夏の高校野球選手権西東京地区大会の決勝戦、青道高校と稲城実業の試合は中盤に突入していた。
5回の表、成宮がランナーを出しながらも余裕を持って青道打線を抑えると、5回の裏のパワプロはここまでランナーを一人も出さないパーフェクトピッチングを継続した。
6回の表、青道打線はこの試合初めてとなるスコアリングポジションにランナーを進めたが、成宮はピッチングのギアを上げて青道打線を捩じ伏せる。
6回の裏、パワプロが特殊能力の『尻上がり』でピッチングのギアが上がると、フォーシームで160kmを投げる様になって球場の観客達から大歓声が上がる様になり、球場の雰囲気は青道高校のものに染め上げられた。
もちろん稲城実業を応援する歓声もあるが、青道高校に対する歓声には明らかに及ばない。
7回、8回と試合は進んでいき、夏の高校野球選手権西東京地区大会の決勝戦は0ー0の延長戦へと突入するのだった。
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青道高校と稲城実業の試合は延長戦の11回の表まで進んでいた。
地区大会は決勝戦でもタイブレークルールであり、ノーアウト、1、2塁の状況からスタートする。
そしてこの11回の表の青道高校の攻撃はパワプロからだった。
マウンドに立ち続ける成宮は、夏の暑さと熱投の疲労で流れる顔の汗を拭う。
(ったく…俺はけっこう一杯一杯だってのに、パワプロはまだ余裕を残してやがる…ほんと生意気な奴!)
汗で滑らない様にロージンバッグを手に取った成宮は、マウンドで胸を張ってパワプロを見下ろす。
多田野のサインに頷いた成宮がセットポジションからクイックでボールを投げ込む。
成宮がアウトローに投げ込んだフォークは、ストライクゾーンを僅かに外れる。
「ボール!」
多田野が称賛の声を送りながらボールを成宮に投げ返す。
ボールを受け取った成宮はスパイクで軽くマウンドを均してからプレートに足を掛ける。
多田野のサインに頷いてボールを投げ込んでいくと、成宮はワンボール、ツーストライクとパワプロを追い込んだ。
追い込まれてもパワプロは笑顔のまま。
そんなパワプロを見て、成宮もマウンドで笑みを浮かべた。
追い込んだ状況で成宮が投げ込んだのは、左打者に対して絶対の自信を持つインローへのチェンジアップ。
リリースの感触から成宮はこれまでの野球経験を通じて最高のボールを投げ込めたと確信した。
しかし…。
カキンッ!
パワプロがバットを振り切ると、白球は夏の青空へと高く舞い上がっていく。
(ほんと生意気で…むかつく程すげぇ奴だよ。)
夏の青空へと高く舞い上がった白球を見送った成宮は、そのまま天を仰ぐ。
しかし天を仰いだ成宮の表情は、楽しそうな笑顔なのだった。
◆
「成宮くん、ちょっといいかな?」
夏の高校野球選手権西東京地区大会の決勝戦終了後、球場から出てきた成宮に月刊野球王国の記者である峰が声を掛ける。
「峰さん、俺、最後の大会に負けて傷心中なんだけど?」
「その割りには試合後に涙を流さなかったみたいだね。」
峰の指摘に成宮は臍を曲げた様に顔を逸らす。
両者の間にしばらく沈黙が続くと、成宮は頭を掻きながら大きくため息を吐いた。
「あ~…高校野球ってさ、野球人にとって一つの節目じゃん?ここで燃え尽きる奴だっているだろうし。でもさ…。」
そう言って成宮は顔を上げる。
「俺は負けっぱなしで終わるつもりはねぇ!次のステージでリベンジだ!そう思ったらさ、泣いて立ち止まるよりも、今を楽しんで笑った方がいいってね!」
年相応の青少年らしい爽やかな笑みを浮かべた成宮を、峰の後ろにいた大和田が撮影する。
峰は成宮の答えに笑みを浮かべながら問いを続ける。
「次のステージというのはメジャーかい?」
首を横に振った成宮は腰に手を当て胸を張る。
「俺は日本のプロ野球に行く!そして、日本一のピッチャーなる!そんぐらい出来なきゃ、メジャーに行ってもパワプロにリベンジ出来ねぇからな!」
声高に宣言をした成宮は、胸を張って球場を去っていったのだった。
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