東京シニア選抜チームと台湾の中学生選抜チームの試合。
台湾側のベンチに、一回の裏のマウンドに上がるパワプロをじっと見ている選手がいた。
「素晴らしい投手だ…。」
パワプロを見ている選手の名は楊 舜臣。
彼は台湾の中学生選抜チームのエースで、打順は五番を任されている。
そんな楊はパワプロの投球から、貪欲に技術を盗もうと観察しているのだ。
「球速、変化球の変化の大きさ、各種持ち球のキレ、どれも素晴らしいが…彼の最大の武器は
間違いなくあのコントロールだ。」
楊がそう呟くと、台湾チームの一番バッターがアウトローの
フォーシームで見逃し三振していた。
「どうやってあのコントロールを身に付けたのか…話をしてみたいな。」
楊自身も低目へのコントロールを間違えない自信はある。
だが、ここぞという場面であのピンポイントのコントロールが出来るかと言われれば、
首を横に振らざるをえないのが現状だ。
二番、三番バッターも連続三振に抑えられ、一回の裏が終わった。
「確かに素晴らしい投手だ…だが、練習試合とはいえ負けるつもりはない。」
そう言いながら、楊は闘志を胸に秘めてマウンドに向かうのだった。
◆
二回の表の東京シニア選抜チームの攻撃は、一回の表と同じく楊に三人で抑えられた。
そして二回の裏、ワンアウト、ランナー無しの状況。
台湾の中学生選抜チームの打者として楊が打席に入った。
(この投手の球に全て対応しようと思ったら、間違いなく打てない…。)
楊はそう考えながら、横目でチラリと御幸を見る。
(ならば、捕手のリードを読んで狙い打ちするしかない!)
御幸のサインに頷いたパワプロが、独特なノーワインドアップの投球モーションに入る。
パワプロが投じたのはインローのフォーシーム。
(いきなりインコースか…強気なリードをする捕手なのか?)
楊はまたチラリと横目で御幸を見る。
すると、楊と目が合った御幸は僅かに目を見開くのだった。
◆
(こいつ…今、ミットの位置じゃなくて、俺を見ていた。)
楊と目が合った御幸はその事に驚いていた。
(際どいボールの時、ミットの位置を見て主審のストライクゾーンを確認するバッターは多い。)
そこまで考えると、御幸はチラリと楊の横顔を見る。
(でも、捕手を見る相手は少ない…俺の経験だと、クリスさんぐらいだ。)
御幸の脳裏に、クリスとのリードの読み合いの勝負が思い浮かんでくる。
(一球外してこいつの反応を確認したい…でも…。)
数瞬、御幸は考えてからサインを出す。
パワプロがサインに頷き、ボールを投げる。
右打者の楊に対して、バックドアとなるアウトローへのカーブがピンポイントで来た。
御幸は横目でチラリと楊を見る。
すると二度、楊と目が合ったのだった。
確信を得た御幸はマスクの中で歯を見せて笑顔になる。
それを見た楊も、唇を軽く引き上げて笑みを見せた。
「たはっ!」
思わぬ所で見つけた好敵手に、御幸は笑ってしまった。
御幸はマスクの中で笑みを浮かべたまま、パワプロにサインを出す。
パワプロがサインに頷き、三球目を投げる。
カーブがインコースの低め一杯に変化していく。
「ストライク!バッターアウト!」
主審のコールはストライク、そして三振だった。
三球目も見逃した楊と御幸の目が合う。
すると…。
「次は打つ。」
流暢な日本語でそう言った楊はゆっくりとベンチに戻っていった。
「…たはっ!」
日本語で言われた事に一瞬驚いた御幸だったが、直ぐに笑顔になった。
練習試合である事もあって、御幸は公式戦に比べて幾分か気を抜いている所があった。
これが、御幸にムラッ気があると言われる理由なのだが…。
「打たせねぇよ。」
御幸は好敵手と感じた楊の宣戦布告に、一気に集中力を高めたのだった。
これで本日の投稿は終わりです
今回は書き溜めがあるので次回投稿は明日の予定です
また明日お会いしましょう