九番目の少年   作:はたけのなすび

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感想、評価くださった方、ありがとうございました。

では。


act-33

 

 

 

 城に戻ったバーサーカーとノインが行き当たったのは、最早馴染みになっている光景だった。

 ライダーとジークとルーラー。この数日、ノインにとって一番関わりが長く深い彼らは、今日も今日とて三人で固まっていた。

 城の扉をくぐってすぐの広間で、三人は何やら話している。表情から察するに、漂っている空気は明るい。

 階段の手摺に座って足をぶらぶらさせているライダーが話す何かに、階段に腰掛けて彼を見上げるジークが生真面目に相槌を打ち、その隣にいるルーラーがそれを優しい表情で見守っては時折口を挟んでいる。

 

「あ、ノインにバーサーカーだ。お帰りー」

 

 気配に気づいたライダーが片手を振る。ノインは振り返し、バーサーカーは小さく唸った。

 ぴょん、と桃色の三つ編みを揺らしてライダーは手摺から飛び降りる。

 

「ルーン爆弾はどうだった?」

「改造はすべて完了した」

「そっかー。お疲れ」

 

 バーサーカーも頷き、霊体になって姿を消す。カウレスのところへ帰るのだろう。

 そう言えばコンラの霊基が使えるようになったが、霊体化はできないなとバーサーカーの消え方を見てノインは思った。

 できたら便利だろうなとは思うが、こればかりはどうしようもない。むしろできなくて当たり前なのだ。ノインは肉の体があって、まだこの世での寿命を終えていないのだから。

 

「ねぇ、ボクらはこれからユグドミレニアの皆が用意してくれた家に移るんだ。フォルヴェッジの二人の儀式の秘密、漏れたら駄目だからって。で、キミも行かないかい?」

 

 ライダーが言い、後ろでジークも頷いていた。

 ノインは少し考えてから口を開く。

 

「……ありがとう。後で寄らせてもらう。その前に行くところがあるから、先に行っておいてくれ」

「どこですか?」

「ロシェのところだ」

 

 ルーラーとジークは何故と言いたげに目を細めた。

 キャスターの死の衝撃からロシェは何とか持ち直したが、ノインへの当たりはまだきつい。その彼の元をわざわざ訪ねる理由はすぐには思い付かなかった。

 

「彼のところの映像記録に用があるんだ。それが済んだら行くから、先に拠点へ向かっていてくれ」

「ボクらが一緒に行ってもいいんじゃない?」

 

 ノインはライダーに向けて首を振った。

 

「この面子で行くとロシェが頑なになりそうだから、俺だけで行くよ。時間がかかるかもしれないから、先に行っておいてくれ」

 

 ルーラーとライダーとノインは、『王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)』を破壊した当人たちだ。だから、その彼らが全員で押し掛けたらロシェは良く思わないかもしれない。

 ここでこれ以上待ってもらうのも悪いから、先に行っておいてほしいとノインは言った。

 

「待つのは俺たちには苦じゃないぞ」

「いや、でも俺が気になるから。勝手だけどさ、またな」

 

 そう言って、するりとノインは城の奥へと去った。敏捷値の高いデミ・サーヴァントだからか、その動きは無駄なくらいに速い。

 下手くそな物言いだなぁ、とライダーは肩をすくめる。

 

「仕方ないや。マスター、ボクらは拠点へ行っとこうか」

 

 ほらほら、とライダーはジークの手を取る。ルーラーは、と見れば彼女は残るつもりなのかノインが消えた方から視線を外していなかった。

 ライダーに引っ張られながら、ジークはルーラーの方を見た。

 

「ではルーラー、ノインを頼んだ」

「ええ、もちろんです。彼には少し尋ねたいこともありますから」

 

 ルーラーはそう言ってジークたちに向けて片手を振る。

 どういう意味なのだろうかと考えながら、ジークはライダーと共に城を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャスターのためにダーニックが用意した地下の工房は、当事者たちが永久に去った今、そっくりそのまま弟子が受け継いでいた。

 入り口に立って覗くとホムンクルスたちの食堂である大広間よりも広い工房が、かなり薄暗い空間が一望できる。

 中では、人に近い形のゴーレムが稼働し、他のゴーレムを組み立て続けている。様子は魔術師の工房というより、映像で見たことのある自動車の生産工場というものに近かった。

 それでも人の話し声や気配もなく、ただゴーレムたちの駆動音しか聞こえないのは少しばかり気味が悪い。

 彼らの動きの中心には、机に向かっている巻き毛の少年がいる。

 開きっ放しの扉をノインが挨拶代わりに叩くと、少年は顔を上げた。

 

「……なんだ、君か」

 

 途端に顔を顰めたロシェに、それでもノインは軽く会釈した。

 

「何の用だよ。僕は暇じゃないんだけど」

「分かっている。それほど手間のかかる用ではない。戦闘の映像が記録されている魔道具ないしゴーレムを探しているだけだ」

 

 そう言うと、ロシェは無言で工房の片隅を指差した。

 魔道具の類はキャスターが見ていたものもあるから、目ぼしいものは皆ここにあるとノインは思っていた。偵察用のゴーレムが記録した映像を再生することがノインの目的であり、その程度ならノインの素の魔術の腕でもできる。

 その中でノインが探しているのは、“赤”のランサーがこちらのセイバーと戦ったときのものとランサーとの草原の戦いの記録だ。

 前者はともかく、後者はあれだけの乱戦だったから壊れて残っていない可能性もあるが物は試しである。

 ゴーレムたちの中をすり抜けて、ノインは床の上に積まれた魔道具の山の前に立った。

 仮に仕込まれている迎撃用の魔術が発動しようが、対魔力スキルがあるノインには効かないため、彼は無造作に魔道具を掻き回して探した。

 起動させては投影された映像を確認する作業を繰り返して、目的のものをノインは見つける。

 “黒”のセイバー、ジークフリートと“赤”のランサー、カルナの最初で最後の戦いの映像だ。

 それが収められた偵察用ゴーレムをノインは抱えた。

 

「ロシェ。これ、持って行って良いか?」

「いいよ、別に。それ取ったらさっさと消えてよ。当主代行にゴーレムを造るように言われてるんだから」

 

 庭園を急襲する雑兵と飛行機を緻密に操作する操舵手のゴーレムを、ロシェはフィオレに言われて作製しているそうだ。

 

「先生がいたんならもっとサーヴァントの相手ができるのだって造れたかもしれないけど、ムリだからね」

 

 どこか投げ槍な言い方からして、ロシェには聖杯をユグドミレニアの手に取り戻すということ自体、関心が薄いように見えた。

 彼の願いが何だったかをノインは知らないが、最早それは彼の中ではどうでも良いものになったのだろう。

 ロシェを見ると逆に、聖杯にあれだけ拘ったダーニックのことがノインの頭を過ぎった。

 自分自身を対価に差し出しても願いを叶えたかった男は自身のサーヴァントと共に既に亡く、願いを叶える気がなくなったマスターの生き残りは目の前で淡々と機械人形を造っている。

 視線を感じたのか、ロシェは頭を上げずに答えた。

 

「何だよ」

「何でもない。邪魔をして済まなかった」

 

 鳥の形の偵察ゴーレムを片手で振って、ノインは出口ヘ向かった。

 

「デミ・アーチャー」

 

 出て行けと言ってきたばかりの少年に呼び止められて、ノインは敷居のところで振り返った。

 ロシェは俯いたまま、今度は机の上に置かれた円筒状のものを撫でていた。見たところ、ゴーレムの部品に見えた。

 

「これさ、何か分かるか?」

「……ゴーレムの部品か?」

「そ。これも『炉心』さ。素材が見つからなかったら使えって話だったよ」

 

 でもさ、とロシェは声を潜めた。

 

「先生がそんな妥協したとは思えない。あの人のゴーレム造りの腕は最高だったんだから。こんなのはただのガラクタだよ。炉心は絶対、生きた魔術回路を持ってる奴じゃなきゃならなかったはずだ」

 

 しかしキャスターは、万が一のときはそれを持って自分の元へ来るようロシェへ告げた。

 その指令が出されることはなく、ロシェの師はノインを『炉心』にしようとした。が、もしもあのときこの()()()()を自分の元まで持って来いということをキャスターが言ったなら、ロシェは喜んで従っただろう。

 自分たちの悲願が叶うからと、躊躇いなく。

 しかし、今ロシェの手元に残ったものは偽物だ。彼はキャスターに嘘をつかれていたことになる。

 ロシェはそのことに気づいたのだ。

 彼は自分の方が『炉心』にされていたかもしれないという可能性に勘付きかけていた。

 しかし、尊敬する師は弟子の自分にそんなことができる人間ではなかったはずだと、ロシェは思いたいのだ。

 ゴーレムに育てられ、親の顔ではなくゴーレムの存在を教え込まれて、ただ機械人形を造り続けるフレイン家。そこで育った子どもには、他人の感情を自分と結び付けて推し測ることも、導いた答えに怯えることも、きっとろくにしてこなかったのだろう。

 おまけにその怯えを見せる相手が、蟠りしかないようなノインだ。

 感情を見せる相手としては最も適していないだろうに、とノインは内心思った。

 ノインは無表情の下で、ため息をつきたくなった。城へ戻ったあのときに、何でお前が生きていて先生が死んだんだ、とまで罵って来たのはロシェだ。

 いっそ何もかもぶち撒けてしまえば、自分の気が楽になるのだろうか。

 今は真紅へと変わった瞳を細めて、ノインはロシェを見る。

 けれどゆっくりと名残惜しげに筒を撫でるロシェの手を見て、ノインは感じた胸の奥のざわめきが遠ざかるのを感じた。

 キャスターがどんな人間であれ、ロシェが師のゴーレムの腕前ばかりに心を奪われて、その真意を全く理解できていなかったとは言え、彼らの間にあった信頼と憧れだけは本物だった。ただキャスターの中では、一番に慮るべきことでなかっただけで。

 思いのすれ違いには怒りを感じられない。ただ、虚しいだけだった。

 

「……さあな、俺はゴーレムになりたくなかっただけだから、彼の話なんてろくに聞いてない。ゴーレムを造ったこともないから、そっちの情熱も理解できない。彼の考えだってもう誰にも聞けない」

 

 顔色に気をつけて嘘と真実を同じように口にする。

 もう一度アヴィケブロンを召喚したとしても、その彼はロシェのことを知らない別人だ。

 仮にここに居た“黒”のキャスターの真意を幾らかでも理解できる誰かがいるとするならば。

 

「キャスターと同じゴーレム造りができる人間だけだろう」

 

 ゴーレム造りの道を極められたなら、頂点にいたアヴィケブロンと同じ世界だって見ることができるようになるはずだろう。

 そう言うと、ロシェはノインがこの部屋に来てから初めて顔を上げた。

 

「ここを生き延びられたなら、あんたには長い時間があるだろ、多分さ」

 

 キャスターの背中を追い掛ける人生でもなんでも好きにすることができる。

 ノインがそう言っても、ロシェはまだぼんやりした顔をしていた。

 これ以上はノインに言えたことではなかった。アーチャーのところに駆けて行ってどうすればよいか尋ねてみたいくらいだが、そんな時間は無いし彼はフィオレのサーヴァントだ。

 

「このゴーレムは持って行く。ありがとう」

 

 逃げるように言って、工房からノインは出た。

 早足で歩き、地上に上がって曲がり角を折れたところでノインは誰かとぶつかりそうになって急停止。反射的に体が反応し、ぎりぎりで後ろに飛び退る。

 

「ああ、お前か。ジークたちと街に行かなかったのか?」

 

 そこに居たのはトゥールだった。

 

「これから行くところだ」

「そうか。あいつらは何だかんだと広間で待っていたからな。あまり待たせてやるなよ」

「分かっている。それにしても、ジークの姉みたいだな」

 

 軽くトゥールが鼻で笑う。

 その様子を見て、ふと気になったことをノインは口にした。

 

「トゥール、あんたはどのくらい生きられるんだ?」

「二ヶ月というところだな」

 

 乾いた口調でトゥールは言った。

 

「そうか」

「まぁ、私たちはそう造られているからな。仕方ないさ」

 

 苦笑のつもりかトゥールは少し口の端を曲げ、少し声を落とした。

 

「とは言え、気掛かりはジークだな。同胞の面倒をよく見たがるが、私たちは皆あいつを置き去りにして一人にしてしまう。そうなったときに、軽はずみな人生を送らなければよいが」

 

 トゥールの声は事実だけを淡々と述べ、そこに自分たちの境遇を嘆く気配はなかった。だが、ジークへの気遣いは確かに感じ取れた。

 確かにジークは、自分の生命を借り物のように捉えている節があった。英雄ジークフリートの生命を授かった責任を感じ続けているのだろう。

 ジークフリートは、自分の意志でジークに心臓を与えたのだから自分の生命に後ろめたさを感じる理由などないのに。

 生命はすべて最初は授かりものなのだから憚ることない自分のものだと思えれば良いのになぁ、とノインは思う。

 

「危ないことをするなと、あいつをきちんと叱り飛ばしてくれるライダーやルーラーは、この世の客分だからな。聖杯戦争が終われば消えてしまう。あとジークと関わりの深いのはお前だが……」

 

 トゥールはノインを見て、紅い瞳を細めた。

 

「お前も……それほど長くはないんだろう?」

「……どうしてそう思う?」

「お前と私たちは人かホムンクルスかという差はあれど、目的があって生み出されたことは同じだ。特にお前は英霊という規格外の器になることを目的に生み出されたのだろう?」

 

 容赦なしに要点を突いてくるなとノインは思いながら頷いた。

 トゥールは続ける。

 

「英霊との対戦を想定して鋳造された私たち戦闘用は著しく寿命が短い。それならば、似たようなお前の寿命もまず人並みに設定できなかったはずだ」

「分かった、分かったよ。降参だ。あんたの考えは正解だ」

 

 両手をノインは上げた。

 

「隠したかったことだったのか?」

「そうだよ。言ってどうなるものでもないから」

「嘆かれたくなかったんだろう。それはお前の勝手だぞ」

 

 分かってる、とノインは肩を落とした。

 寿命のことは諦めて、受け入れている。自分はそれで良いともう決めた。

 そのことを隠したのは、戦いから遠ざけられたくなかったのと嘆かれたくなかったからだ。確かにノイン個人の事情だった。

 

「あんた本当に容赦がないな」

「煙に巻かれている時間はないからな」

 

 それでどのくらいなんだ、とトゥールは言った。静かな言葉なのに問い詰められている気分になる。

 諦めたようにノインは息を吐いた。

 

「……長くて二年。このままの生活を続けたら一年かそこらだな」

 

 デミ・サーヴァントのために造られた子どもたちの中では一番長く生きているのだが、そういう問題でもない。

 

「デミ・サーヴァントでなくなれば延びるのか?例えば、英霊と切り離せば……」

「残念だけど無理だな。彼が出て行くとその瞬間に俺は死んでしまうから」

「八方塞がりか」

「そういうこと。それこそ奇跡でもない限り、もうどうこうできる話じゃない」

 

 だから残るべき生命に対して、何かしていきたいと思う。何かを残していきたいと、どうしても強迫観念のように思ってしまうのだ。

 トゥールのジークへの気遣いもそういう部分があるのだろうし、ノインはコンラとより深く同調する道を選ぶことにその思いが表れた。生命を縮めると、分かっていたのにも関わらず。

 多分、まともな人間のやり方、考え方ではない。破滅的すぎる。ジークに自分を顧みろなどと、言えるはずがないのだ。

 

 ノインの手の中で、石でできたゴーレムが軋む音がした。

 

 自分自身の我は戻った。自分が何が好きで何を厭わしく思う人間か、はっきりと判断できるようになった。

 己の中身は、至極単純なのだ。自分に良くしてくれた人々が幸せであることを願い、彼らが傷つくのを見たくないというだけ。

 子どもの心をそのまま残して、十六歳まで生きてきたからそういうことになる。

 しかし何をしたら、自分が好きになった彼らが幸せなのかが分からないのだ。戦ってばかりで悲しいほど想像力が働かない。

 

「……人間(俺たち)が生きることは大変だよな。お互いにさ」

 

 ホムンクルスの少女は、とても人間臭い仕草で肩をすくめて鼻を鳴らした。

 

「全くだ。……庭園では、仲間をよろしく頼む」

 

 はいはい、とノインは鳥のゴーレムを軽く振った。

 少し決まり悪そうな顔にも見えるトゥールに、軽い笑顔を向ける。彼女はすれ違って廊下の奥に去った。

 ノインははぁ、と息を吐く。何となくぽーん、とゴーレムを鞠のように投げ上げて受け止めた。虚ろな石の眼と合う。

 

「何をやっているんだろう、俺は」

 

 呟いて、先へ行こうとしたとき廊下の陰から出て来た人影が一つあった。

 

「ルーラー?」

 

 蒼白な顔の金の髪の少女は頷き、ノインをひたと見つめていた。

 

 

 





真名開放に伴い、タグに付け足しました。
前話から通すとバーサーカー→ロシェ→トゥールの順でのコミュ回。

明日の更新はすみませんが、ありません。

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