『パワプロ成長』でダイヤのA   作:ネコガミ

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本日投稿4話目です


第90話

「悪い、パワプロ。」

 

スライダーを後ろに逸らしちゃった一也が、マウンドまで謝りに来た。

 

「気にすんなよ、一也。」

 

俺がそう言っても、マスクの奥の一也の表情は厳しいままだ。

 

「狙った所に投げられたと思ったんだけど、俺が思ったよりもスライダーが

 曲がったからしょうがないって。」

「悪い、パワプロ。」

 

まだ試合に負けたわけじゃないし、そこまで気にする必要は無いと思うけどなぁ。

 

「じゃあ一也、試合が終わったらジュース奢ってくれよ。それでさっきのはチャラな。」

 

俺がそう言うと一也は目を見開いてから、プッと笑いだした。

 

「わかったよ、パワプロ。奢るのはアップルティーでいいか?」

「一也って熱いアップルティーしか飲まないじゃん。夏にそれはキツくね?」

「いやいや、冷たいのは邪道だろ?」

 

俺達はそんな事をグローブで笑い顔を隠しながら話す。

 

「あ、パワプロ。俺が決勝点を打ったら奢りチャラな。」

「おう!期待してるぜ!」

 

俺の返事を聞くと、一也は笑顔でキャッチャーボックスに戻っていった。

 

 

 

 

パワプロと御幸がマウンドで話をしていた頃、ベンチのクリスは強く拳を握り締めていた。

 

(あのスライダー…、俺なら止められた。)

 

怪我をしてからのクリスは、感覚を新たに作る事で精一杯だった。

 

それ故に、この試合のマスクを御幸に取られた自分の感情に、今気付いたのだ。

 

(これがスタメンを奪われた時に感じる感情か…、悔しいな。)

 

クリスは素直に自分の感情と向き合っていく。

 

それが成長する為に必要だと本能的に感じたからだ。

 

(認めよう。御幸、お前は俺のライバルだ!)

 

クリスはこれまでの野球人生で、試合ではマスクを被り続けてきた。

 

そんな日々の中でクリスは、いつしか無意識の内に自分は挑まれる立場だと思っていたのだ。

 

クリスは元プロ野球選手の父親に、初めて野球を教えてもらった時の事を思い出していた。

 

(あの時は上手くいかない事が当たり前だった。そして、出来る様になるのが嬉しくて、

 親父に誉めて貰えるのが嬉しくて、野球が好きになっていったんだ。)

 

クリスは一度目を瞑ると、笑みを浮かべてマウンドの2人を見詰めた。

 

「御幸、マスクを被るのは俺だ。お前が成長するのなら、俺はそれ以上成長してみせる。」

 

クリスのこの言葉が聞こえた控えのメンバーは、驚いてクリスの方に振り向く。

 

そしてクリスの言葉が聞こえていた片岡は帽子を深く被り直すと、

教え子達の成長を喜ぶ様に笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

8回の表に稲実の原田が振り逃げで出塁した事で、パワプロの完全試合は崩れてしまった。

 

稲実ベンチは5番バッターにバントを指示して原田を2塁に送る。

 

この試合、両チームを通じて初めて得点圏にランナーが進んだ。

 

そんな状況に球場の観客達が歓声を上げて両チームを応援していく。

 

パワプロはその雰囲気を楽しむ様に笑顔で投球をすると、原田を2塁に釘付けにして

8回の表の稲実打線を抑えた。

 

回は変わって8回の裏、ようやく巡って来たチャンスの場面を活かせずに落ち込む

稲実メンバーを鼓舞する様に、成宮はこの試合で一番の力投を見せた。

 

青道の5番バッターをフォーシームのみで三振に抑えると、続く6番バッターの結城も

チェンジアップで三振で抑える。

 

この成宮の力投に心が奮い起った稲実メンバーは、グランドを埋め尽くす様に

声を張り上げていく。

 

そんなメンバーの様子を見て、成宮は世話が焼けるとばかりに鼻を鳴らすと、

青道の7番バッターをカットボールでショートゴロに打ち取った。

 

8回の裏を終えると、成宮はパワプロの14三振を超えて、

青道打線から17三振を奪っていた。

 

ノーヒットを継続するパワプロと、圧倒的な奪三振能力を見せる成宮の投げ合いに、

球場に駆け付けた高校野球ファンは声が枯れる程に声援を送る。

 

そんな2人の投げ合いも大詰めとなる9回を迎える。

 

9回の表はパワプロがリズム良く3人で抑える。

 

そして9回の裏の先頭打者である御幸は、打席に向かう前に

熱いアップルティーを口にするのだった。




次の投稿は午後3:34の予定です

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