九番目の少年   作:はたけのなすび

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評価、誤字報告下さった方、ありがとうございました。

では。


act-35

 

 

 

 半分忘れかけていたが、そう言えばそもそもこれを取りに行っていたんだよなと、ノインが言いながら取り出した鳥の形の監視ゴーレムに、一番興味津々になったのはジークだった。

 “黒”のセイバー、ジークフリートと“赤”のランサー、カルナとの記録だと言うと、再生して見せてほしいと彼のほうから言ってきたのだ。

 言われてみれば、セイバーの戦う様子を見たことがないのはジークだけで、しかし心臓を得て一番彼と縁深くなったのは彼だった。

 知りたいと思うのは当たり前だなと、そう思いながらノインはゴーレムを操作する。と言っても、ノインが見たいのはランサーのほうだった。

 ルーラーが風呂に入る間に、居間で映像は再生された。彼女から、自分は直に見ているから先に見ていて下さいと言ってきたのだ。

 流れ出した映像は、居間から言葉を奪った。

 

「鬼みたいに強いな」

「だねぇ……」

 

 そう言いつつライダーはソファの上に引っくり返り、ノインは机に突っ伏した。彼らが見るのは、“赤”のランサーである。

 映像の中、槍を扱う彼はセイバーと共に大地をこの世の地獄へと変えていた。一撃一撃がひたすらに重く速い、そして上手い。

 大叙事詩マハーバーラタの施しの英雄だものな、とノインは諦めに近い思いで映像を眺めていた。

 ライダーが口をへの字にして、ソファの上から腕を伸ばし映像を吐き出し尽くしたゴーレムを指で突きながら言う。

 

「しかもこのときの赤ランサーって、本気じゃないんだろ?どんだけだよ」

「そうなのか?」

「多分だが、ランサーはマスターを慮っている。草原での戦いの魔力放出はこれの比ではなかったし……宝具だって解禁していないんだから」

 

 ライダーが乗っかっているソファに背中を預けて床に置かれたクッションの上に座っているノインが言うと、彼の隣に座っていたジークも凍った。

 

「えーと、赤ランサーの特徴は、間違いなく宝具っぽいあの鎧、下手な宝具よりも高威力な魔力放出。それに本人の武芸。……あとは何だろう?」

「攻撃宝具だろうか?マハーバーラタにはブラフマーストラとかいうビームみたいなのが出てくる。施しの英雄も当然扱えていたはずだ」

 

 真面目に“赤”のランサーの戦力を数えたところで絶望的になっただけである。

 ライダーは再びソファに突っ伏し、ノインははぁ、とため息をつく。ジークは二人の間でおろおろと視線を彷徨わせた。

 

「“赤”のライダーに傷付けられるのは神に連なるケイローンだけ。そして、“赤”のアーチャーはこちらのマスターたちを確実に狙ってくる。だからここに一騎は必要になる」

 

 ノインが顔を上げて言い、ジークは後を引き継いで口を開いた。

 

「ライダーはヒポグリフと魔導書で、庭園の砲台を壊して回るとして……」

「だから“赤”のランサーを足止めするのは、俺かルーラーかのどちらかになるな。バーサーカーはマスターを守る側に着くだろうし、彼女は基本的に突貫型だから行かせられない」

 

 やっぱりかぁ、とライダーがまた突っ伏した。

 

「普通あれだけ魔力をバカ食うサーヴァントなら、マスターが自滅しそうなもんなんだけどな」

「確かに普通の聖杯戦争なら自滅を狙うだろうが……今回天草四郎は、大聖杯に溜まっている魔力を“赤”のサーヴァントの維持に回せるんだろう?なら魔力切れは望めない」

「だぁぁっ!どーすんだよっ!鬼強い赤ランサーに無限魔力なんて持たすなっての!」

 

 ソファから顔を上げたかと思うと、そのままごろごろとライダーは頭を抱えて転がる。桃色の長い三つ編みが、動きに合わせて猫の尻尾のようにソファの上を転げ回った。

 そのままライダーが呻き声を上げる。

 

「何かないの?弱点になりそうな逸話とかさぁ」

 

 ふむ、とジークが腕組みをした。

 

「施しの英雄カルナは、確かにマハーバーラタでは倒される側の存在で、最強の敵の一人として位置付けられている。神の策により最強の護りだった黄金の鎧を奪われ、英雄アルジュナによって撃ち落とされたのがカルナだ」

「つまり、神までもが出張って来て寄ってたかって倒そうとしなければ落ちなかった英雄だってことなんだよな……」

 

 それが敵として存在しているのだから部屋の空気は重くなった。

 信仰の元となる逸話に縛られるサーヴァントは生前の死因が大きな弱点となる。

 例えばアキレウスなら踵、ケイローンならヒュドラの毒がそれに当たるのだ。ノインもコンラの死因であるクー・フーリンとゲイ・ボルグの弱点を恐らく引き継いでいるから、その組み合わせには対応できると思えない。

 今回はどちらにもアルスターに連なる英雄がいないらしいのが救いだが。

 しかしカルナの場合は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを逸話が却って証明している。

 直接の死因が鎧を奪われたことだとしても、どうやって鎧を奪うのか分からない。

 

「“赤”のランサーはまともに相手すること事態が駄目な相手だ。ひたすら撹乱して戦場から引き離すしかない。彼に戦いを始めさせないことに尽きるな」

 

 一騎でも一人でも多く、庭園に辿り着いて、聖杯を奪い返すか破壊する。それが“黒”の勝利条件なのだから。

 転げ回るのをやめたライダーは、ソファに寝転がったまま言った。

 

「足止めとか撹乱とか、ボクの得意分野なんだけど……」

「砲台の破壊優先で頼む。あれでフォルヴェッジ姉弟やジークが落とされたら詰むから」

「分かってるよぅ。キミこそ積極的にあんなのを引き受けたりするなよ」

 

 しないと言い切れたらいいんだけどな、とノインは肩をすくめた。

 ここまで最初から追い詰められていては強いも弱いも言っていられないという、破れかぶれのような心持ちになっていたのだ。

 

「“赤”のセイバーの動向はどうなのだろう?」

 

 ぽつりとジークが呟く。

 モードレッドと獅子刧界離たちも庭園には乗り込むだろうが、あちらと“黒”やルーラーはほぼ相互不干渉だ。

 クッションの上に座ったまま、ノインは手のひらに顎を乗せて答えた。

 

「アテにしないほうがいいと思う。あっちは“赤”のアサシンを相手してくれていてほしい。……あと個人的にだが、“赤”のセイバーは苦手だ」

「キミ、やたらとあの猪突猛進騎士に嫌われてるもんねぇ」

 

 何故だろう、とジークが首を捻り、知るわけないとノインが呻いた。

 霊基が強化された今は違うかもしれないが、草原で敵対したときにはノインは普通に彼女相手に押し負けている。墓場まで赴いたときもそうだったが、格下相手にそれほど敵意をむき出しにする彼女の理由が知れなかった。

 何というか、正面切って気に食わないとまで言われてもそこまでノイン本人に彼女を嫌う理由がないために、宙ぶらりんな感じがするのだ。

 

「モードレッドはコンラとも関係ないのに。俺が知りたいくらいだよ」

「性格とかが嫌われてたり?」

「……」

 

 無邪気にライダーに言われ、肩を落としたノインの背中をジークが軽く叩いた。

 

「あまり気にしないほうがいいと思うぞ。どこまで行っても、合わない相手と言うのはいるものだろう」

「どうも。……でもまさかあんたに慰められるようになるとはな」

「どういう意味だ?」

「言葉通りだ。人は変われば変わるものと今更思っただけさ」

「あはは、ノインが気取ったこと言ってら」

 

 けたけたとライダーが笑い、手足をばたばたさせる。明るい笑い声に、ジークがつられて微笑み、ノインは苦笑した。

 

「暗くなっても仕方ないしな。それはそうとライダーは早く真名を思い出せよ。そもそも早く思い出さないと、贈り物の名前を忘れられているロジェスティラが嘆くんじゃないのか?」

「し、しれっとした顔で痛いところを……!……魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)じゃやっぱりダメ?」

 

 首を横にこてんと倒したライダーに、ジークとノインは顔を見合わせ声を揃えて言った。

 

「駄目だ」

 

 一瞬でソファに撃沈したライダーを見た二人から、笑い声が漏れる。

 

「あれ、皆さん……?」

 

 濡れた髪を拭きながらルーラーが現れたときには、彼ら三人はそれぞれに笑っていた。

 “黒”のセイバーと“赤”のランサーの戦闘記録を見た後にしては明るい空気に、ルーラーは戸惑い顔になる。

 

「あ、ルーラーだ。じゃ、次はボクが入るね」

 

 ライダーがソファから飛び降りて部屋を出、入れ替わるようにルーラーが腰掛ける。

 

「どうかしたのですか?なんだかとても楽しそうでしたけれど」

 

 少女に問われて、少年二人は首を傾げた。改めて言われると、さてそこまで何が愉快だったのかは答えられない。

 見たものは絶望的な破壊を齎すサーヴァントの戦いだけなのだから。

 追い詰められたら却って、人間は笑いたくなるものなのかもなと、ノインはそう思ったが口に出すのはやめておいた。流石にそれが、言わないほうが良いことだというのは分かる。

 

「“赤”のランサーの戦いを見ただけだ。凄まじいなと思った」

「施しの英雄カルナですね」

「そう言えば、ルーラーは最初彼に襲撃されたんだったか。何か宝具の手掛かりになりそうなこと、言っていたか?」

 

 そうですね、とルーラーは下ろした長い金の髪を白い指で梳りながら遠いところを見る眼をした。

 湯上がりの良い匂いが鼻をくすぐり、ノインは思わず彼女から視線を逸した。ルーラーは全くそういう様子に気づかないのか、考え深げな顔で口を開いた。

 

「私の特権を考慮して、一撃のみで決着をつけると言っていましたね。けれど私との戦闘になる前に彼は“黒”のセイバーとの戦いに移行しましたから、直接は目の当たりにしませんでした」

「令呪と対魔力を持つルーラーを一撃できるという自信があるのか」

「そこまでは何とも……」

 

 とにかく“赤”のランサーには、想定する以上の破壊力があると仮定したほうが良いなと、ノインは思った。

 ルーラーの『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』と、使えるようになったノインの宝具には高い防御力があるが、対抗できるのかできないのか見てみなければ分からないというのが怖い。

 考え込むように顎に手を当てているジークや、頬杖ついているノインとをルーラーは少し憂い顔で眺めていた。

 彼女の様子に気づいたのか、ジークが首を傾げた。

 

「ルーラー、何か心配なのか?」

 

 ルーラーは否定のつもりか手を上げかけるが、結局ジークの紅い眼を見て思い直したように手を膝の上に置いた。

 

「……もしかして、“赤”のサーヴァントたちのことではないのか?」

「となると……天草四郎か」

 

 彼がどうかしたのか、とジークは重ねて問い掛けた。ルーラーははい、と頷いたあと、耳に髪を掛けてから尋ねた。

 

「聞いてみたいのです。二人は天草四郎についてどう思っていますか?」

「敵の首魁……っていう答えが聞きたい訳じゃあないんだな。その様子だと」

 

 ノインは乱暴な仕草で頭をかいた。数日前より伸びた髪が乱れる。

 ジークはしばらく黙ってから口を開いた。

 

「人類救済というのは、俺には正直よく分からない。でもそれを目指している彼が恐るべき人間だと思う」

「……前にも言ったような気がするけど、俺も同じだな。一人の人間としてどうこう、とまでは喋ったこともないから分からない。相手の首魁でとんでもない願いを掲げているという印象しかない」

 

 正直な答えにルーラーは自分の頬を両手で押さえた。

 庭園で相対した彼は、下手をすれば己のサーヴァント以外を敵に回す状況でも微笑み、人類救済という聖人の願いを謳い上げていた。

 聖人に似つかわしくない感情が僅かながらに溢れたのは、ダーニックの遺体を見たときと、それにノインを見たときだけだ。

 

「ノイン君、貴方は天草四郎……いえ、シロウ・コトミネに会ったことは?」

 

 少年は両手を振って否定した。

 

「ないない。あったらあの気配は流石に覚えてる」

「そうですよね……。英霊コンラのことを考慮してもアイルランドと日本では、接点など無いはずです」

 

 その割に天草四郎は一瞬ノインを見たときに、苛立ちを見せた気がした。あのときのノインは正気でなかったから、言葉を交わした訳でもない。

 ノインの言うように彼個人と天草四郎は、まるきり他人のはずだ。

 

「でも、あっちは俺を知ってたとしても不思議じゃないだろう。俺の元マスターの動向くらい彼は調べていたはずだ」

 

 ダーニックは一度は聖杯を奪ったのだから、天草四郎の仇敵と言っていいだろう。だから仇敵の配下相手に良い感情など持たないほうが当たり前だとノインは言う。

 どちらにしても、彼はあまり天草四郎から向けられた苛立ちや嫌悪を大きく捉えていないようだった。

 

「そんなに気にしなくて良いと思うぞ、ルーラー。これ以上悩みを増やすのは良くない」

 

 果てはそんな風に逆に気遣われて、ルーラーは眉尻を下げた。

 得体の知れなさが怖くないのかと聞くと、ノインは唸って答えた。

 

「俺は“赤”のセイバーのほうがおっかない」

「……彼女がどれだけ苦手なんだ」

 

 ぼそりとジークが言うと、ノインはふんと鼻を鳴らして開き直った。

 

「仕方ないだろ。初対面で石畳に叩き付けられたし、宝具撃たれたし、人の話をまともに聞いてくれなさそうだし、会う度にキレてるし……あとマスターの顔が強面だし」

「前半はともかく最後は子どもか。ノインは俺より歳上だろうに」

「苦手なものに歳は関係ないだろ!」

 

 珍しくむきになったノインとジークの言い合いに、ルーラーは呆気に取られてからくすりと笑った。

 

「ほらルーラーに笑われたじゃないか」

「ライダーじゃないがあんたは本っ当に口が立つようになったな!」

「話を聞いてくれる相手が沢山いてくれたからだ。ノインだって同じじゃないのか?数日前より口数が増えたとライダーが言っていたぞ」

 

 妙に悔しそうにノインは頷いた。

 恐らく、弟か何かのように思っていた相手から正論をぶつけられてそれで悔しそうな顔になるのだろうとルーラーは思った。

 

―――――聖女様、あの人の場合は多分妹だと……。

 

 小さくルーラーの中で声がした。眠ったように黙っていたレティシアの声だった。

 表に出たいのかとルーラーは入れ替わろうとするが、レティシア自身がそれを止めた。

 

―――――いいえ、このままで良いんです。私、今は何を言っていいか分からないから。……だから見守らせて下さい。あの人たち、とっても楽しそうですから。

 

 それきりレティシアは奥へ戻る。

 ルーラーは意識を目の前に集中させた。

 まだ喧々とジークとノインはやり合っている。楽しそうなのは良いことなのだけれど、何処かで止めないと際限が無さそうだった。

 ぱん、とルーラーは胸の前で軽く手を叩いた。

 

「二人とも、今日はそこまでです。早く寝て、きっちり疲れを取って下さい。ライダーが戻って来たら、ノイン君がお風呂に行くのです」

 

 言い合っていた割に、二人ともがそっくり同じ仕草で素直に頷いた。

 

「それから明日は……」

 

 きょとんと今度は二人が首を横に倒した。一瞬詰まってから、ルーラーは言った。

 

「明日は、街に出ましょう」

 

 何かをするためでもないし、何かやらなければならないことがあるのでもない。

 ただ五人で街に出て、遊んでみましょうとルーラーは言った。

 虚を突かれたための沈黙が少しの間漂う。

 

「いいな、楽しそうだ、それ」

 

 先にノインは手を上げて賛成してから、ジークの顔を覗き込んだ。まだ彼が戸惑い顔をしていることに気づいて、ノインは背中を軽く叩く。

 

「良いじゃないか、行こう。俺は行きたいよ」

 

 な、と言いにこりと笑ったノインにつられるように、ジークも微笑みを返したのだった。

 

 

 

 

 

 




真面目に考えて誰がどうすんだよあの赤の槍兵、という話。

次回は遊ぶ。

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