夏のシニアリーグ選手権大会の東京地区決勝戦。
俺と成宮のシニアで最後の投げ合いが始まった。
一回の表。
俺は先発のマウンドに笑顔で立っていた。
「今日は父さんと母さんも見に来ているし、良いところを見せたいな。」
投球練習が終わって主審が試合開始を告げた。
「よっしゃ!行きますか!」
俺は一也のサインに頷く。
そして、楽しみながらボールを投げ込んでいくのだった。
◆
一回の表。
パワプロは三者連続三振の完璧な立ち上がりを見せる。
対する成宮は先頭打者の白河を歩かせてしまうものの、二番、三番バッターを
連続三振に抑える。
そして、迎えたのは丸亀シニアの四番バッターである御幸。
成宮は御幸を二球でツーストライクに追い込む。
追い込んだ状況で、成宮はアウトローにゆるいボールを投げ込んだ。
そのボールを想定していなかったのか、御幸は空振り三振をしてしまう。
一回の攻防は両チーム共にノーヒットで終えたのだった。
◆
「たはっ、鳴の奴…去年の秋に投げようとしていたのはあれだったのか。」
そう言いながら、一也がベンチに戻ってきた。
「一也、成宮は何を投げて来たんだ?」
「チェンジアップだろうな。」
「チェンジアップ?」
「あぁ、比較的に速い変化球のスライダーとフォークに加えて、あのゆるいチェンジアップだ。
今日の鳴を攻略するのはちょっと難しそうだな。」
難しいというわりには、一也は笑顔を浮かべながら防具をつけている。
「よし!行こうぜ、パワプロ!」
「おう!」
俺と一也は、去年の秋から更なる成長を見せる成宮との勝負を楽しんでいくのだった。
◆
二回からは両チームのエースによる三振ショーが繰り広げられた。
パワプロが緩急を使って、ストライクゾーンに自在にボールをコントロールしていく。
対する成宮は左右を幅広く使っていき、丸亀シニアの打線を封じていく。
パワプロと成宮のハイレベルな投げ合いに、球場に観戦に訪れた野球好きな人達は酔いしれた。
パワプロと成宮の投げ合いは、両者共に二桁奪三振を達成して七回を終える。
そして、タイブレークとなる延長戦になるが、パワプロと成宮の投げ合いは続いた。
八回も両者共にノーヒットで終えた。
成宮はここまで四個の四球を出しながらもノーヒットピッチング。
そして、パワプロは四球を1つも出さないパーフェクトピッチングをしていた。
中学生とは思えない投手戦に各高校のスカウト陣が唸る。
ストライクカウント1つで球場が沸き上がる程に盛り上がっている状況で迎えた九回。
パワプロは一回と変わらぬ球威で三者連続三振で抑える。
球場に爆発した様な歓声が響き渡っていく。
そして、九回裏。
成宮も二者連続三振で抑える。
そして九回裏、ツーアウト、1、2塁の状況で迎えたバッターは丸亀シニアの
四番バッターである御幸。
球場は沸騰しそうな程に熱い空気に包まれたのだった。
◆
「一也!ヒーローになるチャンスだぞ!」
丸亀シニアのベンチからパワプロが声援を送っている。
御幸はその声援に笑顔で応えてバッターボックスに向かった。
「九回裏、ツーアウト、1、2塁の状況…ワンヒットでサヨナラのチャンス…。」
御幸はバッターボックスに入る前に、自分に言い聞かせる様に呟いていく。
「ここまでの配球、今の状況で鳴が選ぶ決め球は?」
御幸は1つ大きく息を吐いてからバッターボックスに入った。
夏の熱気とここまでの投球による疲労で汗をかいている成宮が、
アンダーシャツで汗を拭っていく。
御幸の胸がドキドキと音を立てている。
だがその鼓動を、御幸は不快に思っていなかった。
「一打でヒーローのチャンス…燃えないわけがないよな。」
バッターボックスの中でスパイクで足場を作りながら、御幸がそう呟く。
御幸は歯を見せて笑うと、マウンドの成宮を見据える。
成宮がセットポジションからボールを投げ込んでくる。
一球目はインローにフォーク。
御幸はこれを見送る。
主審の判定はボール。
この主審の判定に、成宮を贔屓にしている観客からヤジが飛んでくる。
このヤジがハッキリと聞こえた御幸は苦笑いをする。
ロージンバッグを手にしてから、成宮がプレートに足を掛ける。
二球目。
成宮が投じたのはインハイへのフォーシーム。
御幸は僅かに避ける様に身体を動かして見送る。
主審の判定はストライク。
これでカウントはワンボール、ワンストライク。
御幸がタイムを取って打席を外す。
一度素振りをしてから御幸はバッターボックスに戻る。
三球目。
成宮が投じたのはインローへのスライダー。
プレートを横一杯に使って角度をつけられたスライダーが、御幸の背中側から変化してくる。
御幸は三度見送る。
主審の判定は…ストライク!
これでカウントはワンボール、ツーストライク。
御幸は追い込まれた。
球場が成宮のピッチングに盛り上がる。
だが、バッターボックスの中の御幸は冷静だった。
(鳴の左右のコントロールが甘くなってる…。)
そう考えながら、御幸はロージンバッグを手に取る成宮を観察していく。
(インコースに3つ続けている…カウントには余裕がある…一球外に外すか?)
成宮がロージンバッグを置いて、プレートに足を掛けた。
(今の鳴のコントロールなら、外の球が甘くなる可能性は高い…それを狙う!)
御幸がそう狙いを定めた四球目。
成宮が投じたのは外のチェンジアップ。
だが、そのチェンジアップのコースは、御幸の読み通りに甘く、真ん中付近に浮いてしまった。
この試合、成宮が投じた唯一の失投。
読み通りに甘く来たその失投を、御幸は強く叩く。
カキーン!
金属バットの快音が球場に響き渡る。
打球はセンターの上を越えていく。
打席の御幸は会心の手応えに拳を突き上げる。
そして、打球の行方を見送った成宮は、顔を見られない様に深く帽子を被り直したのだった。
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