九番目の少年   作:はたけのなすび

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感想、評価くださった方、ありがとうございました。

では。


act-42

 

 

 

 勢い込んで、走り続けたルーラーがたどり着いたのは、玉座が据え付けられた謁見の間だった。

 しかし、その場に臣下は一人もおらず玉座には女帝セミラミスだけが存在していた。

 通信でルーラーを煽った女帝は、気怠げに指を振る。広間の一角が開き、下階への入り口が現れたことにルーラーは驚いた。

 

「何のつもりですか、セミラミス」

「何のつもりも何もない。我はマスターから貴様を下に通せと言われておる。マスターの願いは人類救済。それに至る方法を、あ奴は発見しておる」

「私にも、その方法を見せるというのですか。貴方たちに同調しろと」

「……正直、我は貴様が寝返るとは思わん。だがルーラーよ、貴様が身近な者に手を差し伸べ、その結果、聖女の名を得たものだというなら、無闇に壊すのは無策というものだ」

 

 あれは確かに、誰かにとっての救いを生むだろうよ、とセミラミスは続けた。

 甘言を弄する女帝の言葉を、ルーラーは元より信じるつもりはなかった。だが彼女よりも、天草四郎を止めなければならないのも事実。

 旗を握り直して走る彼女の背に、さらなる言葉が突き刺さった。

 

「急げよ。()()()()()()()()成り損ない、何時まで保つか見物よな」

「何を……!?」

 

 振り返る前に、ルーラーの背後で扉は閉じていた。彼女の前には、下へ長く伸びた階段しかない。

 先へ進むことしか、ルーラーには許されていなかった。

 

「……」

 

 無言のままに、サーヴァントの探知機能を発動する。この場には、正規サーヴァントと比べ、余りにあやふやな反応が二つある。

 一つはジークフリートの心臓の鼓動の証、もう一つはデミ・サーヴァントの反応だった。

 どちらもまだ反応が生きている。

 まだ、間に合うはずだと言い聞かせる。

 目の前には、眩く輝く大聖杯が鎮座している。天草四郎の姿はなかったか、あれさえ壊せば戦いは終わるはずなのだ。

 ルーラーの内側では、少女が一人、祈りを捧げるときのように沈黙しているままだ。

 故に、ルーラーは、早足で階段を下るその先に現れた人影を認め、“赤”のサーヴァントと感じた瞬間、問答無用で旗の穂先を突き出していた。

 

「どうわっ!?」

 

 響いたのは金属同士のぶつかる甲高い音と、男の声。

 自身を串刺しにせんとした旗から、飛来してきた矢によって守られた“赤”のキャスターは、尻餅をついた体勢から、優雅に立ち上がった。

 

「シェイクスピア、アタランテ……!」

「如何にも如何にも!しかし、開幕する前に舞台を幕ごと焼き払うのは、幾ら何でも非道ではありませんか?ジャンヌ・ダルク」

 

 仰々しい口調と裏腹に、キャスターは手に持った本を掲げる。

 宝具の発動か、とルーラーには予測できたが、射手の矢が床に突き刺さり、後退せざるを得なかった。

 姿を隠したまま、暗闇からアーチャーの不機嫌な声が響く。

 

「疾くせぬか。その宝具とやらで確実にルーラーを無力化できると言ったのは貴様だぞ、キャスター」

「そうでしたな。この様子では、よく絡め取られてくれることでしょう。────さぁ、我が宝具の幕開けだ!席に座れ!煙草は止めろ!写真撮影お断り!野卑な罵声は真っ平御免!世界は我が手、我が舞台!開演を此処に!────『開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を(ファースト・フォリオ)』!」

 

 高らかなシェイクスピアの声が、空間に響いた瞬間、ルーラーはそれまでと全く異なる空間に立っていた。

 緑の草原。遠くには村落と、教会の尖塔があった。鎧も旗も無く、遠い昔の村娘としての服を纏った自分が、故郷の村に佇んでいる事実に、ルーラーは驚く。

 辺りを見渡し、そこが間違いなくドン・レミの村だと理解したルーラーは、ふと目の前に人影があることに気づいた。

 

「貴女は……?」

 

 細い肩に低い背丈のその人間は、飾り気の全くない簡素な灰色の服を着て、細い手足は剥き出しなのが痛々しさすらあった。

 紛れもない幼子の姿に、ルーラーは紫の瞳を瞬かせた。

 

「……」

 

 ゆらり、と幼子が俯いていた顔を上げる。

 色素の抜けたような、白にも似た淡い髪が肩上で揺れた。髪は片目を覆い隠すように伸びていて、幼い少女は残った瞳でルーラーを見ていた。

 片目に宿る光の強さと、少女の気配の儚さは、悲しいほどにつりあっていなかった。

 少し目を離せば、そのまま青空へと消えてしまいそうな儚げな空気を纏わりつかせたまま、彼女は素足を踏み出してルーラーに一歩近付く。

 見覚えのないはずの彼女の透明な眼差しが、ふとルーラーの記憶の中の誰かと重なった。

 

「貴女は……誰ですか?」

 

 問いかけには答えず、少女はただ人差し指をルーラーの背後に向ける。

 そこには、ルーラーにとって見知った女性が現れていた。

 

「母さん……!」

 

 ルーラーが驚愕の声を上げると同じくして、空から“赤”のキャスターの声が響き渡った。

 

『ええ、紛れもない貴女の御母堂の心を持っている!これこそ我が宝具、開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を(ファースト・フォリオ)!貴女の人生を謳い上げ、その果てに貴女を絶望へと突き落とす、最高の舞台でありますれば!』

「私の歩んだ道を私自身に見せつけた程度で、私の心を折れるとでも?────ならば、あの子は誰なのですか?」

 

 ルーラーに、あの幼い少女の記憶はない。

 彼女はまだそこにいて、透き通った目をルーラーに向けていた。

 その目は、無垢な視線は、やはりルーラーの記憶を刺激する。しかし、それが何なのか思い至ることはできなかった。

 

『おや、ご存知ないと仰るか!しかし、まぁ、無理からぬことではありましょう。その幼子は貴女を知らず、貴女はその幼子を、その願いを、祈りを知らない!彼女は、細い縁ひとつで吾輩が選び、描き出した登場人物(キャラクター)!そしてそれだからこそ、彼女は貴女の案内役となり得るのです!あたかも、死者を導く墓守犬(チャーチ・グリム)のように!』

 

 一気呵成に捲し立て、シェイクスピアは姿を見せないまま口を閉ざす。

 風景に変わりはなく、ルーラーは依然として彼の宝具の影響下にあった。

 後ろには透明な少女が佇み、前には紛れもない涙を浮かべた実の母が立ち竦んでいる。

 ルーラーには、唇を噛むしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

─────英霊コンラの願いは、何だったのか。

 

 何時だったか、ノインは考えたことがあった。

 父を求めて、旅立って、父親からの唯一の贈り物である誓約に従い、父親自身の手で生命を絶たれることになった幼い英雄。

 人は悲劇と言うだろう。

 親が、行き違いから我が子を手にかけて、しかもそれは彼らの師匠によって半ば仕組まれていたことだった。

 コンラの師匠たるスカサハは、コンラの父親のほうを戦士としてより愛していて、彼のために親子の争いを止めなかった。

 だから、コンラは生命を落とすことになったのだ。

 それなのに、コンラは彼らを恨んでいない。

 ただ、届かなかったことを悔しく思っている。ゲイ・ボルクという父の絶技を引き継げず、それで生命を絶たれた自分の未熟に苛立ち、ひたすらに力を求めていた。

 ゲイ・ボルクが無いからか、彼はランサーでなく、アーチャーとしてノインの中に現界した。

 そのまま、数年もの時が流れて────。

 

─────アーチャーのデミのくせに、ランサーに一対一を挑むなんざ、お前はおれより阿呆だな!

 

 げらげらと、けたけたと、何処かで笑うコンラの声が聞こえた気がした。

 

─────が、嫌いじゃないぞ。今のお前の阿呆さ加減は!戦え、勝ち取れ!ノイン・テーター!

 

 首を狙って伸ばされた“赤”のランサーの槍の鋒に柄を当て、滑らせながら弾き、ルーン石をばら撒きつつノインはコンラの声らしき何かを聞き流しながら、跳ぶ。

 戦いの始まった広間は、最早破壊の限りを尽くされていた。

 光線と光弾がぶつかり合い、漏れ出た魔力の余波だけで床が剥がれて瓦礫だけが増え、その瓦礫も塵一つ残さず破壊の光に呑まれて消えていく。

 一撃当たれば消し飛ばされる、ランサーの眼や槍から放たれる攻撃を躱しながら、ノインは自分の中を、何かが侵食するような感覚を味わっていた。

 自分のものではない経験が、記憶が、勝手に体を動かしていくのだ。

 技の応酬、生命のやり取りに、怯えることなく戦い続ける性質は、ケルトの戦士たるコンラのものだった。それでいて、ノイン・テーターの自我は消えていない。

 精神か、或いは魂か、それらの融合を加速させながら、ノインはランサーに対応していた。

 しかし、槍を振るい、力を発揮するたびに、何かが恐ろしい勢いで自分の中からこそげ落ちて行った。その感覚にも、そろそろ慣れてしまいそうになる。

 失えば二度と戻らないそれは、きっと己の命数なのだろう。

 

─────これほどの戦士を、親父以外におれは知らない!クシャトリヤとやらも良きものだな!

─────おい、お前も少しは笑って戦え!楽しめよ!こんな機会は、二度と無いのだから!

 

 だが、コンラはノインの内側で歓喜しているようだった。少なくとも、そういう陽気な感情が伝わってくる。

 施しの英雄とやり合う絶望も、彼にはいつか父親を倒すための、学びを得られる良い機会でしか無いらしい。

 笑えるか馬鹿野郎、と精神世界でもう一度はっ倒したいが、そんな余裕はノインにはなかった。

 ただ、何でこの天然モノバーサーカーと自分の魂の相性が良いのか、気にはなったが。

 

─────でも、このままじゃお前のほうが保たないな。動けるうちに、宝具の二つ目を使えよ。

 

「知っ……てんだよ!そんなことは!!」

 

 ついに声に出して叫びながら、ノインは渾身の力で上から叩き付けられたランサーの槍を押し返した。

 耳障りな音がして、槍が軋むが構わなかった。

 そのまま魔力を両脚に叩き込んで瞬間的に強化し、ノインはランサーから距離を取った。

 瓦礫の間に着地し、ノインは槍を構える。止めどなく頬から流れ出る血を指で掬い取り、無言で宙に複雑なルーンを一瞬で描いた。

 ノインの周りで魔力が高まる感覚に、ランサーは槍を一度引く。

 

「……なるほど、勝負に出るか。ならばオレも、それに応えよう」

 

 このまま続ければ、ランサーの勝ちは揺るがない。

 デミ・アーチャーの少年は、動きではランサーに食らいついていたが、宝具でない彼の槍は、決して『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』を突き破れない。

 半英霊の少年が、驚異的な速さで英雄の動きに対応できる代償は、彼自身の生命だろうとランサーには読み取れていた。

 生命と魂を燃やさねば、あのような動きはできない。それだけ本気で、少年は戦っているとランサーは納得した。

 続ければ、遠からず彼は斃れる。間違いなく勝利できる。

 だが、少年はランサーの全力を受けると言った。引き換えに、自分以外のすべてを見逃せと言ったのだ。

 故に全力の一撃を出さずに、徒に相手の敗北を待つのは、彼の道理に合わなかった。

 

 故に、彼は自らの鎧を捨てることを選んだ。

 

「……!?」

 

 その瞬間、ノインは驚愕した。

 ランサーを護る黄金の鎧が、彼の肉体から分離していくのだ。血が流れ肉が剥がれ、引き換えに彼の黄金の槍に恐ろしい魔力が収束していく。

 

「インドラの、槍……!」

 

 施しの英雄、カルナの高潔さに免じて、彼から鎧を奪ったインドラが与えたという、絶滅の一撃。

 それがこちらに狙いを定めたことを、ノインは肌で感じた。

 

「……」

 

 あれと比べれば、自分の腕も得物も、余りに頼りなかった。体はもう、内側から崩壊寸前だった。

 壊れた機械のように、ゼンマイの切れたブリキの玩具のように、いつ止まってもおかしくはなかった。

 防げるかもしれないという微かな希望が、ランサーの槍の穂先に集まる力が高まるにつれて、みるみる遠ざかって行く。

 

─────それでも。

 

 やると決めたことがある。

 二度と会えなくても良い。離れても、忘れられても、もう構わなかった。

 ただあの子が生きて、何処か遠い、幸せであたたかな場所に戻れる道を作りたかった。

 犠牲になるわけではない。ただ、そうしたいと心から想った。

 想って、だからそう想い続けるために、後もう少しだけでいいから生きたかった。

 強く、そう願う。

 

「神々の王の慈悲を知れ」

 

 ランサーの言葉も、不思議と遠くに聞こえた。

 ノインは槍を握る手に、力を込めた。

 

「絶滅とは是、この一刺。────灼き尽くせ、『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』!!」

 

 解放されたそれは、正に、この世の万物を焼き払い、灰燼に帰す一撃だった。

 熱が迫り、息ができなくなる。肌が焼けて、鎧の大半が呆気なく燃え崩れた。

 それでも尚と立ち続け、ルーンと槍を基点に、ノインが喚び出すは魔境への扉。

 

「────『偽・死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ・オルタナティブ)』!!」

 

 ノインの前に、黄泉の風を放つ禍々しい門が降臨した。

 一撃を放つランサーも、微かに驚愕する。絶対の一撃を門が呑み込み、内側に広がる闇へと溶かし込んだのだ。

 槍がこの世すべてを焼き尽くすならば、この世から外された異郷を以て抗う。

 日輪の輝きも、雷神の威光も、生命を吸い取り、亡霊溢れる影の国の闇を、余さず打ち払うには至らない。

 施しの英雄も、最期には冥府へと墜ちたことに、変わりはないのだから。

 ────だが。

 

「ぐ、が……!」

 

 効果範囲のあらゆる生命を吸い込む宝具。

 それすらも、インドラの槍は燃やし尽くそうとしていた。

 

────足りない!

 

 本来の持ち主ならいざ知らず、弟子が勝手に借り受け、しかもデミ・サーヴァントが開いた門は、脆かった。

 光を闇へと還すどころか、門自体が食い破られかけている。

 

「────!」

 

 己の喉から迸る絶叫は、ノインには聞こえない。

 令呪はない。奇跡は起きない。

 コンラと自分と、二人の力で抗うしかなかった。

 光が闇を喰らいつくさんと進み、闇はすべてを呑み込まんと誘う。

 二つが衝突し、空間が揺さぶられ、そして、すべてが零になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らから離れた場で、ただ戦いの余波に耐えながら、カウレスはすべてを見ていた。

 ランサーが槍を解放し、デミ・アーチャーが門を開いた。

 万物を消滅させる槍と、万物を呑む影の門。

 喰らうものと呑み込むもの、二つの激突を、カウレスは見届けた。

 瞬きの後、光が弾け世界が白くなる。

 眩しさに耐えかね、目を瞑った一瞬後に。

 

 カウレスは、何かが肉を穿つ鈍い音を聞いた。

 

 目を開けて、前を見ればノインの姿は、まだあった。

 あの一撃を受けて、人としての原型があること自体驚愕だった。少年は二本の脚で立っていて、傍らには彼の槍が、半ばから折れて転がっている。

 “赤”のランサーの姿も、あった。

 鎧が剥がれ、血が流れ、しかし彼の手には元の形へ戻った槍が握られていた。

 

 そして、その槍の切っ先は、ノインの胸に深々と突き刺さっていた。

 

「……ッ!」

 

 それを見た瞬間、カウレスは令呪の刻まれた手を、高々と掲げていた。

 

「“赤”のランサーを倒せ!バーサーカー!」

「ウ、アアアァアアアッ!」

 

 叫びと共にランサーの背後に空間転移で現れたのは、槌を構えた狂戦士。その全身からは、眩い雷光が迸っていた。

 カウレスの手から、三画の令呪が、赤く瞬いて消える。

 リミッターを瞬く間に弾き飛ばした、『磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)』が、巨大な木の形をした雷の槍が、ランサーとバーサーカーの頭上に顕現した。

 主諸共刺し貫かんとする宝具を、ランサーは目視する。

 彼はそれでも、冷静だった。

 槍を少年から引き抜き、バーサーカーを確実に仕留める。直撃さえしなければ、あの雷の宝具に耐えられるという目算があった。

 

「……!?」

 

 だが、槍が動かなかった。

 胸の中心を穿たれ、心臓を確かに破壊された少年が、槍を両手で掴んでいたのだ。

 ランサーが、確かに生命を絶ったはずの少年は、決して離さないと、胸に穴を開けたままに万力のような力でランサーの槍を握り締めていた。

 俯いた少年の口元が歪んで、笑ったように、ランサーには見えた。

 雷の宝具が、狂戦士の絶叫と共に落ちる。

 その切っ先は、過たず“赤”のランサーの霊核を貫き、破壊した。雷が、ノインの全身にも走り、彼の手からランサーの槍が滑り抜けた。

 だが、同時に白い花嫁衣装のバーサーカーの姿が粒子となって消滅していった。

 受けた損傷にさしものランサーもふらつくが、倒れるまでは行かなかった。

 逆に、力を失い槍の穂先から滑り落ちた少年の体は、ランサーの方へと倒れ込む。

 それをランサーは片手で支える。

 半英霊の少年の体を床に横たえ、ランサーは己の手を見た。

 端から順に、手が崩れ去って行く。

 それを彼が確かめ、受け入れた直後、崩壊が加速度的に、ランサーへと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カウレスはただ走り続け、その場へ駆け付けた。

 瓦礫に腰を下ろしているのは“赤”のランサー。その足元には、ノインが目を閉じて横たわっていた。

 カウレスへと、ランサーが澄み渡る湖面のような薄青の瞳を向ける。

 

「お前か。魔術師。先ほどの采配は見事だった。お前たちは、互いに良い巡り合いをしていたようだな」

 

 ランサーの心臓がある場所は、縁の焦げた穴が穿たれていた。

 たった今起きたあれは、バーサーカーの宝具『磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)』に、令呪三画を込め、放った一撃だった。

 すべてのリミッターを解除して使えば死に至る一撃を、バーサーカーは躊躇いなく放ち、日輪の英雄を落した。

 彼女に、死ねと、カウレスは命じたのだ。

 彼は、バーサーカーを最初は遠ざけていた。先に行けと、ランサーはノインが相手をするからと念話で言った。

 しかし、バーサーカーはそれを聞かなかった。

 ノインが戦い始めたとき、彼女のほうからカウレスに念話で話しかけてきた。

 宝具を使えと、タイミングを見計らえと、令呪を敵に使われたら、“赤”のランサーの約束も壊されてしまうかもしれないのだから、と唸り声と拙い言葉で苦心して言ってきたのだ。

 自分と同じ伴侶が欲しいと願った彼女が、どうしてそう言ったのか、どうしてここで終わることを選んだのか、カウレスは尋ねなかった。

 ただ、ノインが刺し貫かれた時を見計らい、令呪を切った。それが最大の隙だと見て取り、マスターとしての務めを果たした。

 彼女の死と、引き換えに。

 

「でも俺は、彼女を死なせた。……アンタと、コイツの戦いも邪魔をしたのは俺だ。コイツは、バーサーカーのことは何も知らなかったし、バーサーカーにあそこで行けと言ったのは、俺なんだ」

 

 だから、アンタがこの結果を恨むとするなら、その対象は俺だけだ、とカウレスは告げ、ランサーは頭を振った。

 

「お前が不意を討ったことを、オレは怒らん。戦場とはそういうもの。なりふり構わず、主への危険を排除しようとしたバーサーカーを、戦力に数えていなかったのは紛れもないオレの落ち度だ」

 

 そう言われてもカウレスは、表情を変えなかった。

 血が出るほど、拳を握りしめた。

 ランサーは無表情でその様子を見守り、消滅間際とは思えないほど淡々と言った。視線の先は、足元の少年へ向いていた。

 

「この少年……ノインとの戦いに、オレは些か興じ過ぎた。故に彼女の転移とお前の判断への対処が、僅かに遅れた。……それに心臓を貫かれて尚、ノインがオレの槍から手を離さないとは驚いた。この時代にも、良い戦士は生まれていたようだ」

 

 心臓のある場所を鮮血で染めた少年の亡骸を、カウレスは見下ろす。頬は血の気がなく、目は閉じられていた。

 火傷と傷だらけで血まみれの顔は痛々しく、眠っているとは到底言えなかった。

 結局、ノインも助けられなかったのだと思うと、カウレスは足から力が抜けるようだった。

 本音で言えば、彼を、死なせたくはなかった。

 

 それでも、ユグドミレニアの始めた戦いはまだ終わらない。終わっていないのだ。

 

 カウレスが踵を返そうとしたとき、不意に彼の足元で咳き込む音がし、ふと足を止める。そのまま目の前で、亡骸が動いて、血の塊を吐いた。

 ノイン・データーが、喉を抑えて血の混じった咳をする。

 のろのろと、黒い髪に赤い血をこびりつかせた少年は身を起こし、胸を押さえた。

 

「……?」

 

 あどけなさすら感じる顔で、ノインはカウレスの方を向いて首をゆっくり傾げた。

 死体が動いたわけではないことは、血の気の戻りつつある顔色を見たら明らかだった。

 

「ちょっ!?お、お、お前っ!?生きてたのか!?」

 

 カウレスは思わず、ノインに飛びかかって襟首を両手で掴み、前後に揺さぶる。ノインは目を白黒させた。

 

「ま、待て。揺らすな。酔う。……俺は、生きて……いる、のか?」

「いや俺に聞くなよ!?知りたいのはこっちだぞ!?」

「他に誰に聞けって言うんだ!?」

 

 蘇った少年も、それを見たはずの少年も、叫ぶだけ叫んで訳が分からず固まる中、ランサーだけは冷静に目を細めていた。

 

「死から蘇るとは驚きだな。……バーサーカーの欠片で蘇生したと見るべきか?……いずれにせよ、稀有な偶然で生命を拾った幸運に感謝すべきだ」

 

 何か言いかけたノインに、ランサーは首を振る。

 

「謝るな。オレはお前たちに、敗北した。心残りは……まぁ、無い。我が槍で心臓を一度貫いたとはいえ、オレは確かに渾身の一撃を受け止められた。お前はそれで、約束を果たしている」

 

 神殺しの槍を、黄泉の門で受けるとはな、とランサーはほとんど消えかけの体で肩をすくめた。

 影の国へ繋がる門は、本来女王のスカサハしか自由には操れない。ノインにできることは本当に、ただ開けて、しばらくの間全身全霊を込めて維持するだけだ。制御も何も無い。それとて、まかり間違うと自分が吸われて絶命する。

 言ってしまえば、ノインは影の国へいきなり神殺しの一撃を叩き込んだのだ。

 どういう繋がり方をしているか知らないが、領土に攻撃を誘導したことで、亡霊渦巻く魔境の女王の怒りを買ったかもしれないが、そうでもしないと、どの道燃え尽きていた。

 そして二度目の死へと行くランサーに、ノインが言うべき言葉はなかった。

 

「……わかった。さようなら、“赤”のランサー。俺たちは行くよ」

「そうだな。お前の道は、ここで絶たれなかった。だがお前の守るべき少女は、常にルーラーと共にあり、ルーラーはこのままでは天草四郎に敗北する。急ぐが良い」

 

 カウレスに片腕を掴んで引っ張り上げられながら、ノインは立ち上がった。

 最後に一度、ノインは既に向こう側が見えるほどに透けているランサーに頭を下げた。それから、少年たちは後を見ずに駆け出す。

 彼らの後ろ姿が広間を飛び出すと同時、穏やかな顔で目を閉じていたランサーは、輪郭を失って大気へ還った。

 破壊の限りを尽くされた空間には、それきり静寂が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 




“黒”のバーサーカー、“赤”のランサー、消滅。

片目の少女が誰かは少しお待ちを。

勝ち負けでいうとデミ少年は負け。
対応しきれず、心臓をマジで一度は潰されているので。
無論、なんの代償も無しで帰った訳ではない。
それも次で…。

感想、返せていなくてすみません。すべて読ませて頂いています。

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