では。
「結局、貴方という英霊は何なのですか?」
「ん?」
ジャックの案内に従い、打ち捨てられた街から街を通って大陸を旅する最中、唐突にアルジュナが問うて来たのは、そんなことだった。
「言ったじゃないか。俺は────」
「ただのアーチャーというのは聞きました。ですが、ケルトの英雄に縁がある割に、まるで未来から来たかのようなことを口走っているでしょう?」
アルジュナに訝しげな目を向けられて、ノインは以前、時計塔に先生がいると言ってしまっていたことを思い出した。
─────それにしても、
「コンラ、とあのセイバーに呼ばれていたでしょう?それは、ワシントンにいるという狂王クー・フーリンの息子ではありませんか」
「あ、あー。そっか、それか。そりゃ怪しまれるのも当たり前だな」
おまけにフェルグスの言葉まで聞かれていたらしい。かなり遠かったというのに、口の形を読み取って理解でもしたのだろうか。
それはさておき、そろそろ疑われて当然だった。
人の捨てた街を破壊していた四足の魔物を嬉々として解体し、その心臓を喰らって魔力を補填しているジャックを見つつ、ノインは首を傾けた。
「俺に親というのがいたことはないよ。……だから、クー・フーリンの息子は俺じゃないし、そう呼ばれていいのも天地にひとりだけだ」
では、今ここで、アルジュナの目の前で物を考えて口を利いているノインが、何なのかと言うならば。
「この時代から……そうだな。大体二百年後に生まれて、コンラっていう英霊の依代になってたことがあるだけの人間だよ」
「貴方はサーヴァントとして、聖杯戦争に参加したのでは?カルナとその折に戦ったのでしょう?」
「それはデミ・サーヴァントとしてな。それで、六年間も依代になってたからか……あの女王の差金かは知らないが、今回コンラが喚ばれたときに巻き込まれたらしくてさ」
ノインとは、恐らく人理焼却という異常下だからか、混ざってしまった人格なのだ。
元々泡沫のような淡いものである。
喚ばれたときも、己の意識というもの自体あまりなく、ただスクリーン越しに外界を覗いているような、ぼんやりしたものだった。
「見ているだけのつもりだったんだが、召喚されたコンラは、クー・フーリンを見た瞬間に怒り狂ってしまってなぁ。バーサーカーかと思うくらいだったよ」
メイヴのためだけの、聖杯で造られた親父など認められるかと荒れ狂い、彼女に隷属して人理焼却側につくのを拒んだ。
そのときに破られたのは、『進む道を違えてはならない』という誓いである。
メイヴに叛逆したために、召喚者が定めていた道を違えたことになり、力を奪うゲッシュの呪いが発動したのだ。
結果、コンラはほとんどなす術もなくクー・フーリンに敗れた。
とはいえ、元々神話において、コンラを殺したのはクー・フーリンである。伝承の因果に囚われ続ける英霊は、宿業に勝てない。
普通に戦えば、コンラは同じように呪いの朱槍で死ぬだけだろう。
「放っといたら、コンラは殺されてた。二回も親が子を殺すのをただ見てるだけなんてなのはこう、うまく言えないんだが……駄目だろ?そう思ったら、入れ替わってたんだ」
何もなかったなら、ただの人間が英霊の魂を押し退けて、表に出るのは無理だったろうが、敗れた直後で弱っていたのが却って幸いした。
が、入れ代わったところで、ノインではそのままクー・フーリンに勝てるはずもないのでとにかく全霊で逃げた。
逃げ切れたのだが、そのときに魔力が尽きて倒れたところをあの兄妹に拾われたのだ。
「だから代理と言ったのですね。英霊の願いを、人間が代行して叶えるつもりなのですか?」
鋭いアルジュナの視線を受けても、ノインは軽く肩をすくめただけだった。
「そんなに大層じゃないよ。ただ、今は俺よりあいつのほうが困ってるから、出て来ただけだ。親子の仲って、俺が思うより何倍も難しいんだな」
「では貴方は────」
アルジュナが何か言いかけた瞬間である。
「ノインー!」
「うわっ!?」
幼い声と共に、ノインの顔面に脈打つ心臓が投げつけられた。
顔に当たるぎりぎりで受け止めたノインが心臓の飛んできた方向に目をやると、魔獣の返り血を浴びたジャックが、ナイフをぶんぶん振りながら笑っていた。
「いきなり何するんだ!?」
「それ、食べたらおなかふくれるよ?ノインにいっこあげる!」
元々魔力で生み出された魔獣の心臓だから、確かに食べれば幾らか魔力は回復するだろう。
連戦しているノインには、確かにありがたかった。
ただ、いきなり顔面にどくどくと音がする血塗れの心臓を投げつけられて、しかもそれをそのまま食べたことなどノインにもない。
しかし、捨てたら捨てたでジャックは悲しむ、というより拗ねるだろう。
ジャックの認識では、ノインはフェルグスとアルジュナから庇ってくれた恩人ということになっているらしい。それに、外見年齢だけならそう大差ないことも手伝ってか、妙に懐いていた。
懐いてくれる子どもを泣かすことは、できなかった。
「……」
黙ってしまったアルジュナが見ている前で、ノインは火のルーンを描いて、心臓を焼く。
とりあえず焼いてから齧った心臓は、ひどく生臭くて、鉄の味が鼻の奥いっぱいに広がった。
「おいしい?」
解体しつくして気が済んだのか、ジャックはナイフもメスも腰の鞘に収めて、ノインたちの側までくる。
「……塩かけて焼いて食ったらもっと美味くなると思う」
「そっかぁ。じゃ、つぎからはそうしよう」
「今ここに塩なんてないだろ」
「えー、じゃあノインがつくってよ。魔術、つかえるんでしょ?」
「いや、魔術は万能じゃないからな。……塩なら、まあ何とかはなるが」
口の周りに血をつけながらも完食はするノインと、にこにこと笑うジャックを、アルジュナは不思議そうに見ていた。
「ジャック、それ食ったら行くぞ。アーチャー二人を見た場所まで、あとどのくらいだ?」
「んー?もうすぐだよ。もうすぐだから、もうちょっとたべたい!おなかすいた!」
無邪気に笑うジャックの頬には、魔獣の血が頬紅のようにとんでいた。
服の袖でそれを拭いながら、ノインはあやすように言った。
「進んだら多分、もっと新鮮な心臓食べられると思うけどな」
「ほんとー?」
「ほんとほんと」
じゃあ行く、と軽々跳躍して先頭に立つジャックの後に、槍を肩に担いだノインと弓を手にしたアルジュナは続いた。
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マシュとわたしは、戦場を見ることのできる場所にいた。
森の木の陰から、大平原で戦う彼らを覗き見ているのだ。わたしはそのまま、手首についている通信機に向けて話しかけた。
「ドクター、あの、戦ってるのがどう見ても昔の戦士とロボットなんですけど」
「はい。マスターの言うように、十八世紀の装備を使っているのは一部です。ロボットの形状などは、ロンドンのバベッジ教授のものと似ていますし、戦士たちは装備から鑑みてケルト神話群かと」
ひとつ前の特異点、霧深いロンドンで
今、槍や剣で武装した、マシュに曰くケルト兵団と戦っているロボットたちは、彼とよく似ていた。
『歴史の流れでいうなら、明らかにおかしいのはケルトのほうだね。だけど、ロボットも奇妙だ。そっちからなにか意見はあるかい?』
『……』
「あの、孔明先生?せんせー?」
通信機の向こうにいるドクターはいつものようにちょっとゆるふわな声で説明してくれるのに、謹厳だが頼もしい孔明は水を向けられても黙ったままだった。
映像は出していないが、多分これは額にマリアナ海溝みたいな深い皺を刻んでいるだろう。
『よりによって、ケルトか。あの万年狂戦士どもか。……おいマスター、ぱっと見たところで良い。そこいらに黒い眼帯をつけた黒い髪の男はいるか?槍か、投石器を持っているかもしれんが』
なんだろうその具体的な言い方は、とマシュと顔を見合わせる。
デミ・サーヴァントである後輩はふるふると首を振った。わたしのほうからも、そんな人は見えなかった。
雄叫びを上げているケルト戦士は、正直怖い。彼らに向けて一糸乱れぬ動きでマシンガンを乱射しているバベッジ風ロボットもだ。
だからどちらにも見つからないよう、マシュと二人で森の陰にいるのだ。戦局としては、ケルトのほうがやや押しているように見えた。
「いえ、発見できませんが」
『そうか。いや、今のは忘れてくれ。ケルトに縁があるとはいえ、そうそう来ていてたまるか』
ぶつぶつと言い出す辺り、いよいよ様子が変だった。
「あのー、孔明先生?その人は誰なんですか?ケルト神話に知り合いが?」
諸葛孔明のサーヴァントは、依代だというロード・エルメロイⅡ世の人格が表に出ている。
この言い方からするとその誰かは、エルメロイⅡ世としての知り合いなのだ。
『いない。だが、私の記憶の中には、ひとり、ケルトの元デミ・サーヴァントがいる。人理焼却下の特異点ともなれば、私のように喚ばれているかもしれんと思ったまでだ』
「え!?」
「はい!?」
マシュと揃って驚愕の声を上げてしまう。
マシュと同じデミ・サーヴァントで、しかも元がつく知り合いとは何なんだそれは、としか言えない。
わたしたちの驚愕は置いたまま、孔明はそのデミ・サーヴァントについて語った。
『もしそいつ────ノインという名前の元アーチャーだが、その彼がアメリカ大陸にいるなら、恐らくお前たちの力になってくれるだろう。ケルトに染められ気味の馬鹿だが、人理を燃やす側にもつかん、絶対にな』
さらっとケルトを罵ってませんかこの大軍師系サーヴァント、と思いつつマシュと顔を見合わせる。
ちょっと困ったように首を傾げているマシュである。
そのデミ・サーヴァントさんのことをもっと聞きたいが、状況柄聞けないのを残念に思っている。
そんな顔をしていた。
『と、とにかく、キミたちは状況を判断しつつ、聖杯の場所を探ってくれ』
はい、と声を揃えてマシュと答える。
そろそろと戦場を覗く。また新たな動きが出たのはそのときだ。
ロボットとぶつかり合っているケルトに体当りするように、別の一団が現れたのだ。
「新たな一団を確認しました!先頭に、先住アメリカ人の装束の男性!恐らくサーヴァントです!」
三つ目の集団の先頭には、確かに人間離れした動きと気配の男性がいた。
つまり何だろう、このアメリカ大陸はケルトとロボットとサーヴァントに率いられた軍団と、三つ巴状態にあるということなのか。
「ちょっと無茶苦茶なんじゃないでしょうかこれ……!」
『あー、藤丸くんしっかりしてくれ!エルメロイⅡ世もそんなとこで頭を抱えないで!』
通信機の向こうもこちらも軽く地獄である。
そのときだ。
「マスター!伏せて下さい!」
がぃん、とお腹に響く音がした。
マシュが飛んできた砲弾を打ち払う音だ。
マシュの盾はいつものようにわたしを守ってくれたが、余りに見事にやり過ぎたのだろう。
ロボット兵団の一部が、こちらを捕捉した。砲弾が飛んできて、森の木々が根こそぎにされて、こちらの姿が顕になる。
銀の銃口がわたしたちに据えられる。喉が干上がるが、それでもぐっと歯を食いしばっだ。
「っ!戦闘に移行します!マスター、指示を!」
「うん!ひとまず今は撤退!行こう、マシュ!」
わたしたちカルデアの、アメリカ大陸初めての戦闘は、そうやって幕を開けた。
新作書いていたり、リアルが忙しかったりで遅れました。
すみません。