「え?投げる球種を俺が決めるんですか?」
関東大会の第2回戦、クリスさんとアップをしていた俺は、その時に言われた
クリスさんの提案にビックリした。
「あぁ、そうだ。だが、コースは俺の方で決めるぞ。」
「え?いや、でも…いいんですか?」
「正直な話、今の俺にはリードにまで気を回す余裕がないんでな。」
う~ん、クリスさんがそう言う程に、キャッチャーは大変なんだろうなぁ。
「クリスさん、球種ってどう決めればいいんですか?」
「その時の気分、もしくは握りのフィット感で決めればいい。」
え?そんなのでいいの?
「これまで、リードを考えた事は無いだろう?」
「はい!ありません!」
「なら、そう難しく考えるな。お前のボールなら、十分に相手を抑えられる。」
クリスさんはそう言うと、俺の胸をミットで軽く叩いてベンチに戻っていった。
残された俺は、これまでとは違うワクワクとした気持ちが沸いてきて、
試合が始まるのが待ち遠しかった。
ウォ―――!早く投げてぇ―――!!
◆
「クリスさん。」
ベンチに戻ったクリスに、御幸がドリンクを渡しながら話し掛けた。
「片岡監督に聞きましたけど、今日のリードはパワプロに任せるって本当ですか?」
「あぁ、本当だ。」
クリスの返事に、御幸は不満気な表情を見せる。
「反対か?」
「正直に言えば反対ですね。でも、パワプロが変わるかもしれないからじゃないですよ。
パワプロが成長する時に、受けるキャッチャーが俺じゃないのが不満なんです。」
御幸のその言葉に、クリスは吹き出してしまった。
「あー!?俺の素直な気持ちを笑うなんて、性格悪いですよ、クリスさん!」
「すまんな、御幸。だが、キャッチャーにとっては誉め言葉だ。」
そう言って2人は目を合わせると、どちらともなく笑い出すのだった。
◆
関東大会の第2回戦が始まると、俺は1回表のマウンドで、バッターが打席に入るのを
ワクワクしながら待っていた。
早く、早く!
1球目は何を投げるのか決めてるんだから、早く!
バッターが打席に入ると、俺は待ちきれないとばかりにクリスさんのサインを見る。
クリスさん、それです!それが投げたかったんです!
俺はサインに頷いて投球モーションに入る。
俺が投げた1球目はフォーシーム。
モチベーションが高いからなのか、リリースの瞬間の感覚がビシッと嵌まる。
ボールは相手の膝元に構えているクリスさんのミットに、吸い込まれる様にして納まる。
「ストラーイク!」
クリスさんの返球を受けると、グローブの中で左手で持ったボールを転がす。
次はどうしよっかな~?
左手の中で握りがピタッと決まると、俺は自然に笑顔になってしまう。
クリスさんのサインを見ると、俺は首を横に振る。
違います!…そう、それです!
出し直されたサインに頷いて、投球モーションに入る。
2球目に選んだのは、1球目と同じフォーシーム。
リリースの感覚がビシッと嵌まると、ボールは寸分違わぬ同じコースへ投げ込めた。
「ストライクツー!」
主審のコールに、バッターが主審の方を振り向いた。
うん、よくわからんが今日は絶好調だ!
制球をSまで成長させても、ボール半分ぐらいは狙いがずれる事が多い。
だけど、今日は狙った所に投げ込める。
それに、フィット感の良い握りを選んでいるからなのか、ボールによく指が掛かってくれる
感覚があるんだよね。
うん、やっぱりピッチャーってすっげぇ楽しい!
クリスさんからの返球を捕ると、俺はまたグローブの中でボールを転がす。
よし!次のボールも決めた!
俺はクリスさんのサインに、また首を横に振る。
あれ?そういえば、自分から首を横に振るのって初めてだな。
そう考えると、なんか可笑しくて笑顔になってしまう。
出し直されたサインに頷いてボールを投げ込む。
俺が投げ込んだボールは、インハイへのフォーシーム!
パァン!
クリスさんのミットの音が、しっかりと俺の耳に聞こえた。
主審の判定は…?
「ストライクスリー!バッターアウト!」
主審のコールに、俺はマウンドの上で雄叫びを上げたのだった。
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