関東大会の第2回戦、先発したパワプロは5回の表終了時点で10三振を奪った。
相手打線にヒットを1本も打たせないその投球は、まさに圧巻。
球場に試合を見にきた観客、そして試合をしている両チームが驚いていた。
だが、6回の表に相手チームが打ったショートゴロを、青道の3年生の遊撃手が
ショートバウンドの送球をしてしまい、そのショートバウンドを一塁手の結城が捕球出来ず、
相手チームに出塁を許してしまった。
相手チームのベンチは、完全試合を逃れた事で安堵のため息を吐いた。
だが、この出塁の記録はエラーである。
完全試合は逃したものの、パワプロはノーヒットノーランを継続して
6回の表を終えたのだった。
◆
「クリスさん、今日のパワプロのボール、キレてますね。」
6回の裏の青道高校の攻撃の時、青道ベンチで御幸がクリスに話し掛けていた。
「あぁ、それにコントロールも、ボール半分もズレない完璧な投球だ。」
「かぁ~、そんなボールを受けられるなんて羨ましいですね。
クリスさん、交代しませんか?」
「悪いが、機会を譲るつもりはないぞ、御幸。」
クリスの返答に御幸は頭をガシガシと掻いて悔しがる。
「おそらく、今日のパワプロはこのままノーノーをやるだろうな。」
「それは捕手としての勘ですか?」
「あいにく、まだ試合勘は戻っていない。これは葉輪への信頼だな。」
クリスの信頼という言葉に、御幸は口笛を吹いて笑顔になる。
「クリスさん、やっぱり交代しましょうよ。」
「さっきも言ったが、譲る気は無い。この試合も、これからの試合もな。」
そう言うと、クリスは強い意思を宿した目で御幸を睨む。
その視線を受けた御幸は、望む所と言わんばかりに笑みを浮かべたのだった。
◆
6回の裏、先頭打者のパワプロはあっけなく三振してしまったが、後続の青道打者達が
そのバットでパワプロを盛り立てていく。
5点のリードを貰ったパワプロは7回の表のマウンドでも躍動した。
ヒット1本を狙う相手打線を、フォーシームとカーブの2球種だけで抑えていく。
その姿は左右の違いはあれど、かつて高校野球で伝説となった、ある投手を思い起こさせた。
『怪物』
球場の誰が言ったのかわからないが、次第にその言葉が拡がっていき、
球場の人々はパワプロの投球に沸き上がっていった。
7回、8回とノーヒットで抑えたパワプロが9回の表のマウンドに笑顔で上がると、
球場には爆発した様な歓声が響き渡るのだった。
◆
「お~、凄い声援だなぁ。」
9回の表、ツーアウトまで辿り着くと、球場の人達から「あと1人!」コールがされてる。
確かにあと1人だけど…なんでこんなに盛り上がってるんだ?
俺がマウンドで首を傾げていると、クリスさんがタイムを取ってマウンドまでやって来た。
「どうした、葉輪?」
「なんでこんなに盛り上がってるのかなぁって思いまして。」
俺がそう言うと、クリスさんは苦笑いをした。
「葉輪、気づいてないのか?」
「何をですか?」
「スコアボードを見てみろ。」
俺はクリスさんの言う通りに、バックスクリーンに目を向ける。
「あれ?ノーヒット?」
「そうだ。」
ノーヒット?
…ノーヒットノーランじゃねぇか!?
「ノーヒットノーラン目前なんですか!?」
「やっと気づいたか。」
「はい!よっしゃあ!絶対に達成してやりますよ!」
そう気合いを入れると、クリスさんがポンッとミットで俺の胸を叩いてから戻っていった。
リトルとシニアでもノーヒットノーランを達成した事はあるけど、やっぱりドキドキして、
ワクワクが止まらないんだな!
「行きますよ、クリスさん!」
俺はクリスさんのサインに首を横に振る。
出し直されたサインに笑顔で頷いて、投球モーションに入る。
そして、最後の打者を三振で抑えると、俺は青道の皆に揉みくちゃにされたのだった。
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