九番目の少年   作:はたけのなすび

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番外乱闘:北米神話大戦編開始です。

よろしくお願いします。

今回は、短めです。アバンタイトルなので。
本当に、前の単発とは諸々が異なったのはご容赦下さい。


番外乱闘:北米神話大戦編
Act-1


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仰向けになって見上げた視界には、高い空と白い雲、それに光の輪が広がっていた。

 頭の下には固い大地の感触がある。手の中には槍が握られているが、腕と脚に力が入らなかった。斬られた額や腕から溢れる血が、土に吸い込まれていく。

 そして自分の首元には、朱い槍の穂先が突き付けられている。動こうとすれば、首を貫かれるだろう。

 視線を槍に沿って持ち上げると、こちらを見下ろす紅いふたつの目とまともに視線があった。

 紅い瞳を持つのは、怪物じみた外見の男だった。

 槍か剣のような鋭い棘が何本も突き出た外殻と、複雑な文様の描かれた褐色の肌を持つ、丈高い戦士である。

 禍々しさを全身から放つ異形の男は、ぞっとするほどの無関心さで一言を呟いた。

 

「こんなものか」

 

 こちらを見下ろすのは何の色ものっていない、底なしの虚ろのような紅い瞳だった。

 瞳の持ち主からは、何の感情の揺らぎも感じ取れない。

 生命のやり取りに際する高揚も、向けられた殺意も、この怪物と化した狂王にはどうでもよいのだ。

 その目が、その有り様が、ひどく勘に触り、苛立たしい。そんな目は知らないと、いつかのように戦えと、吠えたのは自分自身だった。

 その感情に身を任せて戦いを挑んだ。

 だのに結果は、この有様だった。

 自分を殺した相手を殺し返すのは、今となっては至難の業。そうとわかって挑んでこれでは、悔しさに歯がみするしかない。

 全身の力を掻き集めて、途切れそうになる意識を繋ぎ止めて、一言だけを食い縛った歯の間から絞り出した。

 

「く、た、ばれ……!」

「そうか。だがここで、死ぬのはお前だ。ガキ」

 

 朱い槍が振り上げられる。

 放っておけば、勝手に消滅するだろう自分を殺すのに、心臓を刺す一撃は十分過ぎた。

 ()()()()()()()()()と思った、まさにそのとき。

 

─────いや、流石にそれは駄目だろう。

 

 耳元で、そんな声が囁いた直後。

 蒼穹を切り裂いて、雷の槍が自分たちめがけて降り注ぎ、大地を抉った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「とまぁ、そんなことがあったんだっけなぁ……。あー、まだ体があちこち痛い」

 

 手に持った槍の柄で、自分の肩をとんとんと叩きながら、独り言を呟く少年がいた。

 収まりのやや悪い黒髪を、項のところで適当に紐で束ねている。犬の尾のようにのびたそれを、砂の混じった風に遊ばせる彼の手には、短めの槍が握られ、腰には革紐でできた投石器が吊るされていた。

 装束も奇妙なもので、古い作りの青を基調にした革鎧を、継ぎのあたった白いシャツと、擦り切れたズボンの上から身に着けていた。

 紅い瞳は鋭く前を向いているが、頬や額、服の隙間から見える脚や腕には、白い包帯が巻かれている。薄っすらと血が滲んでいる部分もあり、どこか痛々しい。

 それでも怪我人であることを感じさせないしっかりした足取りで、大地に足を叩きつけるようにして彼は歩いていた。

 彼の傍らを行くのは、荷物をくくりつけられた鹿毛の馬である。

 その背には、幼さが顔に残る砂色の髪の少年と、金色の髪を帽子の中に束ね、男の子の格好をした幼い少女が乗っていた。

 少年が手綱を握り、少女を腕の中に抱えるようにして馬を歩かせている。

 見かけで言うなら、彼らよりもひとつふたつ歳上である黒髪の少年は、馬の横をただ歩いていた。

 幼い少女は、隣を歩く少年の呟きを聞きつけたのか、馬から僅かに身を乗り出す。

 

「……?」

「ああ、何でもない」

 

 前見とけ、と少年は槍の穂先で赤茶色の大地を示した。

 といっても、彼らの先に広がるのは、道ではなくただただ荒涼とした大地である。

 人影は彼ら以外になく、時折動くのは天を舞う鳥か、地を這う蛇、それに乾いた風に巻き上げられて、地平線の彼方へ攫われていく砂塵だけだった。

 無人の荒野を、彼らは三人きりで進んでいた。

 

「なぁ、こっちで合ってるのか?ほんとに、みんなのところに行けるのか?」

「合ってるさ」

 

 鞍の上から、きつい日差しを避けるためのつばのついた革製の帽子を被った少年が、問いかける。

 風に混じっている砂から喉を守る布で口元を覆い、目の周りにそばかすの浮いた幼い顔を見上げて、黒髪の少年は大きく頷いた。

 馬上から、少年は尚も言い募る。

 

「なんでアンタにはわかるんだ?なんにも無いじゃないか」

「そりゃ、俺が魔術を使える人間だから。……っていっても、わかんないよな」

 

 うーむ、と素顔を風に晒したまま、黒髪の少年は考える仕草をした。

 

「ともかく、約束は守るさ。あんたらは俺を助けてくれた。だから見返りに、俺はそっちを西側の合衆国に連れていく。そういう話だろ?」

「そう……だけど。ぼくたちは、アンタの名前も聞いてない」

「名前なんていらないって、最初も言ったろ?呼び名がなくて不便なら……そうだな、俺のことはアーチャーって呼んでくれ」

「アーチャー?アンタ、弓なんてどこにももってないじゃないか」

 

 馬上で目を顰められ、黒髪の少年は頬をかいた。

 

「それを言われると痛いんだが……。まぁまぁ、細かいことは気にしない。真面目に言うとするなら、俺はちょっと、ここをどうにかするために遠くから呼ばれて来た、名無しの魔法使いみたいなものなんだよ」

「まほー?」

 

 幼い少女があどけない声を上げる。

 

「うん。いや、厳密には魔法使いっていう名前を使うのはアレというか、先生に怒られるんだがな。詳しい説明するのも良くないし、大体魔術って難しいからなぁ」

「ん……まほーつかいのアーチャーは、ようせいさんなの?」

「じゃあそれで良いや」

 

 黒髪の少年は明るい顔で苦笑する。

 その笑顔を見て、幼い少女はつられたように小さく笑い、しかし馬上の少年は張り詰めた無表情のままだった。

 それを見て、黒髪の少年は体の重さが存在しないような軽々とした動きで馬の上へ飛び乗り、砂色の髪の少年の肩を叩いて、自分の頬を引っ張り上げてつくった滑稽な顔を見せた。

 

「ほらほらー。多少は笑えよ。アレンはお兄ちゃんなんだろ。ほらエミリーもやってみ」

「うん!……おにいちゃんなんだろー」

 

 舌ったらずな声で、同じ顔をする妹に、幼い兄もついに吹き出した。

 それを確かめてから、黒髪の少年はまた音も立てず馬を騒がせることもなく、地面に跳び下りる。

 三人と一頭はそうやって、道なき荒野を進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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─────1783年、アメリカ大陸。

 

 この砂塵舞う大地の名前を知ったときは、驚いたものだ。

 二百年以上先の未来、ここは様々な人種が入り乱れる、世界で最も神秘の薄い超大国になっている光景を知る身としては、信じられないという気がした。

 

「だってなぁ。誰が想像できるんだよ。ケルトとアメリカが大陸を舞台に決戦とか……。B級アクション映画じゃないんだから。しかも、まだ俺の知る合衆国が存在してないし……」

 

 こんな組み合わせを考えたやつ誰だよ、と呟きながら、焚き火の横の地面に腰を下ろす黒髪の少年は、半分に折った粗朶を火にくべる。

 細い枝はぱちぱちと音を立てながら、あっという間に炎の舌に舐め取られていく。

 焚き火の反対側には、幼い兄妹が大地に直に敷いた布の上で、毛布にくるまって眠っていた。

 妹は兄の胸に頬をくっつけるようにして、兄はその妹の頭を抱くようにして、そうやって身を寄せ合い、彼らは寝息を立てていた。

 相手のぬくもりを求めなければ眠れないほど、彼らは不安なのだろう。

 無理もない、と少年は思う。妹は、まだ母親の膝にまとわりついていたい歳頃だろう。兄も妹の前では気丈にしているが、彼女が見ていないとき、目の縁に雫をにじませていることを、少年は知っていた。

 両親と別れてしまい、たった二人で、十数日前まで見知らぬ他人だった人間だけを頼りにして、旅をしているのだ。

 その心細さと恐ろしさが、多少なりとも理解できるだけに、少年の中には、こうなった原因を許せない気持ちが湧いてくる。

 

「人理焼却、か……」

 

 彼は立てた片膝に顎を乗せて、焚き火の橙色の炎を見つめた。

 どうやら信じがたい事に、人類の歴史は今、燃やされ、消されようとしているらしい。この異常なアメリカ大陸は、その支点となっている─────特異点と呼ばれる異常な時空間に存在しているのだ。

 そういうことのすべてを、少年は頭の中に刷り込まれた知識で知っていた。

 誰に教わったわけではなく、ただこの大陸に引っ張り出された時点で、彼はそれを頭に直接知らされたのだ。

 ここはアメリカ大陸であり、目下、ケルト神話群対アメリカ西部合衆国という二陣営が拮抗するという状況にある。

 つまりアメリカが、歴史の整合性はおろか、時代の区分も何もあったものではない異常な場所と化したことを、彼は理解していた。

 1783年といえば、正史では独立戦争の時期だ。大英帝国からの独立を願って、アメリカに住まう人々が決起し、勝ち、後の合衆国を建国する始まりとなった戦いである。

 だが、今はケルトの神話級の怪物や英霊たちが、押し寄せている。

 ケルトの彼らは、ひたすら破壊しか齎さない。支配した地域には魔物が跋扈し、理性も何もない戦闘狂いの兵士がうろつく。彼らは、ケルト以外と見れば襲いかかる。

 少年に言わせれば、多少の程度の差こそあろうが、どいつもこいつも全員狂戦士(バーサーカー)である。

 十八世紀の人々では、ろくに戦うことすらできずに餌食になるだけだ。

 銃弾や砲弾で撃たれようが、銃剣やサーベルで突かれようが、その程度はものともせずにケルト神話群は怯まずに進んでくる。

 何より、ケルトの英霊が一騎でも現れれば、この時代の武器や人間では、いくら数を揃えようがまったく太刀打ちできない。

 そんな状況では、軍属ですらない人々の状況は、輪をかけて悲惨である。

 彼が今守っている兄妹は、同属以外を容赦なく殺すケルトの支配域から、家族と共に逃れ出られた極めて幸運な人々の中にいた。

 だが、混乱の中で兄妹は両親と逸れてしまい、彷徨っていた。その折に何の偶然か、荒野でひとり襤褸雑巾となって倒れていた、黒髪の少年と遭遇したのだ。

 普通だったなら、兄妹はその少年を見捨てて去ったろう。だが、彼らは少年に手を差し伸べた。

 それから、わずか数日で襤褸雑巾の状態から動けるようになるまでに回復した彼は、その恩を返すためと、兄妹を守って旅を始めたのだ。

 少なくとも、彼らが無事に西部合衆国側へと辿り着けるまでは自分が守護しよう、と言い出したのは少年のほうだった。

 アレンとエミリーという名前の兄妹の家族が逃げた先は、大陸の西。そして彼らは、大陸の中央まで辿り着いていた。ここを越せば、ケルトの領域からは抜けられる。

 尤も、少年の抱える問題は、彼ら兄妹と別れたあとから始まるのだが。

 

「ああ、もう、俺みたいなモドキには荷が勝ちすぎてるっての。あの女王、これがわかってたのか」

 

 少年が髪をかきむしって小さく罵った直後、どこか遠くで、長く尾を引く獣の遠吠えが響いた。

 聞くものを不安にさせる轟きが聞こえたのか、妹のほそい肩がぴくりとはねた。

 

「お、かぁ……さ……」

 

 夢現なのだろう。誰かを探すように、小さな手がふらふらと伸ばされた。

 身を乗り出してその手を取ると、少年は小さく囁いた。

 

「……大丈夫。ここには獣も怖いものもいない。俺が見てるから、安心して寝てろよ」

「そ……な、の」

 

 握った手をそっと優しく下ろすと、少女はまた浅い寝息を立て始める。

 それを確かめ、肩まで覆うように毛布をかけ直してやってから、少年は深く息を吐きながら、満点の星空を見上げた。

 地上で彷徨う人々を見守るように空には星が瞬き、そして─────その瞬きを凌駕するかのように、円を描いた光帯が同時に空を蹂躙していた。

 

「愚痴っても仕方ないよな、うん。代わって出たのは俺なんだから」

 

 少年はふたつの紅い目で、天上の光輪を睨みながら言った。

 それから、一転した懐かしむような顔で無傷の()()を撫で、大きく息を吐いた。

 

「この子たちを送り届けて、それからのことも考えなきゃな。……()()()()()()()()

 

 話す相手がいないだけに、独り言が増えていることを自覚しつつ、少年は誓うように呟く。

 その言葉は、荒野を吹き渡る風に消されて、誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 





カルデアがまだ来ていないアメリカから開始。
少年の外見と中身がどうなっているかはまた次回で。

ちなみに、apo登場サーヴァントから一騎加わる予定。

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