九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


act-9

 

 

 

 

 

 

 何事もなく牢獄に戻って来たノインを見たライダーは手放しで喜んだ。

 “赤”との戦いが始まるまで幽閉は続くしいつ開放されるかも分からない、という話にも、てんでへこたれることもない。

 

「隣人がバーサーカーだけだったらボクも退屈で死んじゃったかもしれないけど、キミもいるしね」

 

 彼の理屈としては、そういうことらしかった。

 さすが、魔女によって木に変身させられたこともある英雄の言葉は違うなと、ノインは妙な所で感心した。

 そういうライダーは、にこにこと笑ってからふと表情を一変させ、真面目な顔になった。

 

「でも本当に大丈夫だったのかい?キミ、マスターに反逆したワケだろ」

 

 それは、とノインが口を開く前に、ライダーの隣から声がした。

 

「叛逆……叛逆と言ったかね?圧政者の走狗よ」

 

 流体ゴーレムによって固められている“赤”のバーサーカーである。彼は頭をもたげて鉄格子越しにノインを見ていた。

 だから、何故、笑っているのだ、とノインは床に座り込んだまま無言で後退った。尤も牢屋が狭いのと鎖があるために、すぐ背中に石壁を感じて止まる。

 バーサーカーはノインの様子は一向気にした風もなく、少年を真っ直ぐに見ていた。

 

「さてどうなのかね、君?」

「……そちらのような反逆をした訳ではない。俺は、主の命令を聞かなかっただけだ。剣闘士スパルタクス」

 

 強大なるローマ帝国に反旗を翻した剣闘士、スパルタクスはノインの答えにまた微笑んだ。

 

「だが、それこそ叛逆である。意志ある人間として生まれ落ちながら、走狗の道しか知らぬはあまりに理不尽。私は君の行いを、多いに肯定するとも!ああそうだ!さぁ、今こそ傲慢が潰え、圧政に裁きが下される時だ!」

 

 そのまま、バーサーカーは全身を揺する。みしみしと牢屋の天井が軋むような勢いに隣のライダーがうわぁ、と小さく声を上げていた。

 それを聞きながら、ノインは首を振った。

 

「……それはできない。バーサーカー」

 

 ランサーはノインを一人の人間の行いをしたとして許した。

 ノインが答えを誤れば彼は容易く殺していただろうし、苛烈な王に間違いはない。ないが、倒すべき圧政者かと言われれば違う気がした。

 誇りがあると認めてくれた彼を、ノインは純粋に裏切りたくなかったのだ。

 

「では今一度、君は圧政者の走狗に立ち戻ると言うのかね?」

「そうは言っていない。俺も人形に戻りたくはないから。ただ……」

 

 ただ、これから何が起こるのか、その中で何をすればいいのかノインには分からない。

 戦えと言われれば戦うと言う機械の様な在り方は、主に公然と逆らって生き延びた今、少年の中で揺らいでいた。

 けれどそれをどう言えば良いのか。

 

「己の在り方に疑問を抱くか、未だ何者でもない少年よ。それこそ正に叛逆への一歩である!ああ、何と喜ばしきかな!」

 

 またもや牢屋の壁がバーサーカーの身動きに合わせて軋み、今度はライダーが引いて流石に堪りかねたのか叫んだ。

 

「ちょっとぉ!?何でキミたち普通に会話してる……ってかできてるんだい!?特にノイン!キミひょっとして狂化スキルEXとか持ってるんじゃないのか!?」

「デミ・アーチャーにそんなスキルはない」

「何たる世迷い言を言うのか、権力者の走狗よ!我が筋肉には一片の狂いなどあらず!我が志に曇りはなく、正に昂ぶっているのだから!」

「キミはちょっと黙っててくれよバーサーカー。ホントにバーサーカーだなぁ、もう!」

「だが有り得ぬ!私はひたすらに進み続けなければならぬのだ!」

「あー、キミが進むのは分かったよ肯定するよ!でもちょっと待てって!せめて今ここで牢屋を壊すなっての!ボクらまで生き埋めになっちゃうじゃないか!」

 

 壁越しに喧々やり合うライダーの必死な様子と笑みを絶やさぬバーサーカーを見て、ノインは腹の底がどうしてだか痒くなる。

 その疼きは抑えられず、彼はついに声を上げて笑った。

 手足の鎖をがちゃがちゃと鳴らしながら、犬が吠えるような声を立てて笑い転げる少年を見て、ライダーは眼を丸くして驚く。

 彼がノインの笑いを見るのは、初めてだったのだ。

 

「す、すま、ない。笑う所ではないと、思うのだが。つい」

 

 ノインは目尻に浮かんだ涙を拭いながら言う。

 抑えられない感情の昂りが、笑いという形で噴出したのだ。何一つ笑える状況ではないのに、こんなに笑えてしまう自分がおかしくて、ノインはまた肩を震わせて笑った。

 

―――――ここまで笑ったのは、そう言えばいつぶりだったかな。

 

 と、そんなことを思いつつ一頻り笑って、それで少年はようやく静かになる。

 そうなると今度は感情を爆発させたせいか、ひどく頭の芯が重かった。

 

「おーい?もしかして疲れたのかい?生身なんだからさ、無理せずに寝なよ」

「……そうだな。そうさせてもらう」

 

 そのままノインは自分の腕を枕に横になる。

 枷が邪魔で床は冷えていたが、デミ・サーヴァントにはどうということもない。

 暗示で脳を酷使した疲れも相まって、彼の意識はすぐに闇に沈んでいった。

 

「……寝たのか」

 

 ノインが寝静まってすぐ、ライダーは呟く。

 石床の上で、痩せた獣の仔のように丸まって眠る少年をライダーは複雑な想いで見ていた。

 仮面のような無表情が抜け落ちると、まだ幼さが残っているのがライダーには分かった。

 気付けば、お隣さんのバーサーカーも流石に静かになっている。もしや、あれで意外と紳士なのかもしれない、とライダーは磔のまま器用に首を捻った。

 

 ライダーはノインのことを、最初はちょっと面白そうなサーヴァントだと思って話しかけただけだった。

 それがそのまま続いて、こうなってしまった。

 ライダーが気軽にホムンクルスのことで頼らなければ、ノインがこうなることは無かったのだ。

 けれどそれを、ノインは災難だと全く思っていない。どころか、ライダーに感謝している。これではどうしようもない。

 

「ノインは眠りましたか、ライダー」

 

 唐突に粒子が人型になり、ライダーの前にアーチャーが現れる。

 

「うん。疲れもするさ。やっぱり人間だもの」

「……せめて私が言えばここまでのことには」

「そりゃ言わない約束だよ、アーチャー。軍師が王様と対立し過ぎちゃいけない」

 

 賢人ケイローンの取りなしがあったなら、ライダーとノインへの罰も今少し軽く済んだかもしれない。

 けれどライダーもノインも、彼の手助けを求めなかったのだ。自陣でこれ以上の対立を起こしてはならなかったから。

 ライダーは気軽に続けた。

 

「あ、そうだ。ホムンクルスなんだけど、あの子はジークって自分に名前を付けて、元気に旅立ったよ。体とかも立派になってたし、あれなら何だってできるよ」

「それは良かった」

 

 アーチャーは微笑み、言葉を続けた。

 

「どうやら、ルーラーがこちらへ向かっているようです。恐らく例の一件のことでしょう。サーヴァントが脱落して尚、心臓だけが誰かを生かしているというのは異常事態です」

「ボクらに説明を求めに来るかもしれないってコト?」

「ええ。……それともう一つ、彼女はまた別のイレギュラーに目を止めるかもしれないので」

 

 アーチャーはちらりと振り返って、ノインの方を見た。

 ユグドミレニアの中に深く組み込まれたサーヴァントでありながら、ある意味最も聖杯と関わりのない者だ。

 “赤”と“黒”のどちらが勝とうとも聖杯を得ることは有り得ないと最初から決まっているサーヴァント、それが彼だ。

 

「そっか。分かったよ。ノインが起きたらボクからも言っておく。ありがとね、アーチャー」

 

 アーチャーは頷き、霊体になる。

 静かになってしまった牢屋で、ライダーは一人小さな寝息を聞きながら、ノインが目覚めるまで虚空を眺め続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーラーという存在が近付いている、らしい。

 そう聞かされて、目覚めたノインは首を傾げた。

 

「ほら、ボクらはセイバーの心臓だけが現世に残るっていう特級のイレギュラーの目撃者なワケだし」

 

 聖杯戦争の仕組みを守るルーラーの査定の対象かもしれない、ということだそうだ。

 

「聖杯戦争を守る……。ルーラーの役目とは大変そうだな」

 

 単騎で十四騎が現世へ与える影響を抑え、マスターたちの行動も必要ならば止める。

のみならず、役目を全うしても別にそれで本人の願いが叶えられるわけでもなく、相棒のマスターもいない。

 それが可能と目される強力な英霊がルーラーに認定されるだろうとは言え、何とも難行だ、とノインは思った。

 

「この棚上げにボクは突っ込むべきなのかなぁ……?」

「どこがだ?……いや、そうか。デミ・サーヴァントも大概にイレギュラーだな。ルーラーの粛清の対象だろうか?」

「発想がおっかないよ!粛清より穏健な考えしないのかい!?」

 

 無さそうだなぁ、とノインの表情を見てライダーはため息をついた。

 

「とにかく、ルーラーがここに来るかもってコト!忘れないでね!」

「分かった」

 

 答えた瞬間、ノインはまた外に気配を感じる。

 アーチャークラスだからか、どうもノインの方が探知は得意らしい。まだライダーは気付いた様子がなかった。

 ノインは立ち上がって入り口を見やる。

 

「ライダー、誰か来るぞ」

 

 それが言い終わるか終わらないかのうちに、階段の上に現れる者がいた。

 銀の甲冑と金の髪、紫水晶のような瞳が、獄の中に吊るされた小さな明かりに煌めく。

 灯火の下、凛と背筋を伸ばして立つ騎士の装いの少女に、ノインは見惚れた。

 

「あれ、キミはどちらさん?」

 

 ライダーの気楽な一言で、ノインは我に返る。そうでないなら、何時までも呆然としていただろう。

 少女はライダーに気付くと近寄り、胸に手を当てて名乗った。

 

「貴女が“黒”のライダーですね。私はジャンヌ・ダルク。此度の聖杯大戦の管理を行うため召喚された、ルーラーのサーヴァントです」

「あ、キミがそうなんだ。よろしくね」

 

 ルーラーは気軽な調子のライダーに頷き、ふと首を巡らせた。

 鉄格子のこちら側と向こう側で、血の色の瞳と紫水晶の瞳が互いを捉えた。

 戸惑うようにルーラーの瞳が細められる。

 

「それに貴方は……“黒”のアーチャー?いえ、この反応は……貴方は、人なのですか?」

「……俺は、人だ。デミ・サーヴァントでもあるが」

「いやいや、その説明じゃ分かんないだろ」

 

 ライダーにルーラーは首を振った。

 

「……いえ、何となくですが分かります。貴方は確かにこの時代の人間ではありますが、同時に英霊の力を宿している、ということですね」

 

 頷きつつ、ノインも同じく目を細めた。

 ぼんやりとした勘だが、眼の前のルーラーの状態がただのサーヴァントではない気がしたのだ。

 

「そちらもそちらで……誰が中にいるんだ?あなたの人格は英霊のようだが……誰かを核にして現界したように見える」

 

 我知らず、ノインの眼が更に鋭くなる。

 ルーラーは少し驚いたようだったが、すぐに答える。

 

「貴方は、私の状態が分かるのですね?」

「感覚で感じ取れる。俺のようなデミ・サーヴァントではないようだが」

「はい。私に体を貸してくれている少女は確かにいます。しかし彼女は、聖杯の力によって護られていますよ」

 

 それでノインの眼の険が消えて元に戻り、ルーラーは柔らかく微笑んだ。

 

「ええ、貴方が案じなくとも、彼女は大丈夫です。……ところで、貴方の名前は?」

 

 少女に真っ直ぐに問われ、少年は僅かに躊躇ってから答えた。

 

「……ノイン。ノイン・テーターだ」

「ではノインにライダー、昨晩、貴方がたの目撃したことについてなのですが……」

「あ、そっちは最初から見てたボクが話すよ。ノインは何か間違いがあったら言っておくれ」

「了解だ」

 

 うん、とライダーは頷いて語りだした。

 昨晩起きた、奇跡のような事の顛末、その全てである。

 聞き終えて、ルーラーは考え込むように顎に手を当てた。

 

「そうですか。“黒”のセイバーがそのようなことを……」

 

 ライダーは大きく頷いた。

 

「……まぁ、そんなこんなでボクらはここにいるってワケ。バーサーカーもいて、ノインと妙に話が合ったりしてるから、あんまり寂しくはないんだけどね」

「妙な話を継ぎ足さないでほしい。彼と俺が噛み合っていたと思うのか?」

「うん!結構話が合いそうに見えてたよ」

「やめてくれ。叛逆の英雄の信念に俺が釣り合うわけない」

 

 ルーラーを挟んで盛んに言い合う彼らに、驚いていた当のルーラーの表情が和らいだ。

 

「話は分かりました。セイバーはホムンクルスに心臓を与えて消え、そのジークというホムンクルスは自由に生きるために旅立った、と言うことですね」

「そうだ。彼は山道へ向かった。恐らくまだ周辺の村にいると思うが」

「なるほど。ありがとうございました」

 

 ルーラーは頷く。

 ノインが自分を見ている視線に気づいたのか、彼女はそちらを見た。

 

「ルーラー、あなたは彼に会うのか?」

「ええ。彼はまだサーヴァントとしての気配があります。ルーラーとして一度相見えなければなりません」

「あー、一応聞くけど、ジークを戦いに巻き込む……ってワケじゃないんだよね?」

「ええ。貴方がたの話を聞く限り、彼は生きたいと願って行動し、ここから逃げ果せた。そうであるならば彼は被害者です。ルーラーとして、過度な干渉は行わないつもりです」

 

 ただセイバーの心臓が消えていないせいか、彼はサーヴァントとしての気配を持っている。故にルーラーとして、一度は様子を見ねばならないという。

 そういうことなら分かる、とノインは納得した。

 だがルーラーはまだ立ち去らず、鉄の格子越しにノインに視線を注いでいた。

 

「……何だ?」

「あなたは……聖杯の喚び出した英霊を身の内に宿しているのでは無いのですね。……この戦いよりも以前から、そうして生きて来たのですか?ずっと、そうやって?」

「そうだ」

 

 少年は無表情に答え、ルーラーは微かに身を乗り出して重ねて尋ねた。

 

「貴方はそれでも、聖杯を欲しているのではないと?」

「俺にそのような権利は無いし、願いも無い。だが、俺の令呪を持つ当主は願いがある。だから参戦しただけだ」

 

 その在り方も今となっては揺らいでしまってはいるが、それでもノインはそう口にした。

 

「……分かりました。貴方はサーヴァントでもマスターでもありませんが、それでも尚“黒”側の一員として戦う覚悟なのですね」

 

 ノインは頷く。

 何故だが、ルーラーの視線が気になって落ち着かなかった。優しさというか気遣いというか、そういう類いの眼で、少女は少年を見ていた。

 

「色々とありがとうございました。ライダー、ノイン()。貴方がたに勝利があらんことを」

 

 ルーラーは微笑み、靴音を鳴らして去って行った。

 牢屋に再び沈黙が降りる。

 

「今のがルーラーか」

「うん。あのジャンヌ・ダルクとは意外だったしそれに……綺麗な娘だったね」

「ああ、そうだな」

 

 即答してから、ノインはライダーが物珍しそうにこちらを見ているのに気付いた。

 

「何だ、ライダー?俺の顔に何か付いているのか?」

「いやぁ、別に?ただキミにもそういうトコはあったんだなぁって」

 

 ライダーは愉快そうに笑い、ノインは首を傾げる。

 陰鬱な牢の中、彼らはそうして時を過ごして行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




スパPの勧誘(失敗)、突っ込み役に回ったライダー、ルーラーとの初対面の話。

デミ少年はまともな部分もある16歳。怖がりも驚きもしますし、見惚れもします。
表にしない/できないだけで感性は割りと人並み。

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