青道と稲実の試合は0ー0のまま9回の裏を迎えた。
今年から導入されたルールにより高校野球の公式戦では、全国大会の決勝戦以外の延長は
タイブレークルールとなっている。
タイブレークルールはノーアウト、1、2塁の状況から始まるので非常に点が入りやすい。
なので多くの者達は、如何にパワプロや成宮でもそう何度も抑えられないと思っている。
故に、可能ならばここで決着をつけたい。
そんな気持ちを持つ者達によりグランドには張り詰めた緊張感が漂っているのだが、
御幸は9回の裏の先頭打者でありながらゆっくりとアップルティーを飲んでいた。
「あー…、うまい。」
ヘルメットやエルボーガードはつけているので直ぐに打席に向かえるのだが、
御幸はマイペースにアップルティーを飲む。
「お~い、一也。主審さんが睨んでるぞ~。」
ネクストバッターのパワプロに声を掛けられた御幸は、グイッとアップルティーを飲み干すと、
ゆっくりと打席に向かっていく。
(身体は熱いのに、頭は妙に冴えてる…。なんだこれ?)
打席に入る前に軽く素振りをする御幸は、常と違う感覚に内心で首を傾げていた。
(まぁ、いいか。)
御幸は打席に入るとゆっくりと足場を作っていく。
(さて、どのボールを狙おうかな?)
足場を作り終えてバットを自然に構えた御幸は、緊張感が漂う今の状況を
楽しむ様に笑顔を浮かべたのだった。
◆
(成宮の球数は110前後…。延長を考えれば、この回は出来るだけ球数を節約したい。)
キャッチャーボックスに座る原田は、チラリと左打席の御幸に目を向ける。
(幸いな事にこの回は左バッターが3人続く。抑えるのはそう難しくは無い。)
原田が出したサインに成宮が頷くと、原田は気合いを入れる様にミットに拳を叩きつける。
(来い、成宮!)
1球目。
成宮が投じたフォーシームは、アウトローに構える原田のミットに吸い込まれていく。
バシッ!
「ストライク!」
主審のコールに原田はマスクの奥で笑みを浮かべる。
(手応えは十分!成宮のボールはまだ走っている!)
1球目を見送った御幸に、原田が目を向ける。
(御幸が狙っているボールは何だ?)
迷いながらも原田は決断する。
(球数を節約する為に早いカウントで引っ掛けさせたい。ならば…。)
原田が出したサインに成宮が頷く。
2球目。
成宮が投じたボールは、1球目と同じアウトローに向かう。
だが、ボールは原田が捕球をする前に外へ僅かに変化する。
アウトローのストライクゾーンからボールゾーンへと変化するカットボールだ。
バシッ!
「ボール!」
主審の判定はボール。
これでカウントはワンボール、ワンストライク。
(今のも見送った?それとも手が出なかったのか?)
原田はチラリと御幸に目を向けて反応を見る。
(カウントはワンボール、ワンストライク。ボールを先行させたくない。)
原田はボールを手で捏ねてから成宮に投げ返す。
(アウトコースのボールが目に焼き付いていれば、インコースを捌くのは難しいだろう。
ならば、フロントドアのスライダーでストライクを取る!)
そう決断をすると、原田は球種のサインを出す。
成宮は原田のサインに頷くと、ゆっくりと投球モーションに入っていく。
3球目。
フロントドアのスライダーが、インローぎりぎりに投げ込まれる。
そのボールはコースもキレも、この試合で原田が見た中では完璧なボールだった。
だが…。
カキンッ!
原田が捕球をしようとした刹那、原田の耳に金属バットの打球音が響き渡った。
原田はキャッチャーマスクを外して立ち上がり、打球の行く末を目で追う。
打球はライト線付近を高々と飛んでいく。
(バカな…。今のコースがなぜ打てる!?)
高々と飛んでいく打球が右翼手の右横を超えていく。
(大丈夫だ。ボールはライト線を切れてファールになる…、ファールになる筈だ!)
原田は目を見開いてボールの行く末を見守る。
「切れろ!」
グランドに原田の声が響き渡ると…。
カーン!
打球はライトのポールと衝突し、妙に通る音を球場に響かせた。
一瞬の静寂の後、球場は割れんばかりの歓声に包まれた。
その歓声によりホームランを認識した原田は、手にしていたキャッチャーマスクを
地面に落としたのだった。
これで本日の投稿は終わりです
また来週お会いしましょう