では。
自分のほうがむいている、と大見得を切って飛び出してはみたものの、“黒”のライダーに確かな勝算があるわけもなかった。
ただどう見ても、あの場で出るべきはもうデミ・サーヴァントでなくなった彼ではなく、れっきとしたサーヴァントで、まだ宝具を扱える自分のほうがいいと、
「で、ライダー。お前さんに作戦はあるのか?」
「あるよ!」
目立つヒポグリフから降り、獅子劫と共に物陰に潜んで上空の流星同士の激突を見ながら、ライダーは黄金の馬上槍を取り出した。
「これはね、当たれば必ず相手の足を掬えるんだ。まぁ、ボクらサーヴァント相手だと、膝から下の強制霊体化になるんだけど」
「ああ、つまり……」
「うん!ボクがこれを赤ライダーに当てる、キミが令呪を使う、セイバーが赤ライダーに勝つ!作戦は以上!質問は?」
左手に槍を持ち、右手で自分の胸を叩いたライダーの前で獅子劫は肩をすくめた。
「ってことは、ひとつ間違えりゃ……」
「失敗だね。ま、さくっとやって合流しちゃおう。“赤”のアサシンに邪魔されたらマズいしね」
あくまで気軽に、こんなことは何でもないのだとライダーは装って、獅子劫に不敵な笑いを見せた。
正気か、とライダーの中では取り戻された理性が囁いていた。
相手はあのアキレウス。ギリシャ神話最強の一角で、あのケイローンすら一対一で倒してみせたのだ。
引き換え、“黒”のライダー、アストルフォにそこまでの武はない。シャルルマーニュ十二勇士のひとりだけあって、決して弱くはないが、アキレウスと比べられてしまえば力の差は歴然だった。
敵との力の差を思い浮かべ、ふとライダーは笑いたくなった。
“赤”のランサーに一対一で挑んだノインと、生命を賭してランサーを倒したバーサーカー。力の差といえば、彼らが正にそうだろう。
ひとりずつでは、彼らは決して施しの英雄には勝てなかったに違いない。二人でも、どうして片方が生き残れたのかわからないくらいで────彼ら自身、自分たちが何故生き延びられたかなどと問われたところで、ろくろくわかっていないだろう。
今世の仲間、“黒”の陣営の味方たちは、自分も含めてつくづく、目眩のするような格上相手に挑まなければならない宿命らしかった。
それでも、得てして戦いは
「しかし、ヒポグリフで突撃だけじゃ弱いな。他に目くらましに便利な宝具はないのか?」
腕組みをした獅子劫に言われ、ライダーは腰に下げた角笛をつい見た。
「そいつは、吹いて敵を追い散らしたっていう魔法の角笛か?」
そうだよ、とライダーは頷いた。
彼も使用を考えなかったわけではない。ただ、ヒポグリフ、『
何せ魔力消費が馬鹿にならない。
さらにライダーは、砲台を壊す際、魔導書とヒポグリフの力を惜しみなく発揮させた。必要だから行ったことで後悔はしていないが、これ以上やってしまえば、下手をするとジークが倒れてしまうかもしれなかった。
ここでひとりが倒れて動けなくなるのは、誰にとっても致命的だった。
だが、機を見計らっていたのかジークから念話が入る。
『ライダー、魔力消費なら気にするな。強がりじゃない。どうもジークフリートの心臓は、俺に何か力を与えているらしい。魔力に余裕はあるし、倒れることもないだろう』
「それはそうだけど……」
『使ってくれ。惜しまずに。砲台でも言ったが、これは俺の役目だ』
念話の糸を通じて、しばし二人の間に沈黙が流れる。ライダーは、そっと息を吐いた。
「了解。じゃあマスター。ボクは、遠慮なく行くからね。砲台のときとは、ワケが違うことになるだろう。それでもいいかい?」
『ああ。頼りにしている』
そう言って、念話は途切れた。
蚊帳の外になっていた獅子劫は、しかしライダーの顔を見て納得したように頷いた。
「マスターの指示か?」
「そうさ。これでボクはフルスロットルで行けるよ。ていうか、行くからね」
「了解。それじゃ、合図は俺が出す」
頷いた獅子劫は姿を消すため物陰に潜み、ライダーは空中で戦う二騎により近くなる塔の先端へ飛び乗った。
目を凝らせば、夜空を背景に、空中庭園を舞台に、叛逆の騎士と瞬足の英雄が戦うさまが見えてくる。
槍と剣で斬り合い、建物を足場に交差して戦い続けているが、観察してみれば“赤”のライダーの動きは最初に黒の城に攻め入ったときより、精細を欠いているに見えた。
きっと、いやまず間違いなく“黒”のアーチャーが、文字通りに一矢報いたに違いないとライダーは信じた。
とはいえ、セイバーと互角にやり合っているように彼は変わらずに、ただ単純なまでに強かった。
そこにこれもまた文字通りの横槍を入れに行くのだと、ライダーは召喚したヒポグリフに跨り、一度だけ体を震わせた。
これは武者震いだからと、そんなことを思った。
アキレウスからは宝具まで借りた恩はあるが、借りた宝具はノインに預けたからここで使うことはない。それで義理は通したと、思うことにした。
「力を、貸してくれ。キミの力を見せてみろ────ヒポグリフ」
焦げてしまった鬣に額を寄せて、ライダーは呟いた。愛馬は、最後の力を振り絞るように嘶いた。
「よし!」
狙うのは、一点突破。
ヒポグリフには“赤”のランサーでも、初見では対処の遅れた次元跳躍がある。ただし、二回目は恐らく通じまい。
槍をきつく握りしめた正にそのとき、セイバーが急に高度を下げた。吹き飛ばされたふうにして、ぐんぐんと地上へと近寄る。“赤”のライダーは、当然追撃するために追随していた。
視界の端で、獅子劫が爆弾らしい何かを投擲した。剣を棍棒のように振り抜いたセイバーが、器用に背後のライダーへ向けて爆弾を飛ばす。
呆れるほど上手い、息の合った攻撃だった。
けれど、死角からの攻撃だったはずのそれにも当然のようにライダーは対応する。手にした槍で、魔術師の心臓でできた爆弾を苦も無く砕いた。
空中で破裂した瞬間、中に仕込まれた呪血と爪が紫の毒と共に爆発する。
傷を与えるには至らずとも、それで僅かに、“赤”のライダーの視界が塞がれる。
掛け声も何もなく、今だとヒポグリフは躊躇わず空へと弾丸よりも速く飛ぶ。
空へ翔ぶライダーと、落ちて行くセイバーの視線がその瞬間だけ絡んだ。
兜を外し、金の髪を風になびかせて、少女の素顔を晒したセイバーは、すれ違う瞬間、どこか口惜しそうにライダーを睨んでいた。
プライドの高そうな彼女のことだ。弱い自分の手など、借りたくなかったのだろう。
そんなことを思う間に、ライダーは既にアキレウスの前にいた。唐突に次元を潜り、姿を現したもうひとりのライダーの姿は、瞬足の英雄からすると、空間転移して来たように見えたろう。
ライダーは角笛の真名を────展開しようとしてやめる。間に合わないとわかった。
真名を謳い上げ、魔力を込めて、巨大化させて、息を吹き込む。それでは遅い。遅すぎる。
“赤”のライダーの槍は既に動いているのだから。
“黒”のライダーは腰の角笛を掴み、それを振りかぶって、相手と自分の間に躊躇なく投げた。
「弾けろ!」
持ち主の意に沿って、宝具は爆裂した。
中に溜め込まれた魔力と神秘が、そのまま爆風と熱になり、二騎のライダーの間で炸裂する。
“黒”のライダーは、その中へ脇目もふらず突っ込んだ。
空駆ける戦車を使えない“赤”のライダーより、ヒポグリフに乗った彼のほうがこの空においては自由だった。
黄金の馬上槍が、“赤”のライダーの脇腹を貫かんと伸びる。それはアストルフォにできる、最速の一撃だった。
「────しゃらくせぇ!」
だが、アキレウスは対応した。
槍で弾き、鋒を肩へとずらす。狙いは逸れて、馬上槍の穂先は彼の肩をかすめる。
ヒポグリフの心臓へと神速の槍が放たれる。
「───ッ!?」
心臓が抉られたヒポグリフの耳を塞ぎたくなるような悲鳴と、膝から下を失ったアキレウスの驚きの声が重なる。
脚が消え、機動力を奪われた彼の背後に、鎧の騎士が現れたのはそのときだった。
消え行くヒポグリフから仰向けに落下しながら、アストルフォはその様子を見た。
驚愕の表情を浮かべたアキレウス。その首を、セイバーの白銀の剣が弧を描いて凪いだ。あたたかい血が、噴水のように吹き上がってアストルフォにも降りかかる。
銀の刀身は滴る鮮血で染まり、束の間アキレウスの表情が不思議なほど穏やかに、まるで悪戯を終えて、満足した子どものような顔になった。
落ち行く“黒”のライダーは、“赤”のライダーの楽しげな最期の笑みを見た。
そこでアストルフォも我に返る。耳元では風が唸り、背中からなす術なく自分は落下しているのだ。
ついでに言うと、上には剣を振り抜いたままの姿の“赤”のセイバーがいた。彼女にも宙を飛ぶ翼はなく、避ける余力もないのか、重力に引かれるがままに礫のように落下していく。
彼らの下には、半球状の丸屋根を戴いた建物があった。
「うわぁぁっ!?ちょっと待ってぇ!ボクを潰す気かぁ!?」
「うるっせぇ!んなもん、てめぇで何とかしろや!“黒”のライダー!」
怒鳴り合いながら、“黒”と“赤”の二騎は共に天井をぶち抜いて、石造りの床に叩きつけられた。
ひび割れが蜘蛛の巣状に走り、床にはクレーターが二つ出来上がる。何とかセイバーに潰されることを免れたライダーは、蛙のような声で呻いた。
「し、死ぬかと思った……。それも味方に潰されてたんじゃ洒落になんないよ……」
「……チッ。生きてたのか」
ひどい言い草だなぁ、とライダーは起き上がる。
セイバー・モードレッドも同じく身を起こし、ふんと鼻を鳴らした。彼女に向けてライダーは片手を振る。
「やあ、セイバー。さっきぶりかな。キミらの勝負への横槍は謝らないよ。時間がないんだからね」
「わかってることをいちいち言うな、おしゃべりめ。マスターの指示だ。あいつを倒せたんだから、文句なぞあるものか」
そういうわりに、セイバーは腹立たしげだった。手助けが入ったことでアキレウスを倒せたことは、やはり苛立たしいのだろう。
しかし苛立たしさの矛先は、ひとえに押し切れなかった己だけに向けられていたようだった。
すぐにセイバーは表情を引き締める。
「状況は?」
「あっち側で残ってるのは、アサシンとキャスターとアーチャー。それと天草四郎。“黒”で残ってるのは、もうボクだけだね。あとはルーラーだ」
「おい、じゃあ誰が“赤”のランサーを落としたんだよ」
「ああ、それはバーサーカーとノインだよ。バーサーカーはそのときに消えちゃって、ノインも心臓刺されて……。それで、生きてはいるんだけど、もうデミ・サーヴァントじゃない、かな?いや、どうなんだろ……。なんか、生命力はちゃんと持ってたし……」
言葉にしながら自分までこんがらがり、首を捻るライダーを見つつ、訳がわからん、とセイバーは眉をしかめる。しかし彼女は、すぐさま不敵に嗤った。
「てことは、あのカメムシ女はまだいるわけだ。あいつの相手はオレたちがする。お前はマスターのとこへ行け」
「わかってる。キミらこそセミラミスに負けるなよ」
かと言って愛馬も失ってしまったライダーでは、自力で走るしかない。
ヒポグリフを亡くした悲しみは後で受け止めるとしても、今は全力で行くしかないのかと走りかけたそのとき、セイバーはライダーを止めた。
「……一応、貸しだ。道を縮めてやる」
離れてろ、とセイバーは言い、素直にライダーは端へ寄る。円形の広間の中心にひとり立ったセイバーは、剣を振り上げる。
「あ、ちょ、まさか────」
轟音と衝撃を予測して、耳をライダーが押さえて屈んだ瞬間、セイバーは真名を高らかに謳い上げた。
「『
赤黒く禍々しい魔力を纏った剣が、床に突き立てられる。
その中心からセイバーは飛び退き、後には深い縦穴だけが穿たれていた。
「ここを落ちてきゃ下には行けるだろ」
こともなげに言ったセイバーに驚きながらも、ライダーは穴の縁に近寄る。
対軍宝具の一撃は、何層にも渡る庭園の床をまとめて砕いていた。
宝具で作られたのだから、穴は深く暗い。庭園の最深部まで見通せそうなほど果てが見えず、そもそもどこに通じているかもわからないのだ。
だが、ライダーは明るくセイバーを振り返った。
「ありがと、セイバー!」
じゃあね、とライダーは軽い足取りで穴の縁を蹴って飛び降りる。
桃色の髪が駒鳥の翼のように軽やかに揺れて、見えなくなった。
「これで、貸し借りはなしだぞ」
何せ、セイバーにはこれからやることがあるのだから、貸し借りを考えるのは面倒だった。
広間に、女帝の笑いが満ち始める。壊れた天井の穴が塞がれるのを見ながら、セイバーは白銀の鎧でもう一度身を包んだ。
そして虚空に向けて、真っ直ぐに声を張り上げた。
「おい、どこかで見てんだろ、カメムシ女!お前らの最強の槍は、二つとも落ちたぞ!しかも、片方は貴様らが歯牙にもかけてなかったあいつらの手でな!────そりゃあ、焦るよなぁ!隠れてオレを閉じ込めることしかできないくらいには!」
念話の向こうで、マスターが自分の挑発に呆れているのを感じた。だが同時に、彼は
それでこそだと、セイバーは兜の下で唇の端を吊り上げた。
果たして挑発に乗ったのか、黒衣の女帝は高みに現れる。
戦いの始まってからこの方、ずっと忌々しかったその姿を見とめて、セイバーは『
“赤”のライダー、消滅。
ヒポグリフ、消滅。
クラレントで地下をぶち抜き。
多忙に付き今後は週一更新になると思われます。
何卒ご了承下さいますよう、お願いいたします。