「くぅ―!惜しかった!」
夏の高校野球選手権大会の決勝戦の中継が終わると父さんが頭を抱えながら立ち上がった。
「打の青道だろう!?片岡の熱投に応えてやれよ!」
父さんだけでなく貴子ちゃんの父さんまで立ち上がって叫ぶ。
そんな2人を見て貴子ちゃんはキョトンとしている。
ちなみに俺の手を握ったままだ。
野球中継は終わったが俺の胸の中に熱い物が残っている。
その熱い物が特典を貰ってただ流されるままに野球をやろうと思っていた
俺の心を塗り替えていく。
俺は貴子ちゃんの手をそっと離して立ち上がる。
「父さん!」
俺が声を上げると皆が俺を見てくる。
注目が集まる事で心が昂るがこれは目立つ為じゃない。
俺が俺の意思で野球を始める為の宣言だ!
「俺!野球選手になる!」
胸の前で両手を握り締めて高らかに宣言する。
俺の言葉の意味を理解した父さんが喜びの声を上げる。
そして、俺を高々と持ち上げて喜びの感情のままにグルグルと回るのだった。
もちろん、俺と父さんは目を回してその場で寝転ぶ事になったがな!
◆
野球選手になると宣言をした翌日から、俺の生活は少し変わった。
貴子ちゃんと遊ぶ時間が少し減った代わりに、走り込みやキャッチボールを始めたのだ。
走り込みは子供達が元気に走り回るだけのものと違って、一定のリズムで足腰を
鍛える事を目的に家の周囲を明るい時に走る。
その距離は現在の所1km程度だ。
父さん曰く、やる気があるのは大いに結構だが小さい内に無理をしたらダメらしい。
流石に特典で得た特殊能力の事を言う訳にはいかないので野球経験者である
父さんの指示に従っている。
走り込みが終わって次にやったのがキャッチボールだ。
キャッチボールをする時に俺が初めて投げたボールは、全く父さんに届かなかった。
なので、ボールを届かせようと上に角度をつけて投げようとしたら父さんに注意された。
父さん曰く、野球の試合では上に向かって投げる事はないからその投げ方はダメとの事。
俺は目から鱗が落ちる思いがした。
前世でプロ野球選手の遠投なんかをテレビで見たが、経験者の父さんからするとあれは
一種のファンサービスであるらしい。
俺は実践経験豊富な父さんにキラキラと憧れの目を向けて「父さん凄い!」と称賛する。
すると、父さんがドヤ顔をするのだが、貴子ちゃんと一緒に俺の練習を見ていた
貴子ちゃんの父さんが割り込むように参加してきた。
どうやら貴子ちゃんの父さんも貴子ちゃんの前でカッコつけたいらしい。
貴子ちゃんの父さんが提示した練習はペッパーと呼ばれるものだ。
相手が左右に放る物をしっかりと体重移動してキャッチするといった
遊びの様に見える練習方法だった。
「おもしろそう!貴子もやりたい!」
という事で俺と貴子ちゃんはペッパーをやる事になった。
怪我をしないようにゴムボールを使用する。
最初はキャッキャッとはしゃぎながらやっていた貴子ちゃんだが、20回辺りで
息を切らしてその場に座り込んでしまった。
「ははは、貴子は疲れちゃったかな?」
「うん…ちょっと疲れちゃった…」
そして、貴子ちゃんの父さん…まだ若いけどおじさんでいっか。
おじさんが貴子ちゃんを抱えて移動させようとしたのだが、貴子ちゃんが俺を指名してきた。
「フーくん、おんぶ~。」
貴子ちゃんの言葉におじさんは苦笑いする。
俺、走り込みをして結構疲れてるんだが…。
とはいえ、そこは幼児と言えども男の意地がある。
この歳ぐらいだと基本的に女の子の方が身長が高いというか成長が早いので、
俺は貴子ちゃんの足が地面につかないように必死に耐えながら貴子ちゃんを運ぶ。
「フーくん、ありがとう!」
ペッパーをやる前から疲れてしまったが、貴子ちゃんの笑顔が報酬ならば悪くない。
美幼女の笑顔…プライスレス!
その後はおじさんが俺を振り回す様にゴムボールを放ってくる。
大人気ないぞ!おじさん!
ペッパーをやる前から既に疲れていたものの、男の意地でなんとか貴子ちゃん以上の
回数をこなそうと頑張る。
20回で地面にぶっ倒れましたが何か?
そんな感じで野球の練習を始めた俺の日常が過ぎていく。
そして、時は流れて俺は小学3年、貴子ちゃんが小学4年生になった頃の事。
俺は小学生野球のリトルリーグのチームに入るのだった。
これで本日の投稿は終わりです
それと、幼稚園編も終わりとなり次回からリトルリーグ編となります
また来週お会いしましょう^^