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では。
デミ・サーヴァントとサーヴァントはどこが違うんだろうな、とジークはいつだったかノインに尋ねたことがあった。
街に出たときだったかもしれないし、拠点の居間でくつろいでいたときだったかもしれない。いつどこでの出来事化は判然としないが、そのときはたまたまジークとノインしかいなかった。
憑依サーヴァントのルーラー、正規サーヴァントのライダー、デミ・サーヴァントのノイン。在り様の違うサーヴァントが三人も揃うというのは、世界各地で亜種聖杯戦争が行われるようになったこの時代でも、もう二度とないだろう。
そういう意味ではこれは稀有すぎる時間だと思う、と言うジークに、ノインは呆れ顔を向けたものだ。
それを言ったら、あんただってサーヴァントの心臓で生き延びた世界でただ一人の人間だろうに、と自分を勘定に入れていなかったジークに、ノインは鼻を鳴らしていた。
そう言ってから、ノインは考え込むように腕組みをした。
竜殺しのジークフリートは、邪竜ファヴニールを倒したときに竜の血を浴び、背中の一点を除いて決して傷つけられない無敵の体を手に入れた。
つまり、魔術的に考えると、彼はそのときに竜の因子を手に入れたのだ。
だから、あんたにも心臓を介してそれが混ざったかもしれないが心配するほどのことではないだろう、とノインは言った。
ジークが聞きたかったのは、サーヴァントの欠片を取り込んで自分の体が何か変化するのかなどということではなく、デミ・サーヴァントとサーヴァントは戦うときにどこか差は出るのか、ということだったのだが、ノインはそう受け取らなかったのだ。
言い直そうとして、ジークは止めた。ノインの妙な勘違いとその意味を訂正する気にはなれなかった。
結局、あのとき分かったのは、ジークの生み出せる魔力がより増えたかもしれない、ということだけだった。
そして今、それをジークは実感していた。
ライダーに供給している魔力は多い。『
恐らく、並みの魔術師だったら気絶しているだろう。
だが、ジークは顔色が悪くなる程度で思考にも体の動きにも淀みは無かった。
心臓が脈打っている限り、魔力を回し続けていられる。そんな予感があった。
「ジーク、ライダーとノインは?」
機内から窓の外を眺めるカウレスが尋ねて来る。
ライダーの視界を通じて外を把握しているジークには、現在庭園の周囲で何が起こっているのか分かっていた。
「ライダーはヒポグリフで黒棺を攻略している。ノインは……」
飛行機の窓に、微かに赤い炎の光が反射する。
遠目ながらまさに太陽そのもののような炎熱に、フィオレが驚いて目を見開いた。
「ノインはあの光のところ……”赤”のランサーの足止めに回ったらしい」
予想できなかったとは言えない布陣とはいえ、ジークは手をきつく握りしめざるを得なかった。
正面から”赤”のランサーの相手ができたのは、”黒”のアーチャーを除けば、ジークに心臓を与えて消滅してしまったジークフリート、ルーラーの手を借りて自害した”黒”のランサーくらいなものだ。
完全に霊基を得たとはいえ、ノイン一人でやれるのかは全く分からなかった。
「そうですか……。今のところ、こちら側のサーヴァントが一騎も脱落していないのは幸いですが……」
綱渡りもいいところだった。
彼女のアーチャーも、”赤”のライダーとの激戦に突入している。ルーラーもライダーも誰も彼もが必死で守ると同時に攻めており、その攻め立て方の激しさ故か、ジークたちマスターの乗った飛行機はまだ落ちていなかった。
マスターたちの見守る中で、爆炎の華がまた一つ庭園の上で咲いて、黒棺が剥離していった。
ケルトの世界には、影の国という場所があるという。
そこが現世と隔てられた場所なのか、黄泉の国のようなあの世なのか、それはどうとも捉えられない。
ただ、伝承として影の国はアルスターやコナハトからの戦士たちが修行のために訪れる場であった。
その国を統べる女王の名は、スカサハ。
今なお人々の中で語り継がれるアイルランドの英雄クー・フーリンを、教え導いた女戦士である。
彼の息子のコンラも彼女に鍛えられ、
その中の一つに、鮭飛びの術というものがあった。
「―――――ッ」
ざざ、と煙が出そうな勢いでノインの足が黒棺の上を擦り、止まる。
地上七千五百メートルの雲海に浮かぶ空中庭園。その鉄壁の防御であり、今は数枚が陥落した黒棺のうちの一枚に、少年は四肢を踏ん張って留まっていた。
青い革鎧に大して傷はない。炎が掠めたのか、髪から焦げた臭いがしたがノインの意識にはまるで上らなかった。
何事もなかったかのように黒棺の反対側に音もなく着地したのは、黄金の鎧が眩しい“赤”のランサー。
表情の欠片も読めない白い顔が、ノインにははっきり見えていた。
幻馬から飛び降りたノインは、ランサーにケルト戦士の秘技の一つ『鮭飛びの術』で仕掛けたのだ。霊基を引き継げて初めてできるようになった技で、これまで使えたことは一度もなかった。
加速零の状態から、音を飛び越えて瞬時に加速できる俊足の踏み込みである。元々敏捷値が図抜けて高い英霊コンラのデミ・サーヴァントが行った鮭飛びの術は、ランサーの眼にも束の間捉えられないほどの爆発的な速さを生んだ。
ランサーがそれに対処するために出来た隙により、ライダーとヒポグリフは上手く離脱に成功したのだが、ランサーはノインの槍を鎧で弾き、黒棺を一つ巻き添えに破壊するほどの炎を放出すると同時に蹴りまで放った。
炎は多重展開したルーンで防ぎ、内臓目がけて放たれた蹴りは凌いだ。
さらに地面をもう一度蹴って跳び、離れた黒棺の上に逃れることはできたのだが、ランサーの鎧に槍が当たった瞬間否が応でもノインは分かった。あれは、ただの槍では壊せない代物だ。
どれを取っても、ランサーはノインの遥か上だった。
切っ先を下げてしまいそうになる槍を、ノインは握り直した。
しっかりしろ、と自分で自分を叱咤する。そんなことは、最初から分かっていたことだった。
泰然としたランサーは、淡々と口を開く。
「お前はアーチャー……いや、デミ・サーヴァントだったか」
ノインは無銘の槍を握って頷いた。
「そちらは、“赤”のランサー、カルナで間違いはないか?」
「如何にも。だがお前の相手をするつもりはない。オレの役目は”黒”のライダーの撃墜だ。退くがいい。マスターも願いも持たぬ者には、この戦場に留まる意味はない」
「それは聞けない。ライダーを墜とさせる訳にはいかない」
ランサーの鋭い眼光が細められて、自分に向けられている切っ先の震えていない槍、とノインの顔の間で行き来した。ノインの言葉の裏を、見ているようだった。
その眼の険が僅かに緩む。
「戦奴としての言葉と疑ったことを謝罪しよう。デミ・アーチャー。お前が自らの意志で友の為に戦うというならば、我が槍の猛威を以て滅ぼそう」
「……」
そのときふと、ノインは“黒”のランサーのことが頭を過ぎった。
彼は苛烈な槍のサーヴァントだった。“赤”のランサーも苛烈であることに変わりはない。
ただ、ノインは公王の気配とはまた異なっていると感じた。その差異は、彼は王で、目の前のランサーは生粋の
本来ならきっと、“黒”のセイバーのような紛れもない英雄が“赤”のランサーの相手に相応しかったとも、思う。
けれど、戦える者がいなくなったから自分が戦うのは仕方ない、などという気持ちで相対すればすぐに負けると直感できた。
「デミ・アーチャー、戦う前に一つ聞きたい」
警戒を切らさないままのノインと逆に、ランサーはどこまでも淡々としていた。
「そう警戒することは無い。少し尋ねたいことがあるだけだ。お前の目的はオレと戦うためではなく、友のための時間を稼ぐことだろう。ならば、いくらかの問答をしても良かろう」
それは確かにその通りだった。
風吹きすさぶ黒棺の上で、ノインは槍を微かに下げた。
「……何を聞きたいんだ?」
「そちらのセイバー、ジークフリートのことだ」
ノインは先を促すように頷く。
初戦で彼らは戦って、映像の中では確か再戦を望んでいた。
ゴルドの命令で、自ら口を利くことのなかったセイバーが、あのときだけはランサーと再戦を望む旨を口にしていた。
彼がもう一度自分の意志で口を開いたのは、ジークを助けようとしたときだけだった。
「それが、どうかしたのか?」
「天草四郎から彼は消滅したと聞いた。しかし、完全に消えたのではなく未だ現世に名残があるとも。どういったことが起こったか、お前は知っているか?」
「……知っている。俺はその場にいたからだ」
何もできなかったが、ノインは”黒”のセイバーの自害する瞬間を見ていた。そのときの様子を思い出しながら、ノインは言う。
「”黒”のセイバーは……ジークフリートは、彼の信念に殉じて生命を落とした。心臓を自分の意志で俺たちの仲間の一人に与えて、消えた」
己の心臓を己の手で抉り出し、ジークに与えて尚、最後の顔は穏やかだった。
あのときはノインも動転していてそんなことは考えられなかったのだが、思い返してみれば”黒”のセイバーは羨ましくなるような安らかな顔だった。
「彼の信念が何だったか俺には分からないが、不本意に消えたわけではない……と思う」
その生命の欠片は、ジークを今も生かしている。
そこまではノインも言わなかったが、その答えで満足したのか、ランサーは首肯した。
「そうか。今のはオレ個人の拘りだった。付き合ってくれたことに礼を言おう。……では、参る」
ランサーの眼が再び鋭くなる。
自分の周りを取り巻く空気が、突如として重く、圧し掛かって来るようにノインは感じた。槍を握りしめた瞬間、ふわりと風が吹いたような気がした。
その瞬間には、ランサーがノインの目の前にまで踏み込んでいる。炎を噴出して生み出した、予想を超える速さだった。
黒棺の上で、爆炎が夜空を彩った。
探知能力を持つルーラーは、恐らく”黒”の側の者たちの中では、最も状況を正確に把握していた。
まず、バーサーカーが庭園に辿り着いた。ライダーの駆る幻馬は、宝具を駆使して砲台を半分以上破壊し、”黒”のアーチャーは未だ”赤”のライダーとの戦闘を続けている。そして、ノインはライダーたちから”赤”のランサーを引き離すために戦っていた。
願わくば、ルーラーはノインが彼の相手をすることがないようにと望んでいた。望んでいたが、叶わなかったのだ。
先程派手な爆炎が見えたあのときには、内心燃えるような焦燥にかられ、まだノインのサーヴァントとしての反応が生きていると知ったときは大いに胸を撫でおろした。
誰にも彼にも猶予はないが、あの少年が最も危機に直面しているのは確かだった。
ルーラーの乗るジャンボジェットが、庭園に近寄る。
大きく跳躍し、何とか庭園に辿り着いた。その様もどこからか見られていたのか、すぐさま物陰から矢が襲い掛かる。それを弾き、ルーラーは庭園に着地した。
林のように石柱が林立した不可思議な空間である。
「”赤”のアーチャー、アタランテ!姿を見せなさい!」
返事は無い。あるはずもなかった。
それでも叫んでしまったのは、焦りがそうさせたのだろうか。だが、アーチャーの気配も同時に遠ざかって行く。庭園の更に奥へと、アーチャーはすさまじい速さで進んでいた。
「私を、誘っているのですか?」
それならば構わない、とルーラーは聖旗を握り直す。駆けだそうとしたところで、しかし彼女は足を止めた。
感じていたサーヴァントの反応が一つ、消滅したのだ。
「……”黒”のアーチャー」
”赤”のライダーを相手取っていた彼が、消滅していた。
最も頼りになる、堅実な彼の消滅をルーラーは一瞬目を瞑って悼んだ。だが今は、それよりも”赤”のライダーの残留のほうが気がかりだった。
アーチャーは恐らく幾ばくかの傷を与えただろうが、ライダーはまだ消滅していない。
ルーラーの目の前に、映像が浮かんだのはそのときだった。
『裁定者か、意外に早く辿り着いたものよな』
空間に投影されたのは、黒衣の女帝の姿だった。
「”赤”のアサシン!」
『叫ぶな、見苦しい。……ふむ、貴様を見逃すのは業腹だが、我がマスターの命でな。大聖杯に繋がる道を辿って来い』
門は開いたぞ、と”赤”のアサシンは映像の中で指揮棒を振るように指を右から左へ滑らせた。
”赤”のアサシンの真名は、陰謀を張り巡らせた女帝、セミラミス。その彼女の言葉だけに、信じて良いものかルーラーはほんの僅かに戸惑った。
『何だ、疑うのか。それも良いが、貴様は速やかに我がマスターを止めねばならぬのではないか?今、庭園を跳びまわっている小僧と痩せ馬を駆る戦乙女は、貴様たちを我が居城に届かせるために、ああしているのだろう?』
「……ッ」
アサシンが映像の中で口角を吊り上げた。
『デミ・サーヴァントだったか。確か、ユグドミレニアの生んだモノのうちの一体だったそうだが……。我がマスターはアレのことも調べておる。あの小僧が何の英霊を繋ぎとしているのかもな』
哀れな者よな、とアサシンは嘲るように言って、姿を消した。
カルナ「(戦いに挑むその姿勢に)敬意を払おう」
デミ「……そうか(嬉しくない)」
彼らの認識の齟齬はこれくらいはあります。
すみません、今週の更新はこれだけです。