてるのかい、君!?」

 

 心臓の位置に手を当て、ライダーは叫んだ。

 確かな鼓動を感じ取り、ライダーは感極まってホムンクルスの首にむしゃぶりついた。

 

「生きてる、生きてるよぅ……!良かった、ああ、本当に!」

 

 涙混じりにライダーは何度も良かった、と呟いた。

 ノインも頷き、けれど何も言わなかった。というより、言えなかったのだ。仕方なし、どこかぎこちなく彼はたった今生命を取り戻した少年に問いかけた。

 

「……大丈夫、か?」

「あ、ああ。でも……俺に、何が起こったんだ?」

 

 半身を起こしたホムンクルスは、自分の手を眺めて呟く。

 そこにはもう、息をすることすら力を振り絞っているような儚さはなかった。ライダーやノインとほぼ同じほどだったはずの背丈も、随分と伸びている。

 

「何だっていいじゃないか!君は生きてる、ねえ、そうだろ!ノイン!」

「そうらしい。心臓も……問題なく機能している」

 

 どういう理屈か、ノインにも分からない。

 けれど見たところ、ホムンクルスは生まれ変わったような体になっているようだった。

 その腕を引っ張ってノインは立ち上がる。ふらつきも、眩暈も特に感じてはいない様子で立ち上がるホムンクルスを見て、彼は小さく安堵の息を吐いた。

 

「……これなら、一人でも大丈夫そうだね。キミ、ここからは一人で行くんだ」

「そう、だな。セイバーの消滅は伝わっているだろう。多分すぐ他が来る。セイバーのマスターも、連れて帰らないといけないしな」

 

 ライダーとノインはゴルドの方を振り返る。

 彼はまだ、眼を覚ます気配がなかった。そして眼を覚まさないうちに、ホムンクルスは逃げるべきだった。

 

「あ、そうだ。何かあるか分からないし、これ上げるよ」

 

 そう言って、ライダーは腰の剣を外すとあっさりと手渡してしまう。

 渡されたホムンクルスは戸惑ったようにそれを見、ノインの方に困ったような視線を向けてきた。

 

「大丈夫大丈夫!ボクには他の宝具もあるから、それはキミにやるよ、護身用さ!」

「……と、そういうことらしい。この森にはまだ使い魔が仕込まれている。サーヴァントの武器は有効だろう」

 

 でも人里に降りたら、それは隠しておけよとノインは言った。

 

「ひと、ざと……?」

「この街の周りには村がある。そのうちのどこかに行けばいい。でも、トゥリファスの街には絶対に近寄るな。あそこはユグドミレニアの管轄だから。それからシギショアラも、協会の魔術師がいるだろうから避けろ」

「そうそう!人里に降りて、そこでキミは自由に生きるんだ!誰かと出会って、誰かと暮らして、そういう風に生きてゆけばいいのさ」

 

 ホムンクルスの少年は、剣を抱きしめたままノインとライダーの間で視線をさ迷わせていた。

 そうやって見てみれば、彼は明らかに背が高くなっている。それが少し、ノインには悔しかった。

 

「いいから行けって。ええと……」

 

 名前を呼ぼうとして、そう言えば彼の名前を知らないことにノインはようやく気が付いた。

 

「あ、そう言えばボクたち、キミの名前も知らないや。何て言うの?」

「聞いていなかったのか、ライダー?」

「えー、仕方ないだろ。色々どたばたしてたんだからさ。それで何て言うの?聞かせておくれよ」

 

 ホムンクルスの少年は、しばらく黙った後、胸に手を当てた。”黒”のセイバーの心臓が鼓動している場所だ。

 

「……ジーク。俺の名前はジークだ。今から俺は、そう名乗る」

「ジーク?……そうか、良い名前だと思うぞ。じゃあな、ジーク」

 

 軽く手を振って別れようとして、ノインはジークが何か言いたげにしていることに気が付いた。

 

「?」

「いや……すまない、そちらの名前を聞いていなかったと思って」

「あ」

 

 そう言えばそうだったな、とノインは思い出して頬をかいた。

 名前を聞くどころか、まともに言葉を交わすこともこれが最初だ。そして、最初で最後の機会になるだろう。

 ノインは胸に手を当て、ジークの紅玉のような瞳を見て答えた。

 

「ノイン。俺はノイン・テーターだ」

「分かった。……ライダー、それにノイン。ありがとう、本当に」

「お礼何ていいさ!ボクは何にもしてないんだし」

「俺は本当に何もしていない。礼は不要だ」

 

 結局間に合わなかったのだから、自分は本当にこの少年に何もしていないし、できていない、とノインは思う。

 それでもジークは首を振った。

 

「あなたたちは俺を庇ってくれた。それは俺には嬉しかった」

「そっか。……でも、もうキミは自由だ。村に行って、誰かと出会って、自由に生きていけばいい!」

 

 なんて素敵なことなんだろう、とライダーは歌うように言った。それでも、ジークはまだ戸惑っているようだった。

 自由、と言われてもそれがどんなものかはノインにもよくは分からない。

 自由な生活、自由な心、そういうものを説明することはノインにはできないのだ。あまりに遠すぎるから。

 けれど知らなくてもその価値は何となく感じられる。それをジークがこれから得られると思うと、嬉しかった。

 

「……本当に早く行った方が良いぞ。セイバーのことも報告しないといけないからな」

「あ、あー。そうだよね」

 

 ライダーは乱暴に頭をかいて、森の奥にそびえる黒いミレニア城塞を見上げた。

 そして視線を戻すと、満面の笑顔でジークに手を振った。

 

「じゃあね、ジーク!」

「こちらはこちらで何とかする。気にせず忘れて行けよ」

 

 ほら、とノインは森の奥を手で示した。

 ジークは少し躊躇いがちに後ずさり、それから森の奥へ走り去る。

 足音と気配が遠ざかるのを確認して、ノインは息を吐いた。

 ジークへ向けてぶんぶんと手を振っていたライダーは、手を下ろすと真面目な顔になってノインを見た。

 

「この状況、どう説明すればいいと思う?というか、何かいい考えはあるかい?」

「どうもこうも……ありのままを言うしかないだろう」

 

 ノインは肩をすくめる。

 ライダーは似合わない真面目な顔で続けた。

 

「ボクがムリにキミを巻き込んだって言えば……ってアイタ!」

「すまない。手が滑った」

 

 軽くライダーの肩をどついたノインは、しれっと答える。

 

「今更それは通じない。特にランサーには。あまり変なことを言うな。一人の失態より二人で被った方がまだマシだ」

「でもさ……キミのマスターは」

 

 それを考えると、ノインはため息をついた。

 炉心の有力候補だったジークがいなくなった。それはつまり、他の優秀な魔術回路を持つ者を捧げなければならなくなったということになる。生身の魔術師の中で最も優秀な回路を持つのが誰か、分からないほどノインは鈍くなかった。

 生まれついての貴族で、長年魔術師として生きてきた男の怒りの深さも、その激しさもノインは理解している。

 理解していて、それでもノインはへらりと下手くそに笑った。ただ、眉を下げているライダーを安心させるために。

 

「まあ、何とかなるさ。ほら、戻るぞ」

 

 ライダーの肩を叩いて、ノインはひょいとゴルドを片手で抱え上げた。

 最後に一度、森の奥を振り返り白い月を見上げたデミ・サーヴァントの少年は、黒い城へと足を向けて歩き出したのだった。

 

 

 

 




選択し、決意し、行動した。
その結果、何が変わった?

ちなみに小説版準拠なため、ルーラーは来ていません。

話に一区切りついたので、少し更新が開きます。
少々お待ち下さい。

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