九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


act-6

 

 

 

 

 

 バーサーカーとは、狂戦士のことだ。

 サーヴァントに“狂化”という特性を付け、理性を損なわせる代わりに一部能力を上げる。

 “黒”のバーサーカーは、天才科学者フランケンシュタインの造り出した狂乱の怪物だった。

 だがどう見ても、バーサーカーは怪物とは程遠い、花嫁衣装の華奢な少女である。

 召喚早々、自己紹介を敢行したライダーに真名を広められてしまった彼女は彼を嫌っているというか、鬱陶しく思っているらしい。

 そんなの当たり前だろ、と話を聞いたときノインは呆れた。

 おまけにフランちゃん、などという呼び方までしたらそれは唸られもする。

 だけれど、彼女はマスターのカウレスとは良好な関係らしく、時々城内の花を摘んではそれをカウレスに渡したりもしているという。

 

 ともかく、“黒”のバーサーカーはそんな少女だった。だからノインの想像も狂戦士と言っても、どこか大人しやかなものになっていたのかもしれない。

 

 そんな思い込みは映像に映った“赤”のバーサーカーで、木っ端微塵になった。

 呆然とノインは呟いた。

 

「何だ、アレ」

「筋肉、だよね。どう見ても。筋肉の塊に笑顔を付けて手足がある感じ」

「……彼が真っ直ぐこちらに来ているとか悪夢なんだが」

「ボクに言うなっての!」

「……そこの二人、静かになさい」

 

 虚空に映し出されたバーサーカーの映像を見つつ、ぼそぼそと会話していたノインとライダーへ、フィオレの声がかかる。

 揃って二人とも口をつぐんだが、眼は映像に釘付けだった。

 “赤”のバーサーカーは“黒”のバーサーカーとは似ても似つかぬ、傷だらけの灰色の肌をした筋骨隆々の大男だったのだ。

 それだけならまだしも、常に微笑みを浮かべている。微笑みを浮かべたまま、抜き身の剣を引っ下げて一直線にミレニア城塞を目指しているのだ。

 兎にも角にも、何なんだあれ、というのがノインの正直な感想たった。

 あれほどの微笑みを浮かべる理由、浮かび続けられる理由が、理解できなかったのだ。

 

「ライダーは巨人を見るのは初めてじゃないだろう?皆あんなものなのか?」

「だ、か、ら!ボクが昔捕まえたのはあんなのじゃないってば。多分、バーサーカーなんだから理性がトン出るんだろ」

 

 理性の蒸発しているというライダーにまでそう言われては、身も蓋もなかった。

 広間の端に待機して話すライダーとノインを他所に、ランサーは玉座の上から指示を下す。

 ダーニックの進言により、あれは捕縛すると決まった。

 その先駆けとなるのは、ライダーである。

 改まってランサーの命を受ける華奢なライダーを、思わずノインは二度見した。

 

「拝命した。シャルルマーニュ十二勇士のアストルフォの名とこの槍にかけて先駆けを務めよう!」

 

 と、どこか楽しそうにライダーは名乗りを上げた。

 確かに、彼の槍の宝具の特性を考えれば適任だとノインも思っている。

それはそれとして、その名乗りはまさか敵の前でもやるつもりじゃなかろうな、とノインは心配になった。

 貴族で王でもあるランサーは満足げではあったが。

 

 “赤”のバーサーカーの捕縛はそれで良いとして、問題は彼を止めるつもりなのか“赤”のサーヴァントニ騎が追随していることだ。

 彼らが退かない限り、戦闘は避けられないだろう。

 ランサーの差配は、“黒”のセイバーとバーサーカーによる迎撃だった。

 アーチャーとデミ・アーチャーは後方からの支援である。

 

「ノイン・テーター。貴様の魔術は多彩だ。それで敵を撹乱し支援に努めろ。前線には出るな」

 

 ノインは視線を感じながら頷いた。

 玉座の横に佇むダーニックの手には、ノインの令呪の刻まれた書物があった。

 何時もなら書斎に置いているそれをわざわざノインにも見える場所にまで持ち出していることの意味に関しては、あまり良い予感はしなかった。

 

 ライダーやアーチャーたちと会話している所でも見られたのか、これまで機械のように従ってきたデミ・サーヴァントにこれまでと何かが違う変化がある、とダーニックは思うようになったのだろう。

 

 ホムンクルスのことがある限り、ノインはダーニックの眼に留まる行動はできそうにない。

 戦闘のどさくさでホムンクルスを連れ出して逃がすべきだとノインは思うのだが、ライダーに任せるしかなさそうだった。

 そのダーニックは、命令を受けたサーヴァントたちが持ち場へ向かおうとする中、ノインを手招いた。

 

「お前にも宝具の開帳を許す。アサシンは失ったものと見做し、その分はお前が務めるように」

 

 ノインは無表情で頷いた。

 アサシンはついに現れないものと見做され、ルーラーの説得にセイバーのマスターであるゴルドは失敗した。

 “黒”の陣営はデミ・サーヴァントを加えた七騎で戦いに挑むのだ。

 

「それと逃げたホムンクルスのことだが」

 

 踵を返しかけ、ダーニックの一言にノインは振り返った。

 何も面に現してはならない。主に悟られてはならない。そう言い聞かせてから、ノインは口を開いた。

 

「……捜索を続けますか?」

「無論だ。キャスターの宝具は切り札になる可能性もある。……忘れるな。起動のためにはホムンクルス以外だろうとも構わないのだ」

 

 蛇のような視線を少年は黙って受け止めた。

 これが脅しだとしても、屈する訳にはいかなかった。

 ここまで来たらもう意地だと、ノインは後ろで組んでいる手を握りしめた。

 

「承知しています。では、俺はこれで」

 

 一礼してノインは去る。

 いつも通りに見えるよう歩調を抑え、広間を出てからようやく手から力が抜けた。

 既にランサーたちと共に“赤”のバーサーカーの迎撃に出たであろうライダーへ、ノインは念話を繋げる。

 

『ライダー、すまないがやはり俺は動けそうにない』

『あ、やっぱり?……オーケー、じゃあ“赤”のバーサーカーを宝具で何とかしたらすぐボクが行くよ』

 

 ライダーの宝具と言えば、『触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)』か、とノインは思った。

 無銘で無骨なノインの槍とは違い、黄金で飾られた派手な見た目の馬上槍だが、あれで触れられたものは、膝から下を強制的に霊体化させられ転倒する。

 “赤”のバーサーカーのような、如何にも耐久力に優れていそうなサーヴァントの足を止めるにはさぞよく効くだろう。

 

『それにしても宝具が豊富だと聞いているが、幾つあるんだ?』

『うーん、四つだよ。あ、真名開放できるのは三つだけど。一つ忘れててさぁ』

 

 念話越しとはいえ、あっけらかんと言うライダーにノインは呆れた。

 だが彼も二つの宝具はあるが、一つは不完全。片方はノインの力不足のためか、使えば自爆しかねない危険物に成り下がっているため封印状態だ。

 要するに、ノインは真名に関して人のことをどうこう言えないのである。

 

『……真名、思い出せるといいな』

 

 そんな在り来たりなことを言って、彼は通信を断つ。

 外に出れば、物見台にアーチャーとそのマスター、フィオレが見えた。

 サーヴァントの姿となって地を蹴り、城壁を跳び越し、ノインは物見台に着地する。

 

「よろしく頼む」

 

 アーチャーに、というより驚いた顔をしているそのマスターに向けてノインは言い、腰にぶら下げた紐状の投石器を外して手に持った。

 

「それが貴方の宝具なのですか?」

「そうだ」

 

 不完全なスペルでの真名開放しかできていないのが現状だが、宝具は宝具である。

 手にはルーンを刻んだ石。魔力に満ちているが材料はその辺りに転がっていた、ただの石ころだ。

 森を見渡した瞬間、項の毛が逆立つような気配を、ふいに感じる。ノインの探知範囲内に、“赤”のサーヴァントたちが踏み入ったのだ。

 同時にアーチャーも弓を手に持つ。

 サーヴァントニ騎の臨戦態勢に、フィオレの顔が引き締まった。

 

 ノインとて弓兵のデミ・サーヴァントではあるから、視力は非常に優れている。

 眼を凝らすと遠くに“赤”のバーサーカーの狂乱が見えた。

 ゴーレムを叩き壊し、ホムンクルスを叩き潰し、驀進している。木は根こそぎにされ、バーサーカーの進み方と来たら重機そのものである。

 何故そうまでして、単騎でミレニア城塞を襲撃しようとしているのだろう。

 如何に白兵戦能力の高いバーサーカーでも、一騎で敵陣に飛び込むなど自殺行為に他ならない。

 尤も、そんな理屈が通じないからこその狂戦士なのだと考えることもできるのだが。

 

「“赤”のバーサーカーはランサーたちで十分のようです。私たちはニ騎に集中しましょう」

 

 アーチャーの指摘に、ノインは頷いた。

 “黒”のセイバーはランサーを除けばこちら側の最高戦力と見做されている。

 その彼は敵とどう戦うのかと視界を移し、ノインは眼を凝らした。

 サーヴァントらしい高魔力反応は四つある。

 そのうちの一つ、槍を携えた銀の軽鎧を付けた青年の姿をノインの眼は捉えた。

 遠目にも気配を捉えられる彼は槍を構え、正に“黒”のセイバーとバーサーカーを相手取っていた。

 

「槍……“赤”のランサーか?」

「待って下さい。そのサーヴァントは白髪の青年ですか?」

 

 フィオレの問いにノインは眼を離さずに首を振った。

 

「いや、違うが」

「でしたらランサーではありません。“赤”の槍兵は容姿と共にマハーバーラタの英雄、カルナと確認が取れています」

 

 ルーラーを発見した際に、“赤”のランサーと“黒”のセイバーは戦っている。そのときに判明したのだそうだ。

 それにしても、あの太陽神スーリヤの子であり、施しの英雄として有名なカルナが敵とはぞっとする話だった。

 

「では彼は……」

 

 どこの英霊なのだろうか、と言いかけ、ノインはアーチャーの様子に気付いた。

 気のせいか、アーチャーの動きが止まっている。

 

「……ノイン、彼はライダーです」

 

 断定するその言い方に、何故分かるのかとノインとフィオレは疑問符を浮かべた似た表情になる。

 だがノインが眼を離したその瞬間、セイバーが遥か後方から飛来した矢に吹き飛ばされた。

 

―――――向こうのアーチャーか。

 

 ともあれ、これは不味いとノインは振りかぶるや石を投げた。

 石は大きく弧を描き飛来し、“赤”のライダーへ飛ぶ。過たず彼目掛けて飛び―――――確かに着弾する。

 

「ッ!?」

 

 だが、驚いたのはノインの方だった。

 相応の魔力を込めた一撃だったのに、ライダーには傷一つ付かなかったのだ。

 どころか、ライダーの視線は確かに遥か離れているはずのノインを捉えている。唇を吊り上げ、彼は笑った。

 貴様如きの攻撃など通るものか、という自信に溢れた笑みだ。

 

「―――――いけない」

 

 だが、驚く暇はない。

 アーチャーの呟きでノインが我に返れば、“黒”のセイバーが大剣を掲げていたのだ。

 大剣に収束する莫大な魔力は、宝具発動の兆しだった。

 

「ノイン、ダーニック殿へ連絡を。あのライダーは私が抑えると。セイバーには撤退を」

 

 頷く暇も惜しい。

 無言でノインは念話を繋ぎ、ダーニックへ伝える。直後、収束された魔力は弾け、宝具の発動は止められた。

 あそこまで急な魔力の収束と解除は、令呪による補助が無ければ行えない。サーヴァントとして一年以上生きている少年にとって、それは確信だった。

 セイバーのマスターは、()()()()()()()だ。それも恐らくは二画。

 その選択の是非を、今考える余裕はない。

 

「ノイン、貴方はバーサーカーの援護を。それからマスター、襲撃の恐れもあります故、城内へ戻って下さい」

「分かりました、アーチャー」

 

 フィオレが立ち去る気配を感じながら、ノインは森の奥に目を凝らす。

 アーチャーが矢を放つのと、ノインが石を投擲したのは全く同じだった。

 石は空中で無数に分裂。雨のように森に降り注いだ。感覚でアーチャーがいると感じた方向への投擲である。

 木々が倒されていく中を、バーサーカーが突っ切っていくのをノインは見届けた。だが、そこに潜んでいたはずの“赤”のアーチャーの姿はなく、バーサーカーの咆哮だけが虚しく響いていた。

 撤退したのか、とノインが判断する側から森から今度は天駆ける戦車が飛び出す。

 乗り手はあの槍使いの青年で、“黒”のアーチャーへの再戦を誓う哄笑と共にあっという間に空の彼方へと飛んで行った。

 立て続けに物事が起こったが、“赤”のライダー、アーチャーは共に去ったと見て良さそうだった。

 

「“赤”のアーチャーは撤退したようだ。あのサーヴァント、本当にライダーだったのか」

「……ええ」

「?」

 

 珍しく歯切れの悪いアーチャーをノインは見上げた。

 何かあったのか、と問う前にノインの頭の中に冷徹な声が響く。

 

『デミ・アーチャーに告げる。その場はアーチャーに任せ。城へ戻ってキャスターの手助けをしろ』

「え?」

『聞こえなかったのか。ホムンクルスが発見された。セイバーが捕らえに向かい、連れて戻る。お前はキャスターの補助へ回れ』

 

 念話は断ち切られ、何も聞こえなくなる。

 半ば呆然と、ノインは振り返る。アーチャーはまだ空を見ていた。

 

―――――駄目だ。この人にばかり頼れない。

 

 咄嗟にそう思って、少年は見張り台から城内へ戻った。

 ライダーが、”黒”のセイバーとそのマスターを相手取ってホムンクルスを外へ逃がすなど、とても不可能なことに思えた。

 けれどどちらへ行けばいいのか、少年は立ち竦む。その彼にかかる声があった。

 

「ここにいたのか。手伝いたまえ」

 

 青い仮面のゴーレム使い、キャスターとそのマスターが現れる。

 

「助かったよ。デミはルーン魔術が使えるんだろ。”黒”のライダーがホムンクルスを連れて逃げちゃってさ。全く、面倒なことになったもんだよ」

 

 ホムンクルス一体が逃げたところで何にもならないのにさ、とロシェは鼻を鳴らしていた。

 

―――――デミ、か。

 

 デミ、デミ・サーヴァント、デミ・アーチャー。

 どれも自分を表す言葉だが、どれも違う。違和感があった。

 

―――――俺の名前はどれでもない。ノインだ。

 

 魔術師らしいロシェとキャスター。

 彼らはノインと呼ぶことは決してない。

 彼らはノインが自分たちへ手を貸して、ホムンクルスをゴーレムへと積み込む手伝いをすることに何の疑いも抱いていない。

 それはきっと、ダーニックも同じだ。彼らには彼らの夢があり、理想があり、生き方がある。

 半世紀以上の時を生きて尚、純粋に夢を追いかける生き方は、傲慢と切り捨てるには少年には重かった。

 数日前まで木偶人形のような生き方しかできなかった、してこなかった自分より、彼らの方がずっと積み重ねてきたものは重い。

 

―――――ああそうだ。それでもその重さがどうした。

 

 自分の意志で始めたことは最後までやる。

 英雄に力を借りている人間だというのなら、人形ではない確かな意志を宿して生まれ落ちたのなら、自分のものではない生命の一つくらい守りたい。

 

―――――俺がそう思うのは、間違いじゃないはずだ。

 

 だから、これから先行うことを怖がって躊躇っていては駄目なのだ。

 こちらに背を向けて歩き出しているキャスターとロシェ。

 彼らに勘付かれないよう、ノインはルーンを刻んだ石を取り出した。

 

「―――――」

 

 呪文を囁き、石を落とす。

 閃光のようにそれが弾けて、ロシェとキャスターの眼が眩む。

 その隙に、ノインは動いた。

 高ランクの敏捷ステータスを持つ少年は、正に一瞬で風になって走り出したのだった。

 

 

 

 




また反逆した話。
ってこう書くとスパルタクスの後輩かよ、と思います。



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