「まずはコーチに挨拶をしてこい。」
クリスという人に促されて俺はブルペンの横で投球練習を見ているコーチの所に向かった。
「おはようございます!今年入った葉輪 風路です!パワプロって呼んでください!
ピッチャー志望なので指導をよろしくお願いします!」
コーチの所にたどり着いた俺は元気良くハキハキと挨拶をする。
ふふふ、完璧な挨拶だ!
俺の挨拶が聞こえたのかコーチだけでなく投球練習をしていた人達も俺を見てきた。
ライバル達の注目を集める…。
いいね!俺と切磋琢磨しようぜ!
だが、先輩方は直ぐに投球練習に戻った。
オノーレ!
「おう!元気があって結構!だがな、悪いが俺はお前達が怪我をしないように見てるだけだ。」
コーチの言葉に俺は目が点になる。
「俺は監督と違って野球経験が無くてな…だからコーチとは名ばかりなんだ。」
そう言ってコーチは苦笑いする。
「だけど運動はそれなりにしていたからな、怪我には詳しいぞぉ」
コーチが今度はニッと笑う。
とても表情豊かな大人である。
「だからな、怪我をしそうな無理をしていたら止めるのがコーチとしての俺の役目なんだ。」
ビシッとコーチがサムズアップしたので俺もビシッと返す。
「おう!ノリがいいなパワプロ!」
「はっはっは!任せてください!」
そんな俺とコーチのやり取りをクリスという人が呆れたように見ている。
「それじゃ、怪我をしないように楽しんで練習してくれ!」
「はい!」
俺は元気良く返事をしてブルペンへと向くが先輩方が練習をしていて空いている場所がない。
「あ~…煽っておいて悪いが見学だ、パワプロ。」
「うぇ~い…。」
という事で先輩方の投球練習を見ていく。
「あれってどのぐらい球速出てるんですか?」
「あ~…さっきもいったが俺は野球経験無くてな。」
3人の先輩方が直球を投げ込んでいるのでどのぐらいの球速か知りたかったのだが、
残念ながらコーチはわからないようだ。
「…90km程だな」
俺とコーチが顔を見合わせて苦笑いをしているとクリスという人が教えてくれた。
「早いんですか?」
「…リトルリーグならばそこそこといった所だ。」
「へ~。」
「だが、全国のエースクラスには100kmのフォーシームを投げる奴もいる。」
「フォーシーム?」
「日本の野球で一般的に直球と言われるものの事だ。」
その後、俺はクリスさんにボールを使ってフォーシームの握りを教えてもらった。
「おぉ!カッコいい!」
「…ピッチャー志望なのに知らなかったのか?」
「走り込みとキャッチボール!それとペッパーをやってました!」
「…つまり素人か。」
俺の言葉にクリスさんがため息を吐く。
しょうがないやん!父さん達がまずは基礎だってそれ以上教えてくれなかったんだから!
それと、一応フォーシームぐらいは知ってるけど、今生では前世と微妙に
名称が違ったりするから下手に知っていると言う事ができないのだ。
例としてあげると相対性理論で有名なあの人は今生では『バレンシュタイン』という。
初めて知った時はそのカッコいい響きに俺の中の何かが騒いだものだ。
だが、おかげで今生での勉強をしっかりやる事になったがな!
閑話休題。
見学を始めて30分ぐらい経った頃、先輩方の投球練習が終わった。
「コーチ、そろそろ投げ込みは終わりにして打撃練習に行ってきます。」
「ちゃんとアイシングしてから向かえよ~。」
帽子を取って挨拶をした先輩方が小走りで去っていく。
すると、投球練習の相手をしていたキャッチャーの人達も去っていってしまった。
「あれ?これじゃ俺、投げ込み出来ないんじゃ?」
「ハッハッハッハ、安心しろパワプロ!クリス、相手をしてやってくれ。」
クリスさんがコーチに小声で返事をすると防具をつけ始めた。
「コーチ、大丈夫なんですか?」
「ん?大丈夫さ、クリスのポジションはキャッチャーだからな。」
でも、先輩方の球を受けてませんでしたぞ?
「素人のお前よりはマシだから安心しろ。」
その言葉に振り返るとそこには防具を身につけたクリスさんがいた。
「まずは肩を温めるのにキャッチボールからだ。」
そう言われたのでクリスさんとキャッチボールをしていく。
俺は早く投げ込みをしたくてウズウズする。
「もういけます!いきます!早くやりましょう!」
「…はぁ。」
テンションが上がる俺に反してクリスさんのテンションは下降気味だ。
もっと熱くなれよ!
クリスさんが座ったのを確認して俺もブルペンにあるマウンドへと上がる。
胸がドキドキしてきた!
さぁ、行くぞ!
腕を振りかぶり、右足を踏み込んで左腕を振る。
すると、ボールは山なりの軌道でクリスさんの頭を越えて、
後ろのフェンスにぶつかるのだった。
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