九番目の少年   作:はたけのなすび

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感想下さった方々、ありがとうございました。

では。


act-14

 

 

 

 

 

 生命が助かった安堵に浸っている場合ではなく、そういう訳で庭園へ急げと言われた、とノインは単刀直入にライダーに告げた。

 

「サーヴァント使いが荒いなあ、もう!」

 

 ライダーはそうは言ったものの、ノインがダーニックに言われたことを、ジークやルーラーに聞こえないよう念話で告げると、表情を引き締めた。

 

「仕方なしかぁ。……よし、ヒポグリフ!超特急で戻るぞ!」

 

 嘶くヒポグリフを召喚し、ライダーは飛び乗る前にジークに向き直った。

 

「……助けてくれてありがとう。でも、あんなことボクは望んでない。……さっきノインに頭突きされてたからボクは何にも言わないけど、もうやっちゃダメだからな」

「……分かった」

「うん、いい返事だ」

 

 ジークフリートの心臓が鼓動しているジークの胸を、ライダーは指でとん、と優しく突き、ヒポグリフに跨った。

 

「あ、ルーラーはどうする?ぎりぎり三人乗りできなくもないけど」

「私は走って行きます。ご心配なく。全力で走ればすぐに追い付きますので」

 

 宝具で“黒”を助けた上に“黒”の騎乗兵に手助けされては、流石にルーラーとして公平性に欠けると判断したらしい。

 ルーラーよりも、むしろあちこち損傷が回復していない自分たちのほうが遅れるかもしれないな、とノインはヒポグリフを見上げ、幻馬が自分たちに負けず劣らずぼろぼろなことに気付いた。

 

「ライダー、この馬、かなり怪我していないか?」

「あ、ヤバ。さっき砲撃で叩き落されたんだった!……おーい、イケる?……うん、頑張ってくれ!」

 

 不満そうな呻き声を上げるヒポグリフの首筋を撫で、ライダーはほら、とノインに手を差し出した。

 これで二人乗りが大丈夫なのか、と思いつつノインはライダーの後ろに収まる。

 申し訳程度に、ノインはライダーとヒポグリフ、それと自分に治癒のルーンを描いた。脇腹の傷だけでも治さなねばならなかった。先程のように動きを止める訳にはいかない。

 

「お、ありがとノイン。―――――そら、行くよ!」

 

 ヒポグリフが飛び立つ直前、ノインはジークとルーラーの方を見た。何となくだが、彼らとは再び会う気がした。

 それも、赴く庭園から自分が無事に帰って来られたらの話なのだが。

 じゃあな、と言う代わりにノインは小さく手を振った。ジークが何か言おうとした途端、凄まじい勢いで上へ引っ張られノインは慌ててライダーに掴まる。

 

「……!……!?」

「おっ、珍しく驚いてるねぇ!まぁ、初めてだもんね!」

 

 正面から吹き付けて来る風にぼさぼさの髪をはためかせ、眼をぱちくりさせているノインを見ながら、ライダーは愉快そうに笑った。

 ルーラーやジークも、あっという間に後ろに流れて行く。そうなると今度は、戦場だった場所がよく見えた。そこここで煙が上がり、ゴーレムや竜牙兵の残骸、ホムンクルスたちの体が転がっている。

 ここまで感じていなかった、様々なものの焦げる臭いが押し寄せて来て、ノインは軽く眩暈がした。

 

「……ライダー。聞いても良いか?」

「ん?何だい?」

「バーサーカーのことだ。彼の誇りとライダーは言っていたが、それは、結局何だったんだろう?」

 

 怪物のような姿の彼にライダーが英雄の誇りを問いただした時、彼の行動は確かに変化した。姿形がいくらヒトから離れても、誇りというのを尚持ち続けていたからこそなのだろう。

 最初にノインに誇りという言葉を告げたのは、”黒”のランサーだ。

 彼には自らに被せられた化け物、吸血鬼の汚名を誇りにかけて晴らすことを望みとしている。

 ”赤”のバーサーカーは彼を打ち倒すことを望んでいた。それは結局敵わなかった。敵わないまま、彼は死んだ。

 様々なものを巻き込み、破壊をまき散らした末の死だったが、彼がいなかったら間違いなく”赤”のセイバーに自分たちは殺されていたのだ。

 とはいえ、ルーラーがいてくれなかったらやはり爆発で死んでいたろうとは思う。

 ルーラーの煌めきとバーサーカーの破壊の光を思い出すと、ノインの心は複雑だった。

 単純に悲しいのかと言われると―――――違うのだ。

 ただ、この世から何かが一つ砕けて墜ちて、燃え尽きた。そして失われたそれは、もう二度と元には戻らないのだと、そう思った。

 

「うーん、それはねぇ……ボクには言えない!」

 

 ライダーはヒポグリフの手綱を握って言い放ち、ノインは押し黙った。

 

「ボクが何か言ってしまったら、それがキミの答えになってしまうだろ。だから、キミには言えない。キミが感じたことがキミの答えだよ」

「つまり、自分で答えを出せと」

「そういうこと!ボクらは考えて、感じて、行動する心がある人間なんだから。あ、こういうのはアーチャーの言いそうなことだけど」

「……そうか」

 

 騎士アストルフォ、闘士スパルタクス、聖女ジャンヌ・ダルク、賢人ケイローン、公王ヴラド・ツェペシュ。

 彼らの真名は知っていても伝え聞く物語をいくら知っていても、それはただの情報で、断片だ。

 結局は、自分で関わって得たものを通してしか、彼らのことなど理解できるはずもないのだ。

 ノインの主は、彼にそのようなことを望まなかった。

 理解など、感情など、お前には不要だとダーニックは断じていた。詰まる所は、ノインが使い方を誤れば危険な道具だからだ。

 魔術師として、正しい対処だ。

 この世に生誕した方法からして、確かにデミ・サーヴァントは真っ当ではないから、それ故の当たり前なのだろうと認識していた。だから今までは、その虚ろさに気づいてはいても何も思ったりはしなかった

 それでも、虚ろでも木偶でも、自分は今を生きている。そう感じるようになってしまった今は、ノインは元には戻れなくなっていた。

 

「……まぁ、いずれにしても目の前の任務が先だな」

「そうだねぇ。色々考えるのは生き残ってからさ。ともかく、庭園にどうやって入るつもり?」

「途中で飛び降りる」

「オッケー、了解!」

 

 頷き返して、ノインはライダーの肩越しに前を睨む。

 半壊したミレニア城塞と大聖杯を飲み込みかけている空中庭園は、もうすぐそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、ややふらつきながらそれでもかなりの速さでヒポグリフは飛び去っていった。その光景を、ルーラーは大地に立って眺める。

 ライダーの後ろに乗ったノインの顔は若干引き攣っていたように見えたのだが、気のせいだと良いと思い、ルーラーは頭を振った。

 

「さて、ジーク君。……貴方はここまでです」

 

 ルーラーはホムンクルスの少年に告げ、彼も頷く。

 ノインにしろ彼にしろ、表情の変化に乏しい。それを含めて、ルーラーは彼らが似ている気がした。

 自己がまだ定まっていないから、他人の為に簡単に自分を捨て石にできてしまう危うさがそっくりだ。

 ジークとノインの違いは、戦う力があるかないか。救いたいという同胞がいるかいないか。

 だからノインは戦い、ジークは同胞の所へ戻らなければならない。

 

「分かっている。……ルーラー、すまなかった。あなたに危険に身を置くなと言われていたのに」

 

 それでも彼は、ライダーを助ける為に動いてしまったのだろう。

 ルーラーは小さく微笑んだ。

 

「それが分かってくれたなら、ライダーもノイン君も喜びますよ」

 

 ノインに至っては頭突きまでしたようだし、とルーラーは内心呟いた。淡々とした雰囲気に反して、口より先に手が出る人間らしい。

 

「では、ジーク君」

 

 そう言い残して、ルーラーは駆け出す。この聖杯大戦の裏に何かあるとするなら、それは空中庭園にいるはずの“赤”の陣営が鍵を握っているはず。

 その予感に突き動かされ、彼女は庭園へと走り去る。

 残されたジークは、しばらくヒポグリフとルーラーの去った方を見ていたが、やがて辺りを見回した。

 彼が岩陰の土の中から拾い上げたのは、ライダーの剣だった。土に埋もれても汚れの無い、闇の中でも輝く刃とそこに映る自分の茫洋とした顔を見て、ジークはそれを腰の鞘に収める。

 同胞のホムンクルスたちのところへ、戻らなければならない。戦場でさっきの爆発に巻き込まれた者がいたら、彼らも助けなければならない。

 今はただ、自分にはそれしかできない。

 自分を助けてくれた人、自分のために怒ってくれた人の顔が過る。生まれて半年も経っていない無力な自分では、結局彼らに何も返せないのだろうか。自分一人の力で、同胞を守ることもできないのだろうか。

 当たり前のはずのそれが今更思い出されて、ジークはまたヒポグリフの消えた空をつい見上げる。

 彼らの姿は、既に空の中の一つの点になっていた。

 それを見届けて、ジークも走り出す。打ち付けた体は所々痛みがある。宝具の熱で火傷でもしているのかもしれない。

 けれど、そんな痛みはなぜか気にならなかった。

 大地を踏んで走る度、どくん、と受け継いだ心臓が鳴る気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「これは、バビロンの空中庭園かと思ったが……」

「違うみたいだけど、分からないなぁ。“赤”のアサシンの顔も見たけど、どっかの女王様だね、あれは。でもそれ以外はさっぱりだ」

 

 そんな会話をしながら、ライダーとノインは庭園付近に到達した。一度砲撃で叩き落されたライダーは流石に慎重になり、近くにまで接近するのを躊躇ったのだ。

 そろそろ頃合いか、とノインは槍を手に持った。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 軽い掛け声と共に、ノインはヒポグリフの背中から飛び降りる。

 落下しながら、ノインはルーンで風を操りつつ壁面に槍を突き刺す。それに片手で掴まったかと思うと、槍を支えにくるりと体を回し、壁面を蹴ってあっという間に庭園へ入ってしまった。

 野生の猿顔負けのような動きに、ライダーはうわぁ、と驚きの声を上げる。

 てっきり飛び降りて地上から行くのかと思ったのだが、降りずに乗るとは想定外だった。

 器用なことするなと思いながら、ライダーは城塞へ戻るべくヒポグリフを降下させるのだった。

 

 中に入ったノインは、気配を辿る。

 話では“黒”のアーチャー、キャスター、ランサーとダーニックが庭園に直接赴いている。流石に城塞を完全に空とするわけにはいかないから、“黒”のバーサーカーは地上にいるという。

 そしてユグドミレニアの当主で、マスターでもあるダーニック自ら出向くことが、そのまま彼の焦りを表していた。

 確かに大聖杯を丸ごと強奪されるなど、予想外だったのだろう。このような大規模な宝具を展開できことを考えれば、“赤”の布陣は昨日今日で立てられたものではない気がした。

 大聖杯が奪取されかかっている事態だというのに、ノインはそうしてどこか状況を俯瞰していた。

 聖杯自体にノインは拘りがあるわけでは無いのだ。感じたことのない密度と規模の魔力の塊に心底驚きはしたが、ルーラーに会ったときのように見惚れはしていない。

 ノインは無色の魔力は魔力でしかないと、切り捨てていた。

 サーヴァントのくせに願望機たる大聖杯を前にそんな反応なのか、と魔術師たちならば眼を剥くだろうが、心奪われなかったのだから仕方ない。

 しかし、彼の主は半世紀以上もそれを求め欲し、このような戦いまで引き起こした者なのだ。

 

――――――だからこそ、嫌な予感がする。

 

 間に合えばいいのだが、と思いながら“黒”のサーヴァントたちの反応を辿るノインは、庭園内を駆け抜ける。

 植物や水が、何故だか下から上へ流れて行く奇妙さは捨て置いた。

 

「ノイン!」

 

 やがて、飛び降りた先で呼び止められノインは急停止した。見ればアーチャーとランサー、キャスターがいた。

 ノインを呼び止めたのは“黒”のアーチャーである。

 

「無事でしたか。“赤”のバーサーカーの宝具に巻き込まれたかと思いましたよ」

「……あ」

 

 まさか、ライダーどころかジーク共々爆心地にいてルーラーに助けられていたとは“黒”のランサーがいる場所では言えなかった。

 結局上手く言えずに、ノインは詫びを込めてアーチャーに小さく頭を下げると、彼らと共に走り出した。

 

「アーチャー、俺のマスターは?ここに来ているらしいんだが」

「姿が見えません。我々とは別行動を取ったようです」

「ここはサーヴァントの戦場だから、何処かに隠れているのだろう」

 

 ゴーレムを引き連れたキャスターが言い、ノインは頷いた。恐らく“黒”で最も聖杯を欲しているだろうランサーは先頭を疾駆していて、何も言わない。

 その彼が立ち止まる。

 教会の聖堂に似た幅の広い廊下の先に、数騎のサーヴァントがいたのだ。

 “赤”のランサーとライダーは槍を、“赤”のアーチャーは弓を構えている。

 大聖杯の気配この先にある。しかし、“黒”は取り戻したいならば彼らを倒さねば先に進めない。単純な話だった。

 

「アーチャー、ノイン・テーター。お前たちは“赤”のライダーとアーチャーを相手取れ。余は“赤”のランサーを倒す。キャスター、ゴーレムでの援護を担当しろ」

 

 指示に、“黒”のサーヴァントたちは散開した。

 動いた瞬間、ノイン目掛けて“赤”のアーチャーの矢が襲い掛かる。

 槍で叩き落とすも、既にアーチャーの姿はない。彼女は壁に取り付き、そこから矢を放つ。

 獣のような軌道は相変わらず読めない。それでも反応速度で叩き落とせなくはなかった。それに先程の戦場よりここは狭い。それならばまだ、やりようがあった。

 ノインも壁を蹴って駆け上がり、槍を滑らせる。アーチャーは更に駆けながら、振り向きざまに矢を放った。

 それを炎のルーンで焼き尽くし、炎の陰に隠れて更にノインは走った。

 追い付き、アーチャー目掛けて槍を突き出す。手にした大弓で彼女はそれを受けた。

 そこへ“赤”のランサーが放出した炎の余波が到達した。アーチャー、ノインは双方飛び退き、再び中空で激突。

 二人は軽業師のように、空間を所狭しと駆け回りながら戦い続けた。すれ違いざまにアーチャーの矢がノインの頬を切り裂けば、槍がアーチャーの腕を掠める。

 双方決定的な一撃が放てず、アーチャーとノインは距離を開けて着地した。

 

「手詰まりか、デミ・サーヴァントとやら」

「お互いにな、“赤”のアーチャー」

 

 “赤”のアーチャーもノインも宝具は広域破壊型。狭い空間では味方を巻き込みかねないため、二人とも封印せざるを得ない。

 だが、状況的には自分の方が不利だとノインは無表情の下で考えていた。

 ここに来るまでの消耗が思っていたより激しかったのだ。“赤”のアーチャーは涼し気に弓を構え、泰然と立っているが、ノインは体の傷が治りきっておらず、消費した魔力も取り戻せていない。

 アーチャーもそれは察しているのだろう。だから彼女は全く焦っていない。ノインの強がりも見抜かれているだろう。

 畜生、とノインは血の味のする唾を飲み込んで槍を構えた。

 ”赤”のアーチャーが少年の有様を見て不敵に笑い、矢を弓に番えたそのときだ。

 ノインは別の気配を感じた。見上げれば、サーヴァントたちの戦う場所を見下ろせる位置にダーニックがいる。

 何故そんなところに、というノインの驚きを感じ取ったのか、ダーニックはデミ・サーヴァントの少年を見下ろした。少年と魔術師の眼が空中でぶつかる。

 ダーニックの手には、ノインの令呪が刻まれた書物が握られていた。

 それで一体何をするつもりなのか、ノインは戸惑う。それを隙と見たのか、アーチャーの矢が放たれ、ノインはそれを後ろに跳んで危うく避けた。

 その様子をダーニックは冷然と見下ろすのだった。

 

 

 

 

 




というわけでダーニック登場。

スパルタクスがヒロイン扱いとはこれ如何に。

真名当てとヒロイン当てなのですが、やはり上手く返答できずに返信できそうにない作者です。すみません……。

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