九番目の少年   作:はたけのなすび

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感想、評価、誤字報告下さった方々、ありがとうございました。

感想返信の一部が滞っていますが、私の下手な答えでは真名がばれそうだと判断したので、自主的に止めている次第です。

感想はすべて読ませて頂いていますし、真名考察もとても嬉しいのです。が、どうかご了承下さい。



では。


act-5

 

 

 

 ノイン・テーターという少年はホムンクルスが苦手だ。

 何を見聞きしようがさして動じない彼にしては珍しく、ホムンクルスの無表情や淡々とした動きは、見ていると何故か目を逸らしたくなるのだ。

 お前とて同様の生命だろうに、と魔術師なら言うだろう。英霊を降ろすために造られた人間と、魔術師のために造られた人造生命体に、何の違いがあるのか、と。

 片方がもう片方を苦手にするなど、鏡に映った己から目を逸らすのも同じだった。

 

 多分、それは正解なのだろう。

 ホムンクルスへの感情は、自分への裏返しだ。

 唯々諾々と従い、必要ならば生命も投げ捨てる。()()()()のような同胞が自分のすぐ隣で倒れても、動き続ける。

 止まるまで動き続けて、いずれ自分も骸を晒す。

 

 何も分からないまま、死地に赴くその様子を見ていられない。見たくないのだ。

 止めることなど出来もしないくせに。

 

 自分の感情の出処を知ることもなく、ただノインは、ホムンクルスが苦手なのだった。

 とはいえ、それを知る者はいない。

 周りの無関心と本人の無表情のために、まさか彼がホムンクルスが苦手とは誰に知られたこともなかった。

 しかし、聖杯大戦開始からノインが住むようになった城内には至るところにホムンクルスがいるのだから、意識せざるを得ない。

 廊下ですれ違いもするし、会釈されれば反応も返す。けれど踏み込みはしないし、供給槽のある場所には敢えて立ち入ろうとはしない。

 

 そんなノインの所に、いきなりホムンクルスが二体も現れたのだから、驚きもした。

 

「デミ・アーチャー様、供給槽より逃げたホムンクルスをキャスター様が探しておられます。心当たりは?」

「……無い」

 

 数時間の睡眠から、ホムンクルスが扉を叩く音によって覚醒させられたノインは、目を細めて答える。

 元々良くない目付きが更に不味いことになっているのだが、誰も指摘する人間はいなかった。

 

「分かりました。ダーニック様より、デミ・アーチャー様も捜索に加わるように、とのことですが」

「承知した」

 

 一礼して立ち去ろうとするホムンクルスたちの背に、ついノインは声をかけた。

 

「そのホムンクルスを、何故探しているんだ?」

 

 そもそも、サーヴァントまで駆り出してホムンクルス一体を何故探すのか。

 

「キャスター様によれば、ゴーレムの素体として必要だとか。しかし、《彼》はそうなる前に自力で逃走した模様です」

「分かった」

 

 ホムンクルスたちは今度こそ去る。

 見送って部屋の扉を閉め、ノインは扉に背にを預けて床に座り込んだ。

 何時だったか、ロシェが嬉々として語っていた炉心の話か、とノインは思い出した。

 サーヴァントとして有用と見做されなければ、己がそうなっていたかもしれない。そう思うと、ホムンクルスを見つけ出すことに対して複雑ではあった。

 それでも立ち上がって、上着を羽織る。

 結界に引っかかっていないのでなければ、ホムンクルスはまだ中にいる。ミレニア城塞が広いといっても空間は限られるのだ。

 遅かれ早かれ見つけられる。

 外へ出ようとノインが扉の前に立ったとき、また誰かの近寄る気配がした。

 

「ノイン!ちょっとごめんね、匿って!」

 

 同時にばんと扉が開かれ、飛び込んで来たライダーにノインは固まる。

 ライダーはか細い体躯の人間を一人、肩に担いでいた。

 

「ライダー……まさか」

「うん、ホムンクルスだよ?」

 

 廊下で助けてって言われたから、連れて来たんだ、と言うライダーに、ノインは絶句するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 主が探せと言っているものを、眼の前に持ってこられたなら、サーヴァントはどうすれば良いのだろう。

 ノインがそうやって躊躇った一瞬の間に、ライダーは部屋に入ると、寝床の上にホムンクルスの少年を乗せてしまう。

 

「ライダー、これは……」

「んー、だからホムンクルスだろ。でも、何か具合が悪そうなんだ。診てやってくれないかな?」

 

 改めてノインはホムンクルスを見た。

 背はノインやアストルフォと同じほどだが、か細い手足を力無く投げ出し、肋骨の浮いた血の気のない胸を上下させて息をする様子は、今にも消えてしまいそうなほど、儚かった。

 その顔に、見覚えがある。ロシェに呼ばれて供給槽のある部屋に入ったとき見かけた、少年のホムンクルスだった。

 よりにも寄って、どうして顔を覚えてしまった奴なんだろう、と思う。

 

―――――浅く忙しない息をしているホムンクルスと、記憶の誰かがふと重なる。

 

 ノインはそう感じる自分に動揺しつつ、重い何かを押し出すように口を開いた。

 

「……駄目だ。俺にはできない」

「何で!?」

 

 信じられないものを見るようなライダーから、ノインは体ごと目を背けた。その前にライダーは回り込んで、正面から赤い瞳を覗き込んだ。

 

「この子、放っておいたら危ないんだよ!?」

「そいつはキャスターと、マスターが探しているホムンクルスだ。だから助けられない」

 

 無意識に手をきつく握りしめながらノインは答えた。

 

「ここにいると、連絡しないと」

 

 ノインがそう言った瞬間、ライダーは動いて扉の前に両手を広げて立ち塞がった。

 

「駄目だ、駄目だからな。行かさないぞ!」

「そこを退いてくれ、ライダー」

「嫌だ!」

 

 燃えるような瞳のライダーに、ノインは押された。

 

「大体そんなひどい顔して、君こそ何言ってるんだよ!」

「……ひどい、顔?」

 

 ノインは壁にかかった鏡を見る。

 瞳を大きく見開いた蒼白な顔の少年が、そこにいた。

 ライダーは広げていた腕を下ろして、静かな口調で言う。瞳に浮かんだ光の強さは変わらなかった。

 

「君はホムンクルスを庇ったろう。あれは君の意志じゃないのかい?彼らが無為に死ぬのを、君は受け入れられなかったんだろう」

「それは……だから」

「この子は、ボクに助けてって言ったんだ。こんな体で生きたいって言うんだ。……だから、ボクは見捨てないぞ。ボクの英霊としての誇りにかけて、絶対だ」

 

 ノインは本当にライダーの視線に耐え切れなくなって、足元に視線を落とした。

 ()()()()()()()()

 ランサーからも言われた言葉が、頭を駆け巡る。

 ()()()()()()()()()()()()()と、あの王は言った。

 心の底まで掬ってみても、ノインには自分にそんなものがあるとは思えない。

 

 けれど彼は、静かな部屋に響くホムンクルスの息遣いを耳から追い払うこともできなかった。

 

 しかし彼らが何かを言う前に、棚の上に置かれた通信用の礼装がけたたましい音を立てて鳴った。

 

『デミ・アーチャー、そこにいるのか?』

 

 冷え冷えとしたダーニックの声が響き、ライダーとノインは凍り付いたように固まった。

 ノインはゆっくり礼装の方を見て答える。

 

「……はい。何でしょうか?」

『供給槽からホムンクルスが一体逃亡した。貴重な素体だ。生かして捕らえろ。……それとも既に発見したか?』

 

 ノインの眼は、目の前のライダーと、そしてホムンクルスの間を彷徨った。

 血の色に似たノインの瞳に、紅玉のようなホムンクルスの瞳が映る。

 揺れる瞳の視線を感じながら、手足に力を込めて、デミ・サーヴァントは言葉を押し出した。

 

「……()()()()()()()()()()()()

『では急げ』

「了解、しました」

 

 ノインは手を伸ばして礼装の魔力を切った。

 眼の前にはライダー、後ろには浅い呼吸を続けるホムンクルスがいる。

 少年は一度だけ深く息を吐き、目を瞑った。

 

「ノイン……君……」

 

 英霊を宿す少年は、騎士の言葉を手を広げて遮る。

 

「俺の部屋じゃ匿うのは無理だ。簡単に監視できるし誰だって入れる。アーチャーの所に行け」

 

 あの人なら見捨てないだろうから、とノインは言って、ホムンクルスを手早くシーツで包んだ。

 そのとき、ホムンクルスの少年は初めてノインの顔を見る。ホムンクルスは、何か言いたげに口を動かしていた。

 

「……とっとと逃げろよ」

 

 認識阻害のルーンを包みに書き、ぼそりと言ってノインはホムンクルスの少年をライダーに渡した。

 

「ほら、早く行け。俺の誤魔化しなんて、いつばれてもおかしくない」

 

 主に嘘をついたこともない人間の偽りなのだから。

 

「う、うん!……え、でも、それじゃあ君が」

「今更、何言ってるんだ。ライダーはどうしてもそいつを助けたいんだろ?だったら行け」

 

 廊下に誰もいないのを見計らって、ノインはライダーとホムンクルスを外に押し出した。

 駆け出す寸前、ライダーは手を振った。

 

「ありがとう、ノイン!」

「静かに行け!気づかれるだろう!」

 

 器用に小声で怒鳴るノインに、ライダーはひゃう、と首を縮めると駆け去った。

 ノインはそれを見送り、彼らの行った方向とは逆の道に足を向けた。

 

―――――俺は、一体何をしたんだろう。

 

 嘘をついて、ルーンまで使って、ばれたなら本当に言い逃れのしようがないことをしている自覚はあった。

 ダーニックに知られたら、怒りは雷のように降りかかってくるだろう。自害も命じられる令呪を持つ彼の怒りは、素直に()()()()()()

 けれど、言ってしまった言葉は取り消せない。やってしまったことは戻せない。

 口下手なノインは、下手に誰かに会ったら誤魔化しきれる自信がなかった。

 それでもばれないよう、捜索しているふりをしているしかないなとノインは頭をかきながら廊下を進むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、ホムンクルスはアーチャーの部屋に匿われることになった。

 魔術まで使っても発見できないという事態は、ダーニックやキャスターを苛立たせたようだが、見つからないものは見つからないのだから仕方ない。

 まさか、高名なサーヴァントが私室でホムンクルスを庇うなど魔術師たちには想像できることではなかった。

 ルーンで探せないのか、とダーニックに言われたときは、サーヴァントたちと大聖杯の魔力が入り乱れているせいで厳しい、とそれらしい理屈でノインは切り抜けた。

 アーチャーが、あり得る話です、とダーニックに取りなしてくれなかったら隠し通せた自信はない。

 隠し事に向いていないと思われるライダーとも顔を合わせづらくなって、ノインは一人見張り台にいた。

 眼下に広がるのは、夜闇に沈んだイデアル森林。森は静かで、生き物の気配はあまり感じない。朝に見ていた小鳥や栗鼠も、どこかに行ってしまったのだろうか。

 寂しいというより、戦況が変わってこの森が本格的に戦いの場となりそうな今、むしろ良いと感じた。

 

 ノインが“赤”のセイバーとの戦いで休息を取り、ホムンクルスで頭を悩ませている間に、戦況はまた変化したのだ。

 変化は二つ。一つはルーラークラスの現界が本格的に感知されたこと、それに“赤”のバーサーカーが陣地を突っ切ってこちらに向かっていることだ。

 

 ルーラーとは聖杯戦争を裁定するという、審判者のような役割を担うサーヴァントだ。

 中立な立場を取り、聖杯戦争の仕組みを超えて現世に干渉する者、或いは外部から干渉しようとする者を諌め、時には排除するのがルーラーの役割だ。

 普通なら喚ばれないイレギュラーなサーヴァントだが、十四騎が入り乱れる聖杯大戦となり、ルーラーが召喚されたということらしい。

 裁定のために、サーヴァントに対する強力な《特権》を持つと言うルーラーを自陣に取り込むために、ランサーは“黒”のセイバーとマスターのゴルドを遣わしたが、公平性を失うからと当のルーラーに拒絶され失敗したという。

 

 夜風で頭を冷やしながら、ノインは考えていた。

 後者の“赤”のバーサーカーのことは、彼にはあまり関心がない。出撃しろと言われたならば出るが、それも現れてからの話だ。

 ノインが気になるのはホムンクルスのことだ。

 ルーラーが無関係な人間を巻き込むことを良しとせず、聖杯大戦に中立な立場のサーヴァントなら、無関係な生命だからとホムンクルスを預けるのも方法だと思っていた。

 

 城にいてはどうせ居場所は知られてしまう。

 ライダーに出会わなければ見捨てていただろうが、結果としてノインはダーニックに嘘を付き、ホムンクルスを助けるために手を出してしまった。

 それなら彼には、生き延びてほしかった。

 

―――――まぁ、ルーラーがどんなサーヴァントなのか分からないからどうとも言えない、か。

 

 そう言えば、イレギュラーなサーヴァントで言うなら、デミ・サーヴァントも大概な存在ではある。

 本来からして、聖杯戦争は長くても二週間程で終わるもの。それがサーヴァントたちの現世に留まることのできる期限なのだ。

 が、ノインは死ぬまでダーニックのデミ・サーヴァントで在り続ける。

 力を借りている英霊が退去か消滅すれば、ノインはデミ・サーヴァントではなくなるが、生命を落としてしまうからだ。

 この世を去るその時まで誰かのサーヴァントであり続けて、ただひたすら命令通りに何かを壊して生きていく。

 

―――――その生の、一体どこに意味があるのか。

 

 生きるために久しく考えないようにして、心の奥に封じ込めていたことが頭をもたげて、ノインは長く深く息を吐いた。

 

 答えが欲しかった。

 自分はライダーのようにホムンクルスの少年を、助けたいと思って助けたのだろうか。

 命令に異を唱えずに死んでいく彼らが苦手なのは変わらない。

 けれど、生きたいと進み出たあの少年の手をノインは払い除けられなかった。誰よりも自分自身が、そうしたくなかったのだ。

 ライダーに頼まれたからでは、無い。

 

「何だ。じゃあ結局あれは、俺の意志じゃないか」

 

 口に出すと、少しだけ眼の前が明るくなる気がした。

 少なくとも、あの嘘は自分の意志でついたものだと決められた。

 従うだけの生き方をしている自分が、自分の意志で成したことなら、その選択の結果を何時までも怖がるのはよそう、とノインは思った。

 英雄の誇りに比べたらちっぽけな決意だとしても、それが少年の精一杯だった。

 

「―――――またここに居たのですか?」

 

 そうやって考え事に耽っていたものだから、いきなりかけられた声に驚いて、見張り台に頬杖をついていたノインはつんのめって危うく転落しかけた。

 

「おや、すみません。そこまで驚かせるつもりは無かったのですが」

「……」

 

 ノインを見下ろすアーチャーは、涼し気な笑みを浮かべていた。

 体を戻して、ノインは頭を下げた。

 

「アーチャー、さっきはありがとう。俺の下手な嘘がばれなかったのは、あなたのおかげだ」

「いえ、礼を言われることではありませんよ。私は貴方に酷なことを言いに来たのですから」

 

 首を傾げるノインに、アーチャーは淡々と告げた。

 

「貴方がたの助けたホムンクルスの彼は、率直に言って三年ほどしか生きられません」

 

 この場から助けられても彼の生命は短命で、更に短くなる可能性もあるとアーチャーは言う。

 

「……そうか」

「驚かないのですね」

 

 意外そうに見るアーチャーに、森の方へ顔を向けて、ノインは静かに答えた。

 

「魔術回路のために調整された生命は短命になりやすい。だから、そうじゃないかとは思っていた。あいつは魔力供給に特化しているだろうから、戦闘用と比べれば寿命はまだ長い方だ」

 

 戦闘用に身体能力を大幅に強化された個体など、数カ月の寿命なのだ。だから、あの少年はまだ長生きができる方だ。

 

「ええ、ですから私は彼に言いました。―――――()()()()()()()()()()()()、と」

 

 そこで初めて虚を突かれたように、ノインに表情が現れる。

 仮面のような冷たさが崩れ、まるで幼い子どものような面影が僅かに覗いた。

 

「難しいことを、言ったんだな」

「ええ、承知しています。ですが短い生だからこそ、彼は逃げてはならない。考えねばならないことはあります」

「考えても、それで分かると思うのか?きょうだいもいなくなってこの世に放り出されて、たった一人になっても?」

 

 森を見るのをやめ、少年は賢者を見上げて真摯に問い掛けた。

 

「ええ、私は信じています。生命にはそれを可能にする強さがあると。もちろん、あなたにもね。ノイン」

 

 アーチャーは柔らかく微笑む。

 

「……信じる、か。……あなたが言うと何というか……凄いな」

「そんなことはありませんよ」

 

 違うとばかりに、ノインは頑固そうに顔をしかめて頭を振った。

 

「あなたがそう思っても、俺にとっては違うんだ」

 

 それで用はそれだけなのか、と急に我に返ったようにノインは聞いた。

 

「いえ、“赤”のバーサーカーへの対処について、命令が下されるとのことなので、大広間に来て下さい」

「……分かった。すぐ行く」

 

 一足先に行くつもりなのか、アーチャーは微笑んだまま霊体になる。

 それを見届けてから、ノインも城の中へと戻って行ったのだった。

 

 




初めて反逆した話。
英雄には簡単にできることも、下僕にとっては難行。

ちなみに現在、
アストルフォ:164cm
ホムンクルス:165cm
ノイン:165cm
です。

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