「フーくん、リンゴ剥けたわよ。」
病室でリンゴを剥いていた母さんが声を掛けてくる。
俺は先日の稲城との試合の後、病院に連行されて検査入院中である。
「フーくん、ホントにどこも痛い所は無いの?」
「どこも痛い所は無いよ、母さん。」
俺はホントにどこもケガをしていない。
何度そう言っても、皆はしっかりと検査をしろとの一点張りだ。
早くキャッチボールをして感覚に馴染みたかったんだけどなぁ…。
「明日には検査結果が出るから、たまにはゆっくりとしなさい。」
「は~い。」
肩肘の検査だけなら直ぐに終わったんだけど、この際だから精密な検査をとなり、
こうして検査入院をしている。
あぁ…、早く野球をしたいなぁ…。
そんな事を考えながら俺は軽くため息を吐くと、母さんが剥いてくれた
リンゴに手を伸ばすのだった。
◆
市大三高との決勝戦で先発をする事が決まった丹波は、ノミの心臓である自分が
それ程緊張していない事を不思議に感じていた。
(いつもは思いっきり汗をかいてからじゃないと落ち着かなかったのに、
今日はいい感じに集中出来ている。)
青道高校のグランドで丹波はクリスとキャッチボールをしながら、ゆっくりと調整していく。
そして調整していきながら、丹波は憧れの幼馴染みである市大三高のエース、
真中 要の背中を思い浮かべる。
(カッちゃん…。俺、ここまで来たよ。)
憧れの存在に手の届く所まで来た丹波は、緊張とは違う胸の高鳴りを感じていたのだった。
◆
検査入院の結果は、どこも異常無しだった。
まぁ、当然だよな。
でも、医者の人が1つ驚いていた事があった。
それは、俺の利き腕の靭帯に全く損傷が見られなかった事だ。
医者の人が言うには、日常生活などでも靭帯は自然治癒する範囲で
軽く損傷したりするらしい。
でも、俺は1試合投げきった後でもその損傷が全く見受けられなかったので驚いたそうだ。
医者の人は、『健康で丈夫な身体に産んでくれたご両親に感謝しなさい』と言ってた。
言われるまでもなく、父さんと母さんには野球に専念させてもらってるんだから、
いつも感謝の気持ちを持っているぜ!
だけど折角の機会だから、改めて言葉にして両親に感謝しておこう。
父さん、母さん、ありがとう!
あ、貴子ちゃんもありがとう!いつもマッサージをしてくれて!
え?お礼はデートで?
貴子ちゃんとのデートなら大歓迎だぜ!
でも、デートは夏の大会が終わってからね。
そんな感じで無事に退院した俺は、片岡さんに退院の報告をする為に
貴子ちゃんと一緒に青道高校に向かうのだった。
◆
フーくんは無事に退院すると片岡監督に報告に行くと言うので、
私も一緒に青道高校に行く事にした。
「フーくん、ケガが無くてよかったね。」
「うん。ありがとう、貴子ちゃん。」
お礼を言ってくるフーくんの笑顔に、私の顔が熱くなる。
「貴子ちゃん、デートはどこに行きたい?」
「フーくんと一緒ならどこでもいいわ。」
「どこでもいいって答えが一番困るんだよなぁ…。」
私の返事にフーくんが苦笑いをしている。
フーくんを困らせるつもりはなかったんだけど、この答えが私の本当の
気持ちなのだから仕方ないわよね?
「う~ん…。休日にも練習があるからあまり遠くには行けないし…、どうしよう?」
ちゃんと私とのデートを考えてくれるフーくんの気持ちが嬉しい。
でも、フーくんには野球を最優先にしてもらいたいから、
デートの行き先は私が決めよう。
「フーくん、夏の大会が終わったら一緒にご飯を食べにいこう?」
「貴子ちゃんがそれでいいなら、俺もそれでいいよ。」
そう言って笑ってくれるフーくんに応えるように、私はフーくんと
繋いでいる左手を離して腕を組む。
青道高校まで後少しだからあまり腕を組む時間は無い。
だけど、少しだけゆっくり歩いてもいいよね?
私が少しだけ歩くのを遅くすると、それに気付いたフーくんが私に合わせて
ゆっくりと歩いてくれたのだった。
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