「葉輪、少しいいか?」
一也が防具を借りて純さんのボールを受け始めた時、俺は丹波さんに声を掛けられた。
「何ですか、丹波さん?」
「葉輪、ピンチの時はどうしている?」
ピンチの時?
俺が首を傾げると、丹波さんが続きを話し始めた。
「高島先生に聞いたかもしれないが、俺はピンチに弱い…だから、葉輪が
ピンチの時にどうしているのか聞いてみたくてな。」
なるほどね。
「丹波さん。」
そう言って、俺は丹波さんの質問に笑顔で答える。
「ピンチはヒーローになるチャンスですよ!」
俺がサムズアップしながらそう言うと、丹波さんは目を見開きながら驚いていた。
「は、葉輪、打たれたらチームが負けるかもしれないんだぞ?」
「一打サヨナラの場面ならそうでしょうけど、それ以外なら逆転の可能性はありますよね?」
俺がそう答えると、丹波さんは言葉に詰まってしまった。
「丹波さん、憧れのヒーローっていますか?」
「あ?あぁ、いるが…それがどうした?」
「ヒーローってカッコいいですよね?」
俺の言葉に丹波さんが頷く。
「ピンチは憧れのヒーローみたいにカッコ良くなれるチャンス…そう考えたら
楽しくなりませんか?」
俺が笑顔でそう言うと、丹波さんはまた目を見開いた。
「まぁ、ピンチにならないのが一番なんでしょうけどね。」
そう言って笑ったのだが、丹波さんは何かを考えている様で反応が無い。
「葉輪!そろそろ、バッティングピッチャーを頼むわ!」
「はい!わかりました!」
東さんのその一言で、俺達は打撃練習をする為に、グラウンドへ移動するのだった。
◆
パワプロ達が去ったブルペンには、まだ丹波が残っていた。
「丹波。」
そんな丹波に、片岡が話し掛ける。
「片岡監督…。」
「来年から、葉輪とエース争いをする覚悟はあるか?」
「正直、わかりません…。」
片岡は丹波を急かさずに、言葉を待つ。
「葉輪が言っていたんです。ピンチはヒーローになるチャンスだと…そんな事、
考えた事もありませんでした。」
そう言うと、丹波は拳を握り締めた。
「俺はピンチになると、どうしたらいいのかわかんなくなって自滅していました。
それなのに、葉輪はそんな状況を楽しめる凄い奴でした。」
そこまで言うと、丹波は顔を上げて片岡の目を見た。
「葉輪みたいにピンチを楽しめる様になれるかはわかりません…でも、俺もヒーローに
なりたいです!」
片岡は丹波の言葉に頷いた。
「なら、早く行け。葉輪のピッチングが見れなくなるぞ。」
「はい!失礼します!」
そう言うと、丹波は走ってブルペンを出ていった。
1人ブルペンに残った片岡は笑みを浮かべる。
そして…。
「一皮剥けたな、丹波。」
そう一言呟くと、片岡もブルペンを後にするのだった。
◆
「だぁ―――!えぐいボールを投げるやないか!」
グラウンドに移動した俺は、グローブとスパイクを借りて、東さんを相手に
実戦を想定した打撃練習の投手をやっていた。
キャッチャーは先輩達を押し退けて一也がやっている。
一也は『例えクリスさんでも、パワプロのボールを受ける役は譲らねぇよ』と言ってた。
そして、青道野球部の先輩達は練習を止めて、俺達の練習を見学している。
礼ちゃん曰く、シニアMVPの投球を見るのは勉強になるからとの事だ。
ちなみに、貴子ちゃんも俺達の練習を雑用の合間に見てくれている。
おかげで俺のモチベーションは有頂天だ!
しかし、結城さんの熱視線が凄いな…。
結城さんも一緒に練習したいのかな?
俺は一也のサインに頷いて投球モーションに入る。
一也の要求は、バックドアのカーブだ。
前の一球でインハイのフォーシームを投げたからなのか、東さんは見送ってしまう。
審判をしている先輩の判定は…ストライク!
「葉輪!少しは先輩に花を持たせんかい!」
そう言いながら、東さんは打席を外してバットを振っている。
「東さん!その注文は一也に言ってください!」
「冗談や!冗談!」
東さんは打席に戻ると、笑みを浮かべながらバットを構えた。
…いいね!
マウンドで感じる東さんの威圧感に、俺も笑顔になる。
こうして俺は、強打者である東さんを相手に投げるのを楽しんでいくのだった。
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